異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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森の中の冒険②

 朝。

 小屋を出ると、すでにクリスが朝食を作っていた。

 

「ハジメ、おはよう」

「ああ、おはよう。早いな、クリス。

 何を作ってるんだ?」

「朝日で目が覚めてな。

 外に出ると羽ウサギがいたから、捕まえて焼いているところだ」

 

 クリスの背後で煙がもくもくと上がっており、その下でウサギらしき肉が焼かれていた。

 

「仕事が早くて助かるよ。

 でももっと休んでいいんだぞ。

 旅の間、ずっと魔物の気配を探ってもらってるんだ。

 疲れるだろ?」

「いや、それほどではない。

 慣れてるし、もう感覚の一部のようなものだからな。

 疲労はハジメ達と変わらないだろう。

 むしろ、あれだけ魔術を使ったハジメの方が疲れているんじゃないか?」

「いや、俺も大丈夫だ。

 じゃあ、お互い問題ないってことだな。

 ……エミリーは?」

「私が起きた時には寝ていたし、料理をしている間も出てきてはいないようだ。

 まだ寝てるんじゃないか?」

 

 案外、一番疲れてるのはエミリーかもしれないな。

 ついこの間まで魔物を見たこともない貴族の令嬢だったんだ。

 初めての旅がこの旅では、ハード過ぎるというものだ。

 ゆっくり寝かせてやろう。

 

 クリスがウサギの肉に調味料をかけ、炎が一段強くなった。

 ジュウッといい音がする。

 その音を尻目に魔術でテーブルを作ったあと、荷物から皿とコップを取り出して並べた。

 コップには水をいれる。

 

 ――さて、今日も1日が始まる。

 

 

 

 食事の用意が完了してから、エミリーはのそのそと起きてきた。

 瞼は少し腫れぼったく、無防備な顔をしている。

 ふとサンドラ村のニーナを思い出し、懐かしい気持ちになった。

 

「おはよう、エミリー」

「ええ、おはよう。

 ……その、悪かったわね。食事の準備をさせてしまって」

「謝る必要はねーよ。

 食事はほとんどクリスが準備したし、クリスにしたってできたからやっただけだろ。

 お前が言ったんじゃないか。貸しとか借りとか、そんなものはつまらないって。

 お前が無理に早起きして、疲れがたまったんじゃ意味ないだろ。

 ごめんなさいより、ありがとうだ」

「そうだったわね。

 ……ハジメに諭されるなんて、私も堕ちたものね」

「その一言は謝ってもらってもいいぞ?」

 

 エミリーは俺の言葉を無視して回れ右し。

 「顔を洗ってくるわ」と言って、風呂の方に歩いていった。

 

 その後皆で羽ウサギの丸焼きを食べ、準備を整えて出発した。

 食事の中で、エミリーはクリスに感謝の言葉を述べていた。

 

 

 ―――――

 

 

 旅は、順調に進んだ。

 1時間おきに目印をたて、5時間おきにやぐらを作って確認する。

 すでに街は見えなくなったが、目印は一直線に連なって、帰り道を示している。

 目印は着実に、西へと延びていく。

 

 ……道中、色々なことが起こった。

 

 雪が強く降る時は、やぐらに登っても目印が見えなくなってしまうので、動かずに休んだ。

 途中でエミリーが熱を出し、3日間看病した。

 クリスが探知し損なった魔物が襲ってきて、エミリーが魔術で仕留めたこともあった。

 俺が誤って毒キノコを料理に入れてしまい、皆の舌が痺れたこともあった。

 

 起こった時は不安になるが、過ぎてしまえば大したことではなかったようにも感じる。

 雪はいずれ止んだし、

 エミリーは元気になったし、

 魔物は食料にできたし、

 舌の痺れは治癒魔術で回復した。

 

 エミリーとクリスに対しても、さらに友情を深めることができた。

 彼女達同士も、まるで昔からの親友だったかのように会話するようになった。

 

 ――気づけば、トリアノンの街を出て1ヶ月が過ぎようとしていた。

 

 

 ―――――

 

 

「しかし、いっつも同じ景色で飽きてくるわね」

 

 森を歩いていると、珍しくエミリーが愚痴をこぼした。

 確かに、景色はずっと変わり映えのない森の中だ。

 同じ場所は通っていないはずだが、昨日と何が違うか聞かれても答えられはしない。

 

「確かに、どうしたって飽きてくるよな」

 

 俺もつい愚痴っぽくなってしまう。

 本当に、エルフの里なんてあるのだろうか。

 いくつかの文献に載ってはいたものの、それはあくまで、かつて存在したという記録でしかない。

 今もなお存在し続けているという保証は、どこにもないのだ。

 

 しかしまぁ、そんなことは分かりきっていたことだ。

 それでも、エルフの里があると信じて探すことに決めたのだ。

 その信念に沿った行動を、変えるつもりはない。

 俺やエミリーの心に湧いてでたのは、行動を変えるつもりのない、現状への不満。

 つまり愚痴だ。

 

「初めてだな、2人がそんなことを言うのは。

 気持ちは分かる。

 分かるが、しかし私は旅が始まってからというもの、楽しくて仕方ないぞ。

 2人がいつもそばにいてくれるからな。

 それだけで私にとっては、この旅が充分に価値のあるものになる。

 一生このままでもいいくらいだ」

 

 クリスが笑いながら言った。

 俺は一生このままは嫌だ、と思いつつも、その前向きさに励まされてしまう。

 俺のための旅だというのに、情けない限りだ。

 

 エミリーを見ると、彼女は目を細め、頬を少し緩めた顔でクリスを見ていた。

 まるで、友人の美点を改めて発見した女の子のような顔だ。

 

 雪を投げつけてみた。

 雪玉は綺麗な放物線を描き、エミリーの頭に命中した。

 雪を払いながら、エミリーが振り返る。

 

「死にたいのかしら? ハジメ」

 

 その顔はまるで、屠殺される寸前の豚を見る業者の人のような顔だった。

 

「すみませんでした。死にたくないです」

「なんのつもりかしら?」

「いや、この旅で得られた信頼を確かめようかなと思って」

「ほう。どうなると思ったの?」

「『ハジメったら、そんなやんちゃな一面もあるのね』って、笑ってもらえるかなって」

「なるほどね。それで、言い残すことはある?」

「サンドラ村の家族に、ハジメは勇敢に散ったと伝えて欲しい」

「わかったわ」

 

 エミリーがそう発した瞬間、俺の周りに無数の雪玉が出現し、俺の顔面を目掛けて次々に飛んできた。

 なんと高度な無詠唱魔術だ。

 

「うげげげげげげげ!」

 

 無表情で俺の顔面に数百発の雪玉を撃ち抜いた後。

 フンッと鼻を鳴らして、エミリーは進み始めた。

 俺は腫れあがった顔に治癒魔術をかけ、無言で後を追った。

 ……死ぬかと思った。

 

 

 ここまでの道程は、全く問題なかった。

 エミリーや俺の愚痴も、こんな悪ふざけも。

 安全を確保した上で、余力があったから生まれたものだ。

 

 しかし、もしかしたら。

 そのようなものを、油断と呼ぶのかもしれない。

 


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