異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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エルフの村の一日

 とりあえずの予定は決まった。

 サンドラ村に顔を出してみる。

 当初の目的からは大きく逸れる行動だが、仕方ない。

 転移魔術について探ることをあきらめたわけではない。

 ただ、少し疲れたんだ。

 充電期間というものも、人生には必要だろう。

 

 日が少し傾き始めた昼下がり。

 俺は方針が決まったことを、エミリーとクリスに伝えにいくことにした。

 ついでに、見納めになるこの里を見て回ろう。

 

 

 ―――――

 

 

 俺達の借家から歩いて20分ほど。

 里の真ん中に、エルフの学校がある。

 学校というほど規模は大きくないが。

 どちらかというと、塾や寺子屋といった風情の建物だ。

 カヤレツキはそこで教師をしていて、彼の授業を受けるためにエミリーもそこに通っていた。

 

 これまで中に入ったことはなかったので、新鮮だ。

 ちらっと覗いてみる。

 教室は全部で3つのようだ。

 どうやら年齢や学習の進捗具合によって、受ける授業が違うらしい。

 それぞれ覗いてみると、小学生、中学生、高校生くらいのエルフ達が、まじめに授業を受けていた。

 エミリーは高校生の教室にいた。

 教えているのはカヤレツキだ。

 エミリーもまた、まじめに授業を受けている。

 魔術学院にいたときの、斜に構えた感じがない。

 カヤレツキの言うことに熱心に耳を傾け、ノートに何やら書き込んでいる。

 

 授業を邪魔するのは申し訳ないな。

 そう思い、ひと区切り付くまで、小学生の教室を窓から眺めて過ごした。

 エルフの成長は、15歳くらいまでは人間と同じ速度らしい。

 そこから成長が急激に遅くなり、100歳で大体人間の20歳くらいにあたるのだという。

 

 つまり、この小学生くらいのエルフ達は、みんな人間と同様に小学生くらいということだ。

 マジでこの年齢のエルフ達は可愛い。

 眼福眼福。

 バッグに詰めて家に連れて帰りたい。

 はぁはぁ。

 

 ……ん? 先生?

 何ですか?

 怪しい者じゃないです。

 違うんです。

 僕はただ、世界の奇跡を、この目に焼き付けたいだけなんです。

 違うんですってば。

 

 

 ―――――

 

 

 追い出された。

 授業を覗くことは禁止されてしまった。

 くそっ。

 最高の癒しだったのに。

 

 ぶつくさ言いながら校庭をぶらついていると。

 ちょうど授業終了の鐘が鳴ったので、エミリーの教室に行ってみることにした。

 

 彼女は席に座って、自分のノートを見返していた。

 休み時間で周りのエルフ達が楽し気に会話する中、ひとり孤独な空気を醸し出している。

 

「調子はどうだい?」

 

 話しかけると、エミリーはビクッと身体を震わせた。

 話しかけられることに慣れていない。

 完全にぼっちのやつの対応だ。

 恐る恐る、といった具合にゆっくりとこちらを見て。

 俺に気付いて、いつもの上から目線になった。

 

「誰かと思えばハジメじゃないの。

 何してるのよ、こんなところで」

「いや、ひとりで過ごすのも飽きてきてな。

 暇つぶしに会いにきたんだ」

 

 エミリーはつまらなそうにペンを回した。

 くるりとペンが一回転して、器用に元の位置に収まる。

 ちなみにペンは、木でできたエルフ特製のペンだ。

 

「何か考えが浮かんだのかしら?」

 

 試すような口調で、エミリーは言った。

 

「ああ。まぁ、一応な。

 俺の行動の方針は決まった。

 また晩飯の時にでも話そう」

 

 そう言うと、エミリーは少し驚いた表情を見せた。

 

「そう。それじゃ、夕食でね」

 

 休み時間は10分ほどのようで、細かく話す時間はなさそうだ。

 すぐに授業開始の鐘が鳴り、カヤレツキが教室に入ってきた。

 しょうがないので、俺は教室を出る。

 

 次はクリスのところに行こう。

 

 

 ―――――

 

 

 学校のすぐ近くにある、剣術道場。

 そこにクリスはいた。

 最初は広場でやっていたが、人数が多くなって場所を移したらしい。

 

「珍しいな。どうしたんだ?

 ハジメも剣術に興味が出たか?」

 

 俺の姿を認めると、クリスは声を弾ませて言った。

 

 ……ふぅむ。

 確かにここらで剣術について学ぶのもありなのかもしれない。

 グレイウルフに、キマイラに、こないだの魔族。

 近づかれたら、俺はなすすべなく致命傷を負ってしまう。

 そうならない為に、剣術でも学ぶべきだろうか。

 

 いやしかし、学ぶというのは大変だ。

 生兵法は大怪我のもとということわざもある。

 まともに使えるようになるにはやはり、数年の訓練が必要だろう。

 そんな時間はない。

 しかも木剣でたたき合うなんて、痛そうだ。

 やめとこ。

 

「いや、ただひとりで過ごすのが退屈になって、暇つぶしに来ただけだ」

「そうか。

 そういうことなら、ゆっくりと見学していってくれ。

 エルフは争いごとが苦手らしいが、中には筋がいい子もいる。

 子どもの成長を見るのは、面白いぞ」

 

 そう言って、クリスは指導へと戻っていった。

 クリスが向かった先には、30人ほどのエルフ達が目を輝かせて、クリスの指導を受けている。

 その大半は子どもで、ちらほらと大人がいる。

 ――そう、大半は子どもである。

 そして、追い出されない。

 つまりそこは、俺にとって楽園だった。

 

