異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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エルフの里編
出発


 ついに、出発の日になった。

 俺は今日、アバロンを発つ。

 

 ここは、初めて旅をして、たどり着いた目的地。

 冒険者になり、ランクを上げ、キマイラと戦い、魔術を学んだ。

 当初の目的は果たせなかったものの、感慨深い。

 

 こっちの世界に来てから。

 できる限り、危険は避けてきた。

 死にかけたこともあったが、自分から危険に飛び込んだことはなかった。

 

 今回は、目的のためにそれを破る。

 

 今の俺には、中級魔術がある。

 だが、いかに強力な魔術を持とうと、それだけでは足りない。

 それは、既に学んだことだ。

 もしも一人だったら。

 道中であっけなく死ぬことも、大いにあり得るだろう。

 それだけ魔物という存在は危ういし、俺は未熟だし、人の身体は脆い。

 

 ……しかし。

 俺には、仲間ができた。

 

 以前の世界で望んでやまず、ひたすらに欲して生きて、そしてついに叶えられなかったもの。

 その存在を今、確かに感じている。

 

 ――ひとりじゃない。

 それがどれだけ心強いか。

 

 この旅は、俺のためのもの。

 俺の目的を果たすための旅だ。

 

 そんなものに連れて行く二人。

 絶対に、無事にここに還す。

 

 旅立つ前。

 そんな決意をした。

 

 

 ―――――

 

 

 

「変な顔してどうしたのよ、ハジメ。

 もしかして、オークに身体を乗っ取られたの?」

 

 ガタゴトと揺れる馬車の中。

 決意を噛み締めていたら、エミリーからいわれのない非難を浴びた。

 

「オークにそんな能力があるのか?」

「知らないわよ。でもあんまりそっくりだったから、てっきりそうかと思って」

「人が真面目なことを考えてる顔に、そんな印象受けないでもらっていいかな」

「そんなの、私に言ってもしょうがないでしょう。

 私は思ったことを素直に口に出してるだけだもの」

「……じゃあもう少し気を遣って発言してくれよ。

 いくら俺でも、顔がオークにそっくりなんて言われたら、傷ついたりもするんだぜ?」

「カメムシの分際で、オークに例えられて怒るなんて、思い上がりも甚だしいわよ」

 

 フンッと鼻を鳴らすと、エミリーはそっぽ向いてしまった。

 

 ……どうしよう。

 旅に出てわずか数日で、さっそく決意が揺らぎ始めた。

 

「ハジメは、考え事をしていたんだろう?

 何かいい案でも浮かんだか?」

 

 クリスが、爽やかに会話を繋いでくれる。

 ささくれた心が少し癒された。

 

「いや、別に建設的なことを考えてたわけじゃないんだ。

 ちょっと気合いを入れてただけ」

 

 

 エルフの里までの道のりの詳細は、現在では失われてしまっている。

 大昔はエルフの里との交易も開かれていたそうだが、1000年ほど前から、エルフ達は歴史の表舞台に出てこなくなってしまった。

 なので、過去の僅かな史料をもとにあたりをつけ、とりあえずその辺りを目指すしかないというのが結論だ。

 

 ……改めて考えてみると、やばいなこれ。

 失敗しそうな匂いしかしないぞ。

 

「やっぱり、何か他に方法があるかな?」

 

 少し自信がなくなって、2人に聞いてしまった。

 

「出発前に調べて、話し合ったでしょう。

 これしかないってことになったんだから、考えたってしょうがないわよ」

 

 エミリーが切って捨てるように言う。

 

「私も、思いつかないな。

 エルフのことを知る人間を探す、というのも難しいだろう。

 そちらの方が時間がかかってしまいそうだ。

 やはり、出たとこ勝負で直接探すのが、一番手っ取り早いんじゃないか?」

 

 クリスもそれに同意した。

 まぁ二人ともなんとなく、直接的な手段の方が性に合ってそうだ。

 

「……そうだな。

 よし。このまま、微速前進だ」

 

