異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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エミリーの実家

 のどかな田園風景。

 馬車の窓には、そんな景色が広がっていた。

 農作業をする子どもが、こちらに手を振る。

 俺も、優雅な気分でにこやかに手を振り返す。

 

 豪奢なあつらえの馬車の中。

 俺はふかふかのシートの上でくつろいでいる。

 車内はとても広く、脚を伸ばしても、それを邪魔するものは何もない。

 我ながら、いい身分だ。

 

 両脚を目線の高さまで上げて、それらをバタバタと動かし、エコノミークラス症候群の予防をはかっていたら。

 横から、声が聞こえた。

 

「ちょっと、行儀悪いわよ」

 

 声の方を見ると、銀髪のツインテールを腰まで垂らし、ゴスロリ服に身を包んだ少女がいた。

 エミリーだ。

 

 普段の彼女なら、間近で俺がこんな行動を取れば、こちらの人格を根底から否定するような罵倒を浴びせてくるに違いない。

 しかし今日はその鋭さは見る影もなく、行動を諫める言葉だけにとどまった。

 

 何故か。

 

 それはひとえに、この馬車旅が、彼女のお願いにより行われているものだからだ。

 

 10日前、図書館で彼女にお願いされた。

 お願いだ。

 あのエミリーの、お願い。

 もしかしたら、一生に一度のものかもしれない。

 一生のお願いってやつだ。

 

 そんなお願いを無碍にすることなどできず。

 今、こうしてエミリーとともにグレンデル領に来ている。

 

 

 彼女が俺を連れてきた理由は謎だ。

 そもそも、彼女が何をしに実家に帰るのかも分かっていない。

 全てが謎。

 自分のイエスマン気質が悔やまれる。

 

 しかし俺だって、誰にでもそうあるわけではない。

 相手がエミリーだからだ。

 彼女には世話になった。

 俺がアバロンを離れることが決まった今、彼女に会うのも最後かもしれない。

 こんなワガママくらい、何も言わずに聞いてあげよう。

 普段からエミリーの言うことに逆らえてないという説は、頭の片隅のゴミ箱に捨てる。

 

 ちなみに、クリスには事情を話して留守にすることを伝えてある。

 やらかした飲み会についても謝った。

 お金も返そうとしたが、エミリーと同様に受け取ってくれなかった。

 ……彼女にも、俺がアバロンを離れるつもりでいることを、話さなければならないな。

 

 

 ―――――

 

 

「見えてきたわ」

 

 エミリーが言った。

 前を見ると、遠くに城が出現していた。

 

「あれがグレンデル領の中心都市、ダグラスの街よ」

 

 アバロンよりは小さいが、立派な城だ。

 城壁に阻まれて城下町は見えない。

 しかし、きっと賑わっていることだろう。

 

 街はゆっくりと近づいていき、俺達を乗せた馬車は城門をくぐった。

 

 

 そのまま、大通りを進む。

 街はやはり、多くの人で賑わっていた。

 道ゆく人たちが、こちらに向かって頭を下げる。

 何事かと思ったが、エミリーに向かって敬意を示しているらしい。

 しかしなんだか俺も、お辞儀をされている気分になる。

 ほほほ。くるしゅうないぞよ。

 

 だが当のエミリーはというと、そんなことは知らん顔で、何やら考え込んでいた。

 どうしたのやら。

 7日間の旅路の間、彼女はずっとそんな感じだった。

 さすがにそろそろ、俺を連れてきた理由を教えてほしいところなのだが。

 

 ついに、城の中までやってきた。

 大きな扉の前で止まり、エミリーが馬車を降りる。

 つられて、俺も馬車を降りた。

 

 すると、扉が開いた。

 メイドさんが2人がかりで、両開きの扉を片方ずつ開けている。

 中には赤い絨毯が敷いてあり、左右にメイドさんが3人ずつ待機して、こちらに向かって頭を下げていた。

 

 すごい出迎えだ。

 エミリー。

 お前、なんて生活をしとるんだ。

 

「おかえりなさいませ。エミリー様」

 

 メイドさんの一人が言った。

 

「ええ、ただいま。

 お父様は、明日帰られるのだったかしら?」

 

