異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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目覚め

<ハジメ視点>

 

 ……揺れていた。

 景色が揺れていた。

 

 石造りの壁。

 柱、絵画、彫刻。

 豪奢な絨毯。

 

 そんなものが揺れながら、過ぎ去っていく。

 

 しかしその中に、過ぎ去っていかないものもあった。

 女性だ。

 なんだか安心感を覚える顔立ちの女性。

 彼女だけは、揺れる景色のなかに留まり続ける。

 女性と目が合うと、微笑み返してくれた。

 

 女性が近づいてきて、触れられる感覚。

 柔らかく、幸せな感覚。

 何か、大きなものに包まれているような安堵感。

 

 しかし、それを覚えたのも束の間。

 女性が離れていき、辺りが暗くなる。

 

 暗くて、何も見えない。

 ランプの灯りだけが、ぼんやりと光っている。

 

 何かを呟く声。

 男の声だ。

 それが聞こえた後、地面が光り始めた。

 

 その光で、初めて景色が見えた。

 

 そこには、一人の男が立っていた。

 その男はこちらに向かって、何かを言っていた。

 

 やがて。

 光が眩しくなって、何も見えなくなる。

 何もかもが、光に包まれて消えていく……。

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 パチリと。

 目が覚めた。

 

 何だったんだろうか、今の夢は。

 やけに鮮明な夢だった。

 

 奇妙な感覚を覚えたものの。

 しかしそんなものは、現実の疑問を前にたやすく押し流された。

 

 ……ここは、どこだろうか。

 薄暗いが、なんとか景色は把握できる。

 目だけを動かして、様子を確認する。

 

 俺はベッドで寝ているようだ。

 バスローブのような寝間着を着ている。

 そして、両隣にもベッドがある。

 

 右のベッドには、クリスが寝ていた。

 身じろぎ一つせず、ベッドで横になっている。

 

 左のベッドは、空いていた。

 しかしシーツには皺があり、布団が捲られている。

 誰かがいたけれど、今はどこかに行っているという感じだ。

 

 ……ふむ。

 これはどういう状況なのだろうか。

 記憶が曖昧で、よく思い出せない。

 なんで俺はここにいるんだ?

 確か、エルフの里を探して森の中で冒険していて。

 クリスが変な気配がするとか言い出して。

 魔族と戦って――。

 

 ……そうだ!

 魔族と戦ったんだ。

 

 記憶がフラッシュバックする。

 表情が抜け落ちたエミリーの顔。

 魔族の嗤笑。

 回転する景色。

 

 ――ぶわっと。

 急に鳥肌が立った。

 ……そうだ。

 俺は魔族にぶった切られて、真っ二つにされた。

 

 それは間違いないはずだ。

 え、じゃあ今俺は上半身だけで生きてるの?

 え、怖い。

 

 恐る恐る、下半身の所在を確認する。

 そーっと。

 なくても驚かないように。

 大丈夫大丈夫。

 脚なんか飾りですよ。

 偉い人にはそれが分からんのですよ。

 

 毛布をどけたそこには。

 ちゃんと、脚がついていた。

 

 動かしてみる。

 足の指を開いて閉じて。

 膝を曲げて伸ばして。

 問題なく動く。

 

 ……よかった。

 多分エミリーが治療してくれたんだろう。

 ありがたい。

 本当にありがたい。

 

 確実に死んだと思った。

 身体が半分になっても生きてるとは。

 プラナリア並みの再生力だ。

 エミリーにはもう、一生頭が上がらないかもしれない。

 

 

 

 ……さて。

 記憶の整理が終わったところで。

 どうしたものか。

 

 俺としては、現状の確認をしたい。

 結局その後、どうなったのかは知らないし。

 ここがどこなのかも全くわからん。

 

 しょうがないからクリスを起こそうかと思った矢先。

 ドアが開いて、見慣れた顔が入ってきた。

 銀髪、猫目の美少女が。

 

「よぉ、エミリー」

 

 声をかけると、エミリーは面白いように動きを止めた。

 

「ハ、ハジメ、気が、気がついたの?」

 

 幽霊でも見たかのように目を見開き、口をあんぐりと開けている。

 

「ああ、さっそくで悪いんだけど、状況を――ぐぇっ!」

 

 言葉の途中で、エミリーが駆け寄ってきて、抱きつかれた。

 

「バカ! 心配させて!

