異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
さて、1時間ほど馬車に揺られて。
おなじみのクレタの街に到着した。
馬車の時間のおかげで、なんとかクリスの姿にも慣れてきた。
まぁ、姿は変わっても、話せばクリスだ。
少しずつ、普通に会話ができるようになった。
「これからどこに行くんだ?」
今回も、俺はノープランだ。
「そうだな、まずはあの、展望台というのに行ってみたい」
クリスが、遠くの建物を指さしながら言った。
展望台は、クレタの街唯一の観光名所だ。
30メートルくらいの高さの建物で、いつも人でにぎわっている。
「ああ、いいぞ。
それじゃ、行こうか」
俺はクリスと一緒に、展望台を目指して歩き始める。
歩いていると、やはりクリスは注目を浴びた。
道行く男達は、クリスに目を奪われた後、俺に向かって舌打ちをして通り過ぎていく。
中には、明らかにクリスの胸に視線を浴びせる者もいた。
俺は勝手に腹立たしさを覚え、そいつを睨みつけた。
そいつも俺の視線に気づき、すれ違いざまに睨み返してきた。
そんな、しょうもないバトルを繰り広げつつ。
20分ほど歩いて、展望台へと到着した。
「おおー。
近くで見ると、割と迫力があるな」
クリスがてっぺんを見上げながら言う。
「じゃあ、登るとするか。
そういや今更だけど、その靴で大丈夫か?」
クリスはハイヒールを履いている。
だが、エレベーターなんてものは当然ない。
がんばって階段を歩くしかないが、そんな動きづらい靴で大丈夫だろうか。
「ははっ。
ありがとう、ハジメ。
だが全く問題ない。
私にとってはこの程度、運動のうちにも入らないさ」
そう言って、クリスは階段を上り始めた。
彼女の運動能力の前には、余計な心配だったようだ。
俺も後を追う。
カツカツと、クリスが一歩進む度に、ヒールが音を立てた。
階段は、かなり傾斜が急だった。
クリスの後ろを歩いていると、常にクリスの腰が俺の目線の高さになる。
鼻先をかすめるスカートの裾。
ふわりと舞うそれの奥には、美しい二本の脚。
それらが順序よく、軽快に踏み出されていく。
カツカツカツ。
ああ、いい脚だなぁ。
カツカツカツ。
うおっ。膝裏まで見えた。
カツカツカツカツ。
ちょっ。今。パンツ。パンツ見えなかった?
「ハジメ?
大丈夫か?
さっきからずっと黙っているが」
クリスがこちらを振り返る。
俺は視線をそらし、壁の石目を眺めながら答えた。
「大丈夫だ。問題ない。
……あー、その、もっと激しく、2段飛ばしくらいでも構わないぞ」
「そうなのか?
ハジメに遠慮して少しペースを落としていたのだが。
いらぬ心配だったようだな。
……では、遠慮なく」
クリスはそう言うと、本当に2段飛ばしで登り始めた。
スカートが、大きく翻る。
期待を込めたまなざしで、俺は一心にそれを見つめる。
まるでスローモーションのようにスカートが波打つ。
あと、あと少しだ。
もう少しだけ、大きくはためいてくれ。
俺はさらに力強く、視線を送り。
そして――。
ふわりと膨らんだスカートは。
次なる跳躍によって、すぐに脚へと張り付いてしまった。
一瞬にして、クリスは階段を駆け上がり、見えなくなった。
「見えなかった……」
クリスがいなくなって、登るのはただの修行と化してしまった。
―――――
「ハジメ、遅いじゃないか!
