異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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魔法都市ヴィルガイア編
帰郷


 クリスと別れた後。

 サンドラ村を目指して、馬車を乗り継いだ。

 

 ひとりぼっちになってしまった。

 人と旅をするのに慣れ過ぎて、すごく寂しく感じる。

 

 クリスが最後に言ってくれた言葉。

 人の存在意義は、他者が決める。

 なんだか刺さるものがあり、何度も反芻しているうちに。

 少しずつ、そうかもしれないと思うようになってきた。

 

 俺がエミリーやクリスを大切に思うのは。

 彼女達が、彼女達だからだ。

 生い立ちや過去は、彼女らを形成する1つの要素ではあるかもしれないが、俺の好意とは関係がない。

 

 だとしたら。

 もしかしたら彼女達も同様に。

 俺という人格そのものを、好きでいてくれているのかもしれない。

 

 転移だとか、以前の世界だとか、俺の身には得体のしれない事が起こっている。

 そのせいで俺は、自分に自信が持てない。

 それは間違いない。

 

 しかし、それらの出来事が俺という人格を作っていることも、間違いない。

 ということはむしろ、それらのおかげで。

 彼女達が好きでいてくれる「俺」が生まれたと言っても、過言ではない。

 

 そう考えれば、転移のせいで俺が感じているこの焦燥は。

 彼女達の想いを受け入れてしまうことで、解決できるのかもしれない。

 

 ……いいのだろうか。

 あきらめてしまっても。

 

 眠るときには、明日には世界が変わるんじゃないかと、いつも不安になる。

 この世界が、以前の世界の俺が見ている夢なんじゃないかとも思える。

 俺が何者なのか、何一つ分かっていない。

 

 そんな状況だから、俺は今まで、自分に起こったことを追い求めてきた。

 だが、そんなことに人生を使って、何の意味があるだろうか。

 

 それよりも、彼女達のどちらかを選び。

 地に足をつけて生きていく方が、はるかに幸せじゃないだろうか。

 俺が俺である理由は、彼女達が教えてくれるんじゃないか。

 

 

 道中ずっと、そんなことを考えていたら。

 いつの間にか、クレタの街に到着していた。

 

 

 ―――――

 

 

 街に到着して、いくつかの買い物をした。

 ニーナにはブレスレット、シータには高級なカシー豆。

 さらにパンや干し肉、酒などを大量に買って、サンドラ村へと向かう。

 

 相変わらず村までの乗合馬車はなく、道中は歩きだ。

 レンガの敷き詰められた道を、ひたすら歩く。

 目に入る景色は昔と全く変わらず、懐かしさで胸がいっぱいになる。

 ニーナと一緒に、いつもこの道を歩いていた。

 

 俺の思い出の中のニーナは、あの頃のままだ。

 16歳の、天真爛漫な少女。

 最後に見送られたときのその姿で、止まっている。

 ……でも、もうすぐ。

 もうすぐ、少し成長した彼女に会えるはずだ。

 

 しばらく歩くと、レンガの道の脇に、雑草を踏み分けた獣道のような道が出てくる。

 こんな道まで、全く変わっていない。

 ここまで来たら、あと少し。

 

 日が落ちてきて、そろそろ夕方にさしかかる。

 穏やかな日差しのなか、風がさわさわと音を立てる。

 

 このあたりは、ニーナと初めて会った場所だ。

 出会い方は、お世辞にもいいものではなかったが。

 あれから、6年ほど。

 あの時は言葉も分からず、右往左往するだけだった。

 今では、言葉はペラペラだし、魔法なんてものまで覚えた。

 

 このまま、時を刻んでいけるなら。

 そのうち、こちらの世界で過ごした時間の方が長くなるだろう。

 ……そうなるという確証がないのはやはり、苦しいが。

 

 

 門が見えてきた。

 日没までは、まだかなり余裕がある。

 門番に手を振りながら、門をくぐる。

 門番もなんとなく、俺のことを覚えていてくれたようだ。

 手を振り返してくれた。

 

 村は、何も変わっていなかった。

 時間がゆっくりと流れているかのような、穏やかな気配だ。

 たまに知り合いを見かけて、挨拶をする。

 

 そのまま道を歩き、ついに家の前にたどり着いた。

 

 ――鼓動が高鳴る。

 彼女達は、どうなっているだろうか。

 最近連絡を取れずにいたが、無事に過ごしているだろうか。

 一度深呼吸をして、ゆっくりと扉をノックした。

 

「はーい。ちょっとお待ちくださいね」

 

 懐かしい声がした。

 少し鼻にかかった、高い声。

 

 ガチャリと扉があく。

 

「はい、どちら様で……」

 

 そこまで言って、俺と目があった瞬間、彼女は固まってしまった。

 そして、俺も固まってしまった。

 

 扉の奥には、ニーナがいた。

 流れるようなブロンドの髪、アイスブルーの瞳、真っ白な肌。

 少しだけ背が伸びて、顔立ちも大人びたが、あの頃のあどけなさはまだ残っている。

 

 そのまま数秒間にらめっこした後。

 ようやく、口を開くことができた。

 

「……ようニーナ、ただいま」

「うそ…………ハジメ?」

「うそじゃない、俺だ。

 ハジメだよ。……久しぶりだな」

 

 扉が大きく開いた。

 蝶番が壁に激突して、大きな音をたてる。

 その音が届くよりも速く、ニーナが飛び出して、抱きついてきた。

 

「……もうっ!

