異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
長老に話を聞いてから、10日ほど。
俺達はエルフの里でゆっくりと時を過ごした。
長老から手がかりを得られなかった時はショックだったが、少しずつメンタルは落ち着いてきた。
まぁ、もともと期待は薄かったわけだから、落ち込む方が筋が通っていないわけだが。
とりあえず、ダメだったという事実に対して、受容することができた。
とはいえ、今後の方針は何一つとして立っていない状態だ。
やっぱり、諸国を巡る流浪の旅を行うしかないのだろうか。
それをやるとなると、もはやあと何十年かかるか分からない。
そして具体的な目標がない状況というのは、さすがに心にくるものがある。
今までなら、アバロンに行くことだったり、C級魔術師になることだったり、エルフの里にたどり着くことだったり、目標というものを見つけられた。
しかし今度という今度は、それを見失ってしまった。
何をしたらいいのか。
道筋が見えない。
そんな時は、散歩をするのがいいという。
歴史上の偉人はみんな、散歩を好んだらしい。
それに倣って、俺も散歩を日課にすることにした。
エルフの里の街並みを眺めながら歩くのは、割と楽しかった。
特に、エルフの子どもを見るのが楽しい。
男の子も女の子もかわいすぎて、いつまでも見ていられる。
一度、不審者として通報されそうになったので、最近は少し控えているが。
俺がそんな風にモラトリアムをぼんやり過ごしている間。
他の二人はどうしていたのかというと。
エミリーはカヤレツキのもとに足繁く通い、魔術を教わっていた。
エルフの魔術はやはりすごいらしい。
俺は見たことがないが。
治癒魔術と結界魔術については、世界で最高の技術だという。
夕食の時にエミリーが興奮しながら話すのを、俺とクリスは内心辟易しながら聞いている。
いや、クリスがどう思ってるかは知らんけど。
結界というものはすさまじく、この里が暖かいのも、結界に囲まれているおかげなのだそうだ。
外からは森にしか見えない上に、正しい手順を踏まないと中へは侵入できないのだという。
すごいもんだ。
しかし俺には、それを一から学ぼうという気持ちはない。
上級の4大元素魔術もできてないのに、新しいものに手を出してもいいことはないだろう。
エミリーの魔術オタクっぷりには、頭が下がるばかりだ。
クリスは何をしているかというと。
エミリーとは逆に、エルフの子ども達に剣を教えている。
日に日に習う人数は増えて、もはやちょっとした教室のような有り様だ。
中には大人のエルフも数人混じって、皆でクリスの指導のもと、剣を振っている。
ニートのような生活を謳歌している身からすると、彼女達の行動は身につまされる。
そろそろ、俺も何か建設的なことをしなければならないだろうか。
……いや、しなくていいかな。
うん、しなくていいな。
……次の一手を思いつくまでは、このモラトリアムを満喫していよう。
―――――
そんな怠惰な日々を過ごしていたある日。
カヤレツキが、数人のエルフを連れて訪問してきた。
それぞれのエルフが大きな荷を持っていて、ドサドサと床にそれを降ろしていく。
「君達が来た翌日には回収してたんだけどさ、いろいろ立て込んでたから遅くなっちゃった。ごめんね」
何のことやらと思ってそれらを見ると、俺達の持ってきた装備品だった。
よく忘れずに回収してくれていたものだ。
少なくとも俺は、すっかり忘れていた。
「ありがとう。助かるよ」
カヤレツキともそれなりに仲良くなった。
敬語はいらないと言われたので、最近はタメ口だ。
「まぁハジメの装備は、もう使い物にならないと思うけどね。
もしも嫌なことを思い出させちゃったらゴメンよ」
そう言われて、俺のものらしき荷を見る。
「確かにこれは、もうダメだなぁ」
包みの中には、腹の部分が砕かれた鎧、切断された杖や、真っ二つになったローブが出てきた。
「やられた時のこと、思い出しちゃった?」
カヤレツキが少し申し訳なさそうに聞く。
「いや全然。普通に覚えてるしな。
見ても特段、どうってことはないよ」
素直な感想を述べると、カヤレツキは少しホッとした様子だった。
「エミリーの魔術の調子はどうだい?」
気遣い半分、興味半分で話題を振ってみた。
「とても筋がいいよ。
彼女は理解力がとても高いね。
そして何より、魔術に対する真摯な姿勢が素晴らしい。
あれならすぐに、基礎は会得しちゃうんじゃないかな」
カヤレツキは楽しそうに言った。
エミリーに魔術を教えるのか。
あいつが生徒になるなんて、俺が教師なら考えたくもないな。
ミスを指摘されて、すぐ罵倒を浴びせてきそうだ。
魔術学院の記憶が思い出される。
「……エミリーに教える時は、あいつのことをカメムシって呼んでやってくれ」
ふと、復讐心がわいた。
「何それ? どういうこと?」
「あいつは厳しく罵られながら勉強した方が、より早く魔術を習得できると信じているんだ」
「そうなの?」
「ああ、間違いない。保証する。
それがあいつのためなんだ。
だからそう呼んでやってくれ。
もしくはミミズ、ネズミなんかでもいい」
力説する俺に対して、しかしカヤレツキは半信半疑な様子だった。
「うーん。
じゃあハジメがそう言ってたって前置きをしてから、やってみることにするよ」
俺は発言を撤回した。
―――――
カヤレツキ達が帰った後。
ぼんやりと彼が持ってきてくれたものを眺めていた。
杖とローブ。
それらはどちらも、サンドラ村の家族がくれたものだ。
この世界に来て初めて得た、大切な2人の家族。
今頃何をしているだろうか。
せっかくの贈り物をダメにしてしまって、怒るだろうか。
ニーナの膨れた顔が浮かんだ。
せっかくがんばって織ったのに、と怒っている。
しかしその顔は、俺が出て行った16歳の時のニーナのままだ。
今ではもっと大人になっているのだろうか。
食いしん坊な性格は、どうせ変わっていないだろうが。
シータも元気でやっているだろうか。
彼女に貰った杖のおかげで、今日まで生きてこられた。
真っ二つにされた時も、切断された杖の片方に魔力が集まったのを覚えている。
あれがなかったら、失敗していたかもしれない。
なんだか、無性に彼女達に会いたくなった。
転移魔術を見つけるという目的に沿ってはいないが、人生にはそういうことも必要ではないだろうか。
村を出てからずっと、目的のためだけに行動してきたのだ。
ちょっとだけ、休んでもいいんじゃなかろうか。
そう考えると、なんだか懐かしさが溢れてくる。
……よし。決めた。
一度、サンドラ村に顔を出してみよう。