異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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魔法都市ヴィルガイア⑤

 エドワードが報告を受けたのは、号令を発してから1時間ほど経ってからだった。

 その内容は、最悪の一言に尽きた。

 

 街を囲んでいたのは、魔族だった。

 魔族は一体でも、手練れの冒険者が数で囲んでようやく倒せるような相手だ。

 それが数千体。

 絶望的な数だ。

 

 確かにヴィルガイアの魔術によって、魔族に対して優位を取れるようになった。

 しかしそれは、あくまで戦場での話だ。

 遠距離から戦闘が始まり。

 かつ、人類の粋を結集した戦力があってこそのもの。

 

 対して今は、そのいずれの優位もない。

 完全に奇襲にはまった状態だ。

 住民の避難もできていない。

 大規模な魔術を使えば、避難する者達をも攻撃することになる。

 避難が完了するまで魔族を押し止められる戦士団など、この魔法都市にあるはずもない。

 

 ――盤面は、完全に詰んでいた。

 

「国王陛下!

 既に敵の一部は城の隔壁まで侵入しております!

 魔装兵団が奮戦しておりますが、状況は不利と!

 御身のご心配を!」

 

 報告をした兵士が言う。

 逼迫した声から、状況の劣勢さが伝わってくる。

 しかしどこにも、逃げる場所などありはしないのだ。

 

 やるとしたら、街を突っ切って逃げること。

 魔族に取り囲まれて、なぶり殺しにされるだけだろう。

 

「報告、ご苦労だった。

 下がってよい」

 

 兵士は一礼し、足早に去っていった。

 

 エドワードはしばらくの間、目を閉じて打開策を検討した後。

 ゆっくりと目を開け、歩き出した。

 向かうのは、妻と子の待つ一室。

 

 扉を開けると、今朝と変わらない2人がいた。

 ベッドの上で、マリーがレオナルドを抱いている。

 

「今夜はなんだか、みな慌ただしく動いてるようですね。

 どうしたのですか?」

 

 マリーが尋ねた。

 

 エドワードに報告が来たのがつい先刻だ。

 場内の非戦闘員は、誰一人、事情を把握していない。

 それは王妃とて、例外ではなかった。

 

「いや、大したことじゃない。

 少しね、魔物が街に入ってきているらしいんだ。

 今、兵団を派遣して対処にあたらせているところだ。

 大丈夫。

 じきに騒ぎは収まるだろう」

「そうですか……」

 

 エドワードは、自分の台詞に驚いた。

 隠したところで、何の意味もないというのに。

 しかしマリーに事実を知らせるのは、ほんの僅かでも遅らせたかった。

 絶望に染まる時間は、少しでも短くしてやりたかった。

 

「……マリー、愛しているよ」

「なんですか、急に。

 ふふっ。でも嬉しいです。

 私も、愛してますよ」

 

 たまらなくなり、エドワードはマリーを抱きしめた。

 隣に寝ているレオナルドが視界に入る。

 いつもの通り、穏やかな寝顔。

 

 少しの間そうしていると。

 ぽんぽん、と。

 マリーがエドワードの背中に優しく触れた。

 

「……大丈夫ですよ。あなた。

 私達は、大丈夫ですから」

 

 私達とは、マリーとレオナルドのことだろうか。

 

 マリーは昔から、察しが良かった。

 エドワードの必要としているものを、それとなく、気づかれぬように置いておいてくれる。

 そんなところがあった。

 

 土壇場での自分の三文役者ぶりに呆れてしまう。

 自分の様子から、先程の言葉が嘘だと分かったのだろう。

 

 ……しかしおかげで、ふんぎりがついた。

 

「マリー、万が一魔物が入ってくるといけないから、隠し部屋に移動しよう」

 

 エドワードがそう言うと、マリーは何も聞かずに従ってくれた。

 産後で体力の戻っていないマリーに代わり、エドワードがレオナルドを抱いて。

 地下室へと、歩き始める。

 

 エドワードの頭の中には、ひとつだけ策があった。

 成功の確率は低いが、ゼロではない。

 そんな策が。

 

 産後間もないマリーを慮りつつも、小走りで移動する。

 地下室までの距離はそう遠くない。

 問題なくたどり着けるはずだ。

 ……そう考えた、矢先の出来事だった。

 

 ガシャァン! と。

 大きな音を立てて、窓ガラスが割れる。

 

「馬鹿な……」

 

 そこから入ってきたのは、魔族だった。

 

 おかしい。

 いくら何でも早すぎる。

 もう防衛線が突破されたというのか。

 

「ナント脆弱ナ国ヨ。

 玉座マデアトワズカデハナイカ」

 

 クックッと、魔族は高く笑う。

 黒板を爪で掻くような、不快な音だ。

 

「……オヤ?

