異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
「それは、その人を救おうとしてるんだよね?
すごい発想だね。
心臓を外から手で押して動かすなんて、考えつかなかったよ」
そのエルフは。
気付けばすぐそばにいて、興味深そうにこちらを見ていた。
「……ああ、ごめんよ。自己紹介がまだだったね。
僕はカヤレツキ。
見ての通り、しがないエルフだ」
突然現れたその存在に、あっけにとられた二人だったが。
自己紹介を聞いて、ようやく我に返った。
摩耗した頭をなんとか回転させ。
目の前の状況への対応を考える。
「……名前は分かった。
それで、何の目的でここにいる?」
一瞬の逡巡ののち。
クリスは立ち上がり、剣柄に指をかけた。
本来なら、手放しに喜んでもいいところだ。
この旅の目的はエルフの里なのだから。
エルフに会えたなら、手がかりにならないわけがない。
しかしそうするには、状況が切迫しすぎていた。
こちらに接近した理由がわからない以上、隙を見せるわけにはいかない。
クリスはそう判断した。
「驚かせてごめん。
でも、そんなに警戒しないでくれよ。
僕がここに来たのは、君達を手助けしたいからなんだ。
詳しい事情はちょっと長くなるから、今は話せないけど。
信じてほしい。
それに……ほら、もし君たちを害する目的なら、声をかけたりはしないんじゃないかな?
声をかけるまで、君たちは全然僕に気付いてなかったんだからさ。
その優位を捨てるのは、合理的じゃないはずだよね?」
エルフは真摯な面持ちで言った。
両手を上げ、武器を持っていないことをアピールしている。
今このタイミングで、ここに来た理由は気にかかるが。
表情や振る舞いは、害意があるようには見えなかった。
さらにその動作の一つ一つから、クリスは彼の戦闘能力の低さを読み取った。
それらの考えを統合し。
クリスはひとまず、このエルフを信用することに決めた。
「……すまなかった。
非礼を許してくれ。
こちらにも余裕がないもので」
剣柄から指を離し、頭を下げる。
「いいよいいよ。
突然見たこともない種族が目の前に現れたら、警戒するのが当たり前さ。
……それで、そのヒトは大丈夫?」
指し示す先には、横たわるハジメと、必死で蘇生を続けるエミリーの姿。
クリスの表情に痛みが走る。
今の状況を言葉にすること。
それは今の彼女にとって、酷な要求だった。
「さっき……戦闘があって。
ひどい怪我を負ったんだ。
怪我自体は治癒魔術で治したんだが……。
心臓が、動かないまま、どんどん冷たくなって……」
言いながら、もうダメだと思ってしまった。
心臓が止まり、呼吸がない。
それが死以外の何だというのだ。
藁にもすがる思いで、昔ハジメに教わった蘇生法を実行してみたが。
何も変わらぬまま、ハジメはどんどん冷たくなっている。
……涙が溢れてくる。
もう、ハジメは戻らないのだ。
「――僕が治そうか?」
目の前のエルフ――カヤレツキは、事もなげに、そう言った。
「え?」
思わず、クリスは聞き返す。
「もしよかったら、だけど。
僕、治癒魔術は得意分野なんだ。
心臓が止まってからも、そうやって延命をしてくれてたなら、もしかしたら治せるかも」
その言葉に――。
「お願いします!」
エミリーが、即座に反応した。
「お願いします!
何でもします!
何でもしますから!
ハジメを助けて下さい!