 かしずかれるのには慣れっこのようで、エミリーは平然と答える。

 

「はい。明日の昼には戻られるとのことでした」

「そう。

 じゃあハジメを部屋に案内して。

 私も着替えるわ」

「かしこまりました」

 

 エミリーは早々にどこかへ行ってしまった。

 ポツンと残った俺を、メイドさん達が見つめる。

 なんか気まずい。

 

「――ハジメ様。どうぞこちらに」

 

 エミリーと話していたメイドさんが、一歩前に出た。

 どうやら案内してくれるらしい。

 歩いていくメイドさん。

 俺は言われるがまま、その後を追った。

 

 

 

 案内されたのは、城内の一室。

 一言で表すなら、ホテルのスイートルームのような部屋だった。

 キングサイズのベッドにソファが2脚、ローテーブルと机、本棚が置いてある。

 だが部屋には十分なスペースが確保されており、それらによって窮屈に感じることは全くない。

 広さや調度品の数だけ見れば、王城で見たユリヤンの部屋より豪華だ。

 

「こちらの部屋を、ご自由にお使いください。

 夕食の時間にはお呼びいたします。

 何かご用があれば、ベルを鳴らしていただければ、すぐに近くのメイドが駆けつけますので」

 

 自由にしていいらしい。

 ひゃっほい。

 

 俺はメイドさんが部屋を出るのと同時に、服を脱いでベッドに寝転んだ。

 ふかふかだ。

 最高だなこりゃ。

 ゴロゴロと寝返りをうつと、シーツの感触が肌に優しい。

 馬車旅で固まった体が、ほぐれていくのを感じる。

 ああ、気持ちいい。

 

 高級なベッドを堪能していた俺の耳に、ノックの音が聞こえた。

 あわてて服を着て、ドアを開ける。

 

 そこには、エミリーが立っていた。

 先程とは違うゴスロリドレスだ。

 着替え早いな。

 

「入るわね」

 

 有無を言わさず部屋に入ってきた。

 普段から強気な彼女だが、実家だとさらに磨きがかかっている気がする。

 まぁ、俺にも聞きたいことはたくさんあるからいいんだが。

 このタイミングでわざわざ俺の部屋に来たということは、ようやく説明してくれる気になったということなのだろう。

 

「……ハジメ、これから夕食だけど、母と兄も同席するわ。

 でも、気にしなくていいから。

 何か聞かれても、適当に流しておいて。

 ……そして明日、私と一緒に父に会ってほしいの」

 

 え?

 情報が多くて追いつけない。

 

「……待て待て。待ってくれ。

 お前のお母さんとお兄さんってことは、グレンデル侯爵夫人と跡継ぎ候補ってことだろ?

 ド平民の俺が同じ場所で食事って、許されるのか?

 っていうかそもそも、俺はなんでここに呼ばれたのか、まず聞かせろよ。

 行きの道中で聞けるもんだと思ってたら、お前ずっと黙ってて、全然話さないじゃねーか」

 

 思いの外、トゲのある口調になった。

 何の説明もなしにここまでやってきて、さらに何の説明もなしに堅苦しい食事をさせられそうなことに、イラッとしたのだ。

 さっきまで、与えられた部屋を満喫していたというのに。

 ろくなやつじゃないな俺は。

 

 そして俺のその言葉に、エミリーは口ごもった。

 俯き、その視線は定まらず。

 スカートの端を握りしめながら、口をパクパクと動かして、次の言葉を探し始める。

 

「私は……。

 私は……その……」

 

 しかし言葉は見つからなかったようで。

 もごもごと口ごもっている。

 

 ……こんなエミリーは、初めて見る。

 あのエミリーが。

 立板に水のごとく罵倒を繰り出すエミリーが。

 古今東西の罵詈雑言を自由自在に放ってくる、あのエミリーが。

 俺の前で初めて、言葉に詰まっている。

 謝らせようとして黙ったことはあったが、あれとは少し毛色が違う。

 

 なんだろう。

 罪悪感が芽生えてきた。

 エミリーが、こんな姿を俺に晒すんだ。

 やむにやまれぬ、筆舌に尽くしがたい事情があるのかもしれない。

 

