異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
メイド喫茶を出て、街を散策する。
デートプラン的には、適当に見てまわる時間なのだそうだ。
「どこに行くんだ?」
「別に決めてないわ。
全部決めちゃうとつまらないと思って。
行きたいところとか、ある?」
そう聞かれて、少し考える。
「いや、特にはないな」
「そう、じゃあ適当に歩きましょう」
街並みを、エミリーとブラブラ歩く。
街を流れる大きな河を船で渡ったり。
野良猫を触ろうとして引っ掻かれたり。
小腹が空いてケーキを食べたり。
落ちてきた日差しに指で影絵を作ったり。
そんな、他愛もない時間を過ごした。
「お、この辺は……」
「どうかしたの?」
うろうろと歩き回って、気づけば懐かしい場所に来ていた。
俺が辺りを見回すと、エミリーが首をかしげて尋ねた。
「昔このあたりで、ニーナへの誕生日プレゼントを買おうとしてたんだ」
周りには、高級な装飾品の店が並んでいる。
昔、このあたりでアクセサリーを買おうとしたことがあった。
俺にビンタをかましたあの人は、まだクビにならずに仕事ができているだろうか。
「そうなんだ。
何を買ったの?」
「いや、結局アクセサリーはやめて、プレゼントは食べ物にした」
「食べ物?」
「ああ、行きつけの料理店でレシピを教わってさ。
それを誕生日に振る舞ってやった」
「ニーナさん、美味しそうに食べるもんね。
そっちが正解だわ」
ふふっとエミリーが笑い、手を後ろに組んで歩きだす。
「でも少しうらやましいわね。
私は、誕生日に何かをもらったことなんてないもの」
「そうなのか?
仮にも領主の家で育ったんなら、いろいろプレゼントされそうじゃないか」
エミリーはショーウィンドウに映るペンダントを見ながら、首を振る。
「誕生日にプレゼントを贈ることがあるなんて、魔術学院に入ってから知ったわ。
私達のもとに集うお金は基本的に、領民のためのお金という考え方なの。
プレゼントととして贈られた進物は全て、換金して領の金庫に入れられていたみたい」
「そうか……」
確かにあの親父さんならありえそうだ。
昔、エミリーはデートなんて言葉も知らなかったし。
庶民の感覚とは縁遠い生活を送ってたのだろう。
とはいえ、一度もプレゼントというものをされたことがないというのはかわいそうだ。
俺はシータに服を初めてもらった時、うれしくてたまらなかったのだから。
「……じゃあ、俺がプレゼントしてやるよ。
好きなやつを選べ。
お前と出会ってから、もう2年以上は経ってるけど。
過去の誕生日をまとめたプレゼントってことにしてくれ」
「……本当?」
エミリーがこちらを振り向く。
すごく期待している顔だ。
「ああ、あんまり高いのは無理だけど」
「……わかった!」
そう言うと、エミリーは嬉しそうに周囲の店を探し始めた。
なんだか、すごく幸せそうだ。
こんな顔が見られるなら、どれだけ財布が軽くなっても惜しくないという気がしてくる。
3軒ほど回って、エミリーは貝殻に真珠の装飾が付いたペンダントに決めた。
俺が会計を済ませると、箱の入った袋を片手に、飛び跳ねるような仕草で店を出る。
それはまるで、年相応の、普通の女の子のようだった。
「ハジメ! 着けてくれる?」
路上でエミリーがペンダントを箱から取り出し、俺に渡してくる。
それを受け取り、チェーンの両端を持った。
「じゃあ、後ろを……」
言う前から、エミリーは後ろを向いていた。
少し下を向き、右手で髪をかき上げて、無防備にうなじを晒している。
「……どうかした?」
「い、いや、なんでもない。
じゃあ、着けるぞ」
エミリーの右手の下を、チェーンの端を持った俺の右腕がくぐる。
