シンエヴァンゲリオン劇場版:|| like STAR WARS ep.4 シンジの帰還   作:サルオ

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前編

 

『A long time ago in a galaxy far, far away…(遠い昔、遥か彼方の銀河系で…)』

 

 

人類の終焉が近づいていた。

 

NERV(ネルフ)』による人類補完計画。その破滅の序章とも呼べるフォースインパクトの発動を、ネルフ壊滅を目的とした組織『WILLE(ヴィレ)』は辛くも防いだ。人類に訪れる束の間の安息の時間。その間に、フォースインパクトの引き金となってしまった碇シンジは、式波・アスカ・ラングレー、アヤナミ・レイとともに第三村に訪れていた。自らの犯した罪と、実の父・碇ゲンドウが全ての黒幕であった事実に打ちのめされていたシンジは、共に逃れたアヤナミ・レイの助けによってその心を奮起させ、父ゲンドウとの決着を心に誓ったのである。

 

だが、シンジ達の知らぬ間に、NERV(ネルフ)はエヴァンゲリオン初号機を上回る恐るべき力を持った、最後のエヴァンゲリオンを密かに建造中だった。

 

もしもこの究極兵器が完成すれば、人類補完計画は止める術はない。人類の自由と平和を取り戻すべく戦うWILLE(ヴィレ)は、守るべき人類共々に、確実に一掃されてしまうだろう。人類の破滅を防ぐため、WILLE(ヴィレ)は最後の決戦の地へと足を踏み入れるべく、その準備を進めるのだった・・・。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

「死海文書の契約改定の時が来ました。これでお別れです」

 

 暗闇が支配する空間に、不気味に浮かび上がる七枚のモノリス。『01』から『07』までの文字が刻み込まれたそれは、目の当たりにした万人を跪かせるような、なんとも形容し難い威厳と畏怖を放っていた。

 それらを前にして尚怯む事なく、(リリン)の王として君臨する碇ゲンドウは、己の視線を隠すバイザーを装着した顔を歪めることもなく、粛々とモノリス達に別れを告げる。

 厳かな空気が暗闇を支配する中、冬月コウゾウがレバーを引いてハンドルを回す。ハンドルを回す度に、ゼーレのモノリスの電源が一枚、また一枚と順番に落ちていった。

 

「あなた方も魂の形を変えたとはいえ、知恵の実を与えられた生命体だ。悠久の時を生きることは出来ても、我々と同じく、訪れる死からは逃れられない。死を背負った群れの進化を進めるために、あなた方は我々に文明を与えてくれた。人類を代表し、感謝します。死をもって、あなた方の魂を在るべきところへ帰しましょう」

 

 次々とモノリスの電源が落とされていき、とうとう最後の一枚だけが残った。ゲンドウは『01』と表示された立方体に真正面から向き合い、ゆっくりと感謝を述べる。

 

「宿願たる人類補完計画と、諦観された神殺しは私が行います。ご安心を・・・」

 

 最後に残ったモノリス。国連を裏から操り、世界の陰謀の全ての糸を手繰っていた組織、ゼーレ。その筆頭であり、影から人類を導き続けたキール・ローレンツが最期の言葉で以って(リリン)の王に応える。

 

『良い。すべてこれで良い。人類の補完。安らかな魂の浄化を願う』

 

 その言葉を最期に、冬月が最後のモノリスの電源を落とす。人類を裏から操り続けてきたゼーレはこの瞬間、全ての電源が人の手によって落ちると共に、深淵の闇へと消えた。

 

 完全なる暗闇に、ゲンドウのバイザーだけが仄かに赤く光る。いま、この場に残るのはゲンドウと冬月の二名。その二人の静かな息遣いだけが、彼らの耳を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【だが・・・】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、底知れぬ闇の中から投げかけられた言葉に、冬月が息を呑んだのがゲンドウにはわかった。

 

 この場にいるはずのない、第三者の言葉。生者としての息遣いを伴わない、幾人もの亡者の言葉が重なり、ひび割れたような声。その声に、人の身を捨てたはずの自分の心が僅かに揺れたのを、ゲンドウは確かに感じていた。

 

 

 

 

 

【我らの願い。違えたときにはどうなるか。わかっていような、碇・・・?】

 

 

 

 

 

 静かに歩み寄る足音に振り返れば、目の前には幾度となく対峙したはずの老人、キール・ローレンツの姿があった。その身体の大半を機械へと変え、人の想像など及ばないほどの悠久の時を生きてきた、怪老。

 

