異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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返事

「どうした二人して? こんな夜中に」

 

 ドアの前には、クリスとエミリーが無言で立っている。

 

「えっと、俺、今から寝るところなんだけど……」

 

 二人は相変わらず無言。

 怖い。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 しばし、三人で顔を見合わせた後。

 エミリーが口を開いた。

 

「ハジメ」

「はい!」

 

 その声に込められた異様な迫力に、つい畏まってしまった。

 

「私達の告白の返事は、どうなってるのかしら?」

 

 ――ドキィッ!

 俺の心臓が、早鐘を打ち始める。

 

「私とクリスが、あなたに告白したわよね?

 半年も前に。

 その返事って、どうなってるのかしら?」

 

 ドキドキ。

 

「まさかとは思うけど、忘れてたりしないわよね?

 私達の、一世一代の告白を」

 

 ドキドキドキドキ。

 

「エミリー、そんなはずはない。

 ハジメが私達の、人生初めての告白を忘れるなんて。

 そんなはずはないだろう……なぁ、ハジメ?」

 

 ドキドキドキドキドキドキドキドキ。

 

「…………………」

「…………………」

「…………………」

 

 針のムシロのような沈黙が流れる。

 エミリーとクリスは、ねめつけるように俺を見ている。

 

「…………………ごめん、忘れてた」

 

 両手を床につき、膝を曲げ。

 床に這いつくばって木目を眺める。

 つまり、土下座。

 その姿勢で、俺は謝罪の言葉を告げた。

 

 彼女達は何も言わず、立ち尽くしていた。

 

「本当にごめん。

 過去が分かったら、魔導書を読むことで頭がいっぱいになって。

 ――返事を考えてませんでした! ごめんなさい!」

 

 静寂が場を包む。

 苦しい。息が詰まりそうだ。

 彼女達の顔は、恐ろしくて見れない。

 ただただ、木目を眺めながら時間を過ごす。

 蛇に睨まれた蛙のように、微動だにできなかった。

 

「……顔を上げてくれ、ハジメ。

 ハジメが大変だったことは、私達だって分かってる。

 忘れていたというのは少し悲しいが、そんな風に謝られるほどのものではない」

 

 頭上から、クリスの声がする。

 恐る恐る見上げると、彼女達はしゃがんで、俺の土下座を眺めていた。

 スカートだったら下着が見えていただろう。

 今はパジャマだから、ズボンしか見えない。

 こんな時でも、そんなことを考えてしまう自分が恨めしい。

 

「私もまぁ、いいわ。

 魔導書は、肉親の残した唯一のものなんでしょう。

 そっちを優先するのは、理解できるもの」

 

 意図的に優先したというわけでもないんだが……。

 でもそれはそれで角が立つ気がするから何も言うまい。

 

「ただ、もう魔導書の解読は終わったのでしょう?

 過去も分かった。

 ……目下、やるべきことは特にないはずよね?」

「あ、ああ。そうだ」

「だとしたら、返事が聞きたいな。

 我々にとっても、こういう経験は初めてなのだ。

 先延ばしのままだと、身動きが取れない。

 宙に浮いたような、この状況を変えたいんだ」

 

 二人が真剣な表情でこちらを見ている。

 

「分かった。

 ……ただ、ちょっと待ってくれないか。

 そんなに簡単に決められない。

 1ヶ月だけ、時間をくれ」

 

 俺もまっすぐに、二人の目を見つめ返して言った。

 

「……分かったわ」

「了解した」

 

 二人はこくりと頷いた。

 

「すまない、ハジメ。

 急かすようなことを言って。

 なにぶん、こういう状況に不慣れでな。

 何をしててもこのことが頭から離れなくなってしまって。

 物事が手につかないんだ」

 

 クリスが申し訳なさそうに言う。

 

「けど、免許皆伝の認可をとったんだろ?」

「ああ、剣を振ってる時だけは、少しだけ気を逸らせることに気づいてな。

 それで、剣を振ってばかりいたから。

 認可が取れたのは、そのおかげかもしれない」

「そうか。

 ……待たせてごめん。

 必ず、返事はするから」

 

 クリスとエミリーのどちらかを選ぶ、か。

 改めて、二人を見てみる。

 

 クリスは少し、ほっとしたような顔をしている。

 告白はしたけど返事がない、という状況が、結構こたえてたのかもしれない。

 よく見ると、半年前と比べると少し変化したような気もする。

 相変わらず端正な顔立ちだが、以前はもう少し、キリッとした隙のない表情だった。

 今はそこに、女性らしいやわらかさがブレンドされて、艶が増した感じだ。

 

 エミリーは、ちょっと不安げだ。

 その心中は計り知れないが、状況から考えれば、自分が選ばれるか心配しているのだろうか。

 選ぶのが俺という所が、奇妙でならないが。

 

 エミリーはクリスよりも明らかに、半年前とは容貌が変わった。

 成長期だからか。

 少女のものだった顔だちは、少しずつ大人の女性のものに変化してきている。

 銀色の睫毛は以前よりさらに伸びて、瞬きの度に音が鳴りそうだ。

 不安げな表情すら、絵になる。

 

 しかし、彼女らにこんな表情をさせるのが俺だというのは、なんだかドキドキするな。

 男冥利に尽きるってやつか。

 以前なら、畏れ多いと逃げ出したかもしれないが。

 

「じゃあ、これからどうする?

 アバロンに戻るか?

