異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
それは、唐突に訪れた。
いつものように、目印を置きながら歩いていると。
先頭のクリスが立ち止まった。
「どうした?」
クリスに聞くが、返事はない。
だがその表情は、明らかに様子がおかしかった。
せわしなく周囲の様子を伺っている。
「どうしたの?」
エミリーも不審に思ったらしい。
「……これまでに感じたことがない気配がする。
少しずつ、こちらに近づいてきている。
なんだか分からないが、よくないもののような気がする」
ようやくクリスが口を開いた。
「つまり、新手の魔物ってことか?」
「そうだと思うんだが、なんだか不気味だ。
普通の魔物とは違う。
こんな気配は初めてだ」
戸惑った表情のクリス。
俺も、こんなクリスを見るのは初めてだ。
「俺たちはどうしたらいい?」
「……そうだな、とりあえず気配の方向と逆に移動してみることを提案したい。
近づくのは、危険だと思う」
「わかった。そうしよう」
クリスの言葉に従い、進む方向を変えることにした。
彼女の背中を見ながら、早足でひたすら歩く。
時々クリスは後ろを振り返った。
その表情から察するに、危険は去っていないようだ。
しかし一体、何がいるというのだろうか。
普通に考えたら魔物だろうが、クリスの様子は尋常ではない。
あのキマイラに対しても、幼き日のクリスは普通の魔物だと思って近づいたという。
ということは、原因は魔物の強さというわけではないのだろう。
正体不明な存在が近くにいる。
その不気味さに脳内警報が鳴り響き、歩くのが速くなる。
このまま振り切りたい。
やがて、少し開けた場所に出た。
そばに川が流れており、上流には滝がある。
クリスは立ち止まり、こちらを振り返って言った。
「……ダメだ。
どうやら、私達を狙っているらしい。
少しずつ、距離が詰まってきている」
遠ざかってやり過ごすことは、できそうにないらしい。
ということはつまり、覚悟を決めるしかないということだ。
正体不明の敵と、相対する覚悟を。
「ここで迎え撃とうというわけね?」
「ああ。視界を遮るものはできるだけない方がいいと思って、開けた場所を探してみた」
「悪くない環境だと思うわ」
エミリーが荷物を置き、ヒュンッと杖を振る。
彼女はとっくにやる気のようだ。
「……やるしかないか」
俺も荷物を放り出し、杖を構える。
「接敵までもう少し時間はある。
できるだけ有利な位置で迎え撃とう」
クリスの言葉に従い、位置取りを決める。
前衛はクリス、俺とエミリーは後衛。
滝を背後にして、森からは出来るだけ離れた位置で待機する。
滝の落ちる音だけが、辺りに響く。
クリスの後ろ姿は微動だにせず、状況の変化に対して備えている。
エミリーの表情は、いつになく不安げに見える。
俺はエミリーに何か声を掛けようと思ったが。
「――来るぞ!」
クリスの叫びによって、行動はかき消された。
彼女が見つめる一点を、俺とエミリーも凝視する。
木々の暗がりから。
何者かが、ゆっくりと現れた。
そいつは、2本の脚で立っていた。
腕も2本で、頭は1つ。
人間に近い形だが、決定的に違う点が3つ。
1つ目は、肌が鱗に覆われていること。
2つ目は、同じく鱗に覆われた、翼があること。
3つ目は、頭に、角が生えていること。
……何だこいつは?
魔物というには、ヒトに近すぎる。
ヒトというには、魔物に近すぎる。
「何者だ!」
クリスが叫ぶ。
しかしその声を意に介さず、そいつはこちらへ近づいてくる。
「止まれ!
それ以上近づけば、斬る!」
クリスが再度叫ぶ。
無視して近づいてくるかと思ったが、そいつはピタリと動きを止めた。
どうやら、言葉が通じるようだ。
クリスまでの距離は10メートルといったところか。
「貴様は何者だ!
なぜ、私達に近づく!?」
その言葉を聞いて。
そいつはゆっくりと表情を変える。
血走った赤い眼を細め、鋭い牙の覗く口角を持ち上げた。
つまり――笑った。
「ナゼ近ヅク?」
さらに。
言葉を発した。
まるで金属の弦をノコギリで奏でるかのような。
思わず耳を塞ぎたくなるような音。
「クックックッ。
……マサカソンナコトヲ尋ネラレルトハナ。
人間トハ、ナント愚カナノダ。
ソンナコトハ、ハルカ昔カラ、決マリキッテイルトイウノニ」
……遥か昔から?
……どういう事だ?
警戒する俺達に向かって、そいつはさらに続ける。
「――貴様ラ人間ヲ、殺スタメダ。
殺スタメニハ、近ヅカネバナルマイ?」
戦慄した。
その言葉を構成する全ての要素が、俺達とは相容れないことを物語っていた。
そこで初めて。
俺は目の前の存在が何者なのか、思い当たった。
――魔族だ。
はるか昔からヒトと争い、殺し合ってきた存在。
本で読んだことしかないが、なぜだか確信を持てる。
こいつは、これまでに出会った全ての生き物と、明らかに違う。
殺さなければ、殺される。
俺の中の生存本能が、そう訴えかけてくる。
「エミリー、クリス!
こいつは敵だ! やるしかない!」
叫び、杖に魔力を集める。
「フハハハハハ!
ソウデナクテハ、興ガ乗ラントイウモノダ。
セイゼイアガクガイイ、脆弱ナ人間ドモヨ!」
戦いが、始まった。