異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
<エミリー視点>
今日。
私は、人生で最も大きな決断をした。
これまでの私の生き方からは、到底考えられない決断。
もしも過去の私が見たら、私を愚かと断ずるかもしれない。
初めてお父様の期待を裏切った。
家族の気持ちも、全て無視した。
もっと良い方法があったのかもしれない。
性急過ぎたやり方については、反省している。
――しかし、後悔はしていない。
私は、ハジメのことを愛している。
世界で一番、ハジメのことが好きだ。
……いつからかといえば、出会った時からだ。
ハジメが教室で自己紹介をした時に、私の身体に稲妻が走った。
綺麗な胡桃色の髪、切れ長の眼、すっと通った鼻、私より頭2つ高い背、程よく筋肉のついた身体つき、低くて優しい声、物憂げな表情、些細な仕草に至るまで。
その全てが、私の心を掴んで離さなかった。
ハジメがクラスにやってきた日は、一日中うわの空で過ごした。
こんなことは、初めてだった。
これまでどんな男性を見ても、何の興味も湧かなかった。
その人のことを考えて物思いにふけるなんてこと、あり得なかった。
とはいえ。
その日の夜に、聡明な私の頭脳は結論を出した。
これが思春期特有の、気の迷いというものであると。
そのような物語は、アルバーナにも数多く伝わっている。
恋というものによって、身を持ち崩す若い男女の物語。
演劇の題材としては定番で、何度も観たことがある。
悲劇もあれば喜劇もあるが、それらに対する私の感想は常に変わらなかった。
――理解できない。
その一言に尽きた。
彼らは感情に翻弄されて、ヒトのヒトたる由縁、理性を手放してしまっているのだ。
目の前の果実の甘さに負けて、先を見ることができなくなっている。
私は違う。
私は理性というものを、ヒトの性質の中で最も尊いものだと考えている。
ゆえにどんな理由があろうと、私がそれを手放すことはない。
だから、ただ待てばいい。
感情が風化するのを、ただ待てばいいのだ。
そう思って、数日過ごした。
しかしその火は消えるどころか、より大きくなるばかりだった。
何をしていても、ハジメのことが気になってしまう。
教室で、ふと気づくと彼を目で追っている。
魔術の勉強に集中しようとしても、身が入らない。
……これではダメだ。
学院での生活に支障が出てしまう。
おそらく中途半端にチラつくからダメなのだと、私は考えた。
ポイズントードは皿まで食べろという言葉がある。
こうなったら、彼に近づいて、話してみることにしよう。
所詮は、一時の気の迷いだ。
何度か会話をすれば、興味もなくなるだろう。
これまでの人生で、私を退屈させない人間など、そうそういなかったのだから。
そう考えて。
教室で、彼に話しかけようとした。
しかしいざ行動しようとすると、身体が固まって動かなかった。
彼のそばに行こうとするだけで。
心臓がドキドキと鳴り、奇妙な汗が出て、脚が前に出なくなる。
こんなことは生まれて初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。
悩んだ挙句、私はハジメの行動を監視することにした。
話しかける口実を探すためだ。
不自然に話しかけようとするから難しいのであって、口実さえあれば、普通に話すことができるはずなのだ。
授業中、彼はいつも、教科書の最初の方のページを読んでいた。
恐らく半端な時期に編入したせいで、授業についていけてないのだろう。
そのためか、放課後はいつも図書室で勉強していた。
その勤勉な姿も、私の胸を撃った。
だが、無詠唱魔術の勉強は、独学ではとっつきづらいものがある。
彼の進捗状況も、思わしくはなさそうに見えた。
私が教えれば、もっと効率的に学ぶことができるに違いないのに。
そう思ったとき、私は閃いた。
――これだ。
これを利用すれば、うまく彼との関係を作れるかもしれない。
