異世界行ったら最強の魔術師だった。でも本当は……。   作:nyaooooooon

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襲来

 ――それは、いつも通りの朝だった。

 

 返事の期限が迫りつつも。

 まだ数日の猶予があるので、散歩でもして過ごそうと思っていた。

 

 ベッドから出て、朝のルーティーンをこなして。

 たわいない事を話しながら。

 ニーナとシータと、朝食を食べていた時。

 

 突如、玄関の呼び鈴がけたたましく鳴った。

 

「わっ、誰だろ、こんな時間に」

 

 ニーナが驚いて席を立とうとする。

 

「俺が行くよ」

 

 それを遮って、自分で行くことにした。

 なぜそうしたのかと言えば、特に理由はない。

 しかしなんとなく、自分が出た方がいい気がした。

 

 玄関を開けると、クリスがいた。

 

「どうしたんだ、クリス?

 そんなに慌てて」

 

 恐らく全速力で走ってきたのだろう。

 クリスはうつむき、膝に手をつき、肩で息をしている。

 

「ハジメ、聞いてくれ!」

「なんだ?」

 

 クリスが顔を上げて、言った。

 

「魔族が、攻めてきている!」

 

 その言葉を、今一つ理解ができなかった。

 耳には入るが、頭には入ってこない。

 魔族が? どこから? どうやって?

 

「……どういうことだ?」

「私にも、詳しくは分からない。

 朝起きたら、魔族の気配がしたんだ。

 こちらに向かってきている」

 

 息をきらしながら、クリスが必死に説明する。

 

「ここに、攻めてきてるのか?」

「そうだと思う。とにかく、こちらへと接近している」

「数は?」

「……数えきれないほど、多い。

 おそらく、10万以上」

「…………は?」

 

 ――馬鹿な。

 なんだってそんな数の魔族がいきなり。

 こんな大陸の東の端に。

 

「どういうことだ?

 防衛線が、ずいぶん前に突破されたってことか?」

 

 だとしたら。

 状況は、絶望的だ。

 西からやってきた魔族が、東の端に大挙してやってきている。

 ということは、大陸の大半が、魔族の手に堕ちたということだ。

 

「いや、恐らく違う」

「なぜ?」

「魔族が向かってきているのが、東からだからだ」

「……は?

 待て待て。

 ここが、大陸の東端なんだ。

 それより東ってことは……つまり、海を渡って来てるってことか?」

「気配からすると、そういうことになる」

 

 魔族が海を渡ってくる?

 そんな馬鹿な……。

 

 ――いや。

 そうか。

 そういうことだったのか。

 

 1000年前に突如として現れ、ヴィルガイアを滅ぼした魔族。

 そのからくりは、そこにあったのだ。

 ここは二次元の異世界なんかじゃない。

 地球と同様に、宇宙に存在する星の一つなんだ。

 

 思考の中で前提として当然になっていて、失念していた。

 星は丸い。

 丸いのなら、西に進めば東にたどり着く。

 思った以上に、大陸同士は近かったのか。

 

「……クリス、すぐに戦闘の準備だ。

 魔族を迎え撃つぞ」

「分かった!」

 

 クリスと別れ。

 急いで部屋に戻り、ローブを着込み、杖を持つ。

 

「――あれ? 

 ハジメ、どこか行くの?」

 

 ニーナがダイニングから顔を出した。

 

「ああ、ちょっと用事ができてな。

 ちょっと遅くなるかもしれない」

「そう。いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 手を振るニーナを見ながら。

 焦りを表に出さないように答える。

 

 数えきれないほどの魔族。

 そんなものがここに来たら。

 

 脳裏に浮かんだのは、魔族の大群に襲われる村。

 逃げ惑う人。

 焼ける家。

 殺した人間をむさぼる魔族。

 

 ――そんなことになって、たまるか。

 ここは俺の故郷だ。

 何が何でも、守り抜く。

 

「――ハジメ! 待たせた!」

 

 クリスがエミリーを背負って、猛スピードで駆けつけた。

 クリスは鎧。

 エミリーはローブ。

 それぞれ剣と杖を持って、臨戦態勢だ。

 

「クリス、今やつらの位置はどうなってる?」

「さっきから、少しずつ進んでいる。

 まだ、陸に到達してはないと思うが……」

 

 よし。

 やつらも、海上ではそう素早く動けるわけではないらしい。

 飛んできているわけではなく、泳いでいるのかもしれない。

 

 俺は、杖の先端を地面につけ、溝を掘る。

 

「……でも、どうやって迎え撃つの?

 戦力差は絶望的よ。

 私達だけで、食い止められるわけはないわ。

 それなら、近隣の街に避難を促した方がいいんじゃないの?」

 

 エミリーは冷静だ。

 冷静に、これが絶望的な状況だと認識している。

 エルフの里で、たった一体の魔族を倒すことすら、俺達にはギリギリだったんだ。

 そんなのが大勢で攻めてきたってんじゃ、なす術ないと思うのが普通だろう。

 

「いや、避難を促したところで、逃げ場なんてないんだ。

 過去1000年以上存在しない、大規模な侵攻だ。

 やつら、ヒトを根絶やしにする気で攻めてきてるんだろう。

 遅かれ早かれ、見つかって食われるのがオチだ」

 

 エミリーの案は却下だ。

 俺はガリガリと、地面の溝を掘り続ける。

 

「じゃあ、クレタの街に、応援を呼びに行くとかか?

 自警団とか、憲兵とかといっしょに戦うのか?」

 

 今度はクリスが言う。

 確かに、逃げないなら次はその案だろう。

 圧倒的な数に対して、数をそろえずに勝てるわけがない。

 だが。

 

「それもダメだろう。

 事情を説明してる間に食いつかれる。

 それに、仮に街の戦力が集められても、魔族に歯が立たない。

 死ぬのが少し早まるだけだ」

 

 ――完成した。

 土の上に描いたのは、魔方陣。

 

「……じゃあ、どうするの?」

 

 顔を上げると、不安そうな二人がいた。

 

「実はな、二人とも。

 俺は今の状況を、チャンスだと思ってる。

 それも千載一遇の、ビッグチャンスだ」

 

 声ははっきりと。

 口元には笑みを浮かべて。

 できるだけ、自信満々に聞こえるように、二人に言う。

 

「……今、この瞬間なら。

 海の上にいるやつらを、一網打尽にできるかもしれない」

 

 二人はあっけにとられた顔で、俺を見ていた。

 

「……だから頼む。

 時間がない。

 二人とも、俺に命を預けてくれないか?」

 

 杖に、魔力を込める。

 地面に描いた魔法陣が、淡く光り始めた。

 

「……ハジメが、何を考えてるのか分からないわ」

「……私も、ハジメの言っていることは理解できない」

 

 二人が言う。

 

「でも、いいわ。私はハジメを信じる。

 あなたに私の命をあげる。

 好きに使いなさい!」 

「私もだ。

 もとより、ハジメに救われた命。

 ハジメのために使う事に、ためらいなどない!」

 

 二人は、決然とした口調で、そう言ってくれた。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 二人のその言葉を聞いて、さらに魔力を込める。

 光は徐々に強まり、視界が白く染まる。

 

「――え? 何よこれ」

「――ちょっと待って。ハジメ」

 

 二人がわめくが、聞く耳は持たない。

 

 ――光を放つ魔法陣は、俺達を海岸へと転移させた。

 


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