異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
雪山に入って初めての、夕食の準備にとりかかった。
仕留めたホワイトボアを解体する。
作業はクリスが慣れていて、彼女の役目としている。
ただ、俺も見ながら勉強させてもらう。
割と大変な作業だし、クリスに任せっぱなしではよくないだろう。
基本は、昔仕留めたウサギの時と変わらないようだ。
首から腹へと切れ目を入れて、血抜きをする。
雪や水で腹の中を洗い、内臓を切り捨てた後、皮を剥ぎ、部位ごとに切り分ける。
大雑把に言えば、それだけだ。
見ていて、あまり忌避感はなかった。
ウサギの時に慣れたのか。
クリスの作業が、的確で素早かったからかもしれない。
彼女は服も一切汚さずに作業を終え、道具を洗っている。
上手な外科手術を見るのはこんな感じなのだろうか、と益体もないことを考えた。
クリスの解体を見学しつつ、俺は料理と食事の準備を済ませておく。
土魔術でテーブルと椅子を作り、テーブルの上に持参したカップと皿を置く。
カップも皿も、割れない金属製のものだ。
アルミのような材質で、金属の割には軽い優れもの。
値段は高かったが、長旅には重宝する。
さらに、テーブルの近くに木の枝を組んで、火魔術で焚き火を作る。
着火剤など必要ない。
ひたすらファイアで焼き続ければ、そのうち火は付く簡単なお仕事だ。
魔術でカップに水を注ぎ、準備は完了。
しかし一つ、問題があった。
パーティーの中に誰一人、料理をできる者はいなかったのだ。
しかたがないので、とりあえず今日は俺が作ってみることにした。
エミリーが採ってきた山菜を洗って鍋に入れ、調味料と水を入れて煮込む。
猪肉は塩胡椒をまぶした後、串に刺して焚き火で炙った。
それぞれ少しずつ味を調整した後、スープを深皿に注ぎ、肉を切り分けて皿に盛り付ける。
簡単だが、まぁこんなもんだろう。
テーブルには既にクリスとエミリーが着席していた。
2人とも、片手にフォークを握りしめている。
どうやら腹ペコらしい。
「はい。今日の夕食はホワイトボアのステーキと山菜のスープだ。
ボアの肉はたくさんあるから、おかわりが必要なら教えてくれ」
「「いただきます」」
2人が声を揃えて食事の前の挨拶をし、料理を食べ始めた。
俺も肉を食べてみる。
めちゃくちゃ美味い。
ホワイトボアは、トリアノンの街でもメインの食肉として流通しているくらい、肉の質は高いのだ。
ただ焼いただけで、普通においしく頂けた。
「これは美味いな。
ハジメ、おかわりを頼む」
「あいよ」
旅で分かったが、クリスはよく食べる。
男の俺よりも食べる量が多い。
塩胡椒をまぶした肉の塊から切り分けて、焚き火で焼いてクリスの皿に乗せた。
「肉については、今日獲れた分を凍らせて運べば、あと3、4日は持ちそうだ。
森に入る前は不安だったけど、今のところはとりあえず順調ってところでいいか?
もし何か提案とかあったら、遠慮なく言ってくれ」
初日が終わりに近づいたこともあり、2人にこれまでの状況を確認してみる。
「そうねぇ。
今のところは別に。
寒さも装備のおかげでそれほど辛くはないし。
クリスがいれば魔物に全然襲われないし。
食料も困らなそうだし。
多少栄養は偏るかもしれないけど、しばらく旅をするくらいなら病気にかかったりはしないでしょう。
とりあえず、目立った問題はないと思うわ。
あとは夜を越すのが課題かしらね」
エミリーは特に意見なし。
「そうだな。
私もエミリーとほぼ同意見だ。
もう少し進んで、魔物の生息域が変わったりすれば警戒する必要があるが。
今のところは、心配ないように思う。
あとは……そうだな。
そういえば、やぐらで確認する時は全員で登った方がいいんじゃないか?
私も進む方向の目安がたてやすいし、一人よりも三人の方が、気づくことも多いだろう」
クリスの意見。
言われてみればその通りだ。
俺ひとりでやぐらに登っていたが、普通に考えて全員が景色を共有した方がいい。
特に、進む方向を決めているクリスにとっては、とても重要な情報だろう。
「確かにその通りだな。
明日からは全員で登ることにするか」
今までそうしなかったのは、俺の土魔術に人を乗せることが不安だったからだ。
しかし、今日一日でかなり慣れた。
三人で乗っても大丈夫だろう。
「本格的に日が暮れてきたわね。
今日はこの辺りで休みましょうか」
エミリーが、周囲を見回しながら言った。
気づけば、辺りはかなり暗くなっていた。
あと30分もすれば、完全に日が暮れてしまうだろう。
「ホントだな。野営の準備をしないと」
「ハジメが任せろと言っていたから、野営の装備は何も持ってきてないが、本当に大丈夫なのか?」
「ああ、任せとけ。
こっちの方が、やぐらより簡単だ」
クリスの質問に、俺は自信満々に答えた。
食器を洗って片付けた後。
適当な場所に向けて、杖をかざす。
淡い光が辺りを覆った後。
硬い土が地面からせり上がり、俺のイメージを現実に作り上げていった。
イメージは、広さ10畳ほどの小屋。
どちらかと言えば箱に近いが。
それを2つ、数秒で完成させた。
「今日はここで寝ることにしよう。
……ついでに風呂も作っとくか」
目の前に土魔術で穴を掘り、石板で固め、中に水魔術でお湯を流し込んだ。
その周りに、2つの小屋と同様に壁と屋根を作り、簡易の風呂を完成させる。
「体を洗う間は無防備になるから、風呂は一人ずつにしよう。
入るのはクリスからにするか。
魔術がないと、お湯を温め直せないから」
振り返ると、クリスが固まっていた。
驚いた顔でこちらを見ている。
「いや、その、ハジメ。
改めて見るとすごいな。ハジメの魔術は。
昼もやぐらをいくつも作っていたし……それだけの魔術を使って、魔力は大丈夫なのか?」
「ああ、全然問題ない。
前に説明しただろ?
俺は魔力切れを起こしたことがないんだよ。
どれだけ使ったら魔力がなくなるのか、俺にも分からないくらいだ。
少なくともこれくらいのことなら、あと10回繰り返しても無くなりはしない」
「そ、そうか。
まぁ、頼もしい限りだ」
クリスは出来上がった建物を見ながら、へぇー、と少し間の抜けた声を出していた。
「完全に暗くなると煩わしいから、手早く済ませましょう。
小屋に荷物を置いて、クリスからお風呂に入って」
「そうだな、すまない。
では先に入らせてもらおう。
……まさか、旅路で風呂に入れるとは思わなかった」
クリスはいそいそと小屋へと歩き、嬉しそうな顔で風呂へ向かっていった。
その後。
エミリー、俺の順で風呂に入ったら、辺りは真っ暗になってしまった。
小屋に入って横になる。
寝袋はないから、床に雑魚寝だ。
底冷えするような寒さだが、魔物の素材を使った毛布は暖かく、問題なく眠れそうだ。
魔術の灯りを消すと、完全な闇が訪れた。
ひとまず、ここまでは順調と言っていいだろう。
さしたる問題は起こってない。
夜に魔物に襲われる不安はあるが、接近してきた魔物の気配は俺にも分かるし、クリスレーダーは夜も作動している。
大丈夫だろう。
闇の中で思案していると。
睡魔がやってきて、いつのまにか眠りに落ちていた。