 しかしその姿は、ゲンドウの見知った姿とは少しだけ異なっていた。

 まるで、枯れ木に無理やり人の魂を閉じ込めたような、幽鬼のように痩せ細った体躯。拳銃を手にしていれば、いとも容易く命の火を吹き消せるであろう儚さ。

 されど目の前のソレから発せられるのは、ゲンドウが今まで感じた事のない威圧。いや、『怨念』と言ってもいいかもしれない。その圧倒的な負の感情を全身から撒き散らしながら、キール・ローレンツは背を曲げる事なくゲンドウの前に立つ。

 

 その異様、異形に、ゲンドウの全身の肌がひりついた。

 

 

 

「・・・・・・全てはゼーレのシナリオのままに」

 

 

 

 自身の喉の震えを必死に抑え、ゲンドウは右手を胸に添え、軽く腰を折る事で服従の意を示した。

 

 人の身を捨てた?

 

 『その程度(・・・・)』、なんだというのか。

 

 絶対的な力の差。

 人として積み上げてきた執念の格の違い。

 

 それを目の当たりにしたゲンドウは、ただ、目の前の怪物に頭を垂れる以外の術を持たなかった。

 

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 

 重たい水の中から見上げる、水面に映る朧げな記憶。

 

 

 

「時が来たら、その少年とともにエヴァに乗れ」

 

 

 

「まさか、第一使徒の僕が13番目の使徒に落とされるとは。さすがはリリンの王、シンジ君の父上だ。いや、この悪辣な手口は、もっと別の・・・・・・」

 

 

 

 水面を隔てて繰り返される、惨劇。

 

 

 

「人類の歴史に幕が下ろされる時、NERV(ネルフ)の司令官としてこの私が課せられている使命は神への贖罪だ。・・・だが、私が神にしたいのは復讐なのだ、シンジ。私とお前がいれば、ゼーレの人類補完計画を超え、神となることも可能だ・・・」

 

 

 

 バイザーを外し、人のものとは思えない形相で自分に決断を迫る父の姿。

 

 

 

「さあ、フォースインパクトを起こせ・・・、シンジ!!」

 

 

 

「嫌だ・・・、もう嫌だッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶはぁっと息を吐き出しながら、仄暗い水の底から這い上がるように、碇シンジの意識は覚醒した。微睡が泥のように全身に纏わりついてくるのを、目覚めたシンジは必死で振り解く。

 

 「嫌な夢を見た」。そんな想いがシンジの胸中に訪れると同時に、未だ眼前が暗闇に包まれていることを不思議に思う。

 

 目は、覚ましたはずだ。だが、その目に映るのは相変わらずの暗闇。体と脳は覚醒しているハズなのに、目に映る景色は闇一色。

 

 まるで自分の両目を何かに覆われているような──

 

 

 

「だーれだ?」

 

 

 

 突然、背後から聞こえてきた若い女性の声に、シンジは思わず肩を振るわせた。

 

 

 

 ここはWILLE(ヴィレ)の戦闘艦『AAAヴンダー』。その中に設置された、耐爆隔離室だ。

 知らず知らずのうちにとはいえ、フォースインパクトの引き金となったシンジを危険人物として収容するための場所。当然、彼への面会など、一般の職員ごときが許されようはずもない。下手をすればシンジは、全人類を滅亡させる大罪人となっていた可能性があったのだ。彼との面会が叶う人物は、WILLE(ヴィレ)という組織にあってもそれ相応の権力を持った人物でしかあり得ない。

 

 にも関わらず、そんな場所に、シンジの心当たりのない女性が入り込んできている。その事実に、ベットに腰をかけて浅い眠りについていたシンジの頭は軽く混乱した。

 

「ヒント♪屋上、メガネ、乳の大きい、いい女」

 

 暗闇の中に響く女性の軽い声と、背中に押しつけられた柔らかい感触を頼りに、シンジは必死で記憶の底を漁る。

 やがて、記憶の底に沈んだ様々な欠片の中から、シンジは「もしかしたら」と思えるソレらしき思い出を両手を使って掬い上げた。

 

「・・・・・・あの、パラシュートの?」

 

「ご名答! 自己紹介まだだったね。私はマリ。真希波・マリ・イラストリアス。改めて、よろしくね。WILLE(ヴィレ)のワンコ君!」

 

 目を覆っていた手がパッと離れる。どうやら正解を引き当てたらしい。弾んだ声の女性がボスッと音を立てて、ベッドの上、シンジの真横に勢いよく腰を下ろした。

 

「え、えっと、マリさん?よろしく・・・?」

 

「ちょっとコネメガネ。邪魔」

 

 戸惑いながらも挨拶を返したシンジの背後から、馴染みのある声が聞こえてきた。

 同時に、マリの背中にすらっとした足が伸びて、彼女の背を押してベッドからどかす。代わりに音を立てて不機嫌そうに隣に座ったのはシンジの予想通りの人物。

 式波・アスカ・ラングレーだった。

 

