異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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魔法都市ヴィルガイア③

 幼少期、自分の感じているものが魔力なのだと初めて知った時。

 アルバスは思った。

 

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 その存在は、遥か遠い。

 通常、魔力は距離が離れるほどに感知しづらくなる。

 しかしその膨大な量の魔力ゆえに。

 どれほど離れていても、アルバスには感じられてしまうのだ。

 

 ……あれは、一体何なのだろうか。

 

 ずっと、アルバスは疑問に思い続けていた。

 天国か。地獄か。

 あるいは生命の根源か。

 アルバスには、何一つ分からなかった。

 

 アルバスが幼年学校に入学し、卒業するまでの間も。

 その存在は、変わらず在り続けた。

 それどころか少しづつ、その魔力を増やし続けていた。

 

 そして、幼年学校の卒業論文の作成過程で。

 アルバスは、魔力がヒトの死によって生じるものだということを知った。

 魔術の行使や魔物の存在によって、消失するということも。

 

 ……だとしたら。

 その時アルバスは、一つの考えに思い当たった。

 

 ――あそこにはもしかしたら、魔術や魔物のない、ヒトだけが住む世界があるのかもしれない。

 

 思いついた時、アルバスは、きっとそうに違いないと思った。

 少なくとも天国や地獄なんてものよりは、理解できる。

 こうして、この世界に自分達が生きているのであれば。

 それがもう一つあっても、おかしくはないだろう。

 アルバスは、そんな風に考えるようになった。

 

 しかし、その考えは、長く明かせずにいた。

 最初に両親や友人に話して、一笑に付されたからだ。

 話したことで、アルバス自身の信用も目減りしてしまった。

 

 もう、そんな愚行は犯すまい。

 アルバスはそう決めていた。

 だがその魔力の塊は。

 依然として、アルバスの感覚にその存在を訴え続ける。

 

 誰にも言えない、圧倒的なエネルギーを持つ存在。

 アルバスは幼少期からずっと、自分一人でその存在に悩まされてきた。

 そんな状況に、ずっとストレスを感じていた。

 そして――。

 

「あのな、実は俺たちの住んでるこの世界の他にも、もう一つ世界があるんだ」

 

 その日。

 打ち明けた。

 誰にも話さなかった、その秘密を。

 

 エドワードは確かに、自分の論文を認めてくれた。

 しかしそれは、この世界で経験できる事柄の範疇だ。

 その在り方についてなら。

 矛盾を指摘できない以上、自分の説を推してくれることもあるだろう。

 

 しかし、この話は全く別だ。

 自分の感覚以外に、その存在を示すものなど何もない。

 まさしく、妄想と変わらない類のものなのだ。

 打ち明けた直後、アルバスは不安に思った。

 エドワードからも、かつての友人たちのように、距離を置かれるのではと。

 

 しかし、その心配は杞憂だった。

 エドワードは、あっさりと信じた。

 アルバスの卒業論文を認めた時と同じように。

 面白そうなものを見つけたという顔をして。

 

 アルバスが、抱え込んだものを全て吐き出したあと。

 エドワードが、ふと思いついたように言った。

 

「……なぁ、その世界ってのはさ、魔力を必要としてないんだよな?」

「ああ。俺の感覚が正しければな」

「お前の感覚は正しい。

 それはもう前提として扱おう」

「……じゃあ、そうだ。

 ヒトは存在するが、魔力が使用されない世界だ」

 

 その言葉に、エドワードはニヤリと笑う。

 

「だとしたら――」

 

 エドワードは、天を指さして言った。

 

「その魔力、こっちに持ってこられないか?」

 

 その言葉から、全てが始まった。

 

 

 ―――――

 

 

 統一歴1731年。

 レオナルドが生まれてからひと月後。

 エドワードは城の地下室に、完成したばかりの転移魔術の魔法陣を描いた。

 この部屋はもともとは王の避難用に作られたもので、入り口は隠し扉になっている。

 

 実験はこの場所で、秘密裏に行うことにした。

 完成した転移魔術を公開するには、まだ時期尚早だと考えたからだ。

 公開することで生じる諸問題に対応する時間がもったいない。

 

 遠い世界の膨大な魔力を、こちらの世界で利用する。

 それが成功すれば、魔族との戦争を終結させうる力になるはずだ。

 そのために、とにかく最短距離を進む。

 

 そして、そのための下準備が、昨日完了した。

 もはや転移魔術だけがあっても、エドワードの目的は果たされない。

 目的とは、別の世界の魔力を、こちらで利用すること。

 難航するかと思ったが、意外にもあっさりと方法は見つかった。

 

 この世界の魔力にも、濃淡が存在する。

 魔力を濃い場所から薄い場所へと移動させる研究は、すでに存在していたのだ。

 

 ある魔法陣を物体に描き。

 それを魔力の濃い場所にしばらく置いた後、薄い場所へと移動させる。

 それだけで、魔法陣が導管としての役割を持つようになり、濃い場所の魔力を利用できる。

 そのことが、過去にすでに証明されていた。

 こちらの世界では魔力濃度の差は大きくないため、それほど有用ではなかった研究だ。

 

 しかし、今回の実験に関しては非常に大きな役割を持つ。

 つまり。

 あちらの世界に、魔法陣を描いた何かを送り込み。

 しばらくしてから、こちらの世界にそれを戻す。

 そんな簡単な方法で、膨大な魔力をこちらで利用できるようになるのだ。

 

 準備は、全て整った。

 

 

 

「……いよいよ、今夜だ」

 

 城の一室で、エドワードはつぶやいた。

 

 時刻は夜。

 今日の仕事を全て終わらせ、あとは決行を待つのみとなった。

 もう少ししたら、アルバスが訪ねてくることになっている。

 

「……ふぅ」

 

 少量の酒を煽り、一息つく。

 研究一辺倒だったエドワードの人生に。

 最近は、嬉しいことが続いている。

 

 レオナルドは無事に生まれた。

 親の欲目かもしれないが、マリーに似てとても愛らしい容姿をしている。

 きっと成長したら美形になるに違いない。

 生まれて数日で髪も生えてきて、その可愛さをさらに押し上げていた。

 髪の色はダークブラウン。自分と同じ色だ。

 日々変化する我が子が、いとおしくて仕方がない。

 

 そして。

 今日はついに、10年以上の歳月を捧げた研究の集大成だ。

 成功すれば、これまでよりも遥かに効率よく、より強力な魔術を使えるようになるはずだ。

 それによって、魔族との戦争に終止符を打つことができる。

 

 再度、酒をグラスに注いだ。

 

 気がはやる。

 酒で気を紛らわせなければ、一人で今すぐに決行してしまいそうだ。

 それではアルバスに申し訳が立たない。

 

 これほどに幸せな時間は、これまでの人生で味わったことがなかった気がした。

 そしてあとわずかの時間で。

 今を超える、人生最高の瞬間が待っている。

 

 淡く光る、酒の波紋を眺めながら。

 エドワードはこの時、そう信じて疑わなかった。

 

 


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