異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
朝。
小屋を出ると、すでにクリスが朝食を作っていた。
「ハジメ、おはよう」
「ああ、おはよう。早いな、クリス。
何を作ってるんだ?」
「朝日で目が覚めてな。
外に出ると羽ウサギがいたから、捕まえて焼いているところだ」
クリスの背後で煙がもくもくと上がっており、その下でウサギらしき肉が焼かれていた。
「仕事が早くて助かるよ。
でももっと休んでいいんだぞ。
旅の間、ずっと魔物の気配を探ってもらってるんだ。
疲れるだろ?」
「いや、それほどではない。
慣れてるし、もう感覚の一部のようなものだからな。
疲労はハジメ達と変わらないだろう。
むしろ、あれだけ魔術を使ったハジメの方が疲れているんじゃないか?」
「いや、俺も大丈夫だ。
じゃあ、お互い問題ないってことだな。
……エミリーは?」
「私が起きた時には寝ていたし、料理をしている間も出てきてはいないようだ。
まだ寝てるんじゃないか?」
案外、一番疲れてるのはエミリーかもしれないな。
ついこの間まで魔物を見たこともない貴族の令嬢だったんだ。
初めての旅がこの旅では、ハード過ぎるというものだ。
ゆっくり寝かせてやろう。
クリスがウサギの肉に調味料をかけ、炎が一段強くなった。
ジュウッといい音がする。
その音を尻目に魔術でテーブルを作ったあと、荷物から皿とコップを取り出して並べた。
コップには水をいれる。
――さて、今日も1日が始まる。
食事の用意が完了してから、エミリーはのそのそと起きてきた。
瞼は少し腫れぼったく、無防備な顔をしている。
ふとサンドラ村のニーナを思い出し、懐かしい気持ちになった。
「おはよう、エミリー」
「ええ、おはよう。
……その、悪かったわね。食事の準備をさせてしまって」
「謝る必要はねーよ。
食事はほとんどクリスが準備したし、クリスにしたってできたからやっただけだろ。
お前が言ったんじゃないか。貸しとか借りとか、そんなものはつまらないって。
お前が無理に早起きして、疲れがたまったんじゃ意味ないだろ。
ごめんなさいより、ありがとうだ」
「そうだったわね。
……ハジメに諭されるなんて、私も堕ちたものね」
「その一言は謝ってもらってもいいぞ?」
エミリーは俺の言葉を無視して回れ右し。
「顔を洗ってくるわ」と言って、風呂の方に歩いていった。
その後皆で羽ウサギの丸焼きを食べ、準備を整えて出発した。
食事の中で、エミリーはクリスに感謝の言葉を述べていた。
―――――
旅は、順調に進んだ。
1時間おきに目印をたて、5時間おきにやぐらを作って確認する。
すでに街は見えなくなったが、目印は一直線に連なって、帰り道を示している。
目印は着実に、西へと延びていく。
……道中、色々なことが起こった。
雪が強く降る時は、やぐらに登っても目印が見えなくなってしまうので、動かずに休んだ。
途中でエミリーが熱を出し、3日間看病した。
クリスが探知し損なった魔物が襲ってきて、エミリーが魔術で仕留めたこともあった。
俺が誤って毒キノコを料理に入れてしまい、皆の舌が痺れたこともあった。
起こった時は不安になるが、過ぎてしまえば大したことではなかったようにも感じる。
雪はいずれ止んだし、
エミリーは元気になったし、
魔物は食料にできたし、
舌の痺れは治癒魔術で回復した。
エミリーとクリスに対しても、さらに友情を深めることができた。
彼女達同士も、まるで昔からの親友だったかのように会話するようになった。
――気づけば、トリアノンの街を出て1ヶ月が過ぎようとしていた。
―――――
「しかし、いっつも同じ景色で飽きてくるわね」
森を歩いていると、珍しくエミリーが愚痴をこぼした。
確かに、景色はずっと変わり映えのない森の中だ。
同じ場所は通っていないはずだが、昨日と何が違うか聞かれても答えられはしない。
「確かに、どうしたって飽きてくるよな」
俺もつい愚痴っぽくなってしまう。
本当に、エルフの里なんてあるのだろうか。
いくつかの文献に載ってはいたものの、それはあくまで、かつて存在したという記録でしかない。
今もなお存在し続けているという保証は、どこにもないのだ。
しかしまぁ、そんなことは分かりきっていたことだ。
それでも、エルフの里があると信じて探すことに決めたのだ。
その信念に沿った行動を、変えるつもりはない。
俺やエミリーの心に湧いてでたのは、行動を変えるつもりのない、現状への不満。
つまり愚痴だ。
「初めてだな、2人がそんなことを言うのは。
気持ちは分かる。
分かるが、しかし私は旅が始まってからというもの、楽しくて仕方ないぞ。
2人がいつもそばにいてくれるからな。
それだけで私にとっては、この旅が充分に価値のあるものになる。
一生このままでもいいくらいだ」
クリスが笑いながら言った。
俺は一生このままは嫌だ、と思いつつも、その前向きさに励まされてしまう。
俺のための旅だというのに、情けない限りだ。
エミリーを見ると、彼女は目を細め、頬を少し緩めた顔でクリスを見ていた。
まるで、友人の美点を改めて発見した女の子のような顔だ。
雪を投げつけてみた。
雪玉は綺麗な放物線を描き、エミリーの頭に命中した。
雪を払いながら、エミリーが振り返る。
「死にたいのかしら? ハジメ」
その顔はまるで、屠殺される寸前の豚を見る業者の人のような顔だった。
「すみませんでした。死にたくないです」
「なんのつもりかしら?」
「いや、この旅で得られた信頼を確かめようかなと思って」
「ほう。どうなると思ったの?」
「『ハジメったら、そんなやんちゃな一面もあるのね』って、笑ってもらえるかなって」
「なるほどね。それで、言い残すことはある?」
「サンドラ村の家族に、ハジメは勇敢に散ったと伝えて欲しい」
「わかったわ」
エミリーがそう発した瞬間、俺の周りに無数の雪玉が出現し、俺の顔面を目掛けて次々に飛んできた。
なんと高度な無詠唱魔術だ。
「うげげげげげげげ!」
無表情で俺の顔面に数百発の雪玉を撃ち抜いた後。
フンッと鼻を鳴らして、エミリーは進み始めた。
俺は腫れあがった顔に治癒魔術をかけ、無言で後を追った。
……死ぬかと思った。
ここまでの道程は、全く問題なかった。
エミリーや俺の愚痴も、こんな悪ふざけも。
安全を確保した上で、余力があったから生まれたものだ。
しかし、もしかしたら。
そのようなものを、油断と呼ぶのかもしれない。