「アスカ・・・・・・」

 

 見た事のない白いプラグスーツに身を包んだアスカは、シンジの横で、腕を組んで黙って座っている。長い前髪に目元が隠れて、その表情がどんな様子なのかはシンジにはわからなかった。

 先程、艦内アナウンスが最後の戦闘に向けて準備をするように告げていた。ならばエヴァに乗って戦うであろうアスカも、当然、最後の戦闘に向けて準備を進めなくてはならないハズだ。

 そんな貴重な時間を割いて、アスカはここに何しに来たのか?14年の眠りから目覚めて以来、事あるごとに彼女に迷惑をかけ続けたシンジには当然の罪悪感が、胸をよぎる。

 

「んもぉ〜!姫のイケズぅ!」

 

「うっさいコネメガネ。時間がないんだからちょっと黙ってて」

 

 マリのふざけた態度とそれを軽くあしらうアスカの態度に、シンジは二人の間柄が、決して昨日今日で培われるような浅い関係でないと推測した。

 見ればマリも、アスカと同様の白いプラグスーツを身につけている。そこから導き出されるのは、恐らくマリもエヴァのパイロットである、という事だけだが。

 二人の関係を想像し、アスカに答えを聞こうとしたシンジの開きかけた口を、一瞬早くアスカの人差し指が塞いだ。

 

 

 

「最後だから聞いておく。私があんたを殴ろうとした訳、分かった?」

 

 

 

 最後。

 

 その言葉にシンジの胸がどきりと跳ねた。

 

「・・・・・・」

 

 これが、アスカと会話できる最後の機会。不確定でありながらも頭を過ぎったそんな考えに、胸が締め付けられそうだ。第3村で、ケンスケとアスカ、三人で過ごした日々が思い起こされる。

 なぜ、あの穏やかな生活の中で、もっとアスカと話さなかったのだろう。彼女は生きる事を諦めかけていた自分を叱責し、食事を拒む自分の口にレーションを詰め込み、何を言うでもなく只そばにいてくれた。その日々が、衰弱しきった自分の心にとってどれだけ救いを与えてくれた事か。

 自分の心に決意の炎を灯してくれたのは、確かに目の前で命を散らしてしまったアヤナミ・レイであっただろう。だけどもその前に、自分の身を心から案じて、無理矢理にでも「生きろ」と言ってくれたのはアスカだったのだ。それは自分の面倒を見てくれたケンスケですらができなかった行動で──。

 

 様々な想いがシンジの胸を横切った。だが、今この場で重要なのは自分の気持ちではない。アスカが求めているのは、アスカに対する理解の言葉なのだ。

 

 シンジは俯き、第三村でずっと考えてきた事の答えを、静かに、ゆっくりと述べた。

 

「・・・アスカが、3号機に乗っていた時、僕が何も決めなかったから。助けることも、殺すことも。自分で責任、負いたくなかったから・・・」

 

 ガキシンジ。14年の時を経て再会したアスカは、シンジをそう罵った。言われた当初こそ理不尽な物言いとシンジは憤りを感じていたが、自分の視野を少しだけ広げて、ちょっとだけ考えてみれば、その物言いは当然のことと思う。

 罪悪感とともに自分の罪を告白したシンジの言葉は震えていた。この後、どのような叱責を喰らうのか。そもそもこの答えが間違ってはいないか。そんな不安がシンジの態度に現れている。

 隣のアスカは静かに、何も言わずにじっと座っている。その無音の時間が、シンジにとっては何よりも恐ろしかった。彼女からの答え合わせを待つ間、シンジは針の筵に座るような気持ちをひたすらに味わっていた。

 

 やがて──

 

「・・・・・・ちょっとは成長したってわけね」

 

 アスカの肯定が返ってくる。それを聞いたシンジは弾かれたように顔を上げ、隣のアスカを見た。横のアスカはその姿勢を一切変えることなく、前髪が目元を隠しているのも変わらない。しかし彼女の纏う空気は、彼女の問いかけの前と後で比べると、ほんの少しだけ、柔らかくなったように感じた。

 

 許しを得たなどと、傲慢な事は思っていない。でもアスカのその言葉が、シンジをやっと認めてくれたように感じて──

 

 

 

「最後だから言っておく。いつか食べたあんたのお弁当、・・・おいしかった。あの頃は、シンジのこと、好きだったんだと思う。でも、私が先に大人になっちゃった・・・」

 

 

 

 その期待を、アスカの無機質な言葉が叩き割った。

 

