異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
夕食が終わってからは、気楽な時間が過ぎた。
浴場に案内され、豪華な風呂を味わう。
風呂は広いうえに、温かいお湯で張ってあった。
旅の疲れも癒されるというものだ。
明日は、エミリーの父親と会わなければならないらしい。
俺はエミリーの横で頭を下げておくだけでいいと言われたが、何の話をするつもりなのやら。
……まぁ、考えてもしょうがないか。
エミリーを問いつめるのはあきらめたし。
俺はエミリーのことを信頼している。
この旅行中の彼女はなんだか変だが、それだけでこれまでの日々が覆ることはない。
秤にかければ、余裕で信頼の方に傾く。
きっと何か、事情があるのだろう。
―――――
翌日。
エミリーファミリーと気まずい朝食を摂った後。
与えられた部屋でダラダラと過ごしていたら、エミリーの父、グレンデル侯爵が帰ってきた。
とりあえず俺は、部屋で成り行きを見守る。
ちょこちょことメイドさんを呼んで、状況を教えてもらった。
侯爵はエミリーの在宅について、母や兄から事情を聞いたりしているようだ。
そのまま、しばらく時間が経った後。
ベッドで寝ころんでいたら、ノックの音が響いた。
起き上がって、ドアを開ける。
そこには、エミリーが立っていた。
「ハジメ、今からお父様の所に行くけど、準備はいいかしら」
彼女は、いつもの上から目線でそう言った。
「準備も何も、俺は頭を下げて黙っとくだけなんだろ?」
「……そうね。その通りよ。
じゃあ、行きましょう」
エミリーに連れられ、しばらく歩く。
やがて、1つの扉の前にたどり着いた。
エミリーは立ち止まり、その扉を見つめていた。
やがて大きく息を吐くと、右腕をあげて、ノックをした。
「お父様、エミリー=フォン=グレンデル、参りました」
「入れ」
すぐに中から声がして、エミリーが扉を開けた。
広い部屋だ。
両端にはズラリと本棚が並んでいる。
奥の窓際に机が置いてあり、そこで一人の男が執務を行なっていた。
鋭い目つき。
齢50を超えているそうだが、筋骨隆々とした身体はその頑健さを主張している。
白髪と顔に刻まれた皺は、老いというよりも威厳の象徴としてそこにあった。
彼こそが。
このグレンデル領の領主、ガドリーノ=フォン=グレンデル侯爵なのだろう。
なんとも堅物そうで、冗談の通じなさそうな親父だ。
目元はエミリーにちょっと似てるけど。
それ以外に共通点が浮かばない。
強いてあげるなら、頑固そうなところか。
母親似だな、エミリーは。
とりあえず俺は、言われた通りに跪いて、頭を下げた。
俺はこの先ずっと、絨毯を見ながら会話を聞くことになるらしい。
しんどいな。
「さて、話を聞こうか、エミリー」
侯爵が言葉を発した。
低くて渋い声だ。
しかしその口調の中には。
一人娘に対する甘さなど、みじんも感じ取れない。
そして、エミリーが言葉を発した。
「はい。
単刀直入に申し上げます。
私は家名を捨て、この家を出ていきます」
……え?
マジで?
予想もしなかった言葉に、俺は衝撃を受けた。
エミリー、家を出ようとしてたのか。
もっと早く相談してくれたらよかったのに。
しかしこんな感じで出ていくのか?
子どもの家出って、親と口喧嘩して感情的になって、つい口走って、後戻りできなくなってやるもんじゃないの?
こんな冷静な家出宣言ってあるものなの?
……いやでも確かに。
振り返ると、思い当たる節はあるかもしれない。
彼女は魔術が大好きだ。
どこぞの貴族と結婚して優雅に平穏に暮らすのは、性に合わないのだろう。
学校を飛び級しなかったのも、つまらないお見合いをさせられるからだと言っていた。
エミリーほど魔術を好きな人間を見たことがないし、エミリーは魔術の天才と言って過言ではない。
彼女には意志と資質が同居しているのに、境遇だけがそれを許さないのだ。
それならば、その境遇を覆してしまおうと、彼女は考えたのだろう。
……俺は。
いい選択だと思う。
エミリーは、どこかの貴族の妻で納まる器じゃない。
彼女が魔術に関わらない人生を歩むなんて、もはやこの世界にとっての損失だ。
しかし。
家名を捨てるということは、家族を捨てるというと。
これまでのエミリーは、その殆どをこの城で過ごしてきたはずだ。
彼女は幼年学校には通わず、家庭教師に勉強を習っていたと聞いた。
つまり彼女は魔術学院に入学するまで12年間、この城で、家族と共に過ごしてきたのだ。
16年のうちの、12年。
その年月は、とてつもなく大きい。
そんな家族と別れるなんて、相当に重い決断だったろう。
しかしエミリーは、逃げずに人生と向き合ったのだ。
流されるままに生きていくことを良しとせず。
周囲の流れに逆らって、自分の意志を全うする道を選んだ。
誰にでもできることではない。
すごいぞ、エミリー。
「……理由を聞こうか」
侯爵が尋ねた。
間があったことからして、侯爵も驚いたのだろう。
――さぁ、言ってやれ、エミリー。
私は魔術とともに生きていくんだ、って。
貴族の政略結婚の道具になんてならない、って。
俺はエミリーのことを応援するために。
祈りをこめて、目を閉じた。
意を決した様子で、エミリーが答える。
「はい。
――私は、ここにいる彼、ハジメのことを、愛しているからです。
私は、彼の側にいたい。
彼の行く末を見ていたい。
彼は目的のために、この国にとどまる事はできません。
ならば私は、その旅に寄り添いたい。
……それが、理由です」
…………。
…………………はっ。
あ、ああ、なんだ、夢か。
びっくりした。
また異世界に飛ばされでもしたのかと思った。
恐ろしい夢だった。
なんたって、あのエミリーが、俺のことを愛してるって言うんだぜ?
