異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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長老の話

 朝。

 すがすがしい朝だ。

 

 2階に上がり、窓から景色を見てみる。

 朝霧の中、木でできた家々が静かに佇んでいた。

 二人から聞いた通り、牧歌的な街並みだ。

 なんとなく、サンドラ村を思い出す。

 

 一通りの生活用品はそろっていたので、朝ごはんを作ってみた。

 パンと目玉焼き、ミルクだ。

 できあがってから二人を起こし、朝食を食べる。

 

 その後はおのおの手持ち無沙汰に過ごしていると、カヤレツキが訪ねてきた。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「……驚いたよ。全然問題なさそうだね」

 

 カヤレツキは、俺を見るなりそう言った。

 緑色の髪、とんがった耳。

 カヤレツキは、本当にエルフだった。

 

「おかげさまで、この通り。

 あなたのことは、二人に聞きました。

 いろいろとお世話になったようで、本当にありがとうございました」

 

 エルフに会えた興奮はひとまず隠し。

 深々と頭を下げ、礼をする。

 

「いや、いいんだよ。

 僕は当然のことをしたまでだから。

 しかし、無事に治ってよかったね。

 正直に言うと、何かしらの後遺症は残るかもしれないと思ってたんだけど。

 ……もしかしたら、気温が低かったのが良かったのかなぁ」

 

 カヤレツキは、しげしげと俺を眺めながら、興味深そうに言った。

 

 確かにそうかもしれない。

 クリスやエミリーの話からは、俺の状況は致命的に思えた。

 蘇生処置こそすぐに行ってもらえたものの。

 通常であれば、脳細胞のほとんどは、酸素不足で死滅していたに違いない。

 

 そうならなかったのは、やはり気温のおかげだろう。

 よくフィクションの話で、コールドスリープなんて言葉が出てくるが。

 冷却というのは、細胞を延命させる効果がある。

 それは、以前の世界では証明された事実だ。

 あの極寒の環境が、むしろ味方してくれた。

 無論、だからといって倒れた俺をそのままにしておいたら、いかに気温が低くても後遺症が残っただろうが。

 

 つまり今回のことは。

 エミリー、クリスの努力に加えて、運が味方した奇跡的な出来事だったといえる。

 しかし冷却が蘇生を助けるなんて、そんな知識をこの世界の人物が持っているとは。

 やはりエルフというのは、長生きしているだけあって博識なようだ。

 

「あの、カヤレツキさん。

 もしよければ、色々と伺わせていただきたいのですが」

 

 気持ちがはやる。

 この人ならもしかしたら、転移魔術についても知っているかもしれない。

 

「もちろんいいんだけどね。

 ただ、先に長老から話をさせてほしいんだ。

 こうして君達を里に招いたのも、少しばかり事情があってね」

 

 カヤレツキは、少し困ったように言った。

 

「よければ、今から長老の家までご足労願いたいんだ。

 服を持ってきたから、それに着替えてもらって、準備が整い次第、出発。

 急に呼び立てて申し訳ないけど、どうかな?」

「全く問題ないです。

 ぜひお願いします」

 

 1000歳を超えるというエルフの長老。

 もともと、その人に会うことがこの旅の目的だったのだ。

 会わせてくれるというのなら、異論などあろうはずもない。

 

 俺達は馬車で長老の家まで案内されることとなった。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 馬車に揺られながら、エルフの町を眺める。

 家と、畑と、果樹園と、牧草地。

 目に映るものの大半はそのどれかだ。

 

 この風景からは、あまり魔術の最先端という感じはしない。

 むしろ田舎感がすごくて、田舎出身としては落ち着く。

 とはいえ、アバロン郊外の村々や、サンドラ村と全く同じかというと、そうではない。

 

 家々の細かい作りこみや、道の引き方、植え込みのデザインなど。

 全体を通して、絶妙に美しさを感じさせるものになっている。

 一見すると普通の村だが、随所にきめの細かさが宿っていて、見てて飽きない。

 神は細部に宿るというが、まさにそんな感じだ。

 

 ただの村ではない。

 なんだか、期待が高まっていく。

 誰も知らない世界の秘密があるとして。

 それを知ってる唯一の人が、住むとしたら。

 それはおそらく、こんな場所なのではないだろうか。

 

 この村の長老ならば、転移魔術について知っていてもおかしくない。

 村の様子を見て、そう感じた。

 

