異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
<語り部視点>
降り注ぐ陽光が、万物を優しく照らし。
森に住む鳥や動物たちも、一日の始まりを感じ、その眠りから覚める。
風が通り抜け、花びらが舞い、すがすがしい空気が家々を包む。
そんな、エルフの里の朝。
「ふぁ……」
エミリーは窓から注ぐ日差しを浴びながら、ベッドの上で伸びをした。
それは以前の彼女からは考えられないような、無防備な仕草だ。
しかしどちらかというと、こちらがエミリーの本当の姿だった。
貴族らしく振る舞うことは、彼女にとっては枷だった。
起き抜けのあくびの1つくらい、抵抗なく行える。
エミリーはそんな今を満喫していた。
顔を洗って、パンを頬張る。
彼女は料理ができないので、食事は常に出来合いのものだ。
それは、元貴族だから仕方がない。
旅の間は、ハジメに文句を言われたが。
都合の悪いときは、貴族を言い訳に使うことに抵抗はないのだ。
カシーを飲み、着替えを終えたら、1日が始まる。
―――――
「うん、かなり分かってきたみたいだね。
これならもう、僕から教えることはあんまりないよ」
今日は、試験の日だった。
中級結界魔術についての試験。
エミリーの魔術を見たカヤレツキは、笑いながらそう言った。
ここに来てから、半年が経った。
結界魔術と治癒魔術。
エルフの里は、その2つの分野において、圧倒的に進んでいた。
アバロンの結界魔術など、比べれば「星と鈍亀」だ。
里では初級と呼んでいる技術すら、アバロンでは完成していない。
治癒魔術はまだマシだが、それでも足りないものが多すぎる。
「ありがとうございます、先生」
カヤレツキに褒められたエミリーは、すまし顔でそう言った。
内心では嬉しさでガッツポーズを決めている。
しかし、そんなことを表に出すわけにはいかない。
何故なら、彼女は元貴族だからだ。
自分一人の時ならまだしも、人前でそんな姿を見せるわけにはいかないのだ。
カヤレツキも、段々とエミリーの性格がわかってきた。
その唇の端がピクピクと震えてるのを見て、彼女の内心をなんとなく察した。
その上で、彼は言う。
「そろそろ、いいかもしれないよ?」
何のことだろうか。
エミリーは思い当たる考えが浮かばなかった。
なので、素直に聞いた。
「何のことでしょうか?」
「この里を出て、独学でもいいかもしれないってこと」
その言葉に、エミリーは驚き、すぐに反論した。
「いえ、しかし上級の結界魔術はまだ教わってません!」
ていよく厄介払いをしようとしているのではないか。
そんな考えすら頭に浮かんだ。
「うん。確かにそうだね。
ただ上級の魔術って、結局のところ中級までの応用なんだよね。
四大魔術を上級まで修めてる君に、僕が偉そうに言うことでもないけど」
そう言って、カヤレツキは苦笑いを浮かべた。
「治癒も結界も同じだよ。
乱暴に言えば、詠唱を長くすることで効果と範囲を高めたものだ。
重要なのは詠唱の文言に乗ってる意味を、感覚として理解すること。
そのために必要なのは、反復だけだ。
だから、ここじゃなくても、僕がいなくても、君なら手に入れることができると思うよ?」
エミリーは、その言葉を内心では理解していた。
確かにその通りだ。
自分が上級に至る道筋に、指導は必要ない。
……ただ、受け入れられない理由があった。
「いえ、私はまだまだ、先生から教わるべきことを多く残しています。
どうか今しばらく、ご指導お願いします」
エミリーは懇願するように言った。
それは、おおよそ彼女らしくない仕草だった。
カヤレツキは、意外そうにその様子を見つめ。
「あれ?