それを反対側から伸ばした左手に渡した時、エミリーを後ろから抱き寄せるような形になった。
「…………」
「…………」
白磁の陶器のような、細く滑らかな首。
透き通るような銀色の髪。
髪をかき上げることで露わになる、うなじ、耳。
服からわずかに覗く胸の谷間。
それらが一辺に視界に入ってくる。
途端、心臓が狂ったように動き始めた。
旅をしていた頃は、エミリーを恋愛対象だなんて考えてなかった。
そもそも、自分の存在自体があいまいで。
転移の謎が解明されるまで、恋愛なんて考えられなかった。
その上、3つも年下の少女だとしたら、尚更だ。
だから、エミリーに告白されるまでは本当に、そんな対象としてエミリーを見たことはなかったのだ。
もちろん別に、自分のルーツが分かったからと言って、意図的に考え方を変えたわけじゃない。
多少前向きになった気はするが、根本が変わった訳じゃない。
しかし今、初めて。
肉体を伴った人間として。
手を伸ばせば触れられる存在として。
俺はエミリーを認識した。
震える指で、チェーンの片端を右手から左手に渡す。
チェーンがこすれる感触に、エミリーが少し動く。
香水と汗がほんのりと混じった甘い香りが鼻孔をくすぐり、頭がクラクラした。
なんとか、両手を後ろに持ってきてチェーンをつなぐ。
「……できたぞ」
俺は振り絞るようにそう言った。
「ありがとう、ハジメ」
ふふっと。
エミリーは屈託なく笑い、数歩前に出てから、こちらを振り返った。
ふわりと、銀色のツインテールが宙を舞う。
そんな些細な光景から、目が離せない。
「……どう?
似合うかしら?」
少し照れた様子で、エミリーが尋ねる。
オリオンブルーのゴスロリドレスに、選んだペンダントはピッタリだった。
「……ああ、すごく似合ってるよ」
「よかった」
そう言って、エミリーは嬉しそうに笑った。
その表情に、あどけなさや、幼さはなく。
それはただ、恋する女が、その相手にだけ見せる微笑みだった。
本当はずっと前から。
出会った頃から。
こんな微笑みを俺に見せてくれていたのかもしれない。
出会った頃の、あの態度が照れ隠しであったならば。
彼女は心の中ではずっと、今と同じ感情を俺に向けてくれていたのだ。
彼女に助けられたことは数知れない。
命を救ってくれたり、魔術の知識を与えてくれたことじゃない。
魔術の勉強で、挫折しかけた時。
図書館に転移魔術の手がかりがなくて、絶望した時。
いつだって、俺は彼女の言葉のおかげで。
立ち直って、前を向くことができた。
彼女がいなかったら、俺は今ここにはいない。
きっと未だに、辿ってきた道のどこかをうろうろしてることだろう。
今の俺があるのは、彼女のおかげ。
彼女の献身のおかげだ。
そんな彼女が。
二度も好きだと言ってくれたのだ。
一度目はグレンデル領の館の一室で。
二度目はエルフの里の星降る公園で。
エミリーの性格を思えば、それがどれほど勇気のいる行為か、想像に難くない。
エミリーは俺のことをずっと好きでいてくれて。
ずっと見守っていてくれていて。
勇気を振り絞って、俺に思いを伝えてくれた。
そして俺も、彼女のことが大好きだ。
それは間違いない。
そのことを、再確認した。
そして今、彼女の姿かたちに目を奪われ、視線を話せなくなっている。
心臓がドキドキとうるさい。
これはまさか、恋なのだろうか。
俺はエミリーに、恋をしているのだろうか。
「……日も落ちてきたし、そろそろ帰らなきゃね」
エミリーがつぶやく。
少し残念そうだ。
俺も同じ気持ちだ。
なんだか、すごく名残惜しい。
「ああ、そうだな」
しかし無理やりに平静を装って、俺はそう言った。
夕日の中で踊るように歩くエミリーは、これまでに見たどんなものよりも、美しく見えた。