異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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エミリーとのデート②

 空は快晴。

 ガタゴトと揺れる馬車の中。

 俺とエミリーは、クレタの街を目指して進んでいる。

 

 馬車は昨日のうちに予約しておいた。

 いちいち街に行かないといけないので面倒だが。

 ……村の皆にもお世話になったし、エルフの金貨を換金して、馬車を村にプレゼントするのもいいかもしれない。

 

 隣のエミリーをチラリと見ると、外の景色を眺めていた。

 思えばエミリーと雑談するのは、告白されて以降初めてだ。

 そのせいかどうも調子が出ない。

 意識してしまっているのだ。

 それは向こうも同じらしく、なかなか会話が続かない。

 

 それでもまだマシになった方だ。

 デート開始直後は、顔もなかなか見られなかった。

 今は、見ることくらいは普通にできるようになった。

 しかしそうなると、新たな問題も生まれる。

 

 エミリーの仕草が、すごく上品で美しいのだ。

 学院で一緒に過ごしている時や、旅をしている時は全然意識しなかった。

 学院では、事あるごとに罵倒されるばかりだったし。

 旅の間は、そんなことを考える余裕もなかった。

 

 しかしこののんびりとした馬車の中。

 こと恋愛対象の候補として彼女を見ると、その一挙一動の繊細さに心を奪われそうになる。

 

 あれ、エミリーってこんなに綺麗だったっけ。

 なんで、いままで気づかないでいられたのだろうか。

 そんなことすら考えてしまう。

 これはもう、すでに彼女の術中なのかもしれない。

 

「ハジメ」

「はい!」

 

 急に話しかけられて、驚いてしまった。

 

「な、何よその反応」

 

 エミリーがパチクリと瞬きをする。

 クリッとした猫目の瞳孔が少し広がる。

 銀色の睫毛は、化粧のためか普段より少しカールしていた。

 

「い、いや、何でもない。

 それで、要件はなんだ?」

 

 できるだけ動揺を悟られぬように答える。

 成功したかは分からないが。

 

「あの、魔導書のことなんだけど。

 少し分からないところがあって。

 聞こうと思ったんだけど……」

「どこだ?」

 

 エミリーが、バッグから分厚い魔導書を取り出す。

 ……持ってきてるの?

 

「ここなんだけど……」

「ああ、そこは――」

 

 実は、魔導書の内容と魔術学院の授業では、少し解釈が異なる部分があったりする。

 矛盾してるとまでは言わないものの、割と大きな違いもある。

 俺は魔導書の考え方に、すんなり順応できた。

 むしろそっちの方が分かりやすかったくらいだ。

 

 しかし、エミリーにとってはそうでないのだろう。

 現代の魔術体系を長く学んできた分、俺よりも発想の転換が難しくなっている。

 それを斟酌して軽く説明したら、簡単に理解してくれた。

 

「なるほどね。

 ありがとう、ハジメ」

 

 エミリーが少し微笑んで言った。

 ドキリとする。

 エミリーと魔術の勉強をしたら、大抵は俺が罵倒される筋書きだったというのに。

 その相手に教えられて、こうも素直に礼が言えるのか。

 

 いや元々、エミリーは素直だった。

 初めてクリスと3人で狩りをしたときも、俺達の意見をすんなりと聞き入れていた。

 彼女が素直じゃなかったのは、俺と接する時だけだ。

 それが愛情の裏返しだとは、今となってすら、にわかに信じ難いが。

 

「ハジメは、魔族を滅ぼしたいって言ってたわよね。

 だとしたら、この本はとても重要なものになると思うわ。

 今、戦況がどうなってるかは知らないけど、これが世界に浸透したら、今よりも戦力が上がることは間違いないもの」

 

 エミリーが言う。

 その通りだ。

 俺もそう考えていた。

 

「そうなんだよ。

 だから俺は、それをアバロンの魔術協会に寄付しようと思うんだ。

 そうすることで、ヒトの魔術全体の底上げを期待したい」

 

 これを協会に渡せば、魔術の世界に非常に大きな衝撃が走るだろう。

 俺もなんやかんやと拘束される時間が多くなるかもしれない。

 だが、それでいい。

 