見ろ、すごく眺めがいいぞ!」
俺がやっとの思いでてっぺんにたどり着くと、クリスがはしゃぎ倒していた。
「そんなにはしゃぐと転ぶぞ?」
「心配無用だ!」
クリスは笑いながら展望台を駆け回り、景色を堪能している。
トリアノンの雪景色といい、クリスは綺麗な景色にはしゃぐ体質らしい。
その様子を見ながら、俺はベンチに掛けて一息つく。
ぼんやりと街を眺めていると、以前ここに来た時のことが思い出された。
あれはニーナ、シータと旅行に来た時だ。
ちょうど今のクリスのように、ニーナがはしゃいでいた。
あの旅行を機に、俺は村を離れる決意をしたのだ。
あれから数年か。
思えばずいぶんと、遠くまで旅をしたもんだ。
あの時、迷っていたが一歩踏み出してよかった。
おかげで、本当にいろいろなものを手に入れることができた。
もしもあの時、決断できなければ。
今でも俺は、明日にでも自分が消えるんじゃないかとビクビクしていたことだろう。
ユリヤンにも出会うことはなかった。
魔術を深く学ぶこともなかった。
過去を知ることもなかった。
エミリーに、クリスに、好きだと言ってもらうことなんて、ありえなかった。
そう考えると、今の自分は本当に恵まれている。
青い空と、眼下の街並みを眺めながら。
しみじみと思った。
その景色の中に、すっと。
女性の腕とマグカップが割り込んできた。
空と街の境界上で、マグカップが揺れる。
「ハジメ、そこでカシーを売ってたぞ。ほら」
カップの持ち主は、クリスだった。
ホットのカシーを渡される。
「ありがとう」
「どういたしまして。
カップは後で店に返すんだそうだ」
「了解」
クリスもベンチに座り。
しばし、二人でカシーをすすった。
なんだかすごく、穏やかな時間だった。
「……なぁ、クリス」
「なんだ?」
自然に。
こんな疑問を口にしていた。
「なんで、俺なんかを好きになってくれたんだ?」
俺は、俺の目的の為にクリスを危険な旅に同行させた。
その前のキマイラの件だって、元を正せばクリスに命を救われたのが先だ。
彼女が俺を好きになってくれる理由なんて、ありそうもないのだが。
「なんで、と言われても……難しいな」
俺の問いに、クリスは戸惑うように言った。
「キマイラと一緒に戦ってくれたり。
共にした旅が楽しかったり。
魔術の腕がすごかったり。
そういうことが、無関係とは思わないが。
だから好きなのかと言うと、そうではない気がする」
ポツリポツリと、自分の中の答えを探すように、クリスは続ける。
「……私自身、恋心に気づいたのは、ハジメと話したあの喫茶店だったんだ。
その時までは、特別親しい友人、という感覚だった。
旅の終わりに、ハジメと別れる段になったあの時。
離れたくないと思ったんだ。
ずっとこのまま、一緒に過ごしていたいと、そう思って。
気づいたら、好きだ、なんて口にしていた」
クリスは顔を赤らめて、手に持つカップが少し揺れた。
「だから、これが理由で、とか。
あれがあったから、とか。
そういう因果関係を探すことはできない。
しいて言うなら、そうだな。
ハジメが、ハジメだから、だろうか。
わ、私だって今まで、言い寄ってくる男がいなかったわけじゃないんだぞ?
だが、ハジメ以外の誰にも、こんな感情を抱いたことはなかったんだ。
……答えになって、いるだろうか?」
クリスはついに、顔を背けてしまった。
恥ずかしさに耐えられなかったのだろう。
確かに“俺のどこが好きなのか教えてくれ”なんて。
答える側からしたら、迷惑極まる質問だな。
反省。
「すまないクリス、ありがとう。
少し、自信が持てたよ」
「まぁ、それならよかった」
俺が俺だから、か。
なんともうれしい言葉を言ってくれる。
エミリーが俺に、勇気をくれるとしたら。
クリスは俺に、自信をくれる。
今もその言葉のおかげでなんだか、心が穏やかになった。
「いい、天気だな」
空を見上げれば、ペンキで塗ったかのような青空だ。
「本当だな」
クリスもそれを眺めて。
カシーを飲み干すまで、2人でぼんやりと景色を見ていた。