異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

87 / 109
エルフの里にて

<語り部視点>

 

 降り注ぐ陽光が、万物を優しく照らし。

 森に住む鳥や動物たちも、一日の始まりを感じ、その眠りから覚める。

 風が通り抜け、花びらが舞い、すがすがしい空気が家々を包む。

 そんな、エルフの里の朝。

 

「ふぁ……」

 

 エミリーは窓から注ぐ日差しを浴びながら、ベッドの上で伸びをした。

 それは以前の彼女からは考えられないような、無防備な仕草だ。

 しかしどちらかというと、こちらがエミリーの本当の姿だった。

 

 貴族らしく振る舞うことは、彼女にとっては枷だった。

 起き抜けのあくびの1つくらい、抵抗なく行える。

 エミリーはそんな今を満喫していた。

 

 顔を洗って、パンを頬張る。

 彼女は料理ができないので、食事は常に出来合いのものだ。

 それは、元貴族だから仕方がない。

 旅の間は、ハジメに文句を言われたが。

 都合の悪いときは、貴族を言い訳に使うことに抵抗はないのだ。

 

 カシーを飲み、着替えを終えたら、1日が始まる。

 

 

 

 ―――――

 

 

 

「うん、かなり分かってきたみたいだね。

 これならもう、僕から教えることはあんまりないよ」

 

 今日は、試験の日だった。

 中級結界魔術についての試験。

 エミリーの魔術を見たカヤレツキは、笑いながらそう言った。

 

 ここに来てから、半年が経った。

 結界魔術と治癒魔術。

 エルフの里は、その2つの分野において、圧倒的に進んでいた。

 

 アバロンの結界魔術など、比べれば「星と鈍亀」だ。

 里では初級と呼んでいる技術すら、アバロンでは完成していない。

 治癒魔術はまだマシだが、それでも足りないものが多すぎる。

 

「ありがとうございます、先生」

 

 カヤレツキに褒められたエミリーは、すまし顔でそう言った。

 内心では嬉しさでガッツポーズを決めている。

 しかし、そんなことを表に出すわけにはいかない。

 何故なら、彼女は元貴族だからだ。

 自分一人の時ならまだしも、人前でそんな姿を見せるわけにはいかないのだ。

 

 カヤレツキも、段々とエミリーの性格がわかってきた。

 その唇の端がピクピクと震えてるのを見て、彼女の内心をなんとなく察した。

 その上で、彼は言う。

 

「そろそろ、いいかもしれないよ?」

 

 何のことだろうか。

 エミリーは思い当たる考えが浮かばなかった。

 なので、素直に聞いた。

 

「何のことでしょうか?」

「この里を出て、独学でもいいかもしれないってこと」

 

 その言葉に、エミリーは驚き、すぐに反論した。

 

「いえ、しかし上級の結界魔術はまだ教わってません!」

 

 ていよく厄介払いをしようとしているのではないか。

 そんな考えすら頭に浮かんだ。

 

「うん。確かにそうだね。

 ただ上級の魔術って、結局のところ中級までの応用なんだよね。

 四大魔術を上級まで修めてる君に、僕が偉そうに言うことでもないけど」

 

 そう言って、カヤレツキは苦笑いを浮かべた。

 

「治癒も結界も同じだよ。

 乱暴に言えば、詠唱を長くすることで効果と範囲を高めたものだ。

 重要なのは詠唱の文言に乗ってる意味を、感覚として理解すること。

 そのために必要なのは、反復だけだ。

 だから、ここじゃなくても、僕がいなくても、君なら手に入れることができると思うよ?」

 

 エミリーは、その言葉を内心では理解していた。

 確かにその通りだ。

 自分が上級に至る道筋に、指導は必要ない。

 ……ただ、受け入れられない理由があった。

 

「いえ、私はまだまだ、先生から教わるべきことを多く残しています。

 どうか今しばらく、ご指導お願いします」

 

 エミリーは懇願するように言った。

 それは、おおよそ彼女らしくない仕草だった。

 カヤレツキは、意外そうにその様子を見つめ。

 

「あれ?