「そして、魔導書の写本をいくつか用意しておく。

 万が一にも、アルバーナだけで独占されないように」

 

 魔術協会は各国にまたがって存在し、国の思惑とは別に運営されている。

 しかし、これだけのものが国の中で見つかったとなると、どうなるか分からない。

 情報統制を敷き、逆らう者は殺したりして、アルバーナで独占してしまう危険性がある。

 ウチの領土で発見されたんだからウチのもんだ、みたいな理屈で。

 なので計画としては、事前に写本をたくさん用意して、同時に周辺諸国や前線にも渡し、一気に広めてしまおうと考えている。

 

「……そう。じゃあ私がこれを読めるのも、あとわずかね」

 

 エミリーは残念そうに言った。

 

「そんなことはないさ。

 どうせ、いくつも写本しなきゃいけないんだ。

 一冊やるよ」

 

 この世界にも活版印刷の技術はある。

 しかしこの本を、他人に預けるのは不安だ。

 なので何冊か手書きで写本を作ってから、それをもとに増刷する流れにするつもりだ。

 そのうちの一冊をエミリーに渡すことくらい、なんでもない。

 

「本当?」

 

 エミリーは嬉しそうに確認した後。

 

「ありがとう」

 

 誰もが恋に落ちてしまいそうな微笑みを浮かべ、エミリーは言った。

 

 

 ―――――

 

 

「これからどこに行くんだ?」

「とりあえず、ご飯にしましょう」

 

 今回のデートプラン、俺はノータッチだ。

 彼女達がもてなす側。

 俺は流れに従うだけでいいらしい。

 

 馬車から降りて、街のメインストリートを歩く。

 行きかう男どもの視線が、次々とエミリーに吸い寄せられる。

 その後必ず俺の方に視線を移し、舌打ちをするまでがワンセットだ。

 

 俺はげんなりするが、しかしエミリーはそんなものは気にならないらしい。

 迷いのない足取りで道を進んでいく。

 

「ここよ」

 

 エミリーが立ち止まった場所は、シャレた店構えの喫茶店だった。

 中に入り、テーブルへと案内される。

 

 内装は、黒を基調としたゴシック調のデザインだ。

 客席同士の距離が広く取られていて、テーブルには高級感のある白いクロスが敷かれている。

 床は丹念に磨かれており、塵一つなく艶めいていた。

 一目で高級な店だと分かる。

 

 行きかう店員達も優雅。

 店員は全て女性で、非常に丁寧な接客を行っている。

 歩き方は洗練され、お辞儀の角度は45度。

 言葉遣いも完璧だ。

 とても素晴らしい。

 

 ……しかしひとつだけ、どうしても気になる事がある。

 

 彼女達は皆、同じ格好をしていた。

 黒のボールガウンドレスに、フリルのついた白いエプロン。

 膝まで隠れるソックス、靴はアイボリーブラックのローファー。

 そして極めつけに、頭上に燦然と輝く白きカチューシャ。

 

「……これ、メイド喫茶?」

 

 間違いない。

 彼女達の格好は、まごうことなきメイドさんだ。

 

 右を見てもメイドさん。

 左を見てもメイドさん。

 メイドさんが給仕してくれる喫茶店。

 この店は誰がどう考えても、メイド喫茶と呼ぶ他ないはずだ。

 他の呼び方はありえない。

 

 だというのに、強烈な違和感に悩まされる。

 これこそが、正当なメイド喫茶の在り方のはずなのに。

 それは間違いないはずのに。

 

 1枚500円のチェキをメイドさんと撮っている客。

 オムライスにハートマークを描いてもらってる客。

 効能不明なビームを撃たれて狂喜する客。

 

 ここには、誰一人としていないのだ。

 誰もが静かに食事を楽しんでいるし、店員は真摯に給仕を行っている。

 果たしてこれを、メイド喫茶と呼んでいいものなのだろうか。

 

「どうしたの? ハジメ。

 座らないの?」

 

 見ると、エミリーはとっくに席に着いていた。

 

「……あ、ああ。悪い」

 

 俺は脳裏に浮かんだ難問を無視することに決め、席に着いた。

 

