異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
空は快晴。
ガタゴトと揺れる馬車の中。
俺とエミリーは、クレタの街を目指して進んでいる。
馬車は昨日のうちに予約しておいた。
いちいち街に行かないといけないので面倒だが。
……村の皆にもお世話になったし、エルフの金貨を換金して、馬車を村にプレゼントするのもいいかもしれない。
隣のエミリーをチラリと見ると、外の景色を眺めていた。
思えばエミリーと雑談するのは、告白されて以降初めてだ。
そのせいかどうも調子が出ない。
意識してしまっているのだ。
それは向こうも同じらしく、なかなか会話が続かない。
それでもまだマシになった方だ。
デート開始直後は、顔もなかなか見られなかった。
今は、見ることくらいは普通にできるようになった。
しかしそうなると、新たな問題も生まれる。
エミリーの仕草が、すごく上品で美しいのだ。
学院で一緒に過ごしている時や、旅をしている時は全然意識しなかった。
学院では、事あるごとに罵倒されるばかりだったし。
旅の間は、そんなことを考える余裕もなかった。
しかしこののんびりとした馬車の中。
こと恋愛対象の候補として彼女を見ると、その一挙一動の繊細さに心を奪われそうになる。
あれ、エミリーってこんなに綺麗だったっけ。
なんで、いままで気づかないでいられたのだろうか。
そんなことすら考えてしまう。
これはもう、すでに彼女の術中なのかもしれない。
「ハジメ」
「はい!」
急に話しかけられて、驚いてしまった。
「な、何よその反応」
エミリーがパチクリと瞬きをする。
クリッとした猫目の瞳孔が少し広がる。
銀色の睫毛は、化粧のためか普段より少しカールしていた。
「い、いや、何でもない。
それで、要件はなんだ?」
できるだけ動揺を悟られぬように答える。
成功したかは分からないが。
「あの、魔導書のことなんだけど。
少し分からないところがあって。
聞こうと思ったんだけど……」
「どこだ?」
エミリーが、バッグから分厚い魔導書を取り出す。
……持ってきてるの?
「ここなんだけど……」
「ああ、そこは――」
実は、魔導書の内容と魔術学院の授業では、少し解釈が異なる部分があったりする。
矛盾してるとまでは言わないものの、割と大きな違いもある。
俺は魔導書の考え方に、すんなり順応できた。
むしろそっちの方が分かりやすかったくらいだ。
しかし、エミリーにとってはそうでないのだろう。
現代の魔術体系を長く学んできた分、俺よりも発想の転換が難しくなっている。
それを斟酌して軽く説明したら、簡単に理解してくれた。
「なるほどね。
ありがとう、ハジメ」
エミリーが少し微笑んで言った。
ドキリとする。
エミリーと魔術の勉強をしたら、大抵は俺が罵倒される筋書きだったというのに。
その相手に教えられて、こうも素直に礼が言えるのか。
いや元々、エミリーは素直だった。
初めてクリスと3人で狩りをしたときも、俺達の意見をすんなりと聞き入れていた。
彼女が素直じゃなかったのは、俺と接する時だけだ。
それが愛情の裏返しだとは、今となってすら、にわかに信じ難いが。
「ハジメは、魔族を滅ぼしたいって言ってたわよね。
だとしたら、この本はとても重要なものになると思うわ。
今、戦況がどうなってるかは知らないけど、これが世界に浸透したら、今よりも戦力が上がることは間違いないもの」
エミリーが言う。
その通りだ。
俺もそう考えていた。
「そうなんだよ。
だから俺は、それをアバロンの魔術協会に寄付しようと思うんだ。
そうすることで、ヒトの魔術全体の底上げを期待したい」
これを協会に渡せば、魔術の世界に非常に大きな衝撃が走るだろう。
俺もなんやかんやと拘束される時間が多くなるかもしれない。
だが、それでいい。
「そして、魔導書の写本をいくつか用意しておく。
万が一にも、アルバーナだけで独占されないように」
魔術協会は各国にまたがって存在し、国の思惑とは別に運営されている。
しかし、これだけのものが国の中で見つかったとなると、どうなるか分からない。
情報統制を敷き、逆らう者は殺したりして、アルバーナで独占してしまう危険性がある。
ウチの領土で発見されたんだからウチのもんだ、みたいな理屈で。
なので計画としては、事前に写本をたくさん用意して、同時に周辺諸国や前線にも渡し、一気に広めてしまおうと考えている。
「……そう。じゃあ私がこれを読めるのも、あとわずかね」
エミリーは残念そうに言った。
「そんなことはないさ。
どうせ、いくつも写本しなきゃいけないんだ。
一冊やるよ」
この世界にも活版印刷の技術はある。
しかしこの本を、他人に預けるのは不安だ。
なので何冊か手書きで写本を作ってから、それをもとに増刷する流れにするつもりだ。
そのうちの一冊をエミリーに渡すことくらい、なんでもない。
「本当?」
エミリーは嬉しそうに確認した後。
「ありがとう」
誰もが恋に落ちてしまいそうな微笑みを浮かべ、エミリーは言った。
―――――
「これからどこに行くんだ?」
「とりあえず、ご飯にしましょう」
今回のデートプラン、俺はノータッチだ。
彼女達がもてなす側。
俺は流れに従うだけでいいらしい。
馬車から降りて、街のメインストリートを歩く。
行きかう男どもの視線が、次々とエミリーに吸い寄せられる。
その後必ず俺の方に視線を移し、舌打ちをするまでがワンセットだ。
俺はげんなりするが、しかしエミリーはそんなものは気にならないらしい。
迷いのない足取りで道を進んでいく。
「ここよ」