 ただの既成事実。変えようの無い、過去の出来事。それを静かに告げたアスカに、シンジは得も言われぬほどの不安を覚えて──

 

「アスカ・・・っ」

 

 思わず、アスカの肩を掴んでいた。

 

 これが最後の会話なんて思いたくない。

 

 そんな想いに駆られたシンジが言葉を発しようとした口を、なにか、柔らかいものが塞いだ。

 

 目の前に、アスカの閉じた目と眼帯があった。瞬きのような、アスカのキス。

 

 その事実を認識する前に、アスカの唇は離れた。アスカは勢いよく立ち上がると、「じゃっ」と軽い別れの言葉を口にして、そのまま隔離室を後にした。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 見送る事しかできなかったシンジの目頭に、熱いナニカが浮かぶ。それを零してしまわないように、シンジは必死で唇を結んで、耐えていた。

 

 その様子を目の前で見ていたマリは、ふっと軽く息を漏らして立ち上がり、シンジの頭にそっと手を置く。

 

「・・・君はよくやってる。偉いよ。碇シンジ君」

 

 シンジの頭をくしゃりと撫でたマリはそのまま扉に向かい、振り向きざまに言った。

 

再見(ツァイツェン)

 

 

 ◇

 

 

『エヴァパイロット両名、エントリープラグに搭乗開始』

 

 隔離室に残されたシンジの耳に届いた艦内アナウンス。アスカとマリが、どうやら出撃の準備を終えたようだ。

 

 シンジは無意識のうちに首元に手を伸ばしていた。DSSチョーカー。自分の罪の証。それを外してくれた友人の顔が、頭の中をよぎる。

 シンジの代わりに犠牲となり、目の前で命を散らした、大切な友達。失ったはずの渚カヲルを、シンジはしっかりと思い浮かべた。

 

「シンジ君は安らぎと自分の場所を見つければいい」

 

 彼の柔らかく、優しい声が聞こえる。かつてシンジが囚われていたネルフの部屋。そのベッドに二人で腰掛けて。

 二人の間にはSDATが置かれていた。彼らの出会い。それを導いたのは、音楽であった。

 

「縁が君を導くだろう。また会えるよ」

 

 シンジは誰もいないはずの空間で、確かにそれを聞いた。

 

「うん。そうだね、カヲル君」

 

 シンジの口元に浮かんだ、優しく、儚げな笑み。それを真一文字に結んで、シンジは決意を口にする。

 

「父さんに、会わなきゃ・・・」

 

 艦内の照明が落ち、赤い非常灯に切り替わる。赤い闇の中、シンジは虚空を睨みつけ、静かにその時を待っていた。

 

 

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 

 旧南極爆心地エリア。そここそがこの物語(サーガ)の終焉の地。かつてセカンドインパクトによって浄化され、原罪で汚れた生命を拒絶する約束の地。

 非現実的な赤い空の下に広がる白い海面。巨大な氷河を彷彿させるソレは、命を拒むL結界の境界面。

 

 その上空で、NERV(ネルフ)WILLE(ヴィレ)、その最後の戦いの火蓋は爆炎と共に切って落とされた。

 

「右舷第2船体に被弾! 損害不明!」

「三時方向に艦影発見!」

 

 突然の攻撃にAAAヴンダー船内のクルーは慌てふためいた。衝撃に驚いたクルー達から悲鳴があがる。

 直後、純白の結界面を下から突き破って出てきたのは、不穏な黒の塗装を施したヴンダーに似た船体。

 

「オップファータイプ搭載型2番艦エアーレーズング。やはり完成していたのね」

 

 リツコがその戦闘艦の名を口にしたと同時、それに応えるように敵艦の巨躯の上方に光の輪が広がった。

 

 

 

 

 

 敵艦に搭乗しているのは冬月コウゾウ、ただ一人。ブリッジの中央で後ろ手を組み、どこか憂いを帯びた顔で直立している。

 

「すまんな。今少し碇のわがままにつきあってもらおう」

 

 軍師として、NERV(ネルフ)の戦略立案に長年携わってきた老人の、最後の試練。彼の布陣は既に完成されている。あとはそれをWILLE(ヴィレ)が、いや、葛城ミサトがどのように返してくるか。

 教え子の成長した姿はいつ見ても、いい。この場には似つかわしく無い感情であると自覚しつつも、冬月の中にはWILLE(ヴィレ)、いや、葛城ミサトに対する期待が生まれていた。

 

 

 

 

 

「第13号機、再起動までの時間稼ぎか・・・!」

 

 ヴィレクルーの一人、ミサトと共に数々の修羅場を越えてきた日向マコトは眼鏡の下で眉間に皺を寄せて、押し殺すように言った。

 

「同じ神殺しの力、やっかいね・・・」

 