君は喜ぶか、表情も変えずに受け入れて去っていくものだと思ってたよ。
……どうしたの?」
少しだけ口元を緩めて尋ねた。
エミリーは、内心で数十回の舌打ちをする。
「そんな、理由なんてありませんわ。
ただ、私には先生が必要なだけです。
どうか、分かってください」
エミリーは首を曲げ、上目遣いで言った。
その仕草には、大抵の人間を恋に堕とせる魔性が秘められていた。
しかしカヤレツキはエルフである。
生きてきた年月は人間の比ではない。
全く動じずに言う。
「はいはい。
そうゆうことにしてもいいけど」
溜め息を1つ。
「僕らは君達にとても感謝してるし、いつまで居てくれてもいいんだよ。
……ただね。
行動は早い方がいいと思うなぁ。
今頃誰かが、言い寄ってるかもしれないよ?」
その言葉を聞いた瞬間。
ピシッと。
エミリーの表情が固まった。
「……な、何のことだか、ぜ、全然分かりませんね」
無理やり、絞り出すように言う。
その様子を見て、カヤレツキはまた溜め息をついた。
「君がそう言うならそれでいいけどさ。
まぁ……後悔しないようにね」
カヤレツキはそう言うと、くるりと背を向けて歩いて行ってしまった。
その最後のセリフに、エミリーは背筋が寒くなった。
分かってる。
分かってるのだ。
ぐずぐずしていると全てが終わってしまうかもしれない。
しかし、どうしても。
行動に移せないのだ。
ハジメと顔を合わせるのが気まずい。
ただそれだけの理由で、エミリーはここに留まろうとしていた。
「ああ……もうっ!」
こんな自分は、ありえない。
エミリーが信奉しているのは理性。
すなわち、合理性だ。
それに基づいて考えるなら。
魔術の研鑽が一人でも可能なら、この里に用はない。
とっととハジメのもとに趣き、返事を聞くべきなのだ。
その内容次第で、次の行動を決定できるだろう。
そう頭では分かっているのに。
彼女はグズグズと、それを先延ばしにしようとしていた。
理由は……怖いから。
彼女にとって、告白も初めてなら、その返事を待つのも初めてだった。
返事がOKならいい。
嬉しさをこらえるのが大変だろうが、それはおそらく幸せなことだろう。
問題は、NOの場合だ。
ハジメの返事は、正直想像がつかないのだ。
きちんと恋愛対象としての天秤に掛けられた上で、そこから落とされるならまだいい。
しかしハジメには、恋愛以前の理由で断られる可能性がある。
転移の真相が掴めるまで、自分にそんな資格はない。
なんて、いかにも奴が言いそうな言葉だ。
そんな返事を聞いた時。
自分が内心を抑えて取り繕うことができるのか。
エミリーには自信がなかった。
いっそ誰かに、返事を聞いてきてほしい。
ハジメの見えない所でなら、取り乱してもまだ許されるというのに。
そんな女子中学生のような思考に絡め取られ、エミリーは身動きを取れなくなっていた。
―――――
そんなある日。
エミリーが自宅で、貰い物の料理を食べようとしていた時。
玄関から、チャイムの音が聞こえた。
来客など珍しい。
まぁどうせ、カヤレツキあたりだろうが。
そんな予想をしながら、玄関を開ける。
すると。
「やぁエミリー、久しぶりだな。
元気にしていたか?」
「……クリス!?」
扉を開けた先には、クリスが立っていた。
「突然どうしたの!?