 しばらくして、馬車が止まった。

 どうやら目的地に着いたらしい。

 馬車に乗ったのは、20分ほどか。

 

 馬車を降りると、そこには少し大きめの家があった。

 造りは他の家々と大差なく、木造の平屋だ。

 家の前には庭があり、畑で何かの野菜を育てている。

 

「着いたよ」

 

 カヤレツキが馬車を降りて言った。

 彼の案内に従い、俺達はその家へと足を踏み入れた。

 

 

 ―――――

 

 

 家の中も、これといって特色があるわけではなかった。

 普通の家だ。

 

 玄関から入って、応接間のようなところに通された。

 ローテーブルをはさんで、座椅子が4脚ずつ置かれている。

 一方に俺達が並んで座り、反対側にカヤレツキが座った。

 

 侘びさびを感じるような、渋い作りの部屋だ。

 もちろん街並みと同様、細やかな心遣いのようなものはあるし、粋な感じはする。

 しかし、エルフの長が住むにはちょっと地味な気もする。

 

「……なんだか、普通の家だな」

 

 思わず、口をついて出た。

 

「ふふっ。申し訳ないね。

 エルフは清貧を好むんだ。

 君達の国の王様みたいな、豪華絢爛な住み家は合わないのさ。

 まぁ、それを作る材料がないっていうのも大きな理由ではあるけど。

 ……でもここが間違いなく、エルフの里の長の家だよ」

 

 カヤレツキが笑いながら言った。

 

「あ、すみません。

 疑ったわけじゃないんですけど」

 

 あわてて取り繕うものの、失言をしてしまった感はぬぐえない。

 エミリーが横目で冷ややかな視線を浴びせてきた。

 

 ノックの音がして、家政婦さんのような格好のエルフが入ってきた。

 ワゴンの上に、ティーカップとポットが乗っている。

 彼女はそれを注ぎ、俺達の前に置いた。

 カップからは湯気が立ち、いい香りがした。

 

「おいしい」

 

 と言ったのはエミリーだ。

 飲んでみると、確かにおいしかった。

 

「これは、このあたりで取れるものなんですか?」

 

 エミリーが尋ねる。

 元、貴族の令嬢として、紅茶の味にはうるさいのかもしれない。

 

「うん。そうだよ。

 畑で茶葉を育ててね。

 ちょっと特殊な処理をして、この味を出してるんだ。

 気に入ってくれたならうれしいよ」

 

 カヤレツキが、少し自慢げに語る。

 

「その処理に、魔術を使ったりするんですか?」

「ご名答。

 魔術の力を少し借りて、味に深みを出してるのさ。

 この里では、他にもいろんなことを魔術に頼ってるよ」

 

 へぇ、と思いながらもう一杯すする。

 うまい。

 紅茶を飲んで少し場の空気が緩んだところで、またノックの音がした。

 

「……里長が入ります」

 

 家政婦さんエルフの声がして、扉が開く。

 そちらを見ると、豊かなヒゲを蓄えた老エルフが立っていた。

 

「失礼するよ。

 初めまして。

 わしは里長のランダルフという者じゃ」

 

 身長は決して高くない。

 体格も細身で、写真に撮れば取り立てて特徴のない人物だろう。

 威圧感などまるでない。

 

 しかし俺は、何か大きなものに包まれるような感覚を覚えた。

 ふと、子供の頃にガキ大将から逃げて、木のうろに隠れて眠ってしまったことを思い出す。

 あの時に感じた、不思議な安心感。

 それと共通する何かを持っている気がする、柔和な雰囲気の老人だった。

 

 ランダルフは、ゆっくりとカヤレツキの隣に座った。

 家政婦さんエルフが、すぐに紅茶を注ぐ。

 

「さて、ここまでご足労いただいて申し訳ない。

 よく来てくれたの」

 

 しわがれた声で、ランダルフは言った。

 

「カヤレツキは、どこまで伝えたのかな?」

「いえ、まだ何も話していません」

 

 カヤレツキは、少しだけ緊張した声だった。

 

「そうかそうか。

 君は昔から、順序を重んじる性格じゃからのう。

 それでは、私から説明させてもらおう」

 

 老エルフはにっこりと笑い、カップに口をつけた。

 

「まず、君たちの名前を教えてもらえるかな?」

 

 そう言われ、俺たちは顔を見合わせる。

 2人とも、緊張した顔をしていた。

 恐らく、俺もそんな顔をしているに違いない。

 

「俺はハジメ=タナカといいます」

「エミリーと申します」

「クリスティーナ=ローレンツです」

 

 おのおの、礼をして名乗った。

 皆この老エルフには、敬わなければならない何かを感じているようだ。

 

「ハジメ君に、エミリー君、クリスティーナ君か。

 皆、いい名じゃ」

 

 長老はまた、にっこりと笑った。

 

「さて、君達三人には、里長として正式に感謝をしたい。

 ……何に対する感謝かというとの。

 あの魔族を倒してくれたことじゃ」

 

 魔族を?

