異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
エミリーに相談してから、俺はまた魔術協会の図書館に通い始めた。
どうするか考えるため。
そして、どうするか考えるための材料を探すためだ。
俺にはこの世界の知識がない。
ニーナの家の本で学んで以降、そんな勉強などしたことがなかった。
しかし今、俺に必要なのはそれだと思った。
この国では転移魔術は不可能と結論付けられた今、別の可能性を探す必要がある。
そのために、この世界の歴史を学び、魔術について大局的に捉えることが必要だ。
この国以外で、世界を探すならどこにするべきなのか。
最新の魔術研究ではダメだった。
ならば、過去に頼ってみる。
温故知新というやつだ。
これまでの世界の成り立ちを学び、次の目的地を決めるのだ。
魔術を隠匿してそうな国とか。
人が転移した事例とか。
そんなのを探してみる。
そのような考えのもとに。
「魔術の歴史」の棚から分かりやすそうなのをいくつか選び、勉強した。
ある程度は既に持っていた知識だったが、新しいことも知ることができた。
まず、この世界は2つの大陸でできている。
東の大陸にはヒトが、西の大陸には魔族が住んでおり、遥か昔から戦争状態が続いている。
戦線は大陸を繋ぐ細い道にあり、そこに戦線が定まった年が、ヒトの世界の起源元年となった。
その後も魔族との戦闘がひっきりなしに繰り返されていたらしい。
その頃は、ヒト達は一丸となって、魔族と戦っていた。
しかし時が経ち、少しずつ戦闘の回数が減っていく。
魔族の危機が遠ざかるに従って、国という境界がヒト達に生じていった。
1000年を過ぎたあたりから、ヒト同士の争いが生じ始めた。
さらに1600年頃からは魔族の侵入が極端に少なくなり、その争いに拍車をかけたという。
そして1800年〜1900年代に、東の大陸全土を巻き込むような、大きな戦争の時代が訪れた。
その際に、国ができては消えを繰り返し、歴史資料の大半が燃えてしまったらしい。
なのでそれより昔のことは資料がほとんど残っておらず、どんな国があったとか、どんな戦いがあったとか、そのほとんどが不明になってしまった。
なので現在、詳細が分かるのは、2000年代以降のことしかない。
このアルバーナは、2000年代初期に建国され、いくつかの戦争を経て、今なお存続している。
魔術協会ができたのは、2100年頃。
物体移動魔術の仮説が発表されたのは、2300年頃らしい。
それからずっと研究がなされているが、仮説の証明はできていない。
そして2686年の現在。
大きな力を持った国が、アルバーナのほかに4つある。
しかしそのいずれもが2000年代に建国された国であり、魔術の歴史もアルバーナと同じようなものだと思われた。
歴史書を見る限りでは、特に転移魔術を隠匿してそうな怪しい国もなく、神隠しがあったなんて事例も見つからない。
これらの国を調べても、成果は得られなそうな気がする。
とはいえ、他の小国を探したところで意味があるとも思えない。
……考えあぐねていたとき。
目に止まった国があった。
エルフの国。
別名、エルフの隠れ里。
エルフとは、長命で、目鼻立ちが整った者が多く、耳が長いことが特徴の種族だ。
その長老は齢1000歳を超え、賢者と呼ばれているという。
……賢者。
どうだろうか。
今まで、俺がこの世界に来た理由は、魔術によるものだと決めつけていた。
今でもその可能性が高いとは思っているが、しかし魔術の進歩を追っても、なかなか辿り着けそうにない。
それならば、この世界そのものに詳しい人に聞いてみた方が、何か新しい糸口が見つかるんじゃないだろうか。
それに1000年も生きているなら、資料が残っていない時代の魔術も知っているかもしれない。
ロストテクノロジー的な感じで、その時代の方が魔術が進歩していた可能性だってある。
一度考えると、いい案のような気がしてきた。
エルフの国を訪ね、長老に俺の身にあったことを話し、意見を聞いてみる。
それを、次の目標にしてみるか。
……よし。
俺の考えはまとまった。
が、一人で物事を判断するのはよくないと、グレイウルフの時に学んだ。
エミリーに相談してみよう。
彼女から見ても可能性がありそうなら、エルフの国に行くことにする。
―――――
翌日。
学院の図書室を訪ねた。
いつもの席に、いつものようにエミリーはいた。
なんだか安心感があるな。
そんなことを感じつつ、隣の席に座る。
「……エミリー、ちょっと相談があるんだが」
「ダメよ。お金は貸さないわ」
「違うわ!