 ホントに……バカ! バカ!」

 

 俺の胸に顔をうずめ、エミリーが泣いている。

 

 対応に困っていると、物音でクリスも起きたらしい。

 彼女も俺を見るなり固まって。

 そのあとすぐに、ベッドを飛び出して抱きついてきた。

 

「ハジメ! ……よかった。本当によかった」

 

 クリスも、目に涙を浮かべてそう言ってくれた。

 

 どうやら俺はよほど心配をかけたらしい。

 俺自身は眠りから覚めただけ、という感じだから、感情を共有できないが。

 俺が生きてたことで泣いてくれるなんて、うれしいね。

 

 2人の柔らかい肌の感触に癒されつつ、もう死んでもいいな、なんてことを思った。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「……じゃあここは、エルフの里なのか」

 

 2人は落ち着いてから、改めて状況を教えてくれた。

 

 バラバラになった俺をエミリーが治癒魔術で繋いでくれたこと。

 しかし心臓は止まっており、クリスが俺の教えた蘇生法を行ってくれたこと。

 そこにカヤレツキなるエルフが現れ、俺を治療してくれたこと。

 そのエルフの案内によって、ここにたどり着いたこと。

 

「ああ。

 あまり実感は湧かないが、ここが我々の目的地らしい」

「いろいろあったけどなんとか、俺達は目的を達したってわけだな」

 

 とりあえずは、喜ぶべきだろう。

 この里は、エミリーすら知らないような魔術で隠されていたらしい。

 当初の計画通りに闇雲に探し回っても、見つからなかった可能性が高い。

 魔族と派手に争って、エルフがその様子を見に来たからこそ、この状況に持ち込めたわけだ。

 俺が死にかけたのも、無駄ではなかった。

 

「ありがとう、クリス」

「ん? 何がだ?」

「俺が昔教えたおまじないを覚えていてくれて」

「ああ、そのことか。

 いいんだ。というよりむしろ、教わっておいてよかった。

 それがなければ、手段に窮し諦めていたところだった。

 カヤレツキが口ぶりでは、一定の効果はあったようだな」

 

 クリスは大したことはないというように、しかしどこか誇らしげに言った。

 

「……ねぇ、結局あれって何だったのよ。

 どういう意味がある行為だったの?

 わかってないの、私だけみたいじゃない」

 

 エミリーがむくれて言う。

 少しからかってやろうかとも思ったが、助けてもらった恩があるのでやめておくことにした。

 

 簡単に、心臓マッサージの意味について説明する。

 生命維持に最も重要なのは脳への血液供給であり、心臓はそのポンプとしての役割を担っている。

 心臓が止まった時は胸を物理的に押すことで、脳血流を維持することができる、というようなことを。

 

「……ふぅん。なるほどね。

 そんなこと、考えたこともなかったわ。

 それはあなたの、『前の世界の知識』ってやつなの?」

「あぁ。以前の世界では当たり前の知識だった」

「……そう。

 この世界では治癒魔術が発達しすぎて、魔術を介さない治療法は衰退したのかもしれないわね」

 

 確かにそうかもしれない。

 むしろ、治癒魔術というものは凄すぎる。

 真っ二つになった神経、血管、その他組織全てを寸分の狂いなく、針や糸も使わずにつなぐなんて。

 以前の世界では、考えられない神業だ。

 一度切断されたはずの腰髄を通って、電気信号が今も俺の下半身を動かしている。

 その治癒魔術で怪我を治せない状況なんて、稀も稀だろう。

 

「……ちなみに、その、もう一つのあの行為は、何の意味があるの?」

 

 エミリーが急に、顔を赤らめて、うつむきながら言った。

 もう一つのあの行為?

 ……なんの話だ?

 分からないのでクリスを見ると。

 クリスもなんだか顔を赤くして、うつむいていた。

 急にどうしたんだ、こいつら。

 ……って、あぁ! もしかして!

 

「……ま、まさかお前ら、人工呼吸とか、やってくれたのか?」

「……」

「……」

 

 質問への返答は、沈黙だった。

 しかし両者とも顔を背け、赤らめているその状況は。

 何が起こったのかを、如実に表していた。

 

「……え、え、え?

 まじ?

 ちょっと待って。

 ちょっと。……嘘だろ?」

 

 混乱した。

 

 ……まじかよ。

 どうやら本当に、この二人が俺に人工呼吸を施してくれたらしい。

 確かにクリスに蘇生法を教えた時、それについても教えた覚えがある。

 

 ……なんでだ。

 なんで俺は綺麗な女の子二人とキスしておきながら、全く記憶がないんだ。

 くそっ! 

