異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

60 / 109
トリアノン

 

 トリアノン。

 

 その街は八方を山に囲まれており、街を繋ぐ街道にはトンネルが掘られている。

 恐らく、土魔術で掘られたものだろう。

 組み木や支柱などはなく、のっぺりとした石板でトンネルは構成されていた。

 

 御者は慣れた様子で、トンネルの中へ馬車を導いていく。

 トンネルの中は真っ暗。

 灯りは馬車に付いているカンテラと、御者が持つランプのみだ。

 まさに一寸先は闇。

 馬はよく、こんな道を歩いてくれるものだ。

 

 しばらく暗闇の中を進んだ後。

 小さく、出口の光が見えてきた。

 その光は徐々に大きくなり、そして――。

 

 

 長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった。

 そんな一節が頭に浮かんだ。

 

 遠くに街の城壁が見える。

 その城壁も、その奥の建物も、それらを囲む山々も。

 全てのものが雪を纏い、美しく仕立て上げられていた。

 雪化粧とは、よく言ったものだ。

 

 トンネルに入る前は、ぱらつく程度しか雪は降っていなかったというのに。

 山一つ越えただけで景色がガラリと変わってしまった。

 

「おお! これはすごいな!」

 

 クリスが馬車から身を乗り出して、白銀の世界を堪能している。

 エミリーも目を見開いて、窓にへばりついていた。

 

「……すごいな」

 

 思わず口からこぼれた。

 白い息が漏れる。

 

「ちょっとだけ馬車を降りて、走ってきてもいいだろうか?」

 

 弾む息を抑えられずに、クリスが言った。

 

「追いつけるならいいんじゃないか?

 一応、剣だけは持っていけよ」

「よし! では行ってくる!

 ふおおおお! 雪だー! あはははは!」

 

 クリスは馬車を飛び降りて、雪と戯れに走っていった。

 

 ……俺も行こうかな。

 俺の中の少年が、駆け回りたいと訴えてくる。

 いやしかし。

 あれは、クリスの体力と速さがあるからできることであって。

 俺がやったら、馬車に置いて行かれてしまう危険性がある。

 街まで歩くとなると大幅に時間をロスしてしまうし、ここは馬車で大人しくしていよう。

 

 ……なに、街に着いてからはしゃげばいいのだ。

 エミリーもウズウズしてる感じがするが、俺と同じ理由で踏みとどまったようだ。

 

「エミリー」

「何?」

「綺麗だな」

「そうね、綺麗だわ」

 

 エミリーの横顔の奥に、雪景色が見える。

 銀色の髪は、真っ白な背景にとてもよく似合っていた。

 

 しばらくエミリーと、窓の外を眺めて過ごした。

 

 

 

 ―――――

 

 

 それから小一時間ほどで、街に着いた。

 雪が積もらないようにか、建物全てにとんがった形の屋根が付いている。

 街道は、綺麗に雪が除かれていた。

 魔術によるものだろうか。

 一通りはしゃいだ後、宿を決めた。

 

 まともな宿に泊まれるのは、この街で最後だ。

 ここからは、野営しながら森を歩き回ることになる。

 馬車も通れないから、荷物も自分達で運ぶしかない。

 

 この寒さでの野営は未体験ゾーンだ。

 相当に過酷なものになることが予想される。

 アバロンで買った装備では、それに耐えられるか怪しい。

 この街にいるだけでも、すでに結構寒いのだ。

 

 しかし寒さに慣れたこの街なら。

 俺達の物よりも、性能のいい防寒具が売っているかもしれない。

 そう考えて、皆で街を探索したところ。

 そんなものが、殆ど全ての店で売られていた。

 

 このあたりの魔物の毛皮は、耐寒性が非常に高いらしい。

 普通に売られている服ですら、アバロンで探しに探したコートよりも暖かい。

 

 そのうえ、されに高級なものとして。

 火の性質を持つ魔物の素材を使った服が、ラインナップされていた。

 B級の魔物ファイアバードの羽毛や、同じくB級のボルケーノシープの毛皮を使用したもの。

 触ってみると、それ一枚で極寒の中でも過ごせそうなほどに暖かかった。

 しかし値段も、桁が一つ違う感じだ。

 

 俺は悩んだ結果、普通の装備を買うことにした。

 高級品には手を出すお金がなかった。

 それに、それらは運動すると逆に暑くなってしまいそうに思ったからだ。

 ちょっとさもしい選択だが、財布の中は寒くならずに済んだ。

 それにクリスとエミリーが、仲睦まじく服を選びあっているのを見てほっこりしたので、心は暖かかった。

 

