異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。 作:nyaooooooon
展望台から降りて。
伸びをしているクリスに尋ねる。
「次は、どこに行くんだ?」
「そうだな。
そろそろお昼にしようと思うのだが、どうだろうか?」
「……大賛成だ」
久々の運動のせいか。
俺の腹ペコムシが、さっきからぐーぐーと鳴いているのだ。
それを、耳ざとく聞いたらしいクリスは。
苦笑してから、歩き出した。
―――――
「ここだ」
そう言って、クリスは店の中へと入っていく。
「ここって……」
そこはとても懐かしい、あの店だった。
妖怪のような店主が経営する、あの店。
「いらっしゃいませ!
お二人様ですね?
そちらのお席へどうぞ」
愛想のいい女性店員に促され、席についた。
クリスと目が合って、店内を眺めながら言う。
「ここ、昔のちょっとした行きつけなんだ。
いやー、全然変わってないなぁ」
なんとなく、通ぶってみた。
「ああ、聞いている。
ニーナさんの誕生日に、ここの料理を振る舞ったのだろう?」
知ってたんかい。
「……ああ。
あの時は苦労した。
ここの店主、めちゃくちゃ恐ろしいんだ。
魔族だって、裸足で逃げ出すレベルだからな」
「ふふっ。
それはぜひ見てみたいな」
カラカラと笑うクリス。
あの妖怪を最後に見たのは、サンドラ村を旅立つ時か。
これまた懐かしいな。
店員が注文を取りに来たので、2人で一角ウサギのソテーを頼んだ。
店員はそれをメモに書き込み、厨房へと伝えにいく。
「どうしてこの店にしたんだ?」
気になって聞いてみた。
偶然ではなさそうだが。
「……ずっと、ハジメの思い出の場所を見てみたいと思ってたんだ。
そのうち訪ねてみようと思っていた矢先に、このデートの話があがってな。
もしもハジメと一緒に訪ねられたら、きっと楽しいだろうと思ったんだ」
クリスが少し、照れたように言う。
なるほどな。
「だから朝、展望台を見に行ったのか。
あの場所は、ニーナにでも聞いたのか?」
「ああ、家族で旅行をした時に寄ったと、楽しそうに話してくれたぞ」
「へぇ」
確かにあの時のニーナは楽しそうだった。
まぁ、今日のクリスも負けてはいないが。
「ってことは、午後は乗馬でもするのか?」
「いや、少しだけ、私が行ってみたい店があってな。
午後はそっちに付き合ってほしい」
「ああ、いいよ。
どんな店なんだ?」
「あ、その。
そ、それはだな……。
……そ、そう!
行ってからの楽しみということにしておこう」
クリスはゴクゴクと水を飲み干して、店員におかわりを要求した。
あからさまに怪しい態度だが。
まぁ、気にしないことにするか。
午後には分かるのだろうし。
しばらくして、料理が到着した。
あの頃と変わらない、思い出の味だ。
クリスも美味しい美味しいと、パクパク食べていた。
食後のカシーを飲んで、一服する。
ちょうど客が空いたので、会計で料金を多めに払い、店主を呼んでもらった。
店主は相変わらず、熊のような人だった。
もしかしたら、人のような熊なのかもしれない。
出てきた瞬間、クリスが息を呑むのが伝わってきた。
店主に料理が美味かった旨を伝えると、「またレシピが必要なら、教えてやるから来い」と、ぶっきらぼうに言われた。
なんと店主は、俺のことを覚えていてくれたのだ。
その節について丁重に礼を言って、店を出た。
―――――
「――本当に、熊のような人だったな」
「な? 言った通りだったろ?」
道を歩きながら、店主の話題で盛り上がった。
「あの人が、あの繊細な味付けを作り上げていると思うと、なんだか不思議な感じがするな」
「だよなぁ。
初めて会った時は、絶対嘘だと思ったよ。
でもあの人、あの風体で実は子ども好きなんだぜ?
ニーナが子どもの頃から、こっそり見守ってたらしいからな」
「もはや、意外性の塊だな」
クリスがくすくすと笑う。
たわいない会話をしながら歩いていると、右手に広場が見えた。
そこには、ボールのようなものを蹴り合う子どもたちがいた。
よく見ると、二つのチームに分かれている。
「……あれ、サッカーか?」
「ん?
ああ、あれは昔からある、子どもの遊びだな。
獣の皮で作った玉を、手を使わずに敵陣の輪の中に入れるんだ」
言われてみると確かに、サッカーで言うゴールの位置に、木の枝で作られた輪っかが置かれている。
的が小さい代わりに、ゴールキーパーはいないルールのようだ。
その他細かいところは違ったが、しかしほとんどサッカーの動きをしている。
「こんな遊びがあったなんて、知らなかったな」
「そうなのか?