 リツコは敵のデータを素早く流し読み、警戒の色を強める。しかしミサトの揺るぎない態度が、慌てふためくクルー達を叱咤する。

 

「タイマン上等! 右舷砲撃戦用意!ネルフ艦を牽制しつつ、潜航ポイントへ急ぐ!」

 

 腹の底に力を込めて放たれた艦長の宣戦布告。その声に応じて、ヴンダーの主砲四機が一斉に動き出した。

 

撃て()ぇッ!!」

 

 ミサトの怒号と共に、主砲四機が火を吹いた。反撃を繰り出してきたAAAヴンダーに対し、敵艦も人智を超えた火力でもって応える。

 

 ギュイォンッ!!

 

 使徒の放つ光線と同等の、しかし数では圧倒的に上回る攻撃を、ヴンダーはATフィールドを張る事で防御した。しかし敵の攻撃に対し、張れる障壁の数が足りていない。張り巡らされた赤い光の盾、その隙間を縫って敵艦の放つ光線がヴンダーに着弾した。

 防御の穴を見つけたとばかりに、2番艦エアーレーズングは執拗に攻め立てる。とても防ぎきれないほどの猛攻に、次々と着弾していくヴンダーの軌道は乱れに乱れる。

 

「あちこちに被弾! あっちの火力が圧倒的ですぅ!」

「くそォ! どこが同型艦だよ!?」

「未完と完成の違いだな・・・だが主機はこっちの方が、上だッ!」

 

 古参クルーの一人、高雄がコントロールレバーを握りしめて、動力系統の出力を上げた。ヴンダーの竜骨に支えられた螺旋状の船尾に光の輪が広がり、急激な加速を得たヴンダーと敵艦との距離がぐんぐん離れていく。

 

「L結界潜航可能ポイントに到達!」

「急速潜航!」

「了解!」

 

 矢継ぎ早に繰り交わされる指示の嵐。それまで純白の平面を舐めるように進んでいたヴンダーが、勢いをつけてL結界に突っ込んだ。

 結界の下は赤い靄の渦巻く濁った空間。ヴンダーはまるで血の海を思わせる不気味な世界へと足を踏み込れたのだ。

 

「L結界、第一層を抜けます!」

 

 そのヴンダーを歓迎したのは、視界全てを覆うエヴァインフィニティの群れ。

 

「艦首十二時方向、エヴァインフィニティの大群です!」

「かまうなッ!このまま突っ切る!」

「艦首十二時方向に艦影出現!」

 

 ヴンダーの進行方向に突如として出現した、新手。奇妙な突起物を頂く、ヴンダーと似て非なる戦艦。

 

「3番艦エルヴズュンデ! まんまと挟撃されたわね・・・!」

 

 リツコが冷静に戦局を分析する。敵艦の突然の出現にヴンダーのスピードが僅かに落ちた。先ほど距離を離した2番艦エアーレーズングが、攻撃の手を緩めずに徐々にその距離を詰めてくる。

 

「やばいです!これ以上やられると、航行に支障が」

艤装(ぎそう)が手薄な3番艦から排除する!舵そのまま、最大戦速!」

「了解!!」

 

 ミサトの指示を受けた操舵クルーのスミレが足元のペダルを強く踏み込む。鋼鉄の戦艦が呼応するように咆哮を上げて加速し、3番艦の鼻先めがけて襲いかかった。

 

「3番艦、回避行動!」

「逃がすなッ!!このままぶつける!」

 

 ヴンダーの前方に突き出した双頭が、回避行動を取ろうとしていた3番艦を下からえぐるように突き上げた。二艦の接触面が激しい火花を散らす。

 3番艦エルブズュンデは船体の腹を、ヴンダーは背中を、追い縋る2番艦エアーレーズングに晒した状態となる。エアーレーズングの主砲が、隙だらけのヴンダーの背中に照準を合わせた。

 

「こんなのやだぁ!」

「艦を回せ!ロール角百八十度!敵艦と体勢を入れ替える!」

「りょお、かいっ!」

 

 ミサトの指示を理解したスミレが、気合いを込めて船体を回転させる。振りかぶったヴンダーの鉄の翼爪が敵艦に叩きつけられ、ヴンダーと敵艦の位置を無理やり入れ替えたのだ。

 主砲で狙いを定めていた2番艦、その唯一の搭乗者であった冬月は、WILLE(ヴィレ)の想定外の動きに目を見開いた。絶体絶命の挟撃を切り抜けるだけでなく、敵艦を盾にして距離を取ろうとするとは。

 鉄の翼の一撃をその身に受けたエルヴズュンデが、成す術もなくエアーレーズング目掛けて吹っ飛んでくる。

 