 君は喜ぶか、表情も変えずに受け入れて去っていくものだと思ってたよ。

 ……どうしたの?」

 

 少しだけ口元を緩めて尋ねた。

 エミリーは、内心で数十回の舌打ちをする。

 

「そんな、理由なんてありませんわ。

 ただ、私には先生が必要なだけです。

 どうか、分かってください」

 

 エミリーは首を曲げ、上目遣いで言った。

 その仕草には、大抵の人間を恋に堕とせる魔性が秘められていた。

 

 しかしカヤレツキはエルフである。

 生きてきた年月は人間の比ではない。

 全く動じずに言う。

 

「はいはい。

 そうゆうことにしてもいいけど」

 

 溜め息を1つ。

 

「僕らは君達にとても感謝してるし、いつまで居てくれてもいいんだよ。

 ……ただね。

 行動は早い方がいいと思うなぁ。

 今頃誰かが、言い寄ってるかもしれないよ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 ピシッと。

 エミリーの表情が固まった。

 

「……な、何のことだか、ぜ、全然分かりませんね」

 

 無理やり、絞り出すように言う。

 その様子を見て、カヤレツキはまた溜め息をついた。

 

「君がそう言うならそれでいいけどさ。

 まぁ……後悔しないようにね」

 

 カヤレツキはそう言うと、くるりと背を向けて歩いて行ってしまった。

 

 その最後のセリフに、エミリーは背筋が寒くなった。

 

 分かってる。

 分かってるのだ。

 ぐずぐずしていると全てが終わってしまうかもしれない。

 

 しかし、どうしても。

 行動に移せないのだ。

 

 ハジメと顔を合わせるのが気まずい。

 ただそれだけの理由で、エミリーはここに留まろうとしていた。

 

「ああ……もうっ!」

 

 こんな自分は、ありえない。

 エミリーが信奉しているのは理性。

 すなわち、合理性だ。

 

 それに基づいて考えるなら。

 魔術の研鑽が一人でも可能なら、この里に用はない。

 とっととハジメのもとに趣き、返事を聞くべきなのだ。

 その内容次第で、次の行動を決定できるだろう。

 

 そう頭では分かっているのに。

 彼女はグズグズと、それを先延ばしにしようとしていた。

 

 理由は……怖いから。

 

 彼女にとって、告白も初めてなら、その返事を待つのも初めてだった。

 

 返事がOKならいい。

 嬉しさをこらえるのが大変だろうが、それはおそらく幸せなことだろう。

 

 問題は、NOの場合だ。

 

 ハジメの返事は、正直想像がつかないのだ。

 きちんと恋愛対象としての天秤に掛けられた上で、そこから落とされるならまだいい。

 しかしハジメには、恋愛以前の理由で断られる可能性がある。

 転移の真相が掴めるまで、自分にそんな資格はない。

 なんて、いかにも奴が言いそうな言葉だ。

 

 そんな返事を聞いた時。

 自分が内心を抑えて取り繕うことができるのか。

 エミリーには自信がなかった。

 

 いっそ誰かに、返事を聞いてきてほしい。

 ハジメの見えない所でなら、取り乱してもまだ許されるというのに。

 そんな女子中学生のような思考に絡め取られ、エミリーは身動きを取れなくなっていた。

 

 

 ―――――

 

 

 そんなある日。

 エミリーが自宅で、貰い物の料理を食べようとしていた時。

 玄関から、チャイムの音が聞こえた。

 

 来客など珍しい。

 まぁどうせ、カヤレツキあたりだろうが。

 そんな予想をしながら、玄関を開ける。

 すると。

 

「やぁエミリー、久しぶりだな。

 元気にしていたか?」

「……クリス!?」

 

 扉を開けた先には、クリスが立っていた。

 

「突然どうしたの!?

 何かあった!?」

「ちょっと、エミリーに伝えたいことができて。

 アバロンから駆けつけたんだ」

 

 屈託なく笑いながら、クリスは言った。

 その笑顔は、以前の彼女とは少し違っていた。

 以前よりも、物腰が柔らかくなったような気がする。

 洗練された剣のような立ち振る舞いに、どこか艶やかさが加わったような。

 そんな印象を持たせるような笑みだった。

 

「……まぁ、とにかく入って。

 紅茶でも出すから」

「ありがとう。

 失礼する」

 

 クリスをテーブルへと案内し、自分はキッチンへと向かう。

 火魔術でお湯を沸かした後。

 最近覚えた紅茶の淹れ方を活用して、エミリーは紅茶を淹れた。

 ポットから紅茶を注ぎ分け、盆にのせて、クリスの前に置く。

 

「どうぞ」

「ありがとう。

 エミリー、紅茶を淹れられるようになったんだな」

「ええ、最近覚えたの」

 

