異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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おさげで眼鏡の女の子

 エミリー、クリスとのデートが終わって、数日が過ぎた。

 

 そろそろ、返事の期限が迫ってきている。

 家族と何気ない毎日を過ごしながら。

 俺は、自問自答を繰り返していた。

 

 

 

 俺はもともと、自分が嫌いだった。

 

 そうなった原因は、地球で過ごした15年間にある。

 子どものころからずっと、誰かに優しくされた記憶がない。

 会う人全てが、自分を嫌っているように感じた。

 他人が怖かった。

 

 小学生の頃。

 俺とは別に、いじめられていた子がいた。

 女の子で、牛乳瓶の底みたいな眼鏡に、三つ編みの子。

 内気でおとなしい感じの子だった。

 家が貧乏で、よく同じ服を着ていて。

 そんなことを理由に、いじめの標的にされていた。

 

 臭いとか、汚いとか、ブスとか、死ねとか。

 よく、いじめっこ達に口汚くののしられていた。

 俺と違って女の子だからか、殴られたりはなかったようだが。

 

 その時、俺はできるだけ、その子を助けようとしていた。

 隠された眼鏡や上履きを、一緒に探したり。

 給食が捨てられたら、自分の分を分けたり。

 悪口を言ういじめっ子に、立ち向かったりもした。

 

 俺の中では、仲間意識が生まれていたのだ。

 いじめられている者同士。

 助け合っていきたいと思っていた。

 

 そして、ある時。

 俺は校舎裏で、いじめっ子達に羽交い絞めにされて、殴られていた。

 いじめっ子のボスは、その日は特に不機嫌だった。

 

 子どもは本当に、加減というものを知らない。

 吐くほど殴られた後に。

 落ちていたゴキブリの死骸を、口に入れられそうになった。

 必死で抵抗しても、複数人の力には抗えなかった。

 鼻をつままれて。

 無理やり口を開けさせられようとしていた、その時。

 

 そこに、その子が通りかかったのだ。

 その一瞬。

 はっきりと目が合った。

 しかし。

 

 その子は顔を背け、そそくさと歩き去っていった。

 

 ……あの時の感情は、言い表すのが難しい。

 

 もちろん、その子がいじめっ子と戦って勝てるとは思わなかった。

 それまでのことを、恩に着せるつもりもなかった。

 だから彼女の行動は、間違ってない。

 誰だって、他人のために痛い思いをするのは嫌だろう。

 

 だが、その時の彼女の行動は、俺の心に傷として残った。

 

 結局、俺はゴキブリを食うことだけはなんとか避けたものの。

 それにイラだったガキ大将に、手ひどく痛めつけられた。

 あの子が先生でも呼んでくれていれば、もう少しマシな結果だっただろう。

 だが、そうはならなかった。

 彼女は密告者として目をつけられることを恐れて、何もしなかった。

 

 俺に、仲間なんてものはいなかった。

 中学に上がってサッカー部に入り。

 仲間ができたと思ったら、それも嘘っぱちだった。

 

 ――そんな過去が、俺の原風景だ。

 

 だから自信なんて持てなかったし。

 誰かを心から信じることもできなかった。

 

 しかし、こっちの世界に来てから。

 関わった人達がくれた言葉や。

 自分の過去が分かったことで。

 最近は少し、自分に自信が持てるようになってきた気はする。

 

 しかし、相手を信じる、ということに関しては。

 やはり心の奥底には、壁がある。

 誰かを信じようとすると。

 おさげの眼鏡の女の子が見せた表情が、フラッシュバックする。

 

 もちろん、エミリーやクリスのことを信じていないわけじゃない。

 むしろ、他に比べれば誰よりも、二人を信頼している。

 しかし、喉の奥に刺さった小骨のように、過去の体験がその信頼を貶める。

 また裏切られるぞ、と。

 心の底に潜む何者かが、俺にささやいてくる。

 

 自分の出自が分かって、自信は取り戻せた。

 地球では俺が異分子だったのだから、虐げられたのも理解できる。

 しかしだからと言って、俺に暴力を振るったやつらを許せるわけじゃない。

 トラウマが消えるわけじゃない。

 

 そして、それに見て見ぬふりをしたままで。

 彼女達のどちらかを選ぶなんてことが、できそうにないのだ。

 

 返事を待ってる、と。

 二人に言われてから、もうじき1か月だ。

 

 二人とのデートで。

 改めて、二人のことが好きだと思った。

 好きだと言ってくれる相手を、俺も好きなのだから。

 少なくともどちらかを選ぶなんて、簡単だと思っていた。

 

 しかし現実は、そんなに単純ではないらしい。

 

 揺れるランプの炎を眺めながら。

 俺はずっと、一人でぼんやりと考えていた。


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