かくして、私は実行に移した。
彼が図書室を出た後をつけ。
方向を読んで先回りし。
事故を装って接触した。
放った魔術は細部まで完璧に制御しており、彼に当たることはあり得なかった。
目論見通り、私は彼と話をすることができた。
――そして知った。
私という人間が。
意中の相手を前にすると、どうなってしまうのかを。
……衝撃だった。
かつてないほどの。
気持ちと正反対の言葉が口から出てくる。
そして言うべき言葉は何一つ出てこない。
こんなはずではなかった。
もっと優雅に、すんなりと、謝罪と埋め合わせをするはずだったのに。
危うく、彼は呆れて立ち去ってしまうところだった。
繰り返すが、私は、理性というものの信奉者だ。
そして身体とは、理性によって完全に制御されるものだと信じていた。
しかしハジメと話すようになって。
それが大きな誤りであると、初めて知った。
ハジメを前にすると。
私の理性は、あっという間にパニックを起こし。
私の口は、勝手に彼のことを罵倒し始める。
幼年期に、男の子は好きな女の子にいたずらをすると聞いたことがあった。
男の子とは合理的でない愚かな生き物だな、と思ったことを覚えている。
……まさか自分が、15歳にして。
それと酷似した心理形態を露呈しようとは、思いもしなかった。
結局、なんとか勉強を教える関係を作ることには成功したが。
その後も、私の口調は相変わらずだった。
ハジメもイライラしていた。
こんなことでは、いずれ関係を絶たれてしまう。
焦ったが、解決策はなかった。
私はやきもきしながら過ごした。
しかし、彼は根気強く耐えてくれ、関係は継続した。
話してしまえば興味もなくなると。
そう思っていたはずなのに。
その予想は見事にはずれ、私のハジメへの興味が尽きることはなかった。
彼との会話は楽しかった。
例え私の口が頻繁に、意図せぬ言葉を口走ってしまおうとも。
申し訳なく思いつつ、それすらも私は楽しんでいた。
私の言葉にハジメが見せる反応の1つ1つが、愛おしかった。
図書室での勉強の時間は、私にとって最も幸せな時となった。
そんなある日、同級生がデートという言葉を使っていた。
なんでも、異性と街を歩いて買い物をしたり、食事をしたりすることをそう呼ぶらしい。
兄とお忍びで買い物に行ったことがあったので、私は経験済みだとその場は答えた。
同級生は、「大人ですね。さすがエミリー様」と、私を持ち上げた。
どこが大人なのかはよくわからなかったが、適当に頷いておいた。
しかし……デート。
なんだか不思議な響きだった。
ハジメとそれができたら、きっと楽しいだろうと思った。
軽い気持ちでハジメを誘ってみたら、彼は承諾してくれた。
しかし、デートとは意中の者同士がするものだとは知らなかった。
ハジメにやりこめられてしまい、八つ当たりのようにゴブリンに上級魔術を使った。
今は反省している。
そして、クリスとユリヤン殿下の2人と知り合った。
クリスは、誠実で実直、とにかくまっすぐな性格で、私とも距離を取らずに会話してくれる。
ハジメとも、親密な関係のようだ。
強く、美しく、非の打ち所がない素敵な女性。
……ついでに、胸部に蓄積する、無駄な脂肪の塊も豊富だ。
もしかしたら、この先ハジメと恋仲になることもありうるのかもしれない。
しかし。
だからといって、私がどうということはない。
選ぶのはハジメだ。
むしろ他の誰かではなくクリスが選ばれたのなら、諦めもつくだろう。
いや私とて本音では、ハジメに選ばれ、愛されたいという気持ちはある。あるのだ。
しかし私が彼に思いを告げられるのは、いつになるのか想像もつかない。
そんな私の未熟さに、彼が付き合ってくれるわけもないだろう。
だから、実際にそうなったらどうなるか分からないものの。
一応今のところは。
彼に思い人ができたら、身を引くつもりでいる。
全く信用がおけないことが判明してしまった、はかない私の理性ではあるが。
……今のところは一応、そのつもりだ。
ユリヤン殿下は、掴みどころがない方だった。