アルバーナの子どもの遊びとしては、割と人気だが。
私も子どもの頃は、たまにやっていた」
「へぇ」
興味を引かれて少し見ていると。
弾かれたボールが、こちらへと転がってきた。
「すみませーん!」
ボールを追いかけて、一人の男の子が駆け寄ってくる。
足元に転がってきたボール。
俺はそれを右足の甲に乗せて、真上に蹴り上げた。
落ちてきたボールを、ヘディングで数回宙に浮かせ。
胸でワンクッションさせた後、右足でふわりと浮かせて男の子に返す。
……どや。
ボールを受け取った男の子は、ぽかんとした顔でボールを見た後。
「……すっげぇ!」
目をキラキラさせて、俺の方に駆け寄ってきた。
「兄ちゃん、めちゃくちゃ上手!
こんな大人、見たことねぇよ!
こっち来て、一緒にやろーよ!」
ぐいぐいと袖を引っ張られる。
どうしたもんかとクリスを見ると。
彼女は笑って、行ってきて、とジェスチャーした。
「しょうがねぇなぁ。
少しだけだぞ」
その後少しだけ、子どもたちに混じってサッカーもどきに興じた。
ボールやルールはかなり違うが、結局のところ身体の使い方は一緒だ。
子ども達に花を持たせつつ、久しぶりのプレーを楽しんだ。
―――――
「すごいな、ハジメ。
あの遊び、あんなに上手な人を見たことがないぞ」
「地球にも同じようなのがあってさ。
昔そればっかりしてた時期があったんだ」
あの頃。
嫌なことがほとんどだったけど、サッカーだけは楽しかった。
サッカーのおかげで、努力の意味を知ることができた。
孤立した人間関係以外にも、人生の要素はたくさんあると教えてくれた。
孤独でも大丈夫だと思えた。
あの経験があったからこそ、俺は今まで、忍耐強く行動できたのだという気がする。
「……まぁ、クリスが本気出したら全然敵わないだろうけどな」
ちょっとだけふてくされて言う。
残念ながら、それが事実なのだ。
クリスは、俺の10倍は早く走れる。
10倍強いシュートが撃てる。
長い間努力して身に着ける技術が、フィジカルに圧倒されてしまうのだ。
この世界でスポーツが盛んじゃないのは、そういう部分もあるのかもしれないな。
「いや、私はあんなに上手に玉を扱えない。
ハジメのその技術は、国で一番かもしれないぞ」
「またまた、おだてちゃって」
そんなやりとりをしていると、だんだんと、日が傾いてきた。
ぼちぼち、このデートも終わりにさしかかろうとしている。
恐らく次が、最後の目的地となるだろう。
「……で、今俺達はどこへ向かってるんだ?」
「時間がかかってしまってすまない。
えーと、この辺だったはずなんだが……」
クリスはキョロキョロと、辺りを見回す。
広場を離れて少し歩き、街の中心部に近いところへとやってきていた。
「……あ、あった。
ハジメ……こ、この店だ」
クリスが指さすその店のショーウィンドウには。
可愛らしいぬいぐるみが、所狭しと並んでいた。
「え……ここ?」
俺は戸惑いながら尋ねる。
「あ、ああ。ここだ」
クリスは顔を真っ赤にしながらも。
この店に入りたいのだと認めた。
入口には、ピンクの丸っこい文字で書かれた看板。
そして、巨大な熊のぬいぐるみが置かれていた。
「クリス、こういうの好きだったの?」
「その、そ……そうだ。
実は私、可愛らしいものが好きなんだ。
家族に知られるとからかわれるから、今まで買ったことはなかった。
旅の間も、不要な物は持ち歩けないしな。
だが、今初めて、家族から離れて暮らしているから。
この機会に、一度こういう店に入ってみたいと思って……。
でも、一人では入りづらくて……」
恥ずかしそうに、クリスが言う。
「そうだったのか」
「……やっぱり、私のような女が、こんなものを買うなんて変だろうか?」
クリスが不安げにこちらを見てくる。
「全然変じゃない。
むしろ、似合ってるくらいだ」
俺は素直に感想を述べた。
確かに普段の鎧姿と、きっぱりとした物言いからすると少しギャップは感じる。
しかし。
今目の前にいるクリスは、髪を下ろしたスカート姿。
正直、ぬいぐるみのCMが舞い込んできてもおかしくないくらい、似合ってる。
「そ、そうか?