「3番艦を盾に使うか。フッ、相変わらず無茶をする」

 

 エルブズュンデとの衝突を避けつつ、冬月の口に薄く笑みが浮かぶ。教え子の、目的達成のために手段を選ばない破茶滅茶な性格は変わっていないと見える。むしろ幾つもの死線を乗り越えてきたことで、以前よりも更に洗練されたようにも感じた。

 

 冬月の笑みは、ミサトや旧NERV(ネルフ)メンバーとの過ぎ去りし共闘の日々に懐かしさを覚えたからかもしれない。

 

 しかし、軍師としての冬月が浮かべた笑みの意味は別のところにあった。

 

 冬月の視界の端に、エヴァインフィニティに紛れて映る機体。

 

「第三の少年を無事に連れ出したか」

 

 エヴァ・オップファータイプ。その巨大な手のひらに、決意を込めた顔をしているシンジの姿があった。彼が向かうのはシンジの父、碇ゲンドウの下。

 

「傷を恐れず特攻すれば、傷の深さはわかるまい。第三の少年が連れ去られた事にも気付けないのではないのかな・・・?」

 

 未だ隠された、第4の旗艦ゲベートの下であった。

 

 

 ◇

 

 

「来たか、シンジ」

 

「父さん・・・」

 

 光のほとんど届かない戦艦ゲベートのブリッジ。間接照明だけが薄く場を照らし、その顔に陰影を作った運命の親子が、再び舞台で対峙した。

 

 子はその顔に決意を宿らせつつも恐る恐ると近づき、父はそんな子の様子にまどろこっしさを感じつつ、フゥッと息を漏らした。

 

「・・・補完計画を完遂し、私と共に行く道を選んだか」

 

 ゲンドウの真意は顔のバイザーに隠され、シンジには読み取れない。薄暗い空間に浮かび上がったゲンドウの姿が、シンジの目には、より巨大な畏怖すべき存在として映る。

 怖い。今まで、恐怖や怒りに任せる事でしか本音の会話をしてこなかったシンジにとって、冷静に、一人の対等な人間として父と会話するのはこれが初めてだった。足が竦み、震えそうになる手を必死で握りしめる。

 

 そして、シンジは自分の中の目一杯の勇気を振り絞り、彼の中に芽生えた決意を父親に、ゆっくりと提示した。

 

「違うよ、父さん。僕はフォースインパクトを起こさない。父さんにも起こさせない。僕は父さんと話をするために来たんだ」

 

 シンジの人生で初めての親への反抗。それが、ゲンドウにとってどの様に影響を及ぼすだろうか。

 

「話、だと・・・?」

 

 ゲンドウの隠された顔に、初めて戸惑いのようなものが浮かんだ。

 

 それを目にしたシンジは、自分の決意が父親にとって予想外のものであったと確信する。ゲンドウが話の続きを促す様に放った一言によって、ようやく父が自分を対話すべき相手として認めたのだとシンジは理解した。

 シンジは震えそうになる目に力を込めて、バイザーで隠されたゲンドウの視線に真っ向からぶつかっていった。

 

「父さんの目的は僕にはわからない。神への復讐とか言われても、具体的に父さんが何をしたいのか、全然わからないんだ。・・・・・・でも父さん。本当は、父さんも止めてほしいんじゃないの・・・?」

 

「止める?・・・何をだ?」

 

「父さんの補完計画を、だよ」

 

 その言葉をシンジが口にした途端、ゲンドウの手が素早く飛び、シンジの学生服の襟を掴んでギリギリと締め上げた。苦しむシンジに顔を近づけて、ゲンドウは息子の愚かな思惑を力で以って否定した。

 

「か・・・っ!」

 

「お前の勝手な願望を私に重ねるな、シンジ。何をもってそのような判断を下した」

 

「わからない・・・、でも、わからないから、知りたいんだ。父さんの事を。父さんの中に、葛藤を感じる・・・迷いが見えるんだ。知りたいんだ、父さんの事を・・・!」

 

「願望を重ねるなと言った・・・!」

 

 締め上げられ、苦しそうにしながらも己の願いを口にするシンジを、ゲンドウはまたしても力に任せて突き飛ばした。

 しかし、床に倒れ、ごほごほと咳をしながらもシンジはゲンドウを睨み続けている。ゲンドウが力で否定すればするほど、シンジの中の確信はより強固なものとなっていく。

 強固な確信の力を帯び始めたシンジの視線から、ゲンドウは逃げるように顔を逸らした。

 

「昔から、父さんのことが知りたかった。でも、寂しくても、いつも父さんには近づかないようにしていた。嫌われているのが、はっきりするのが怖かったんだ。だけど、今は知りたい。父さんのことを」