 結論が出たら会いに行くってことにして」

「嫌よ。

 ただ待ってるのはもうたくさん。

 この村にいるわ」

「ああ。

 私もそうしたい」

 

 二人は口をそろえて答えた。

 そんなもんか。

 

「ただ、この家に長居するのは迷惑がかかるから。

 村の端に家を作って、そこにクリスと2人で住むことにするわ」

「なるほど……ってそれでいいのか?」

「何が?」

「えっと、ほら、気まずかったりしない?」

「――馬鹿にしないで」

 

 エミリーが立ち上がる。

 

「こんなこと初めてだから、結論が出た後にどうなるかは分からないわ。

 多分、元の関係には戻れないでしょう。

 でもだからこそ、今だけは、あの時のままでいられるの。

 それはとても、私にとって貴重な時間だわ」

 

 凛とした声で言い放った。

 俺は茫然と、その様子を見ていた。

 するとクリスも立ち上がり、厳しめの目つきで俺を見る。

 

「私も、エミリーと一緒にいたい。

 一人よりも、その方が遥かに楽しく過ごせる。

 それだけの友情を、私はエミリーに感じている。

 だから軽はずみにそんなことを言うのは、やめてくれ」

 

 俺は立ち上がって、頭を下げた。

 

「……すまん。考えの足りない発言だった。

 俺にとっても、あの旅は大切な思い出だ。

 ないがしろにするようなことを言って、悪かった」

 

 そうか。

 友情も、彼女達にとってとても大切なものらしい。

 こんな関係になってしまってもなお。

 今、彼女達の友情に亀裂がないというなら、それはとても尊いことだと思う。

 

「じゃあ、そういうことで。

 1か月後の返事、楽しみにしてるわね」

 

 エミリーとクリスが部屋を出ようとする。

 

「……あ、ちょっと待ってくれ」

「何?」

 

 彼女らが振り返り、こちらを見る。

 

「二人には、言っておいた方がいいかと思って。

 ……これから、俺がどうするか」

「私達への返事を考えるんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、その後の話。

 魔導書を読んでるうちに、一つ。

 やりたいことが、できちまったんだ」

 

 俺は、魔導書を机の上から手に取った。

 

「……知っての通り、これは俺の両親が残してくれたものだ。

 両親については、ごくわずかなことしか分からない。

 ヴィルガイアが、魔族に滅ぼされたからだ。

 生き残った人は、一人もいなかった。

 ――俺を除いて」

 

 話しているうちに。

 だんだん、自分の表情が険しくなるのが分かった。

 

「魔族に殺される時、両親は何を思ったんだろう。

 これを読みながら、そんなことを考えてた。

 王ってのは、国を守るための存在だろ。

 民を皆殺しにされて。領土を焼かれて。

 きっと、無念だっただろうと思う」

 

 エミリーとクリスが、気遣わしげにこちらを見ている。

 自分が今、どんな顔をしてるのかは分からない。

 

「俺が地球で、家族のいない15年間を過ごしたのも、それが原因だ。

 もちろん、おかげで二人と出会えたし、家族もできた。

 今の状況には満足してるよ。

 ……でも。

 やっぱり考えてしまうんだ。

 魔族が攻めてこなくて、平和に過ごしていたら、俺はどうなっていたんだろうって。

 両親に囲まれて、幸せな時間を過ごせたんじゃないかって。

 転移の謎を探すなんてことに、人生を費やさずに、済んだんじゃないかって」

 

 気付けば、魔導書を痛いほど握りしめていた。

 

「これを読んでて、そんな感情が出てきたんだ。

 どんどん大きくなって、風化はしそうにない。

 まぁ、つまりは……憎しみだ」

 

 そう。俺は――。

 

「――俺は、魔族が憎い。

 やつらは俺の両親を殺し、国を焼いて、のうのうと隣の大陸で生きてやがるんだ。

 やつらに、報いを与えたい。

 俺は、魔族を滅ぼしたいんだ」

 

 言い終わった後。

 気付けば、涙がこぼれていた。

 慌てて服の裾でぬぐう。

 

「……まぁ、そんなわけだ。

 別に今すぐにってわけじゃない。

 俺は少しずつ、奴らを滅ぼす計画を練っていきたいと思ってる。

 そんな人間を選んで大丈夫かって、伝えときたくてな。

 ほら、復讐は何も生まないとか、そういう意見もあるだろ?」

 

 顔を上げると、二人は顔を見合わせた。

 そして、改めて俺の方を見て、言った。

 

「何を言う、ハジメ。

 初めて出会った時。

 ハジメが手助けしてくれたのが、他ならぬ私の復讐ではないか。

 両親を魔物に殺された時の喪失感は、今でも覚えている。

 私は、ハジメの行動を否定することは、絶対にない」

 

 クリスが金色のまっすぐな瞳で言う。

 この瞳だけは、出会った頃から全く変わらないな。

 

「私は、軽はずみに気持ちが分かるなんて言えないけど。

 ただ、森で戦った魔族。

 あんな邪悪な生き物は見たことがないわ。

 絶対に分かり合えるような存在じゃないと思う。

 あれを滅ぼすことには、賛成よ。」

 

 エミリーも言葉を選びながら、魔族を滅ぼすことに同意してくれた。

 彼女らしい、ロジカルな答えで。

 

 二人の言葉に、胸が温かくなる。

 やっぱり仲間というのは、かけがえのなく、ありがたい存在だ。

 

 さっき二人が言った通り。

 あの旅を経て得た絆。

 こういう状況になった以上、それはもう戻らぬものになってしまうのだろう。

 だが、今だけは。

 俺がそれを壊してしまうその瞬間までは。

 あの時のままでいたいと、俺も思った。

 

「ありがとな、二人とも」

 

 万感を込めてそう言うと、二人は照れたように微笑んだ。

 

 

 


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