異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

68 / 109
エルフの里

「……お疲れ様。ここがエルフの里だよ」

 

 これまで旅してきた森の中となんら変わらぬ景色の中で、カヤレツキは言った。

 

「ここ……ですか?」

 

 クリスには、ただ森が広がっているだけの場所にしか見えない。

 誰一人エルフなどいないし、街並みどころか、家の一つも存在しなかった。

 

「ふふ、ちょっと細工がしてあるからね。

 ここで必要な手順を踏まないと、入れないようになってるのさ。

 まぁ、道案内がいないと、ここまでもたどり着けないようになってるんだけど。」

 

 カヤレツキは手をかざし、何事かをぼそぼそとつぶやいた。

 

「よし。

 そしたら2人とも目をつぶってもらおうかな。

 僕の肩でもつかんで、はぐれないようについてきて」

 

 言われるがまま目をつぶり、カヤレツキの後ろに従った。

 そのまま数十秒ほど歩いた後。

 

「目をあけていいよ」

 

 クリスが目をあけると、それまでと全く違う景色が飛び込んできた。

 

 そこには、牧歌的な町並みが広がっていた。

 木でできた家が並び、ところどころに風車が見える。

 ずっと景色を染め上げていた雪は無くなり、暖かく、爽やかな風が吹いていた。

 

「ようこそ。ここが正真正銘、エルフの里だよ。

 君達は多分、500年ぶりくらいのお客様じゃないかな」

 

 それじゃ僕は人を呼んでくるから、と言い残し、カヤレツキは町の中へ走っていった。

 

 しばらく待っていると馬車がやってきて、3人はそれに乗せられて町中へと運ばれた。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 着いた先は、町の集会所のような場所だった。

 本来話し合いなどに使われる空間なのだろうか。

 机や椅子が端に寄せられ、ベッドが3つ置いてある。

 

「さて、まずは彼をベッドに寝かせて、治療の続きをしようか」

 

 カヤレツキがそう言うと、取り巻きのエルフ達がハジメをベッドに運んでくれた。

 口元にはエミリーが寄り添い、ハジメの肺に空気を送り続けている。

 

「と言っても、そんなにできることがあるわけじゃないんだけどね。

 とにかく問題は寒さだったから、ここに来た時点で治療はほぼ完了だ。

 あとはゆっくり身体を温めることだね。

 ぬるま湯につけてから、少しずつお湯の温度を上げて暖めていこう」

 

 おそらくカヤレツキが手配してくれていたのだろう。

 部屋に大きな桶が運ばれてきた。

 水魔術を使い、その桶にお湯を張る。

 

「じゃあ、彼の治療はこっちでやっとくから、その間に君達は別の部屋で治療してもらおうか」

 

 そう言われて、二人は別室へと案内された。

 ハジメと離れることに抵抗はあったが、今更彼らがハジメを害するとは思えない。

 二人はそう考え、おとなしく案内に従った。

 

 別室にも同じような桶が2つあり、そこにお湯が張っていた。

 

「ちょっとお身体を見せていただきますね。服を脱いでいただけますか?」

 

 そこには女性のエルフがおり、クリスとエミリーの治療にあたってくれるようだった。

 言われるがまま、服を脱ぐ。

 

「おふたりとも、ひどい凍傷ですね。

 クリスさんは、胸の骨折もあるみたいですけど」

 

 その言葉を聞いたエミリーが、慌てて言った。

 

「ごめん、クリス。

 忘れてたわ。あなたに治癒魔術をかけないと」

「いや、いいんだ。

 状況のせいなのか、全然痛みを感じてなくてな。

 私も今の今まで忘れていたくらいだ」

 

 あまり深刻な傷ではないようだし、後回しにした方がむしろ正解だったと、クリスは考えた。

 

「では、クリスさんに治癒魔術をかけますね。

 そして、おふたりともそこの桶に身体をつけて、少しずつ身体を温めていきます。

 特に指先は慎重に、ゆっくりとしますんで時間がかかりますよ。

 温度が戻ったら、もう一度全身に治癒魔術をかけて、治療は完了です。

 では、やっていきましょう」

 

 テキパキと準備を進めるエルフに言われるがまま、二人は治療を受けたのだった。

 

 

 ―――――

 

 

 しばらくして。

 

 2人が部屋に戻ると、ハジメがベッドに寝かされていた。

 しかし、呼吸のための袋を押されていない。

 

 部屋で待っていたカヤレツキが言った。

 

「温めてたらね、自発呼吸が出てきたよ。よかったね。

 問題なさそうだから、袋ははずしといた。

 とりあえず、今日はここでゆっくり休むといいよ。

 いろんな話は、また明日ってことで。

 ここには誰も入らないようにしとくから、心配しないでね」

 

 そう言って、彼は部屋を出ようとする。

 

「あの、カヤレツキさん!」

 

 クリスは思わず、その背中に声をかけた。

 

「ん? どうかしたかい?」

 

 カヤレツキが振り返る。

 

「その、今日は本当に、ありがとうございました。

 あなたが来てくれなかったら、いったいどうなっていたかわかりません。

 このご恩は、必ず返します」

 