 

「・・・・・・お前に教えて、何になる?お前が私と共に来ないならば仕方がない。お前を消し去り、私は私の補完計画完遂を目指すだけだ」

 

「できないよ。そんなこと」

 

「・・・なに?」

 

 ゲンドウがシンジに向き直る。その態度の節々に、ゲンドウの苛立ちが滲み出ているのをシンジは感じ取っていた。

 

「やろうと思えば、ずっと前にできていたハズなんだ。そんな事。でも父さんは僕を消し去りはしなかった。できなかったからこそ僕は生きていて、今、ここにいる」

 

 湧き上がる気持ちを抑える事ができず、シンジは立ち上がり、毅然とした態度でゲンドウに詰め寄った。

 

「僕が憎いの?怖いの?それなのに、今まで僕を生かしておいたのはなんでなんだよ!?全然わからない!でも、父さんは僕を遠ざけてただけだ・・・本当は殺したいなんて思ってないんでしょ!?じゃあ、もうやめようよ!一緒に帰ろう!まだ遅くないんだ!今からでも、僕と一緒に・・・・・・!」

 

「もう、遅い。お前が、私の誘いを蹴った時点で、お前と私の道が重なる可能性は潰えた・・・」

 

「父さん・・・・・・!」

 

「遅すぎたのだ。何もかもが・・・・・・」

 

 シンジの追求から逃れようと、ゲンドウがシンジに背を向ける。それを見たシンジは、自分の足元がガラガラと崩れ去る音を聞いた。

 なぜ、この男は頑なに自分を拒むのか。実の父親が、これほどまでに息子を遠ざけるのは何故なのか。その理由の一端に指をかけたと思えば、より強い拒絶でもって振り払われる。

 今の今まで、少しもわからなかった碇ゲンドウという男の人物像。その片鱗を垣間見る事はできた。しかし、それは決してシンジの求めていたようなものではなくて──。

 

 シンジの視界が、絶望に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【絶望を感じるぞ。ゲンドウの、息子】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、シンジの心臓を鷲掴みにするような、ひび割れた声がブリッジに響いた。咄嗟にシンジは背後に振り返る。

 

 いつの間にかシンジの背後に、黒いローブを身に纏った老人が、まるで枯れ木のようにぬぅっと立っていた。フードで顔が隠れて見づらいが、老人の顔にはゲンドウと同じようなバイザーが装備されている。

 この老人がいつから居たのか?シンジは一切気付く事ができなかった。いま、こうして目の前に立っているハズの老人からは、気配を感じる事ができない。いや、気配どころか、生気、存在感すらも。

 突如として現れた得体の知れない老人に恐怖を感じ、口の中がカラカラに乾くのを感じながらも、シンジは問わずにいられなかった。

 

「だ、誰・・・・・・?」

 

【良き畏れだ、ゲンドウの息子よ。絶望を父親に植え付けられたか。良い顔をしている】

 

「キール・ローレンツ議長だ。NERV(ネルフ)の上に存在するゼーレ。人類補完計画の最高責任者・・・」

 

「こ、この人が・・・」

 

 全ての元凶。それがこうして、シンジの目の前に立っているという信じ難い事実。

 

 「思っていたよりも小柄だな」。シンジの抱いた第一印象は、そんなくだらないものだった。

 だがそんな見た目など、なんの判断材料にもならない。目の前の老人が纏った空気は人のそれではない。目の前に存在しているが、この老人はこの世に居てはいけないモノだと、シンジの脳が全力で警告を発している。

 歪で圧倒的な、生物としての悍ましさ。足元から幾つもの凍えた手が這い上がってきて全身を撫で回すような、小さな針で全身の毛穴をチクチクと突かれているような、現世とは違う暗い穴へと無理矢理に引きずり込まれそうな、言葉にし難い感覚をこれでもかという程に周囲に撒き散らして、『ソレ』は目の前に立っている。

 

 『化け物』。

 

 言葉は陳腐であるが、その言葉の意味するところをシンジは生まれて初めて実感した。対峙しただけで叩きつけられた恐怖の感情に、シンジは身動き一つ取れない。

 

 助けを求めるように、シンジはいつのまにか横に並んだ父親に目を向けた。その目に、信じられないものが飛び込んできた。

 

 胸に手を当て、目の前の怪老に頭を垂れる父の姿。この人物の前で決して無礼を働いてはならないと、ゲンドウの態度が全身で物語っている。

 

 この場においてなんの武器も武力も持たない、無力な少年でしかないシンジは、無意識のうちに頼った父のその姿に、更なる絶望を刻み込まれていた。

 