「具合でも悪いの?」

「いや、気にしないでくれ。

 俺の地元と、ちょっと文化が違ったもんで」

「そう」

 

 メイドさんが、水が入ったグラスを持ってくる。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」

 

 メイドさんはそう言うと、優雅に礼をして去っていった。

 

 メニューを見ながら食事内容を考える。

 なんだか無性にオムライスが食べたくなったので、それに近いものにする。

 エミリーは、肉類を使ったパスタに決め、注文した。

 

「なんでこの店にしたんだ?」

「落ち着くからよ。

 椅子もテーブルもそれなりにいいものを使ってるし。

 店員も教育が行き届いてるじゃない?」

 

 確かにその通りだ。

 彼女達の仕草は、まったくもって非の打ち所がないものだ。

 

 エミリーは、生まれた時からメイドさんと高級品に囲まれて育っている。

 こいつには、ここの雰囲気が落ち着くのかもしれない。

 確かにメイドさんにお世話をされるエミリーは、あきれるくらい様になっている。

 俺はなんだかソワソワしてしまうが。

 

 

 

 しばらくすると、料理が運ばれてきた。

 

「うまい」

 

 口にした味は、美味しかった。

 想像通りの味だ。

 想像以上にうまいわけではない。

 しかしこの場の高級感に沿った、繊細な味付けだ。

 

 二口目を頬張ったところで、エミリーが口を開いた。

 

「ねぇ、そんなに美味しいの?」

「ああ、かなり美味いぞこれ」

「そう……なら、ひ、一口ちょうだい」

 

 顔を真っ赤にしてどもりながら、そんなことを言った。

 

「ああ、いいぞ。ほら」

 

 食べ物のシェアなんて、旅の間に何度もやって慣れたもんだ。

 俺が皿ごと渡そうとする。

 しかしエミリーはそれを無視。

 目を閉じて、口をあけて待っていた。

 

「え?」

 

 こいつ、何やってるんだ?

 

「ほら、は、早くちょうだい」

 

 相変わらず、餌を待つ魚のように口をあけている。

 その頬は、いまにも燃え上がりそうな赤い色をしていた。

 

 ……まじか。

 こんな発想は、エミリーのものじゃない。

 こいつ絶対、どこかの恋愛指南書か何かの情報に踊らされてるぞ。

 どこの世界でも、トチ狂った若い男女は、同じようなことを考えるのだろうか。

 

「……」

「……」

 

 そのまま結構な時間、沈黙が続いた。

 しかしエミリーはテコでもその姿勢を崩そうとしない。

 しょうがない……。

 

「……あーん」

 

 そう言って、エミリーの口にオムライスもどきを運ぶ。

 なんか知らんが。

 すごくドキドキする。

 

 エミリーの形のいい上下の唇の間へと、スプーンを通す。

 震える手。

 なんとか舌の上に着陸させると、ふわりとした感触が手に伝わった。

 続けて、スプーンの柄に歯が当たる。

 カチッという音と、脊髄をくすぐる様な振動。

 

 続いてスプーンの表面を唇が這う。

 湿った唇とスプーンの間に生じる絶妙な摩擦。

 スプーンの裏には、まだエミリーの舌がある。

 舌と唇に挟まれたスプーンから、口腔の柔らかさが伝わってくる。

 先程よりもさらに、背筋がゾクゾクするような感覚が俺を襲う。

 

「やめっ!」

 

 それに耐えかねて、あわててスプーンを引き抜いた。

 しかしそこにはすでに、積載していた具材はない。

 わずかに残るエミリーの唾液で妖しく光る、銀色のスプーンがあるだけだ。

 こうしてオムライスもどきは無事、エミリーの口の中へと輸送された。

 

「…………」

 

 沈黙の中、エミリーが咀嚼する。

 

「……う、うまいか?」

「……まぁまぁね」

 

 さっきよりもさらに赤くなった顔を背けながら、エミリーは答えた。

 とはいえ俺も、そんな顔をしているに違いない。

 

 ……ひとつ学んだことがあるとすれば。

 とち狂ったカップルが考えだす行為というのは、侮れないということか。

 

 

 


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