何で俺の相談といえば金、なんてことになるんだ」
「じゃあ、何かしら?」
「……今後の方針についてだ」
エミリーは本から目を離し、こちらを見た。
「そう、どうするの?」
「考えたんだけどさ、他の国の魔術協会とかを訪ねても、結局ここの二の舞な気がするんだよ。
だから、ちょっと考え方を変えてさ、エルフの長老を訪ねてみようと思ったんだ。
すごく長生きしてるらしいから、世界のことに詳しそうだし、こんな事例を他にも知ってるかもしれない。
今は残ってないけど、昔の魔術では転移魔術も可能だったかもしれないし。
そんなことを聞きに行こうと思うんだけど、どうだ?
可能性、あると思うか?」
そう言った俺を、エミリーはしばらく無言で見ていた。
少し驚いてるように見える。
何に驚いているのだろう。
エルフの国を訪ねるなんて案は、彼女から見れば
実現なんてできやしないのだろうか。
不安になる俺をよそに、ひと息ついて、彼女は話し始めた。
「悪くないと思うわ。
私も少し考えてみたけど、あまりに糸口が少なすぎるもの。
ハジメの言う通り、どこの国を探しても同じことになる可能性がある。
それなら、長く生きてるエルフに聞いてみるというのは、いい線いってるんじゃないかしら。
他にいい案も思いつかないし、転移の解明を続けるのなら、目標としてはまずまず妥当だと思うわ」
……よし。
エミリーも同意してくれるなら、行動目標にしてもいいだろう。
俺は、エルフの国を訪ねることにする。
そう決心した俺に、エミリーが言った。
「……それじゃ、ハジメはこの街を出るのね」
「ああ。
住み慣れてきたところで、名残惜しいけど。
目的を違えるわけにはいかないからな」
「そう……」
それっきり、エミリーは下を向いて黙ってしまった。
どうしたんだろうか?
今日はなんだか少し、エミリーが変だ。
「……ねぇ、ハジメ」
「ん?」
顔を上げたエミリーは、いつになく真剣な表情だった。
「エルフの里までは、危険な道のりになると思うわ。
馬車なんて通らない、道のない道を進むことになると思うし。
魔物にやられて、途中で命を落とすことさえあり得る。
たどり着けたとしても、長老が会ってくれるかなんて分からない。
そして仮に会ってくれたとしても、答えが手に入る確率は相当に低いのよ。
……それでも、あなたはそれを目指すの?」
俺はエミリーの目をまっすぐ見ながら、答えた。
「ああ、目指すよ」
エミリーも俺の目をまっすぐ見て、問いかけてくる。
「それは、なぜ?」
なぜ、か。
少し考えて、俺は答える。
「それが、俺の生きる意味だからだ。
同じことを、村を出る前にも悩んだ。
あるかどうかも分からないものを探すよりも、平穏に暮らした方が幸せなんじゃないかってな。
……でも、俺は知りたい。
知らなきゃ、自分の人生が始められないと思った。
それを知るために行動しなかったら、一生悔いが残ると思ったんだ。
だから、今こうしてここにいる。
そして、次はエルフの里を目指すんだ」
エミリーは目を見開いて、呟いた。
「生きる意味、か……」
遠くの景色に視線を移した彼女は、そのまま黙ってしまった。
俺も黙って、言葉の続きを待つ。
どれくらい、そうしてただろうか。
やがてエミリーは、意を決したようにこちらを向いた。
「ハジメ」
「なんだ?」
「お願いがあるの」
「金なら貸さないぞ」
「違うわよ!」
もうっ、とエミリーはつぶやき、改めて言った。
「この街を出る前に、一度。
……私の家に、来てほしいんだけど」
俺に初めて見せる、懇願ともとれる眼差しで。
エミリーは、俺にそう言ったのだった。