 心配したんだからねっ!

 最近は手紙書いても帰ってこないし!

 無事だったなら、連絡してよ! もうっ!」

「すまんすまん。

 手紙を書こうと思ったんだけどさ。

 でも俺の方が速く着きそうだったから」

「もうっ!

 それなら仕方ないけどっ!

 しばらく離さないからね!」

 

 ニーナは泣きながら、俺の胸に顔をうずめて。

 

「……無事で、良かったぁ」

 

 はぁ、とため息をつき、そのまま静止してしまった。

 俺が動こうとしても、服をつかんで離さない。

 服は彼女の涙で、結構濡れてしまった。

 

 ようやく中にいれてもらえたのは、それからしばらく経ってからだった。

 

 

 ―――――

 

 

「……で、どうしたんだい? ハジメ。

 あなたがこの世界に来た、その理由は分かったのかい?」

 

 久しぶりの、3人の食事。

 シータが腕によりをかけて、夕食を振舞ってくれた。

 俺が買ってきた食材が、豪勢な料理になって、テーブルを埋め尽くしている。

 

「いや、いろいろと探したんだけどさ、今のところまだ見つかってないんだ」

 

 トクトクトク、と、買ってきた酒をグラスに注ぐ。

 ニーナが、脇目でそれを凝視していた。

 こやつ、見ない間に酒の味を覚えたな。

 

「そうかそうか。

 まぁ、一筋縄ではいかないだろうさね。

 あせらず、ゆっくりでいいんじゃない?

 私は、あなたがこうして帰って来てくれただけで、それだけで嬉しいよ」

 

 シータはにっこりと笑って、そう言ってくれた。

 彼女は笑うと、顔にえくぼができる。

 見ない間に少しだけ、その皺が深くなったように感じた。

 

「私も私も!

 私も、ハジメが帰って来てくれて、本当に嬉しいよ!」

 

 はいはいっ、とニーナが手を挙げながら、シータに同意する。

 

「うまい飯と酒が飲めるからか?」

「もうっ!

 ハジメに会いたかったからでしょ!

 ……まぁ、少しはそのお酒にも興味はあるけど」

 

 ニーナがちらちらとグラスを見る。

 早く飲みたくてしょうがないようだ。

 

 まぁ、正直なところ俺も、早く食べたくてしょうがない。

 懐かしいシータの手料理だ。

 

「じゃあ、冷めないうちに頂いちゃいましょうかね」

 

 シータの号令でグラスを合わせ、食事を開始した。

 

 スプーンでスープを口に運ぶと、懐かしい味が口に広がる。

 アバロンではめったに見かけない、カシルスの葉のスープだ。

 その他の料理も、あの頃のままだった。

 もはや俺の中では、故郷の味だ。

 

「相変わらず、シータの料理は絶品だな」

 

 料理を手当たり次第に口に突っ込みながら言った。

 

「まぁ、大げさなんだから。

 そんな大したものじゃないわよ。

 それに最近はニーナも、このくらいの料理は作れるようになったわよ」

「……え、マジ?」

 

 俺は驚愕して、ニーナを見る。

 

「な、何よそのマジって。

 言っとくけどね、私だってやろうと思えば、料理くらい作れるんだからね。

 今日はハジメがお母さんの料理を食べたいだろうから、遠慮したけど。

 疑うなら、明日にでも作ってあげるわよ」

 

 なんと。

 ビッグニュースだ。

 包丁なんて一度も握ってなかったあのニーナが。

 やはり見ない間に、成長を重ねていたのだ。

 

「なんで料理なんて覚えようと思ったんだ?」

「わ、私だってもう一人前の女なんだから。

 料理のひとつくらい、できた方がいいかなって思ったの」

「へぇー」

 

 感心だな。

 と思ったら、目の前のシータがなんだかニヤニヤしていた。

 

「この子ね、最近ジャック君と仲がいいのよ。

 たまにお弁当を作って持って行ったりするものね。

 私は、そのために料理を習ってるんじゃないかと思ってるんだけど」

「――お母さんっ!」

 

 バンッとニーナがテーブルをたたく。

 その顔は真っ赤だ。

 

「へぇ、ジャック君っていったらアレだよな。

 昔俺に因縁つけてきて、ニーナがひっぱたいた彼だよな?」

 

 懐かしい。

 俺としては、あんまりいい印象はないが。

 

「そうそう、みんなで家に謝りに行った、あのジャック君よ。

 でもなんだかね、その後しばらくして、ジャック君からちゃんと告白されたんだって。

 『僕は君に見合う男になるから、それが叶ったら、結婚して欲しい』って。

 それはもう情熱的に言われたらしいのよ。

 ジャック君も、その後本当に頑張っててね。

 この子も少しずつ、惹かれていってるみたい」

「わぁーっ!! もうっ!!