 クリスがティーカップに口をつける。

 

「……うん。普通に美味しい」

「普通にって何よ。失礼な」

 

 そう言いつつ、エミリーもテーブルに着いた。

 自分の分の紅茶に口をつける。

 うん、まぁ、普通に美味しい。

 

「それで、伝えたいことって?」

「……ああ。早速だが、これを読んでほしいんだ」

 

 クリスは荷物の中から、封筒を取り出した。

 

「これは?」

「ひと月前に、ハジメから届いたんだ。

 こっちにはさすがに送れなかったみたいだから、持ってきた」

「っ見せて!」

 

 ハジメの手紙と聞いた途端、告白の返事である可能性が頭をよぎり。

 エミリーはひったくるように封筒を受け取った。

 封を開け、手紙を取り出す。

 

「悪いが、私はすでに読ませてもらった。

 それで、嬉しくなってしまってな。

 これは絶対に、エミリーにも知らせなければと思ったんだ」

 

 クリスのその言葉は、エミリーには届かなかった。

 手紙を読むのに夢中で、他のことなど頭に入る余地がなかったからだ。

 エミリーは、むさぼるようにその手紙を読んだ。

 

 そこには、以下のようなことが書かれていた。

 

 

 ―――――

 

 拝啓、クリスティーナ=ローレンツ殿。

 最近は、いかがお過ごしでしょうか。

 私は故郷であるサンドラ村で、家族とともにのんびりと生活しています。

 ここは何もない村ですが、心を落ち着けるには良い所です。

 旅をしていた時の慌ただしい日々が、懐かしく思い出されます。

 

 私は、あなたと出会う前からずっと、この身に起こったことの謎を探るべく過ごしていました。

 それが、私の人生の目的だったといっても過言ではありません。

 試行錯誤を繰り返す中で、あなたと、そしてエミリーと出会いました。

 あなたたちのおかげで、エルフの里という遥か遠い場所まで、旅をすることができました。

 本当に感謝しています。

 

 ――さて、私が筆をしたためた理由をお伝えしたいと思います。

 この度、私の身にある変化が起こりました。

 それをお知らせするための手紙です。

 

 ようやく、私の身に起こった全ての事柄の原因がわかりました。

 どうやら私は、1000年前に滅んだヴィルガイア王国の人間だったようです。

 エルフの長老が以前お話し下さった、あの王国です。

 ヴィルガイアはとても魔術が発達しており、転移魔術を発明していたのです。

 しかし、発明した矢先に魔族に攻め入られて滅んでしまいました。

 滅ぶ直前に、別の世界(私は地球と呼んでます)へと逃がしたのが私だったらしいです。

 ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるようになっていたらしく、それが私がこの世界に転移した理由でした。

 ……書いてて、改めて現実味のない話だと思いました。

 しかし私は事実だと考えています。

 どうか、クリスが信じてくれることを願います。

 

 エミリーにもこのことを伝えたいのですが、エルフの里へは手紙が届きません。

 もしも彼女がアバロンに戻ったら、この手紙を渡していただけないでしょうか。

 身勝手なお願いとは存じますが、どうか聞き届けていただけると幸いです。

 

 では、怪我や病気には気をつけて過ごしてください。

 また近いうちに、酒でも飲みましょう。

 

 敬具

 

 ―――――

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 長い沈黙が、2人を包んだ。

 

 エミリーは、手紙の内容に衝撃を受け、放心状態になっていた。

 一度読み、もう一度読み、さらにもう一度読み返して、天を仰いだ。

 

「そういうことらしい。

 ハジメは異世界人ではなくなったが、古代人ということになったな」

 

 クリスがため息をつきながら言う。

 

「……そうね。

 ちょっとまだ、頭が混乱してるけど。

 ……とりあえず、届けてくれてありがとう」

 

 エミリーもため息をつき、手紙を封筒にしまった。

 その封筒を数十秒ぼんやりと眺めた後、クリスにそれを返し、言った。

 

「……今日はここに泊まるでしょう?

 カヤレツキからもらった秘蔵の1本があるの。

 今夜空けちゃいましょう」

「それは嬉しい。

 では私は、料理担当ということにしよう。

 食料を調達してくる」

「ふふっ。誰かとお酒を飲むなんて久しぶりよ。

 楽しみだわ」

「私もだ」

 

 そう言って、クリスは買い物へと出かけて行った。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。