こんなに恐ろしい夢はみたことがない。
あるとしたら、彼女に浮気がばれた時くらいなもんだ。HAHAHA。笑えよ。
――ああもう、とにかく、驚かせやがって。
夢だよ。夢。
なぁんだ。
当たり前だ。考えてもみろよ。
そんなこと、あるわけがないだろ?
顔を合わせれば必ず罵倒してくる、あのエミリーが。
俺のことを、愛してるだなんて。
その証拠にほら、俺の身体は自宅のベッドの上にあるはずだ。
さぁ、目を開けてみろよ。
ほら、そこにはいつもの天井があるはず――。
意を決して。
目を開けた俺の視界に、飛び込んできたのは。
数秒前となんら変わらぬ、絨毯の綺麗な模様だった。
……え?
…………マジ?
マジなの、これ?
現実なの?
嘘でしょ?
もはや、何も考えられない。
しかし混乱する俺をよそに、話は進んでいってしまう。
俺と駆け落ちするためにエミリーが家を出ようとしていると、侯爵はそう理解したようだ。
「エミリー。
お前がこれまで、食うに困ることもなく。
着る服に困ることもなく。
住む場所に困ることもなく。
完璧な教育を受けて育つことができたのは。
……一体誰のおかげで。何のためだと思っている」
「ひとえに、領民のおかげで、領民のためです」
「そうだ。
お前という人間は、このグレンデル領の民が払った税によって成り立っている。
それは即ち、領民のためにその人生を全うする義務があるということだ。
そのために最も重要なお前の役目は、領にとって良い関係を築ける相手に嫁ぐことに他ならない。
……エミリー、受けた恩も返さずに、我欲を通すというのか?」
侯爵が強い口調で尋ねる。
しかし、エミリーは怯まず、はっきりと答えた。
「はい。
民に顔向けのできない行為だということは、承知しています。
しかし、私は決めたのです。
私は、私の人生を生きると。
これまでにいただいた施しは、生涯をかけて必ず返します。
許してほしいとは言いません。
そして私は、許しを請いに来たのではありません。
……私はただ、お伝えしに来たのです。
エミリー=フォン=グレンデルは今日をもって、ただのエミリーとなります」
――ドンッ!
と、硬い音が響いた。
恐らく、侯爵が拳を机に打ち付けた音だ。
そして、深いため息が聞こえた。
「お前は、私の教育を全て理解した、唯一の子どもだった。
私はお前の相手に、このグレンデル領を任せようとすら考えていたのだ。
お前ならば、夫を諫め、うまく舵を取らせるだろうと信じていた。
例えそうならなくとも、お前は優秀だ。器量も良い。
嫁いでもこのグレンデル領のために、必ずや貢献するだろうと、そう思っていた」
力のこもらない、落胆した声。
本当に、エミリーへの期待は大きかったのだろう。
「……申し訳なく思っています」
エミリーの声が、かすかに震えている。
しかしその感情は、もはや俺には理解不能だ。
「もういい。分かった。
……出ていくがいい。
アバロンの邸宅までの馬車は用意してやる。
身の回りのものも、好きにしろ。
だが二度と、グレンデルの名を名乗ることは許さん」
「温情、感謝いたします……お父様」
震える声でそう言って、エミリーは踵を返した。
俺も立ち上がり、追従する。
去り際に、ちらっと侯爵を見た。
侯爵はうなだれ、この部屋に入った時に感じたオーラはない。
その姿は、娘の出帆を悲しむ普通の父親に見えた。
部屋を出て、扉を閉める。
エミリーは眼に涙を浮かべ、歯を食いしばっていた。
その様子から、エミリーが一杯一杯なのは伝わってきた。
しかし、そんなとこ申し訳ないが、俺も混乱している。
混乱の極みだ。
このまま放置ってのはさすがに御免被る。
頼むから説明してほしい。
「エミリー、あのさ、俺のことをどうとかっていうのは……どういうことだ?」
エミリーは涙を見られたくないのか、顔を背けて言った。
「……それは嘘よ。
本当は、魔術協会に入りたいから、この家を出ていくことにしたの。
ただお父様には、それを言いたくなかった」
…………ふむ。
前に聞いた話によれば。
侯爵は、魔術協会を恨んでいるはずだ。
魔術協会員の戦争不参加によって、グレンデル領は大きな痛手を被った。
侯爵はその時の領主の息子ということになる。
恨みも根深いものがあるだろう。
そんな父親に向かって、協会に入りたいとは言えなかったということか。
「……なるほどね」
一応、筋は通る。
とはいえ、その代わりの理由が変な気はするが。
貴族の令嬢が家を捨てるのは、恋に身を焼かれてと相場が決まってるのだろうか。
俺の知るエミリーだったら。
俺と生きるため、なんて突拍子もない嘘の理由をでっちあげるくらいなら、痛みがあっても本当のことを話しそうなものなんだが。
……まぁ、侯爵と彼女の間には、16年という年月が横たわっているのだ。
俺の知らない部分など、山ほどあるだろう。
その上でエミリーが出した結論だ。
尊重する以外にないな。
……まぁとりあえず、俺はこれでお役目御免だな。
「ハジメ、お疲れ様。
ありがとう。
ひとまず、部屋に戻っておいて」
涙声でそう言って、エミリーは歩いていった。