 どうして俺は意識を失ってしまったんだ!

 いやしかし、意識を失わないということは、心臓が動いているということで。

 そうなると二人が人工呼吸をしてくれることもなかったわけか。

 これぞまさにジレンマというもの。

 くそっ。

 気合で目覚めて、寝たふりをできればよかったのに……。

 

「すまない、ハジメ」

「……な、何がだ?」

「ほかに方法がなかったとはいえ、私のような武骨な女と接吻など、嫌だったろう」

「嫌じゃねぇよっ!バカ!」

「え?」

 

 気付けば立ち上がって叫んでいた。

 ハッと我に返る。

 いかん。

 この胸を焼き尽くすような後悔のせいで、冷静さを失ってしまった。

 

「や、すまん。何でもない。

 クリス、気にしないでくれ。全然嫌じゃないから」

 

 座ってから、慌てて取り繕う。

 

「……本当か?」

「この世のどんな存在に誓ってもいい。本当だ」

 

 それは俺の、まごうことなき本音だ。

 

「そうか……よかった。

 そう言ってもらえると、心が楽になる」

「いや、むしろこっちがごめんと言いたいくらいだ。

 俺なんかとキスなんて、クリスこそ嫌だったろう?」

「そんなことはないっ!」

「え?」

 

 クリスが急に立ち上がって、叫んだ。

 そして真っ赤になり、座った。

 

「あ、いや、なんでもない。

 ……そ、その、この話題はやめにしようか」

「そ、そうだな」

 

 その後しばらく、会話がぎこちなかった。

 

 一応、エミリーに人工呼吸の医学的意義についても、説明しておいた。

 

 

 ―――――

 

 

 ようやく、まともに会話ができるようになってから。

 エミリーは言った。

 

「カヤレツキの魔術は、明らかにアルバーナより進歩していたわ。

 もしかしたら、ここなら転移魔術についても、何か分かるかもしれないわね」

 

 ……そう。

 もともと俺が旅をするのは、俺がこの世界に来た理由を知りたいからだ。

 魔術の発展を追っても成果がなかった。

 だからこの世界そのものに詳しい人物を探すことにした。

 そのために、1000年を生きるというエルフの長老に会いに来たわけだが、たどり着いてみれば想定外。

 魔術においてもここは、今までいた国よりも遥かに優れているらしい。

 

「夜が明けたら、いろいろと聞いてみよう。

 教えてくれるならだけど」

「昨日の対応を考えると、すんなり教えてくれそうな気もするわね」

「ふーむ……」

 

 エミリーの言葉に、少し悩まされる。

 そのカヤレツキさんとやらは、なんでそんなに俺達によくしてくれるんだろう。

 死にかけた俺を治してくれたばかりでなく。

 彼女達の治療も行ってくれて、こんな部屋まで用意してくれた。

 普通、1000年も外界を遠ざけておいて、たまたま見つけただけの冒険者に対して、そこまで至れり尽くせりもてなすだろうか。

 

「でも何か、理由がありそうな様子ではあったな」

「うん。『恩に感じる必要なんてない』って強調してたものね」

 

 クリスとエミリーが付け加える。

 ふーむ……まぁ、考えてもよくわからんな。

 少なくとも、俺にとって大恩人なのは間違いないし。

 事実だけを考慮して、俺達の敵であるわけがない。

 全部、明日聞いてしまうことにしよう。

 

「……よし。

 何はともあれ、ひとまずは順調ってことでいいだろ。

 紆余曲折あったが、とりあえずエルフの里にたどり着けた。

 エルフ達も友好的に接してくれている。

 明日になったら、俺の旅の目的は解決するかもしれない。

 ……旅に出る前に考えた未来予想図の中では、抜群に良い方だな!」

 

 笑顔で言ってみると、二人がしらっとした表情を向けてきた。

 

「ハジメが1回死んだことを除けばな」

「本当ね。それを考慮したら、上から2番目くらいなんじゃないかしら」

「私達も凍傷になったな」

「そこまで考慮すると、20番目くらいになるかしら」

「あれ? 俺が死んだことって、もしかして大したことじゃないの?」

「さぁ、どうなのかしらね」

「どうなんだろうな」

「おーい……」

 

 二人とのくだらない会話を楽しみつつ、夜を明かした。

 

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