何かあった!?」
「ちょっと、エミリーに伝えたいことができて。
アバロンから駆けつけたんだ」
屈託なく笑いながら、クリスは言った。
その笑顔は、以前の彼女とは少し違っていた。
以前よりも、物腰が柔らかくなったような気がする。
洗練された剣のような立ち振る舞いに、どこか艶やかさが加わったような。
そんな印象を持たせるような笑みだった。
「……まぁ、とにかく入って。
紅茶でも出すから」
「ありがとう。
失礼する」
クリスをテーブルへと案内し、自分はキッチンへと向かう。
火魔術でお湯を沸かした後。
最近覚えた紅茶の淹れ方を活用して、エミリーは紅茶を淹れた。
ポットから紅茶を注ぎ分け、盆にのせて、クリスの前に置く。
「どうぞ」
「ありがとう。
エミリー、紅茶を淹れられるようになったんだな」
「ええ、最近覚えたの」
クリスがティーカップに口をつける。
「……うん。普通に美味しい」
「普通にって何よ。失礼な」
そう言いつつ、エミリーもテーブルに着いた。
自分の分の紅茶に口をつける。
うん、まぁ、普通に美味しい。
「それで、伝えたいことって?」
「……ああ。早速だが、これを読んでほしいんだ」
クリスは荷物の中から、封筒を取り出した。
「これは?」
「ひと月前に、ハジメから届いたんだ。
こっちにはさすがに送れなかったみたいだから、持ってきた」
「っ見せて!」
ハジメの手紙と聞いた途端、告白の返事である可能性が頭をよぎり。
エミリーはひったくるように封筒を受け取った。
封を開け、手紙を取り出す。
「悪いが、私はすでに読ませてもらった。
それで、嬉しくなってしまってな。
これは絶対に、エミリーにも知らせなければと思ったんだ」
クリスのその言葉は、エミリーには届かなかった。
手紙を読むのに夢中で、他のことなど頭に入る余地がなかったからだ。
エミリーは、むさぼるようにその手紙を読んだ。
そこには、以下のようなことが書かれていた。
―――――
拝啓、クリスティーナ=ローレンツ殿。
最近は、いかがお過ごしでしょうか。
私は故郷であるサンドラ村で、家族とともにのんびりと生活しています。
ここは何もない村ですが、心を落ち着けるには良い所です。
旅をしていた時の慌ただしい日々が、懐かしく思い出されます。
私は、あなたと出会う前からずっと、この身に起こったことの謎を探るべく過ごしていました。
それが、私の人生の目的だったといっても過言ではありません。
試行錯誤を繰り返す中で、あなたと、そしてエミリーと出会いました。
あなたたちのおかげで、エルフの里という遥か遠い場所まで、旅をすることができました。
本当に感謝しています。
――さて、私が筆をしたためた理由をお伝えしたいと思います。
この度、私の身にある変化が起こりました。
それをお知らせするための手紙です。
ようやく、私の身に起こった全ての事柄の原因がわかりました。
どうやら私は、1000年前に滅んだヴィルガイア王国の人間だったようです。
エルフの長老が以前お話し下さった、あの王国です。
ヴィルガイアはとても魔術が発達しており、転移魔術を発明していたのです。
しかし、発明した矢先に魔族に攻め入られて滅んでしまいました。
滅ぶ直前に、別の世界(私は地球と呼んでます)へと逃がしたのが私だったらしいです。
ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるようになっていたらしく、それが私がこの世界に転移した理由でした。
……書いてて、改めて現実味のない話だと思いました。
しかし私は事実だと考えています。
どうか、クリスが信じてくれることを願います。
エミリーにもこのことを伝えたいのですが、エルフの里へは手紙が届きません。
もしも彼女がアバロンに戻ったら、この手紙を渡していただけないでしょうか。
身勝手なお願いとは存じますが、どうか聞き届けていただけると幸いです。
では、怪我や病気には気をつけて過ごしてください。
また近いうちに、酒でも飲みましょう。
敬具
―――――
「……………………」
「……………………」
長い沈黙が、2人を包んだ。
エミリーは、手紙の内容に衝撃を受け、放心状態になっていた。
一度読み、もう一度読み、さらにもう一度読み返して、天を仰いだ。
「そういうことらしい。
ハジメは異世界人ではなくなったが、古代人ということになったな」
クリスがため息をつきながら言う。
「……そうね。
ちょっとまだ、頭が混乱してるけど。
……とりあえず、届けてくれてありがとう」
エミリーもため息をつき、手紙を封筒にしまった。
その封筒を数十秒ぼんやりと眺めた後、クリスにそれを返し、言った。
「……今日はここに泊まるでしょう?
カヤレツキからもらった秘蔵の1本があるの。
今夜空けちゃいましょう」
「それは嬉しい。
では私は、料理担当ということにしよう。
食料を調達してくる」
「ふふっ。誰かとお酒を飲むなんて久しぶりよ。
楽しみだわ」
「私もだ」
そう言って、クリスは買い物へと出かけて行った。