 お母さん、やめて!!」

 

 ニーナがいたたまれなくなって、ついに机に突っ伏してしまった。

 

 ジャック君か。

 そういえば確かに、会いに行った時にはちゃんと反省していて、そんなに悪い奴じゃないような気はしたな。

 だからといって好感度は中の下くらいだったが。

 ニーナにしてみればもっと低かったんじゃなかろうか。

 印象最悪なところから、お弁当を作ってもらえるまでになるとは。

 やるな、ジャック君。

 

「今度、ジャック君と会ってみたいな」

 

 よくも俺のニーナを、みたいな嫉妬心は、不思議なほどに湧いてこない。

 ニーナには、幸せになってほしい。

 それを手助けしてくれる男がいるなら、俺はそいつの味方にしかなれないようだ。

 

「ええー……。

 あー、でもまぁ、うん。そうだね。

 彼もね、ハジメに改めて謝りたいって言ってたから、今度一緒にご飯でも食べよっか」

 

 ニーナは逡巡した後に、了承してくれた。

 顔を真っ赤にして、うなだれている。

 ニーナが、恥ずかしい時にする仕草。

 昔から変わらない光景だ。

 

 ……しかし、そうだな。

 この家には男が俺しかいない。

 

『お前なんかに、娘はやらん!』と、

 浮かれる青年に世間の厳しさを教えるのは、俺の役目だろうか。

 ……ジャック君との食事までに、とるべき態度は整理しておこう。

 そのためには禿げカツラと付けヒゲを用意して――。

 

「ハジメ、なんか変なこと考えてない?」

「いや、何も?」

「それならいいけど……言っとくけど、普通でいいからね。

 ジャック君とどうなるかなんて、私にもわかんないんだからね。

 『お前なんかに、妹はやらん!』とか、先走ったこと言うのだけはやめてね」

 

 ……こいつ。

 俺の考えを完全にトレースするとは。

 昔どこかで話したことでもあっただろうか。

 

「……言わない言わない。

 ジャック君がどう変わったか、楽しみにしとくよ」

「なんだか信用ならないなぁ。

 ……まぁいっか。

 明日会う予定だから、都合を聞いてみるね」

「ああ。

 俺はいつでも大丈夫だから」

「了解。

 ……あ、お酒無くなっちゃった。

 ハジメ、もう一本あけてもいい?」

「もちろん」

 

 ニーナはアイスペールから酒を取り出し、ふたを空けてグラスに注いだ。

 

「ほら、ハジメも飲むでしょ?」

「あ、ああ」

 

 俺のグラスはまだ半分くらいしか空いてないのだが。

 しかしニーナは俺のグラスにも注ぎたそうにしている。

 しょうがないから一口で飲み干し、新しい酒を注いでもらった。

 

「あ、これ美味しい。

 さっきのも美味しかったし。

 ねぇ、今日のお酒って結構いいやつなんじゃない?」

 

 俺も一口飲んでみると、確かにうまかった。

 

「本当だ。美味いな。

 クレタの街の酒屋で、おすすめを聞いて買ったんだ。

 すごく高いってわけじゃないけど、ほどほどに値は張ったかな」

「そっかぁ」

 

 ニーナはグラスを掲げ、ランプの光にその色を透かした。

 

「……ね、そろそろハジメの話を聞かせてよ。

 旅に出てからの、全部。

 手紙では読ませてもらってたけど、どんなことをして、どんなものを見てきたのか、ハジメの口から聞いてみたい」

「いいけど、長くなるぞ?」

「望むところよ。……ねぇ、お母さん?」

「もちろん。

 あなたが何をしてるのか、考えない日はなかったんだから。

 その分を埋められるくらいに、たくさん話してちょうだい」

 

 シータはにっこりと笑った。

 両手を前に出して、俺に話せと合図してくる。

 

「……わかったよ。

 えーっと、まずは村を出てアバロンに向かうところからだな。

 途中の馬車で面白いやつと一緒になってさ――」

 

 それから俺は、これまでの旅のことを話した。

 

 ユリヤンと出会ったこと。

 アバロンで冒険者をしていたこと。

 クリスと出会ったこと。

 魔術学院のこと。

 エミリーと出会ったこと。

 エルフの里を目指す旅のこと。

 

 ニーナは興味津々で聞いてくれて、いろんな質問や感想をくれた。

「アバロンでは何が一番おいしかった?」とか、「エルフってホントにいるんだ!」とか。

 

 そのせいで、俺の語りにも興が乗り。

 話し終える頃には、空が白んできてしまった。

 


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