異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
エドワードが、城で一人で酒を味わっている時。
アルバスは自宅で一人、目を覚ました。
アルバスは、研究に没頭して昼夜を忘れることが多かった。
徹夜で研究を行うことも頻繁にあり、その分眠るときは長時間眠る。
そんな生活を送っていたため、起きる時間は不規則になりがちだった。
寝起きが一番頭が冴える。
そう考える彼の信条も、その要因の一つである。
そしてその信条に従い、約束の時間の少し前に彼は目を覚ましたのだった。
……今日はついに、彼方への転移の実験だ。
アルバスが常に感じている、圧倒的な魔力。
それを探るときが、ついに来たのだ。
全身に、活力がみなぎる。
しかし。
その感覚を確かめた時。
初めて、アルバスは異変に気付いた。
「……なんだ、こりゃあ」
アルバスの表情が凍りつく。
水を飲もうと手に持ったコップを床に落とし。
ガラスが砕ける音が部屋に響いた。
しかしそんなものは、アルバスの耳には全く入らなかった。
「まじかよ、なんだよ、これ」
――ヴィルガイアが、魔物に包囲されていた。
都市と呼ばれる広さしか持たない国だが、それでも都市だ。
包囲するには、何千もの頭数が必要だ。
そんなとてつもなく信じがたいことが、今まさに、間違いなく行われている。
しかもそれらからは。
ただの魔物とは思えないような、不吉な気配を感じる。
外に出てみたが、街は普段のままだ。
明かりの灯った家々。酒場で陽気に飲む人達。
夜なので人は少ないが、その様子は普段と何も変わらない。
魔物に取り囲まれてることに気付いているのは、自分だけ。
「こうしちゃいらんねぇ……!」
知らせなければ。
……誰に?
その辺の官憲か。
周囲の人に、大声で叫んで回るべきか。
どちらも頭がおかしいと思われるのがオチな気がした。
そんな時間の余裕が、あるわけがない。
「……あいつしかいねぇな」
アルバスは寝間着のまま、走り出した。
知己であり、この国の最上位に位置する者であり。
そして最も信頼する、友人のところへ。
―――――
トントン、とノックの音がする。
その音を聞いて、エドワードはグラスを置いた。
「なんだ?」
「陛下。アルバス=ロレント伯爵がお見えです。
応接室でお待ちいただいておりますが、なにぶんお急ぎのご様子で」
「……わかった。すぐに向かう。」
衛兵は扉を閉めて去っていった。
――お急ぎの様子?
ついに決行するとあって、アルバスも気が急いているということだろうか。
……それともまさか、計画に狂いが生じたのか?
一抹の不安を抱えながら、エドワードは部屋へと向かう。
扉を開けると、寝間着のままのアルバスが待っていた。
髪も整えず、無精ヒゲは剃られず、おまけに汗をだらだらと流している。
「ア――」
「聞け! エド!
この国が、魔物に包囲されてる!」
エドワードの言葉を遮り。
汗だくのアルバスの口から飛び出てきたのは、思いもよらぬ言葉だった。
エドワードはそれまでの思考を放棄し、瞬時に頭を切り替える。
「どういうことだ?」
「経緯は分からねえ。
ただ昨日の夕方に眠って、ついさっき起きたら、街の外を取り囲むように魔物の気配がした。
……今はもう、街の中に入りこんできてやがる!」
「確かか?」
「間違いない!」
即座にエドワードは思考する。
何をするべきか。
信じがたいことだが、こいつがそう言う以上。
魔物に包囲されているのは、事実なのだろう。
しかし魔物が秩序だって一つの国を襲うなど、聞いたこともない。
何が起こっているのか。
「衛兵っ!!」
エドワードが叫ぶと、数秒後に兵士が2人駆けつけてきた。
「街が、魔物の群れに攻撃を仕掛けられている!
住民を城下に集めるよう伝えろ!
兵は総員戦闘配備! 隔壁に防衛陣形を敷け!
火急だ!」
「「はっ!」」
兵士達は慌てて去っていく。
「俺も加勢に行く!
指揮はまかせたぞ、エド!」
アルバスもそう言い残し、急いで部屋を出ていった。
この城に、王族用の脱出路などはない。
この城が墜ちるときは、王が死ぬとき。
なぜこの国が魔物に狙われるのかは、全く分からない。
しかし。
「――所詮は魔物の群れだろう。
ヴィルガイアの誇る魔装兵団。
その力を見せてくれる」
一人残った部屋で。
窓の外の暗闇を睨みつけるように、エドワードは言った。
―――――
その男は、1人で酒を飲んでいるところだった。
妻と子どもは夕食後にすぐに寝てしまうので、自室で1人、本を読みながらちびちびと酒を飲む。
この時間は、男にとって最も幸福な時間だ。
自分の仕事をよりよくする方法や、娘の将来などについて、ぼんやりと考える。
別に真剣に考えているわけではない。
真剣に本を読むわけでもない。
そんな時間は、男の人生に潤いを与えていた。
いい具合に酔っ払い、そろそろ寝ようかと思った時。
窓の外がやけに明るいことに気がついた。
夜中だというのに、煌々と照らされている。
部屋のランプよりも、外の方が光が強いくらいだ。
(……火事だろうか)
男は外に出てみた。
男の予想は当たっていた。
目に飛び込んできたのは、渦巻く炎。
しかしその規模は、想像よりも遥かに大きかった。
周囲の家のほとんどが、焼けている。
火の粉が舞い、男の顔に熱風が吹きつけた。
「なんだこれは!?」
男は慌てて家に入り、寝室へと向かう。
早く妻と娘を起こして、避難させなければ。
何が起こってるのかは分からないが、とにかく避難だ。
どこへ向かうべきか。
とりあえずは、王城へを目指そう。
根拠はないが、最も安全そうだ。
そんなことを考えて、急いで寝室に向かうと。
悲鳴が鼓膜を貫いた。
娘の名を叫んでいる。
聞こえたのは、目の前のドアからだ。
急いで開けると、そこには――。
血走った眼。
角の生えた頭。
蝙蝠のような羽。
鱗に覆われた肌。
――見たこともない邪悪な存在が、その爪で妻の胸を貫いて、嗤っていた。
赤く染まったベッドには、首のない娘が寝ている。
妻はゲホッと口から血を吐いて、自分に向かって何かを呟いた。
そんな妻を、まるでゴミでも捨てるようにベッドに放り、そいつは男の方を向く。
男は、逃げた。
振り返ることなく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
こんなことはありえない。
今日も普段と変わらない一日だった。
仕事をして、家に帰って、夕食を食べた。
妻は仕事の疲れを心配してくれた。
娘は寝る前に、お休みのキスをしてくれた。
それらがまるで、別の世界の出来事のようだ。
何だこれは。
何なんだ、これは!
混乱する頭で玄関へと走り、扉を開けた時。
男の意識は消失した。
外にいた何者かが、男の首を切断したためだ。
それは男の家にも火を放ち、去っていった。