 そう言うと、カヤレツキは困ったような顔になり、両手を前に出してぶんぶんと振った。

 

「いや、いいんだよ。

 本当に、恩なんて感じる必要はないんだ。

 詳しいことはまた明日にするけど、とにかく全然気にしないで。

 ……それに、ハジメ君もこれからどうなるかは分からないんだ。

 呼吸が戻ったのはいいことだけど、目覚めるかどうか、目覚めたとしても後遺症なく身体が動くかどうか、今の時点では分からないんだよ。

 だから、今日はしっかり彼のことをみてやってね。

 向かいの家に僕はいるから、何かあったらすぐ呼んで。

 ……それじゃあ、ゆっくり休んでね」

 

 そう言い残し、カヤレツキは部屋を出て行った。

 バタンと扉の閉まる音。

 静かになった部屋の中に、ハジメの呼吸音がかすかに響く。

 

 クリスはハジメのベッドに近づき、枕元に腰かける。

 

「本当に、息をしているな」

 

 そう呟いて、ハジメの胸が上下するのを見ていた。

 ハジメは規則正しく、空気を吸っては吐きを繰り返している。

 確かめるようにその唇を指で触れると。

 蘇生の際に行った行為の感触が、自分の唇によみがえってきた。

 思わず自分の唇に手をやり、その残滓を味わうように目をつぶる。

 ドキドキと鼓動が鳴る。

 

 ……あれは、治療行為の一環だ。

 やましいことなど、何もない。

 

 そう思うものの。

 無我夢中で埋もれてしまったその感触を、必死で思い出そうとしている自分は。

 明らかにやましいことがあるように思えた。

 やけに心臓がうるさい。

 

 いや違う。

 これは、ああいう行為をしたのが初めてだったからだ。

 相手が誰でもこんな風になるはずだ。

 決して相手がハジメだったからというわけではないのだ。

 

「心臓も、ちゃんと動いてるわね。よかった」

 

 その言葉に、クリスは飛び上がりそうになった。

 

 自身の感覚の言い訳を探すうちに、エミリーの存在を忘れていた。

 気付けばエミリーは、ハジメを挟んで反対側のベッドサイドに腰かけていた。

 

「あ、ああ、本当によかった」

 

 動揺をできるだけ隠して、クリスは返事をする。

 場を繋ぐ話題を探すと、聞いていなかった疑問を思い出した。

 

「そういえば、あの魔族はどうやって倒したんだ?

 魔族を二人の所に向かわせてしまった時には、もうダメだと絶望したんだが」

 

 そう言ってエミリーを見ると。

 エミリーは、きまり悪そうにもじもじしていた。

 

「えっと……その、覚えてないの」

「え?」

「だから、覚えてないの。

 あの時、私を庇ってハジメがやられて。

 その姿を見たら、頭が真っ白になっちゃって……。

 私、魔族が死んでるのに気づいたのは、カヤレツキが来てからなのよ」

 

 確かにあの時。

 エミリーは、普段では考えられないほど取り乱していた。

 

「……そうか。

 では魔族の死については、私の方が早く認識したみたいだな。

 私が駆け付けたときには、すでにやつは倒れていた。

 身体は燃えていて、火魔術で止めを刺された様子だったが」

 

 クリスがそう言うと、エミリーはため息をついた。

 

「そう……。

 じゃあ、ハジメがやったのね。

 死の間際に、ギリギリで刺し違えたんだわ。

 そんなことができるなら、私を庇わなければ無事に倒せたでしょうに。

 ……本当に、バカなんだから」

 

 クリスもエミリーも、ハジメの顔を眺めて物思いにふける。

 しばらくの間、沈黙が流れた。

 

 やがて、今度はエミリーが疑問を口にした。

 

「ところで、あの蘇生法って、どこで習ったの?

 あんなの、聞いたこともないわよ」

 

 えーっと、と考え、クリスは答える。

 

「あれは、ハジメに教わったんだ。

 冒険者をしているなら、使う機会があるかもしれないと。

 まさか、本人に使うことになるとは思わなかったが」

 

 クリスがそう言うと、少しだけ笑いが生まれた。

 

「あなたがいなかったら、きっと私は途方に暮れてあきらめてたわ。

 ……ありがとう、クリス」

「それを言うなら、エミリーがいなければ治癒魔術をかけることもできなかったんだ。

 こちらこそありがとう、エミリー」

 

 二人で礼を言い合うと、少しばかり気恥ずかしい空気が流れる。

 

「……まぁ、本当に礼を言って欲しいのは、ここで寝てるこのカメムシなんだけどね。

 目覚めたら、対価に何を請求してやろうかしら」

 

 照れ隠しのように、エミリーが言う。

 クリスもそれに同調した。

 

「そうだな、私もそれに乗らせてもらおう。

 ツケを払わないまま目覚めないなんてことは、許さないからな、ハジメ」

 

 ハジメはそんな会話が頭上で飛び交っていることなど知る由もなく。

 穏やかな顔で、目を閉じている。

 

「たたき起こしてでも、ツケは払わせてやるんだから」

 

 エミリーの声は少しだけ、涙がにじんでいた。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。