お願いします!」
ハジメの胸骨を押しながら、エミリーが叫ぶ。
頭には雹が積もり。
髪も服も、血と泥で汚れ。
赤く泣き腫らした目で懇願するその姿。
それは、普段の彼女からは想像もできないほどかけ離れていた。
しかしそのまっすぐな本心に、クリスの胸中までもが震わされる。
クリスも、エミリーに習って深々と頭を下げた。
「私もお願いします。
私も、できることなら何でもします。
彼を助けるすべをお持ちならば、何とぞお施しを賜りたく」
クリスにとっても、ハジメはかけがえのない存在だ。
もし蘇生が叶うというなら、自分の持つ全てを失っても構わないと思えるほどに。
そんな彼女らの願いに、カヤレツキは微笑んだ。
「……いいパーティーなんだね。
倒れてる彼が、少しうらやましいよ」
彼はハジメの傍に近づき、腰を下ろす。
「えっと、お礼とかは何もいらないかな。
さっきも言った通り、ボクは君達の手助けをするために来たんだ。
それに、申し訳ないけど、確実に治せる保証があるわけじゃない。
もし思うようにいかなかったら、ごめんね」
カヤレツキはそう言うと、懐から杖を取り出した。
「……じゃあ、はじめるよ」
カヤレツキが、ハジメに向けて杖をかざす。
すると、ハジメの身体がエメラルドグリーンの光に包まれた。
やわらかく、暖かい光。
その光によって。
壊死を迎えていなかった細胞達が活性化され。
少しずつ、本来の働きを取り戻していく。
「ちょっと驚くかもしれないけど、心配しないでね」
そう言って、カヤレツキが杖を振る。
すると、空中に水の玉が出現した。
両手で抱えるくらいの大きさの水球が、ぷかぷかと浮かんでいる。
そして、突如。
その水球から棘が生え、ハジメの首を突き刺した。
「――何を!」
エミリーが立ち上がりそうになるが、クリスが制止する。
放っておいても死ぬ人間を、自分達の反感を買ってまで傷つける理由がない。
そう判断したからだ。
その棘は。
首の皮膚を貫き、頚静脈へとつながっていた。
棘から血管内へ、水が流れ込む。
血液の枯渇により収縮していた血管が、徐々にその容積を取り戻していく。
さらに、魔力により体中の造血細胞も活性化し。
生理的な限界を超えた速さで、血球が血管内へと供給される。
瞬く間に、血管が血液を送る道路としての機能を取り戻した。
「さて、ここがちょっと難しいんだけど……えいっ」
カヤレツキは杖を上げ、ハジメの胸へと振り下ろした。
トンッ、と乾いた音がした後に。
その音量に見合わない鋭さで、ハジメの身体が跳ねる。
それにより、心筋が収縮し、ごくわずかに心臓が動いた。
その運動を、魔力により活性化した洞結節が敏感に感じ取り、働きを再開する。
洞結節から送られる電気信号は、心筋へと伝わり。
それらは、収縮と弛緩を繰り返した。
――つまり。
心拍が、再開した。
「……よし。
これでひとまずはいいかな。
ただ、呼吸は脳が回復してくれないとどうしようもないんだよね。
さっきみたいにチューしてもらってもいいけど、それだと大変だもんね。
うーん。どうしようかな」
カヤレツキは腰に持っていた革袋を取り出し、中身をドボドボと捨て、袋をハジメにくわえさせた。
口の周りに隙間ができないようにその袋を押すと、ハジメの胸が上下する。
「はい、これ、やってあげて。
それじゃ、今から里に案内するね」
呆然とその様子を眺めていた二人は、その言葉で我に返った。
差し出された袋をクリスが受け取り、おずおずと袋をハジメの口に当てる。
エミリーには、目の前の光景が信じられなかった。
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「……心臓、動いてるんですか?」
「うん。動いてるよ。触ってみたら?」
エミリーは恐る恐るハジメの胸に手を伸ばす。
ドクン、ドクンと。
そこには確かに、鼓動が存在した。
「動いてる……」
「でしょ?
でも頭の方がどうなってるかわからないから、回復については今の時点では何とも言えないんだ。
ごめんね。
ただ、とりあえず一命は取り留めたって感じかな。
君達の治療のおかげだよ。
放置された時間が長かったら、無理だったと思う」
エミリーはその言葉を、ほとんど聞いていなかった。
ハジメの心臓が動いている。
その事実だけで、頭の中は喜びに埋め尽くされていた。
「ありがとう……ございます」
不思議だ。
今日、あれほど涙を流したというのに、それでも枯れることなく溢れてくる。
エミリーの涙はハジメの胸に零れ落ち、その服に染みをつくった。
「さぁさぁ、とりあえず移動しようか。
ここは寒すぎるよ。
彼を温めてやらないと。
それに君達だって、指先なんか寒さでやられちゃいそうな感じだし。
早いとこ里に向かって、いろいろ考えるのはそれからにしよう。
荷物は置いていって、また取りにくればいいよ。
そんなに遠くないからさ」
その言葉に従って、エルフの里へと向かうことにした。
ハジメには大量の防寒具を着せて。
クリスがハジメを担ぎ、エミリーが革袋による呼吸を行いながら、カヤレツキの案内に従って歩く。
それから小一時間ほどで。
エルフの里へと、到着した。