……よかった。
では、中に入ろう」
ぎくしゃくと、しかし興奮した足取りで、クリスは店の中へと入っていった。
俺も一緒に、中へ入る。
店の中も、ぬいぐるみであふれかえっていた。
女性の2人組か、男女のカップルの客が多い。
なにやら、ふんわりと甘い匂いもする。
クリスが気後れするのも分かるな。
俺なんか特に、居づらい空気だ。
クリスも居づらいんじゃないだろうか。
そう思って、そちらを見ると。
彼女は目を輝かせて、店内を見回していた。
「か……かわいいぃぃぃ……!」
それはまるで、この世の楽園に来たかのような表情だった。
それからというもの。
クリスは、あっちに行ったりこっちに行ったり。
棚の上のぬいぐるみを手に取ったかと思えば、すぐさま下のものにも手を出したり。
両手にぬいぐるみを抱えて、交互に見て悩まし気な顔をしてみたり。
俺のことなど忘れてしまったかのように。
ぬいぐるみの世界に没頭してしまった。
―――――
それから、1時間ほどが経過した。
「――なぁハジメ。
この子とこの子は、どっちがかわいいだろうか?」
笑顔のブタと眉間に皺の寄ったブタ。
クリスは左右の手に持ちながら、にこにこと嬉しそうに尋ねてくる。
「……右の、笑ってる方じゃないか?」
「なるほど。確かにこの子もかわいいんだが……。
しかし左のこの子の表情にも、なんとも言えないかわいさがあると思わないか?
なんというか、子どもの可愛らしい反抗期を見た時のような。
この眉間の皺に、奇妙な愛くるしさを覚えてしまうだろう?」
「……それなら左にしたらいいんじゃないか?」
「そんな!
それではこの素敵な笑顔を、見捨てるというのか!?」
「……じゃあ両方買え! 両方!」
「それがすでに5つも買ってしまっているから、あと1つが予算の限界なんだ!」
「――そんなら両方やめちまえっ!!」
ガーン。
そんな音が聞こえてきそうな表情で、クリスはこちらを見る。
しかしさっきから、ひたすらぬいぐるみを比べさせられたあげく、俺の意見はほぼ取り入れられないのだ。
こんな状態が続いたら、さすがに声を荒げるというものだろう。
クリスは、がっくりと肩を落とし。
トボトボと、ブタ達を棚へと戻し始めた。
その落胆した様子は、なんだかあまりに憐れに見えた。
後ろ姿の哀愁がすごい。
「クリス……」
あぁ、くそっ。
思わず声をかけてしまった。
「なんだ?」
まるで幽霊のように、ゆっくりとクリスがこちらを振り向く。
その顔はなんだか、普段とかけ離れすぎて。
普段の凛とした表情は、みる影もなかった。
「あー、もう!
そんな顔すんなよ!
わかったよ、俺が買ってやるから!」
クリスの顔が、ぱぁっと輝く。
「本当!?」
嬉しさを抑えきれない犬のような速さで、こちらに近づいてくる。
そして――。
「ハジメ、ありがとう!」
ぎゅっと。
抱きつかれた。
ちょっ。
やばいやばい!
今日一日ずっと過ごして、ようやく意識しないようになれたっていうのに。
ああ胸が、胸がやばい。
なんかいい匂いもする。
髪がさらさら。
あんなに強いのに、触れる所全てが柔らかい。
そのうえ、体重をかけられてるはずなのに、羽のように軽い。
なにこれ?
ねえ、なにこれ?
放心する俺。
しかしそんな俺を放置して。
クリスはいそいそとブタ達を取りに戻っていった。
……もてあそばれた。
もしかしたら俺こそが、真のブタなのかもしれない。
―――――
「……はぁぁ。
最高だなぁ、あのぬいぐるみ達は」
馬車に乗るための帰り道。
クリスが、ヤクを一発決めたジャンキーみたいに言った。
「まぁ、よかったな。
そんなにたくさん買えて」
クリスの腕には、巨大な紙袋が抱えられていた。
その中には当然、犬やら鳥やら豚やらのぬいぐるみが入っている。
「ああ。
これで欲しかった子は全て手に入れた。
ハジメのおかげだ。
ありがとう」
そう言って、クリスは幸せそうに笑った。
その顔を見ながら思う。
クリスにこんな一面があるなんて、意外だった。
共に死線を超えてきた仲だというのに。
単純な好悪でさえ、まだまだ知らない部分があるものだ。
ヒトは誰しも。
本人しか知らない領域を、氷山のように隠し持っているということか。
クリスにも、エミリーにも、ユリヤンにも。
そんな部分があるに違いない。
むしろ、そんな部分が大半を占めているのかもしれない。
……そう思うと。
少しだけ、救われる自分に気づく。
自分にも、表に出したくないものがあって。
それが自分の、何より嫌いな部分だからだ。
俺は、幼少期を地球で過ごした。
その時の記憶は、ろくでもないことばかりだ。
そのせいで、俺は他人を心から信じきれないようになったと思う。
しかしそんな一面は、極力見せないように振る舞っている。
そんな自分が嫌だった。
しかし、もしも人間みんなが、そういう一面を持ってるのだとしたら。
今よりもう少し、自分を認めることができるかもしれない。
「クリス」
往来で呼び止めて。
振り返る彼女は、やっぱり綺麗だった。
「どうした、ハジメ?」
キョトンとした顔で、クリスが尋ねる。
別にどうもしていない。
ただ、言わなきゃいけないことがある気がした。
「……ありがとう」
そう言うとクリスはキョトンとした。
何のことだかって顔だ。
しかしすぐに頬を緩めて。
「どういたしまして!」
そう、返事をしてくれた。