「……分かった。

 やっぱりいいよ、エミリー」

 

 エミリーが顔を上げる。

 

「やっぱり、気が向いた時に話してくれたらいいや。

 ……それで、俺は何をすればいいんだっけ?」

 

 エミリーは一瞬、ホッとした表情になった。

 しかしすぐに表情を取り繕い、いつもの上から目線に戻って言った。

 

「……ハジメには明日、私と一緒に父に会ってほしいの。

 私の隣で、頭を下げて黙っておくだけでいいから。

 そして、私と父がどんな会話をしても、そのままの姿勢で聞いてて」

 

 こりゃまた変な話だ。

 耳無し芳一の怪談みたいだ。

 もしかして、動いたら侯爵に食べられてしまうのだろうか。

 それなら、耳にも忘れずにお経は書いてほしい。

 

 ……まぁよく分からないけど、頭下げて黙っとけばいいなら別にいいか。

 しかし本当に、俺を横に置く目的が見えないな。

 

 

 エミリーはそれだけ言うと、部屋を出て行った。

 

 その後メイドさんが訪ねてきて、立派な服を渡された。

 夕食にはそれを着ろとのことだ。

 言われるがままに着替え。

 しばらくすると、夕食へと案内された。

 そこには聞いた通り、エミリーの母と兄らしき人が、エミリーと卓を囲んでいた。

 

 俺はおずおずと残る1つの席に座る。

 すると、テーブルに着く人達の注目がこちらに向いた。

 ひぇ。

 

「えーっと、俺は、ハジメ=タナカと言います。

 エミリー……様、とは学院で親しくさせていただいております。

 本日はエミリー様のお招きに預かり、この場に馳せ参じたものです。

 えー、お目にかかれて光栄です。

 どうぞ宜しくお願いします」

 

 とりあえず、自己紹介してみた。

 

「ご丁寧にどうも。

 当主ガドリーノ=フォン=グレンデルの妻、エルミオーネ=グレンデルです。

 どうぞ寛いで下さいな」

 

「私は長男の、レオニード=フォン=グレンデルだ。

 宜しく頼む」

 

 エミリーファミリーも、自己紹介を返してくれた。

 2人とも、綺麗な顔立ちをしている。

 仕草も優雅で、まさにお貴族様、って感じだ。

 エミリーも並んだ食卓は、まるで映画のワンシーンのように映えていた。

 

 しかしながら、俺への視線はキツイものがあった。

 体面上は礼儀正しいが、おざなりな感じだ。

 まぁ末娘が突然、家にどこの馬の骨かも分からない男を連れてきたら、こんな感じだろう。

 誰だお前? ってオーラがすごい。

 

「エミリー、彼とはどういう関係なんだ?」

 

 エミリー兄が聞いた。

 

「さっきもお伝えしたでしょう、お兄様。学院の同級生です」

「何故、その同級生をここに連れてきたの?

 魔術学院の授業はどうしたの?」

 

 今度はエミリー母だ。

 

「お父様に重要なお話があって、その話にハジメが必要だからです。

 授業よりも大事だと考えて、こちらを優先しました」

「その重要な話というのを、聞かせてはもらえないか」

「ダメです、お兄様。

 当主たるお父様に、最初にお伝えするべき案件だと判断いたしましたので」

「…………」

 

 家族の質問は全てエミリーによって一蹴される。

 しばらくすると、質問しても無駄だと悟ったのか、皆黙ってしまった。

 最悪の空気の中、俺は作業的に料理を口に運ぶ。

 ……めちゃくちゃうまい。

 

 ギクシャクとした雰囲気で、食事は進んでいった。

 会話から察するに、俺を連れて実家に戻った理由は、他の家族にも分からないらしい。

 エミリーがこんなことをするのは結構な異常事態のようで、俺はとても警戒されている感じだ。

 そのせいで、こちらから会話する気にもならない。

 エミリーも自発的に喋ることはなく、針のムシロのような時間がひたすら続いた。

 食べてる間はまだいいが、次の料理を待つ時間が苦痛で仕方ない。

 

 ひたすら耐えていると、ようやくデザートが来て、それを食べて食事は終了となった。

 ……ああ、肩が凝った。

 

 


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