異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
<語り部視点>
統一暦1515年。
大陸の東の果てに、その国は誕生した。
国と呼べるほどの広さはなく。
魔物の狩猟による発展も見込めず。
農業に適した肥沃な土地もない。
しかし。
そこに住む者達は皆、魔術への情熱を持っていた。
始まりは、小さな集団であった。
魔術の探求に人生を捧げる、8人。
様々な理由で、自分の魔術研究を奪われた者達だった。
彼らは協力して、人のいない安全な土地に住処を造り、そこで研究に没頭した。
研究の合間に、食べ物を食べ。
研究の合間に、水を飲み。
研究の合間に、息をしていた。
彼らはすべからく、魔術を愛しており。
彼らはすべからく、魔術の天才であった。
彼らが、研究を発表する度に。
その発展性、美しさに気づく者が必ず存在した。
そんな者たちが1人、また1人とそこへ加わり。
少しずつ、人が増えていった。
人が増えると、統制をとる必要が出てくる。
そこで、全住民による話し合いの結果。
最初の8人を貴族とし、中でも最も魔術の才に長けた1人を王として、王国としての体裁を取ることとなった。
8人は研究の時間が削られることを嫌がったが、周囲の強い後押しにより、渋々受諾した。
国名は王の名を取り、ヴィルガイア王国とした。
それから、200年の月日が流れる。
国の精神は、世界の魔術を少しずつ発展させていった。
上級結界魔術の発見。
魔法陣の実用化。
聖級四大魔術の発見。
転移魔術の基礎理論の構築。
彼の国が進展させた魔術研究は枚挙に暇がなく。
その影響は、魔族との戦闘にも如実に現れた。
ヴィルガイアの魔術により。
それまでとは段違いに、戦闘を有利に進められるようになったのだ。
魔族が攻めてきても、損害なく撃退できるようになった。
いつしかその小国は。
感謝と敬意を込めて、魔法都市ヴィルガイアと呼ばれるようになった。
―――――
統一暦1731年、ヴィルガイア王国。
その王城の一室を、一人の男がうろうろと歩き回っていた。
男の名は、エドワード=フォン=ヴィルガイア。
第12代目ヴィルガイア国王、その人である。
国王でありながら、自身も魔術の研究者として数々の功績を残した。
特に転移魔術についての知識は、大陸に並ぶ者がないと称されるほどである。
研究を発展させ、善政を敷く。
賢王エドワードと、誰もが彼を敬った。
しかしそんな彼が、寝起きの熊のように、部屋の中を歩き回っている。
表情はすぐれず、顎髭を右手でわしゃわしゃと弄り回していた。
溜め息をつき。
マントが床につくのもはばからず、座り込む。
(……知らせは、まだ来ないのか)
座り込んだまま、もう一度溜め息をつく。
一国の王には全く相応しくない、一連の所作であった。
エドワードが3度目のため息をつこうとした、その時。
ドタバタと、廊下を走る音が聞こえてきた。
「……きたか!?」
エドワードは立ち上がり、扉の前でスタンバイする。
その直後に扉が開き、侍女が入ってきた。
「陛下! 無事お生まれになりました! 男の子です!」
「――でかした!」
知らせを聞くや否や、エドワードは部屋を飛び出した。
全速力で廊下を走り、目的地へと向かう。
「マリー! よくやった!」
勢いよく扉を開けると、愛する妻が天蓋付きのベッドで横になっていた。
侍女達が水を運んだり、タオルを交換したりとせわしなく動いている。
妻は疲れ切った様子だが、その表情はとても幸せそうだ。
こちらに気付いて、さらに深く微笑んだ。
「あなた、男の子です」
そう言って、腕に抱いたそれをみせてくる。
指をくわえて、スピースピーと寝息を立てる愛おしいそれは。
妻の懐妊以来ずっと楽しみでしかたなかった、わが子の姿であった。
「よくやってくれた。マリー。
疲れただろう。ゆっくり休むといい」
感動に震えつつ、なんとか妻をねぎらう。
涙が出そうになるのを、歯を食いしばって必死でこらえていた。
そんなエドワードを見て、マリーは苦笑しつつ言った。
「ありがとうございます。ですがその前に、教えてください」
「教える?」
「ええ。この子の名前を」
名前。
そうだ、名前を決めなくては。
出産前にいろいろと候補を考えていたが、陣痛が始まってうっちゃったままになっていた。
候補はええと、何だったか……。
普段の聡明さはどこへやら。
エドワードは傍から見ても分かるほどに、平常心を失っていた。
名前、名前、とぶつぶつ呟く夫に。
さらに苦笑して、マリーは言った。
「抱いてみますか?」
はい、と。
布に包まれた我が子を、夫へと差し出す。
「お、おお」
そんな、返事と呼べるかも怪しいような声を出して。
エドワードは、手を前に出した。
妻から我が子を受け取り、両腕に抱く。
その瞬間。
体温が2、3度上昇したかと思うような温かさが、胸を満たした。
急に、視界が広くなったように感じる。
「……ははっ。
かわいいなぁ。目元はマリーにそっくりだ」
そのまましばらく、エドワードは我が子を抱いていた。
赤子は相変わらず、のんきな顔でスピースピーと寝息を立てている。
「……よし、決めた。
この子の名前は、レオナルドだ。
レオナルド=フォン=ヴィルガイア。
いい名前だろう?」
自慢気に笑ったその表情は、もう落ち着きを取り戻していた。
「ええ。とっても」
その様子を見て安心したマリーは、夫に両手を差し出す。
名残惜しい表情をしつつ、エドワードは赤子をマリーへと返した。
部屋の外には、出産の間に仕事が手につかなかったツケが押し寄せている。
苦虫を嚙み潰したような顔をして。
エドワードは、部屋を後にした。
夫のいなくなった部屋で。
マリーは赤子――レオナルドを腕に抱き、幸せだった。
「……レオナルド。
あなたの名前は、レオナルドよ」
その名を呼ぶと、まるでこの世の全ての憂いが消え去ったかのような気がした。
暖かな昼下がり。
静かな部屋の中。
穏やかに眠り続ける、我が子の顔を。
マリーは、いつまでも見ていた。