 

 買い物を済ませた後は、酒場へと向かった。

 街で最も大きな酒場だ。

 目的の1つは、エルフの里についての情報収集。

 もう1つは、無事にここまで来られたことのお祝いだ。

 

 この辺の地酒を楽しみつつ。

 ある程度腹が満たされてから、店員に聞いてみた。

 

「あの、エルフの里に行きたいんですけど、何か知りませんか?」

 

 その質問に。

 

「……ああ、たまにいますねぇ。

 あなた達のように、エルフの里を訪ねてくる人が」

 

 予想外に、普通に店員は答えた。

 

「知ってるんですか?」

「いえ、もちろん具体的な場所は知りません。

 ただ、いくつかの本にこの街から西の方に存在するという記載があるようで、皆さんそれを頼りに西に向かっていきますね」

 

 なるほど。

 俺が調べた情報は、世界中の本に書かれているのか。

 ならば、冒険者たちがこの街にたくさん来るのも分かる。

 だが、今もエルフの里は見つかっていないはずだ。

 

「その人達は、エルフの里を見つけられなかったんですか?」

 

 そう質問した俺に、店員は首を振る。

 

「それが不気味なことに、そちらへと向かって、帰ってきた人がいないんですよ。

 雪山で遭難してしまっているのか。

 魔物にやられてしまっているのか。

 エルフの里を訪ねた後に、別の場所へ向かっているのか。

 ……理由は分かりませんが。

 ただ、皆さんエルフの里を見つけることを目的にしてました。

 目的を果たした後、この街に戻らないのは奇妙に感じます。

 ……ここまで来るのは大変だったでしょうが、もしかすると、エルフの里を訪ねるのは、やめておいた方が賢明なのかもしれませんよ?」

 

 店員の淡々とした言葉。

 場の空気が、張り詰めたものに変わる。

 店員は必要なことは告げたとばかりに、口をつぐんだ。

 

 ……もしかしたら、これまでの旅人に同じ話を何度かしたのかもしれない。

 しかし皆、忠告を聞かず目的地へ向かったのだろう。

 言っても結果が同じだと諦めていれば、こんな口調になるのも頷ける。

 

「……どんな人達だったんですか?」

 

 クリスが尋ねた。

 

「いろんな人がいましたよ。

 人数も性別も、装備もそれぞれで。

 10人以上の集団で来た人達もいましたね。

 俺達がエルフの里を白日の下に晒してやる。なんて息巻いてましたけど、やはり帰ってはきませんでした」

 

 そう言って、店員はため息をつく。

 それに対し、今度はエミリーが質問した。

 

「でも、昔は、エルフとの間に親交があったんですよね?」

「昔というか、大昔の話ですよ、それは。

 1000年以上も前の話です。

 記録は戦火に焼かれて、今ではほとんど残ってませんし。

 もはやエルフなんて、本当に存在するのかも怪しいですよ」

 

 ……まぁ、情報が少ないことは分かっていたことだから、それについては特に思うことはない。

 しかし。

 向かった人が誰も戻ってこないというのは、確かに不気味だ。

 この店員の言う通り、エルフの里が見つかったにせよ見つからなかったにせよ、来た道を戻ってきそうなものなのだが。

 

 店員が、チラチラと時計を見ている。

 解放しろということだろう。

 

「ありがとうございます。

 貴重なお話を聞けました」

 

 大銅貨を1枚を渡すと、店員は会釈して仕事に戻っていった。

 

「どうするのだ? ハジメ。

 私には、あの店員が嘘を言っているようには見えなかったが」

 

 クリスが言った。

 

「そうだな。嘘を言うメリットもないだろうし。

 ……どうしようか。

 確かに不気味な話だ。

 慎重に判断する必要はあると思うけど」

 

 とは言ったものの、いい考えがあるわけではない。

 方法は結局、自分達の足で探すことしか思いつかない。

 話し合っても、あまり建設的な意見は出なかった。

 

「……街で聞き込みをしてみましょう。

 何か分かるかもしれないわ」

 

 とりあえず、エミリーのその案を採用することにした。

 確かに、あの店員の言ったことをそのまま真に受ける必要はない。

 情報源を増やして、得られた情報を照らし合わせてからでも、判断は遅くないだろう。

 

 少し、出鼻をくじかれたような気分で宿へと戻り。

 俺は早々に、ベッドに潜った。

 

 先行きに漠然とした不安を感じつつ。

 トリアノンでの夜は過ぎていった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。