 確かに倒すのには難儀したが。

 ……それがこのエルフの里と、何の関係があるのだろうか。

 

「君達は知るよしもないじゃろうが。

 あの魔族は、この里の付近の森に居座って。

 同胞を殺し続けてきた、凶賊じゃったのじゃ。

 何の目的なのか、奴は500年にも及ぶ間、ずっと。

 この里に近づく人間、里から出ようとするエルフを殺しておった」

「500年、ですか」

「そう、500年じゃ」

 

 この長老は、とりあえず500年以上は生きているようだ。

 長老の顔に刻まれた皺が、さらに深くなったように見えた。

 

「最初の数年のうちに、何百人ものエルフや人間が殺された。

 そのうち、人間はほとんど訪ねて来なくなり、エルフは里から出ることをやめた。

 君達も見たじゃろうが、里には昔から結界を張ってあっての。

 わしらは里にいる限り、奴に殺される心配はなかったのじゃ」

 

 結界。

 2人から話は聞いたが、やはり存在するのか。

 

「それから10年、20年、100年と時間が過ぎたが、奴は一向に去る様子を見せなかった。

 わしらはこの里から出ることができぬまま。

 たまに訪ねてくる人間は、全て奴に殺されてしまった。

 初めは助けようとしておったんじゃが、助けようとしたエルフがみな殺されてのう。

 いつしか、見殺しにするようになってしまった」

 

 長老は、目を伏せて言った。

 

「状況は何一つ変わらぬまま。

 気づけば500年の時が過ぎた。

 わしらはたった一体の魔族に怯えて、膨大な時間をこの里の中で過ごしてきたのじゃ」

 

 ふぅ、と、そこで長老はため息を吐いた。

 

「あの……」

 

 エミリーが声を出した。

 

「何かな? エミリー君」

 

 そう言った長老の声は、穏やかだった。

 

「その、カヤレツキさんの魔術やこの里の結界は、私達の魔術よりも明らかに発達したものだと感じました。

 だから、状況を整えて複数人で挑めば、勝算は十分にあるように思うのですが」

 

 エミリーは少しおどおどして見えた。

 まるで、内気な子どもが教師におっかなびっくり質問するような態度だ。

 エミリーって案外、内弁慶なのかも。

 

「ふふ、そうか。

 君にはこの里が、そのように映ったのじゃな。

 自分達人間よりも、魔術を発展させていると」

 

 長老は嬉しそうな笑顔を見せた。

 しかしその言葉にはどこか、自嘲めいたものを感じさせられた。

 

「一部については、それも間違ってはおるまい。

 治癒魔術や結界魔術は、昔からエルフの得意分野じゃからのう。

 しかしの、エミリー君。

 わしらには、争いごとの才覚がとんとなくてな。

 あの魔族ほど素早く強い者は誰もおらぬし、頼みの魔術にしても、風の刃や氷の塊を投げつけるのが精々なんじゃ。

 そしてその弱さがたたって、かつては悪意ある人間に滅ぼされかけたことがある。

 それゆえ、こうして森の奥に身を潜め、結界で身を守り、限られた人間のみと交流を持っておったのじゃ」

 

 なるほど。

 得意魔術に偏りがあるわけか。

 確かに攻撃手段がないのでは、どうしようもない。

 

「そんなわしらとて、西の大陸に住む魔族との戦争には、人を派遣してあったがのう。

 あの頃はまだ、ヒトは一丸となって魔族に対抗しておった。

 わしらの治癒と結界は、戦場においては重宝されたものじゃ。

 しかし1000年ほど前から魔族が攻めてこなくなり。

 徐々にヒト同士で争うようになった。

 ……それから先のことは、あの魔族のせいで何も分からん」

 

 そう言うと長老は、カップを手に取り口につけた。

 このじいさん、500年どころか、本気で1000歳超えてる感じの語り口だな。

 