 ソコニイルノハ――」

 

 魔族がこちらに気付く。

 一瞬の思考。

 逃げるか、迎え撃つか。

 どうする。

 

「逃げろ! エド!」

 

 大声が響くのと同時に、魔族に向かって炎の矢が飛んできた。

 不意をつかれた魔族は被弾し、爆炎と煙で視界から消える。

 

「アルバス!

 お前、どうしてここに!?」

 

 矢を放ったのは、アルバスだった。

 魔装兵団と共に、防衛線を張ってもらっていたはずだ。

 あるいは、逃げてくれていても構わなかった。

 アルバスの能力を使えば、彼一人ならこの国から脱出できる目もあるだろう。

 

「防衛線は崩れた!

 だが、こっちに入ってきたのはそいつだけだ!

 それが感覚で分かったから、追ってきた!」

「お前だけなら、逃げられるんじゃないか!?」

「馬鹿言うな!

 俺一人生き残ったって、何の意味もありゃしねぇよ!

 どうせ無意味な命なら、せめてその子を守るために使わせろ!

 アレを、やる気なんだろ!?」

 

 腕の中のレオナルドは、いつの間にか目を覚ましていた。

 安心しきったような顔で、ぼんやりと虚空を見つめている。

 

「すまん! 恩に着る!」

「あっちでしっかり取り立てるからな!

 それが嫌なら、生き延びろ!」

 

 会話の間も、アルバスは炎の矢を放ち続けていた。

 

「アルバス様! 感謝を!」

「光栄です! マリー様!」

 

 その姿に背を向けて、エドワードは走った。

 階段を下り、廊下を駆ける。

 

 そしてついに。

 隠し扉のある大広間にやってきた。

 しかし――。

 

「貴様、国王エドワードダナ。

 見ツケタゾ。

 サテ、ソノ命、モライウケヨウカ」

 

 大広間には、既に数体の魔族が入り込んでいた。

 

「ブリザード!」

 

 即座に、エドワードが叫ぶ。

 上級魔術の詠唱破棄。

 タイムラグなしで行える、エドワードの最高の魔術。

 絶対零度の奔流が、魔族達に襲い掛かる。

 

「引ケ!」

 

 魔族達は蜘蛛の子を散らすように、大広間から脱出した。

 脱出口を、氷の壁が塞いでいく。

 凍り付いた大広間を、滑らない様に急いで走る。

 

「がっ!」

 

 しかし数歩も走らぬうちに、エドワードは背中に衝撃を受けた。

 前に向かって飛ばされる。

 自身の肋骨が砕ける音を聞きながら、レオナルドだけは落とさぬように、両腕で優しく包んで受け身を取った。

 

「あなたっ!」

 

 マリーが叫び、エドワードに駆け寄る。

 背後はすでに、魔族達に回り込まれていた。

 

「ごほっ、がふっ」

 

 エドワードは地面に倒れ込み、口から血を吐いた。

 マリーがすぐに治癒魔術をかける。

 その間に、魔族に完全に包囲されてしまった。

 

 その中から、一体の魔族が前に出る。

 それは、他に比べて一際大きな個体だった。

 

「さて、国王エドワード=フォン=ヴィルガイア。

 何か言い残すことはあるか?」

 

 その魔族が発した言葉に、エドワードは驚いた。

 あまりにも、他の魔族と異なる発声。

 その魔族は、完全に言葉を使いこなしていた。

 

「……一体何なのだ、貴様らは!

 どこから現れた!

 何が目的だ!」

 

 凍り付いた大広間に、エドワードの声が響く。

 その言葉を揶揄するように、周囲の魔族が嗤う。

 

「……ふっ。

 いいだろう。答えてやる。

 目的は、この国を破壊することだ。

 貴様らの魔術によって、戦況がずいぶんと劣勢になってしまったのでな。

 こうしてわざわざ、遠出してきてやったというわけだ」

「遠出とはどういうことだ。

 一体どうやって、ここへ来た!?」

「それを貴様が知る必要はあるまい。

 人間どもの姑息さには何度も煮え湯を飲まされたからな。

 情報漏洩は敗北を招く」

 