 行き当たりばったりだが、頑張るしかない。

 旅の前から分かっていたことだが、改めて確認した。

 

 

 

 馬車は街道をゆっくりと進んでいる。

 

 エルフの里は、アバロンを出て北西の方角。

 北方のノーデンス領を越え。

 アルバーナを出て、小国を1つ越えた先。

 トリアノンという街のそばの、森の中にあるという。

 

 それ以上の詳細は不明。

 しかも本当にそこにあるのかも、実際のところ不明だ。

 

「……しかし、少しずつ寒くなってきたな」

 

 クリスが息を吐きながら言う。

 

 馬車は大陸を北上しており、クリスの言う通り少しずつ気温が下がってきている。

 吐く息が白くなるほどではないが、夜は肌寒さを感じるようになってきた。

 

「北国だからな。文献の通りなら、年中雪が降るらしいぞ」

 

 この世界には季節がない。

 つまり、寒い地域は常に寒いということだ。

 よくもまぁ、そんなところで生活する気になるものだ。

 俺だったら絶対、暖かい地域に移住するけどな。

 

「雪か。私は生まれも育ちもアバロンだからな。

 雪は一度も見たことがない。……楽しみだ!」

 

 クリスが弾むような声で言う。

 クリスは旅が始まってから、ずっとこんな感じだ。

 どうやら、初めての長旅にテンションが上がっているらしい。

 

「私も、自然の雪は見たことがないわね。

 魔術で出したことはあるけど」

 

 エミリーもやはり、楽しみなようだ。

 表に出してはいないが、言葉の端に、まだ見ぬ雪景色への期待がこもっている。

 

 ……ちなみに、俺はといえば。

 かつての世界で、雪は何度も見たことがある。

 

 白銀の景色に、美しさを感じはした。

 しかし、その頃の俺にとっては。

 冬のもたらす寒さの方が、重大な事柄だった。

 

 孤児院では月に一度、段ボールに入った古着が送られてきていた。

 ボランティアの人達が、善意で集めて送ってくれているものだ。

 

 しかし、その選択の優先権は、必然的にガキ大将とその取り巻きにある。

 いじめられっ子の俺に与えられるのは、誰も選ばなかった余り物だけ。

 俺はそれらを精一杯重ね着して、早く冬が過ぎればいいと祈っていた。

 冬の景色は綺麗だが、それを差し引いて大いに余る辛さをもたらすものだった。

 

「……俺は、寒いのは嫌だなぁ」

 

 そんな言葉が、口をついて出た。

 

「何を言ってるんだ、ハジメ。

 言い出しっぺがそんなことでどうする。

 私は楽しみで、ワクワクが止まらないぞ。

 寒さなど、私の情熱でかき消してやろうではないか!」

 

 クリスが鼻息荒く、瞳を輝かせてのたまっている。

 元気なのはいいことだが、もうちょっと落ち着いた方がいいんじゃないか?

 

「情熱もいいけど、ちゃんと寒冷用の装備は整えてきたんだろうな?」

「勿論だ!

 家のタンスをひっくり返して、最も暖かいものを持ってきた!」

 

 ……ん?

 それ大丈夫か?

 アバロンって年中適温だから、家のタンスに入ってる服なんて戦力になりそうにないけど。

 

「さらに、行きつけの服屋でいろいろと買い込んできた!

 ぬかりはない!」

 

 ドヤ顔のクリス。

 ……まぁ、それだけ言うなら大丈夫なんだろう。

 

 俺の装備も所詮アバロンの店で手に入れてきたものだ。

 寒冷用の衣服なんて需要がないから、店が全然なくて苦労したが。

 

 エミリーは無言で本を読んでいる。

 コイツのことだから、準備に手落ちはないのだろう。

 

 外を眺めると、だだっ広い草原だ。

 遠くに森が見え、そこには針葉樹系の樹木が目立つ。

 寒くなると、植生も変わる。

 その森の中に住む魔物達も、寒さに強い奴らが多くなるのだろうか。

 

 そんなことを考えている間にも。

 馬車はゆっくりと、目的地へと近づいていった。

 


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