「話を戻そう。

 とにかくわしらエルフは、あの一体の魔族によって外に出られん生活を送っておったのじゃ。

 もともと排他的な性分じゃから、それはそれで悪くはなかったが。

 里の外を見たことがないエルフもたくさん生まれてのう。

 できることなら奴を倒して、広い世界を見せてやりたいと、長年思っておったのじゃ。

 ……そこに、君達が現れた」

 

 長老は俺達の顔を見回した。

 

「里のそばに来た時に、君達のことも見えておった。

 結界の付近の出来事は、全て把握できるようになっておるからのう。

 また、冒険者が奴に殺されてしまう。

 そう思ったが、わしらはもう、同胞を失うことに耐えられんかった。

 この里を訪ねてきた冒険者は、君達で何人目か、数え切れんほどじゃ。

 その全てを、わしらは見殺しにしてきたのじゃ。

 そして、君達のことも、見殺しにした」

 

 うつむき、目を伏せて、長老は語った。

 

「責めてくれて構わん。

 わしを許せないのであれば、この命を差し出そう。

 しかし、できることならば、わし一人の命で勘弁願いたい。

 すべて、わし一人の判断で行ったことなのじゃ」

 

 長老が頭を下げる。

 横を見ると、カヤレツキも頭を下げていた。

 その光景に、面食らう。

 

「いや、二人とも、頭を上げてくださいよ。

 そんなの、当たり前のことじゃないですか。

 俺だって、里長の立場なら同じ行動をとりますよ。

 むしろ、あなたたちのおかげで、俺は死なずに済んだんです。

 感謝こそしても、恨むなんてあるわけがないですよ」

 

 思ったことをそのまま口に出した。

 クリスとエミリーも同じ考えだろうと思い。

 横を見ると、二人も頷いてくれた。

 

「……そう言ってもらえると、ありがたい」

 

 そう言って、長老は頭を上げた。

 

「その後のことは、君達も知っての通り。

 魔族と渡り合う君達を見て、役に立てばと思いカヤレツキを派遣した。

 遅きに失したが、なんとか手遅れにはならずに済んだかのう。

 ハジメ君が無事で、本当によかった」

 

 長老は俺に向かって笑顔を見せた。

 不思議と心が安らぐ。

 

「里を代表して、改めて礼を言う。

 憎き魔族を打倒してくれて、誠にありがとう」

 

 再度、長老とカヤレツキが礼をした。

 

「君達は、エルフの里の恩人じゃ。

 図れる便宜は全て図らせてもらう。

 辺鄙なところで大した物はなくて申し訳ないが、何か欲しいものでもあるかのう?」

 

 長い話が終わった。

 そして気付けば、俺にとって非常に都合がいい方向に話は着地していた。

 エルフの長老が頭を下げ、何でもくれると言ってきている。

 こんなチャンスを、逃す手はないだろう。

 

「……それなら、教えて欲しいことがあります」

 

 長老をまっすぐに見て、言った。

 

「転移魔術というものについて、何かご存じありませんか?」

 

 言った瞬間、緊張が押し寄せてきた。

 この3か月。

 いや、サンドラ村を出てから3年以上ずっと。

 ひたすらに、その手がかりを追い求めてきた。

 

 1000年を生きるこの人物が知らないならば。

 もはや、次の手が浮かばない。

 地道に何十年もかけて、各国の図書館でも巡るしかなくなってしまうだろう。

 

 ――頼む。

 わずかでもいい。

 何か心当たりがあってくれ。

 

 長老は俺を見つめると、ふぅむ、と顎髭を触る。

 

「転移魔術……」

 

 つぶやくように発した言葉からは、何も読み取れなかった。

 どうなんだ。

 知ってるのか、知らないのか。

 早くしてくれ。

 ……いや頼む、知っていてくれ。

 

 俺の思いをよそに。

 おもむろに、長老は話し始めた。

 

「転移魔術とは、離れた場所を行き来するための魔術のことじゃな。

 1000年前はさかんに研究されておったよ。

 完成すれば、魔族の住処に奇襲をかけることが可能になるからのう。

 そして、完成間近という段階まで進んだ国が1つ、あったはずじゃ」

 

 長老は、遠い昔を思い出すように続ける。

 