 エドワードには、目の前の魔族が恐ろしく映った。

 外見の醜悪さや、流麗な言葉のせいではない。

 

 理性的なのだ。

 物事を考えるプロセスが、ヒトと変わらない。

 

 かつてはそうではなかったはずだ。

 魔族とは、強力な魔物とそう変わらない存在だった。

 言葉も操れず、おぞましい声で叫ぶだけの意思疎通だったというのに。

 ヒトの言葉を学び、考え方まで、ヒトと変わらなくなっている。

 

 ヒトが魔族との戦争で文明を発展させてきたように。

 魔族もまた、ヒトから学んでしまったというのか。

 

 動揺を隠しつつ、背後のマリーに視線を向けた。

 彼女は小声で、何かをつぶやいている。

 それを聞きつつ、エドワードはさらに言葉をつないだ。

 

「その姑息な人間の言葉に頼らなければ、同胞との会話すらできぬとは。

 滑稽な存在だな、魔族とは」

「ふっ。

 死を前にして、なかなかに勇敢ではないか。

 泣いて命乞いでもすれば、私の気が変わるかもしれないというのに」

「そのような真似、死んでも御免だ」

「そうか。

 言葉を得たのは、確かに幸いだった。

 貴様の泣き叫ぶその意味を、しっかりと理解できるからな」

 

 気付けば、じりじりと魔族達が近づいてきていた。

 

「俺が死んでも必ず。

 必ず、ヒトは貴様らに勝利する。

 貴様らを倒すものが、いつか目の前に現れる。

 その時を覚悟しておくがいい!」

「世迷言を。

 問答は終いだ。

 どれ、まずは右腕でもいただくとするか」

 

 凄まじい速度で、魔族が接近し。

 鋭い爪が、エドワードに振り下ろされる。

 もはやなすすべはないと、諦めかけたその時。

 

「……バリア」

 

 エドワードと魔族の間に、障壁が生じた。

 

「ヌッ!?」

 

 魔族の爪が弾かれ、その身体も吹き飛ばされる。

 

 更に障壁は広がり、他の魔族を弾き飛ばしながら、エドワード達を中心に半球の形をとる。

 エドワード達は、白く光る壁によって、完全に魔族と隔絶された。

 

「ありがとう、マリー」

「間に合ってよかった……」

 

 エドワードに治癒魔術をかけた後。

 マリーはすぐに、結界魔術の詠唱を始めていた。

 間一髪のタイミングだったが、なんとか発動することができた。

 

「しかし、長くはもちません。

 私の魔力が切れたらまた、絶望的な状況へと戻ってしまいます。

 ただ何かやれることが、あるのでしょう?」

 

 やはり、マリーは何もかもお見通しだ。

 

「アルバス様が、いえ、この国の全ての人が、命を懸けて下さった機会です。

 どうか、活用して下さい」

「……ありがとう、マリー。

 すぐに戻ってくる」

 

 マリーは魔術に集中するため、その場から動けない。

 エドワードは地下室への扉に向かおうとしたが、ふと足を止めた。

 

「……結界を張ったまま、レオナルドを抱けるかい?」

「大丈夫だと、思います」

「抱いてやってくれ。

 君と俺の……生きた証だ」

 

 マリーにレオナルドを手渡すと、レオナルドは笑顔になった。

 母親に抱かれて安心したのか、家族がそろって嬉しくなったのか。

 理由は分からないが、レオナルドは笑った。

 

 

 

 

 エドワードはレオナルドを抱いて、地下室への隠し扉を開け、階段を降りた。

 ランプに火をつけ、明かりを確保する。

 

 その部屋の奥には、大きな転移魔方陣がある。

 レオナルドをそこに寝かせ、エドワードは自らの指の先を切った。

 流れ出した血で、レオナルドの胸に魔法陣を刻む。

 魔力を通すと、魔法陣は肌に定着した。

 

 この魔法陣は、導管の役割だ。

 そして、この場所への帰還の術式も、組み込んである。

 この場が安全になってから。

 レオナルドが一人でも生きられるようになってから、帰ってくるように。

 

「すまない、レオナルド。

 こんなことしかできない、父を許してくれ」

 

 巨大な魔法陣に魔力を込める。

 魔法陣は徐々に光り始め、地下室をまばゆく照らした。

 

(頼む、成功してくれ)

 

 全ては賭けだ。

 転移魔術が成功するかも分からない。

 あちらの世界に、レオナルドが生存できる環境があるのかも分からない。

 

 しかし、他に方法がないのだ。

 この世界の他の場所に転移させるには、魔力が足りない。

 あちらの世界の魔力を利用できなければ、一人の魔力では転移魔術を行使できない。

 

(頼む……!)