 それからずっと、エルフの子ども達が一生懸命木刀を振る様を見ながら過ごした。

 

 

 

 ―――――

 

 

 クリスより少し早く家に戻って、食事の支度をした。

 グータラした生活を過ごすうちに、食事は俺の仕事になってしまっていた。

 

 今日の献立は、パン、サラダ、野菜スープ、オムレツだ。

 エルフ達は肉を食べないらしく、タンパク源は卵と豆類くらいしかない。

 物足りなくてやせ細ってしまうかと思ったが、案外そうでもなかった。

 エルフの里特製の野菜だからだろうか。

 不思議とこの里に来てからみんな肌つやがいい。

 

 食事ができたタイミングで、ちょうど二人が帰ってきた。

 みんなで食事を並べ、食卓につく。

 

「それで、どうすることにしたの?」

 

 いただきますの挨拶のあと、すぐにエミリーが聞いてきた。

 

「そうだな。

 ちょっと情けない話なんだが、一度サンドラ村に帰ろうと思うんだ。

 家族の顔が見たくなってな」

 

 少し、目をそらしながら答えた。

 失望されるだろうか。

 危険を冒してこんなところまでついてきてくれたのに。

 何を目標をあきらめるようなことをしてるんだと。

 

 恐る恐る二人の顔を見ると、二人とも、微笑んでくれていた。

 特に、エミリーがそんな表情を見せるのは意外で。

 不覚にもドキリとしてしまった。

 

「いいんじゃない?

 ここまできて空振りだったら、もう思いつく手段もないもの。

 一度落ち着いて、ゆっくり考えてみるのも悪くないと思う」

 

 そんなことまで言ってくれる。

 

「うむ。

 ハジメは出会った時から、少し生き急いでいるような気がしていた。

 その姿勢に敬意も持つが、同時に危ういとも思っていたのだ。

 今のハジメには、立ち止まって休むという選択肢も必要だろう」

 

 クリスも、優しい意見をくれた。

 ずっと掲げていた目標をないがしろにしていいのか。

 心の片隅で思っていたそんな言葉。

 それが、二人のおかげでなくなっていくのを感じた。

 

「そうか。ありがとう、ふたりとも」

 

 胸の奥が暖かくなる。

 二人とも本当に、いいやつらだ。

 

「そしたら俺は近日中に、ここを出てサンドラ村に帰ることにするよ」

 

 すっきりとした心持ちで、そう言うことができた。

 

「……二人は、どうする?」

 

 エルフの里への道のりは危険だから、二人は俺と一緒に来てくれたのだ。

 サンドラ村に帰るのに、二人がくる理由はない。

 限られた時間を、俺の人生の休憩に付き合ってもらう必要はないだろう。

 

「そうだな。

 それでは私も一度、アバロンに戻ろうと思う

 伯母も心配しているだろうしな」

 

 クリスが言った。

 堅実な選択だ。

 そして正しい選択だと思う。

 彼女には伯母家族と幸せに暮らして欲しい。

 

 エミリーを見ると、難しい顔をしていた。

 眉間に皺を寄せて、口元に手を当て、何事かを考えている。

 やがて意を決したように顔を上げ、言った。

 

「私は……ここに残ることにするわ。

 魔術を全然学び足りないのよ」

 

 確かに、もともとエミリーは、エルフの里で魔術の研究をしたいと言ってやってきたのだ。

 俺の旅に同伴してくれるための建前かと思っていたが、エルフ達の一部の魔術は明らかにアバロンよりも先を行っている。

 それならば魔術マニアのエミリーが、ここに残りたいと希望するのは自然なことだろう。

 ウソから出たマコト、という感じか。ちょっと違うか。

 

「なるほど。いいと思うよ。

 この里は魔術協会なんかより、ずっと魅力的だよな」

 

 そう言うと、エミリーは少し、複雑そうな顔をした。

 何だろう。

 本当は親元に帰りたいのだろうか。

 俺達が家族に会いにいくことに、もしかしたら疎外感を覚えているのかもしれない。

 だとしたら、悪い事をしたな。

 

「それじゃ、もうすぐ……お別れね」

 

 エミリーが珍しく、寂しそうに言った。

 どうやら先ほどの考察は不正解のようだ。

 単純に、別れが寂しいらしい。

 

 だがその言葉は、俺の心にもくるものがあった。

 そうか。

 この二人とも、もうすぐお別れなのか。

 

 二人とも、よく俺なんかに付き合って、こんなところまで来てくれたものだ。

 エミリーは、来てみたらラッキーという感じだが、行動を起こすときにそれがわかっていたわけでもないし、やはり俺の身を案じてついてきてくれたように思う。

 本当に、感謝しかない。

 

「ふたりがいなかったら、俺は死んでいた。間違いなく。

 ふたりとも、本当にありがとうな。

 この旅はいろいろあったけど、全部ひっくるめて、本当に楽しかったよ」

 

 頭を下げた。

 少し泣きそうになる。

 しょうがない。終わらない旅はないのだ。

 

 顔を上げると、二人も泣きそうになっているのが分かった。

 

「――よし、今夜は飲もうぜ。思い出話を肴にしてさ」

 

 俺は立ち上がり、戸棚から酒のボトルを取り出す。

 テーブルの上にドンと置き、栓を開けた。

 

 それから、これまでの旅を振り返って、飲み明かすことにした。

 

 


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