エミリーが立ち止まった場所は、シャレた店構えの喫茶店だった。
中に入り、テーブルへと案内される。
内装は、黒を基調としたゴシック調のデザインだ。
客席同士の距離が広く取られていて、テーブルには高級感のある白いクロスが敷かれている。
床は丹念に磨かれており、塵一つなく艶めいていた。
一目で高級な店だと分かる。
行きかう店員達も優雅。
店員は全て女性で、非常に丁寧な接客を行っている。
歩き方は洗練され、お辞儀の角度は45度。
言葉遣いも完璧だ。
とても素晴らしい。
……しかしひとつだけ、どうしても気になる事がある。
彼女達は皆、同じ格好をしていた。
黒のボールガウンドレスに、フリルのついた白いエプロン。
膝まで隠れるソックス、靴はアイボリーブラックのローファー。
そして極めつけに、頭上に燦然と輝く白きカチューシャ。
「……これ、メイド喫茶?」
間違いない。
彼女達の格好は、まごうことなきメイドさんだ。
右を見てもメイドさん。
左を見てもメイドさん。
メイドさんが給仕してくれる喫茶店。
この店は誰がどう考えても、メイド喫茶と呼ぶ他ないはずだ。
他の呼び方はありえない。
だというのに、強烈な違和感に悩まされる。
これこそが、正当なメイド喫茶の在り方のはずなのに。
それは間違いないはずのに。
1枚500円のチェキをメイドさんと撮っている客。
オムライスにハートマークを描いてもらってる客。
効能不明なビームを撃たれて狂喜する客。
ここには、誰一人としていないのだ。
誰もが静かに食事を楽しんでいるし、店員は真摯に給仕を行っている。
果たしてこれを、メイド喫茶と呼んでいいものなのだろうか。
「どうしたの? ハジメ。
座らないの?」
見ると、エミリーはとっくに席に着いていた。
「……あ、ああ。悪い」
俺は脳裏に浮かんだ難問を無視することに決め、席に着いた。
「具合でも悪いの?」
「いや、気にしないでくれ。
俺の地元と、ちょっと文化が違ったもんで」
「そう」
メイドさんが、水が入ったグラスを持ってくる。
「ご注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」
メイドさんはそう言うと、優雅に礼をして去っていった。
メニューを見ながら食事内容を考える。
なんだか無性にオムライスが食べたくなったので、それに近いものにする。
エミリーは、肉類を使ったパスタに決め、注文した。
「なんでこの店にしたんだ?」
「落ち着くからよ。
椅子もテーブルもそれなりにいいものを使ってるし。
店員も教育が行き届いてるじゃない?」
確かにその通りだ。
彼女達の仕草は、まったくもって非の打ち所がないものだ。
エミリーは、生まれた時からメイドさんと高級品に囲まれて育っている。
こいつには、ここの雰囲気が落ち着くのかもしれない。
確かにメイドさんにお世話をされるエミリーは、あきれるくらい様になっている。
俺はなんだかソワソワしてしまうが。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
「うまい」
口にした味は、美味しかった。
想像通りの味だ。
想像以上にうまいわけではない。
しかしこの場の高級感に沿った、繊細な味付けだ。
二口目を頬張ったところで、エミリーが口を開いた。
「ねぇ、そんなに美味しいの?」
「ああ、かなり美味いぞこれ」
「そう……なら、ひ、一口ちょうだい」
顔を真っ赤にしてどもりながら、そんなことを言った。
「ああ、いいぞ。ほら」
食べ物のシェアなんて、旅の間に何度もやって慣れたもんだ。
俺が皿ごと渡そうとする。
しかしエミリーはそれを無視。
目を閉じて、口をあけて待っていた。
「え?」
こいつ、何やってるんだ?
「ほら、は、早くちょうだい」
相変わらず、餌を待つ魚のように口をあけている。
その頬は、いまにも燃え上がりそうな赤い色をしていた。
……まじか。
こんな発想は、エミリーのものじゃない。
こいつ絶対、どこかの恋愛指南書か何かの情報に踊らされてるぞ。
どこの世界でも、トチ狂った若い男女は、同じようなことを考えるのだろうか。
「……」
「……」
そのまま結構な時間、沈黙が続いた。
しかしエミリーはテコでもその姿勢を崩そうとしない。
しょうがない……。
「……あーん」
そう言って、エミリーの口にオムライスもどきを運ぶ。
なんか知らんが。
すごくドキドキする。
エミリーの形のいい上下の唇の間へと、スプーンを通す。
震える手。
なんとか舌の上に着陸させると、ふわりとした感触が手に伝わった。
続けて、スプーンの柄に歯が当たる。
カチッという音と、脊髄をくすぐる様な振動。
続いてスプーンの表面を唇が這う。
湿った唇とスプーンの間に生じる絶妙な摩擦。
スプーンの裏には、まだエミリーの舌がある。
舌と唇に挟まれたスプーンから、口腔の柔らかさが伝わってくる。
先程よりもさらに、背筋がゾクゾクするような感覚が俺を襲う。
「やめっ!」
それに耐えかねて、あわててスプーンを引き抜いた。
しかしそこにはすでに、積載していた具材はない。
わずかに残るエミリーの唾液で妖しく光る、銀色のスプーンがあるだけだ。
こうしてオムライスもどきは無事、エミリーの口の中へと輸送された。
「…………」
沈黙の中、エミリーが咀嚼する。
「……う、うまいか?」
「……まぁまぁね」
さっきよりもさらに赤くなった顔を背けながら、エミリーは答えた。
とはいえ俺も、そんな顔をしているに違いない。
……ひとつ学んだことがあるとすれば。
とち狂ったカップルが考えだす行為というのは、侮れないということか。