 

 魔法陣はもはや直視できないほどに輝いている。

 中央にいるレオナルドは、異変に気付いて泣き始めた。

 

 ……そして。

 音もなく、レオナルドは消えた。

 エドワードの願いとともに。

 

 賭けに勝利したのかは、分からない。

 

 魔法陣も輝きを失った。

 頼りないランプの明かりだけが、その場を照らしていた。

 

(感傷に浸る暇はない)

 

 エドワードは奥の壁際に移動した。

 壁の一部を、右手で押す。

 壁は凹み、代わりに床から石箱が出現した。

 

 蓋を開けると、一冊の本が入っている。

 この本は、ヴィルガイアの魔術研究の全てを記録したものだ。

 国が滅んでもその進歩だけは失わせぬように、代々の王が書き連ねてきたもの。

 そのための劣化防止の魔術が付与されている。

 

 そこに、現状を書き記す。

 いかにして、この国が滅んだのか。

 突如として現れた魔族。

 その事実を後世に伝えれば、何かのヒントになるかもしれない。

 

 他に、転移魔術のこと、もう一つの世界のこと、転移させた息子のことを書いておく。

 自分の代のその他の魔術的進歩についても書くべきだろうが、省く。

 時間がないのだ。

 早足で書きなぐったそれを石箱に入れ、壁を元の状態に戻した。

 

 これで、国王としてやるべきことはやったはずだ。

 あとはもう、一人の夫としての責務だけ。

 

 ランプを消し、急いで階段を登る。

 そこには、やや疲れた様子の妻がいた。

 

「……終わったんですか?」

「ああ、終わったよ。

 君のおかげだ」

 

 その肩を抱きながら、答える。

 

「レオナルドは、どうしたんですか?」

「転移魔術を使って、安全なところに送った。

 無事成功だ。

 あの子はもう、大丈夫」

 

 人生最後の、三文芝居。

 

「そう。

 あなたがそう言うのなら、間違いないですね。

 ありがとう、エドワード

 ……よかったぁ」

 

 ほっと息を吐くマリーは、安心しきった表情だった。

 

「珍しく、俺の言うことを素直に信じたな」

「信じてますよ。

 あなたは賭けに、必ず勝ちますからね」

 

 いたずらっぽく、マリーは言う。

 芝居はやはり、見抜かれていたらしい。

 ただレオナルドの安全は、疑ってないようだ。

 

「……まったく君には、敵わないな」

「私も、あなたには敵いません」

「……そうか?」

「そうですよ」

 

 にっこりと笑うマリーは、とても美しかった。

 

「こんなに素敵な夫と一緒に過ごせて、私は幸せでした」

「……それは、俺の台詞だ。

 俺の方こそ、こんなに素敵な妻と一緒に過ごせて、幸せだったよ」

「ありがとう、エドワード」

「こちらこそありがとう、マリー」

 

 二人はしばらく、無言で抱き合っていた。

 

「……エドワード」

「ん?」

「少し、疲れちゃいました」

「……分かった。

 じゃあ、もう少しだけ、頼む」

「了解です」

 

 エドワードは、マリーと抱き合ったまま、右手を高く上げた。

 

「……原初の火。暗がりを照らすもの。

 三つ時の呼び声。彼方より響く」

 

 転移魔術を行使したことで、エドワードの魔力は限界に近い。

 

「方角は東。虚空より歩みし時の番人。

 その城壁は高く、高く」

 

 生命そのものを、魔力に代えて、唱える。

 

「頂きを目指す王。

 その翼は燃え炭になろうとも。

 その志は遠く、遠く。

 約束の地にて再び見えん」

 

 エドワードの右手に、魔力が凝縮していく。

 マリーはエドワードに身体をあずけ、言った。

 

「レオナルド、どうか幸せに」

「――エインシェント・ノヴァ」

 

 同時に結界が解け、その残滓が地下室だけを覆う。

 結界を囲んでいた魔族が見たものは、圧倒的な魔力の奔流であった。

 詠唱されたのは、火聖級魔術。

 右手より放たれたその魔術は、周囲の全てを焼き尽くした。

 

 その日、幾百の魔族を道連れに。

 ヴィルガイア王国は、滅亡した。

 

 

 

 

 

 


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