ハジメとは親しそうだが、分かりやすいハジメと違って、考えを表面に出すことが少ない方だ。
飄々と振舞いつつも、深く考えられているような気がした。
もしかしたら私のハジメへの恋心も、気づかれているかもしれない。
際どい話題になると、要注意だと、私の中で警鐘が鳴っていた。
殿下はそれすら気づいて、ハジメには何も言わないでくださったような印象だったが。
そして4年生になり。
ついにハジメは協会の図書館にたどり着き。
求めるものがそこにないと、知ってしまった。
落胆して、しばらくは動けないだろう。
私はそう思っていた。
ハジメが、どれだけの情熱をもって協会の図書館を目指したのか、知っていたから。
その分、希望が潰えたら痛みも大きいだろうと思っていた。
しかし。
彼は、すぐに次の行動を決めた。
エルフの国を目指すという。
転移などという不可解なものを探すなら、エルフの長老に聞くのは、確かにいい考えだと思った。
落胆して、動けなくなってもいいのに、彼はすぐに最善と思える次の手を見つけてきて、行動しようとしていた。
その強さが、不思議だった。
彼に尋ねると、それが自分の生きる意味だからと、彼はそう答えた。
……生きる意味。
その言葉は、私の心に不和を生んだ。
私が生きるのは、グレンデル領の領民のためだ。
領を発展させ、領民の暮らしを良くすることが、私の生きる意味。
そう、納得していたはずだった。
しかし、それは間違いだと気づいてしまった。
そこには、ハジメのような強さがない。
ただ与えられた役割を全うするだけでは、生きている意味とはいえない。
そこに私の意志が加わらなければ。
運命の操り人形に過ぎないのだと。
そう感じた。
……では。
私の意志とはなんなのか。
自分に問いかけた。
すると驚くほど簡単に、答えは出た。
ハジメと共に旅がしたい。
ハジメの行く末を、この目で見たい。
ハジメが危険に晒されるなら、守りたい。
……ハジメのことばかりだった。
結局。
私の愛情は、出会ったときからずっと膨らみ続け。
風化することは、一切なかった。
この恋の行く末が、どんな演目になるのかは、まだ分からない。
しかし結末を知らないままに終わらせることだけは、耐えられなくなってしまっていた。
気づけば私は、劇で観た通りの決断をしていた。
理解できないはずだったもの。
それはいつの間にかすんなりと、私の中に馴染んでいた。
もしかしたらハジメと出会ったことで、私は愚かになったのかもしれない。
しかしきっと。
私は、この決断を後悔しない。
そう、確信していた。
意志を告げるため、父に会いに行った。
私は父が好きだった。
これまで、その教えを忠実に守って生きてきた。
常に領民を最優先に考える父を、誇りに思っていた。
厳格さの裏に、期待と愛情を感じて育てられてきたのだ。
そんな父に、嘘はつきたくなかった。
父に会うのはこれが最後になるかもしれない。
それならば、偽りのない、本心を告げて別れたかった。
好きな人のことも、見てもらいたかった。
だから、ハジメには無理を言って、屋敷まで来てもらった。
ハジメは不満げだったし、言いたいこともありそうだったが。
私のうろたえる様子を見て、その矛を収めてくれた。
彼は本当に、優しい人だ。
私が父に嘘をついたと思っている彼は、結末に少し違和感を覚えているようだった。
しかし、それはそのままでいいだろう。
その違和感を残しておけば。
いつの日か、私が誰に嘘をついているのか、彼が気づく時が来るかもしれない。
ハジメがそれに気づいたなら。
もしかしたらその時は私も、素直になれるかもしれないから。
さてと。
少しだけ、感傷に浸りたくもなるが、そうもいかない。
むしろ大変なのはこれからだ。
旅は過酷なものになるだろう。
そしてこれから、ハジメの旅に同行する許可を取り付けなくてはならない。
素直に許可を求めるのは、私の性格上無理なことは承知している。
……何とか理由をつけて、彼の旅に同行するとしよう。