「その国の名は、ヴィルガイア王国。

 またの名を、魔法都市ヴィルガイア。

 非常に小さな国じゃったが、建国以来ひたすらに魔術の研究をしておっての。

 優秀な魔術師はこぞって、ヴィルガイアに移り住んだものじゃ。

 戦線から離れた立地も、研究を大成させるには都合がよかったのじゃろう」

 

 俺は一言も聞き漏らすまいと、長老の話に集中していた。

 もはや、他の全ては頭からすっ飛んでいた。

 

「様々な魔術が研究されておった。

 魔術が学問として、普遍化されたのもその頃じゃな。

 ヴィルガイアから、天才と呼ばれる魔術師が何人も生み出され、戦地では英雄と祭り上げられた。

 まさに、世界の魔術の中心だったといえるじゃろう。

 そこで、転移魔術も深く研究されておった」

 

 そこで話を区切り、長老はカップに口をつけた。

 

「その国は、どうなったんですか?」

 

 ……たまらなくなり、俺は聞いた。

 

「滅んだ」

 

 長老は、抑揚のないトーンで言った。

 

「盛者必衰。

 どんな隆盛を誇った国でも、いずれは滅ぶ定めじゃ。

 わしも、国が滅ぶ様を、幾度となく見てきた。

 じゃが、しかしのう。

 そのの中で、魔法都市ヴィルガイアだけは異質じゃった」

 

 長老は、皆を見回して言った。

 

「忽然と。

 一夜のうちに、王国は消え去ってしまったのじゃ。

 栄華を誇った魔法都市ヴィルガイアはその日。

 たった一晩で、瓦礫の山になった。

 何が起こったのか、誰にも分からんままじゃった。

 噂では、秘密裏に開発していた魔術が暴発したのでは、と言われておった。

 真相は分からずじまい。

 しかし、事実として。

 ヴィルガイアという国は、全ての建物は瓦礫と化し、そこに住む全ての人は死んだ。

 人々の死体には、何者かと争ったような跡があったというが、原因は不明じゃ。

 そのような戦力を持つ国は周囲には存在せんかったし、周りの国が侵攻を行った事実は全くなかった」

 

 それは、不思議な話だ。

 もしかしたら、悪魔でも召喚したのかもしれない。

 国と引き換えに、何かを願ったとか。

 

 しかし今、重要なのは、そこではない。

 ヴィルガイアが滅んだなら、滅んだでいい。

 その原因がなんであれ、構わない。

 重要なのは――。

 

「それで、転移魔術はどうなったんですか?」

 

 俺の質問に、長老は目を伏せた。

 

「わしの知る限りでは、完成しておらん。

 ヴィルガイアの滅亡は、世界の魔術を3世紀は遅らせたと言われた。

 さらにしばらくして、東の大陸全体を巻き込む戦禍があったからのう。

 もはや、その頃の研究は引き継がれてはおるまい。

 それから今に至るまでのことは、わしには分からん。

 力になれなくて、申し訳ないのう」

 

 長老は。

 俺に向かって、頭を下げた。

 

 ……なんてこった。

 結局また振り出しかよ。

 絶望感、徒労感が全身にからみつく。

 これ以上、どうしたらいいんだ。

 

 サンドラ村を出るときは、もう少し軽く考えていた。

 大きな街に行けば、手がかりくらいは見つかるだろうと。

 アバロンでダメだった時も、図書館という新たなツールを得たおかげで、次の目標を見つけられた。

 

 しかし今回は。

 完全に振り出しだ。

 これからいろんな国を渡り歩いて。

 どこかの国で秘密裏に研究されている手がかりを、探すしかないのか。

 途方もない時間がかかる。

 あるかどうかも分からない。

 そして仮に見つかったとしても、果たして俺の転移と関係あるのかも分からないというのに。

 

 ……いかん。

 何もやる気が起こらない。

 もう動きたくない。

 つらい。

 

「……ランダルフ様。

 昨日から忙しなく事が運び、私達も少しばかり頭の整理が追いついていないようです。

 貴方様からの感謝のお言葉、確かに賜りました。

 誠に恐縮ですが、本日はこれまでとして、また日を改めて伺わせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 なんだか膜を張ったように鈍感になった俺の耳に、エミリーが話すのが聞こえた。

 

「もちろんじゃ。

 こちらこそ、急に呼び立てて申し訳なかったのう。

 ……この里は安全じゃ。

 ゆっくりと過ごして、これからどうするか考えたらよいじゃろう」

 

 長老は、いたわる様にそう言った。

 

 

 

 


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