【息子を説得できなかったか。碇ゲンドウ】

 

「はい。お恥ずかしい限りですが」

 

【よい。ならば、貴様は貴様の願いを叶えるために、補完計画を遂行せよ。我らの願いを違えぬ程度に】

 

 キールの指示を受けたゲンドウは背筋を伸ばすと、何も言わずにこの場を後にした。怪物と共にブリッジに取り残されたシンジは空気を求めるように、救いを求めるように、喘ぐ。

 その様を実に愉快とでもいうように、目の前の化け物がひび割れた声で笑った。

 

【なんとも哀れな姿だな、ゲンドウの息子。資格を持ちながらも、父の誘いを退けたか。実に健気な姿だ】

 

 化け物は床を滑るようにして移動すると、ブリッジに備え付けられていた椅子にゆったりと座った。その様はまるで玉座に座る皇帝。人の世をその指だけで弄ぶ、絶対的な存在の姿であった。

 

「お・・・・・・」

 

 張り付いた唇を無理やり剥がし、シンジはなんとか言葉を発しようと試みる。

 

「おまえ、は、なんなんだ・・・・・・?」

 

【何とでも呼ぶが良い。間も無く補完計画が成就される。その先のセカイでは、もはや意味を為さないものだ】

 

 ようやく発した言葉も、即座に切って捨てられた。だが、その対応に竦み上がったシンジを哀れに思ったのか、目の前の怪物は優しい笑みを湛えて、続けた。

 

【それでも呼びたければ、ゼーレ、と。我らは一にして全。全にして一。人類補完計画の完遂を求め、数多の世界を渡り歩いた者ども。その成れの果てだ】

 

 化け物、ゼーレが優しくシンジに言葉をかける。

 

【その長き旅路もようやく終わる。全ての魂の浄化。人類全てが一となり、我らを新たな次元へと導くだろう】

 

「な、にを言って・・・・・・」

 

【見よ】

 

 ゼーレがブリッジの外をその指で示す。

 暗闇が広がっているだけの景色が、唐突に色を取り戻した。あまりの眩しさにシンジが咄嗟に目を瞑る。

 目を開けば、そこに映し出されたのはAAAヴンダー。そこから飛び降りた二機のエヴァンゲリオン。

 

「アスカ!?」

 

 オリーブグリーンの装甲に覆われた新2号機。それを操るアスカが空中に投げ出されたガトリング砲を掴み、銃弾を撒き散らすところだった。十字の光が螺旋状に広がっていき、迫るエヴァインフィニティを葬っていく。

 

【なんとも儚げな抵抗よ。何をしても既に遅い。事は全て、ゲンドウの計画の通りに進んでおる。あの娘たちがどれだけ抵抗を試みようと、結末は変わらない】

 

 確信と共に放たれたゼーレの言葉がシンジの胸を穿つ。目の前で獅子奮迅の活躍を続ける二体のエヴァを前にしても、たった今穿たれたシンジの心の穴を塞ぐことはなかった。

 アスカやミサトさん達が負けるとは思えない。思いたくない。だが敵の圧倒的な勢力、そして自分の横にいるこの化け物の存在が、シンジにアスカ達の勝利を確信させない。むしろこの怪物の放つ言葉の方が、より実現性を孕んでいて・・・。

 

 目の前でエヴァインフィニティの大群が渦を巻き、新2号機目掛けて迫り上がってくる。その渦と比べて、米粒よりも小さな新2号機がそれに飲み込まれようとした時だった。

 上空にいたもう一体のエヴァンゲリオン。ピンク色の機体が新2号機の横に追いつくと、二体のエヴァが手をかざして巨大なATフィールドの鉄槌を創り出す。

 それが回転しながら敵の大渦と真正面からぶつかり合い、その大渦を粉微塵に粉砕していった。

 

「やった、アスカ!すごい!」

 

 思わず感嘆の声を上げるシンジ。今まで見たこともないATフィールド技術に興奮を隠せない。二体のエヴァの活躍を目の当たりにした事でシンジの中でWILLE(ヴィレ)の勝利の確信が僅かに強まり──

 

【エサが自ら飛び込みおったわ】

 

 ゼーレの言葉に凍りついた。

 

「エサ、だって・・・?」

 

【式波タイプはゲンドウがこの時のために用意した贄。彼奴らの働きは、それを覆すようなものではない。もとより用意されていた罠に自ら飛び込んだだけよ】

 

 怪物、ゼーレの断言。それを他所に、二体のエヴァは眼下にある逆ピラミッドの構造体に着地した。この事態すらが、怪物の言う通りゲンドウの計画のうちであるならば──

 

【いずれお前の目の前で、彼奴らはその身を滅ぼす様を見せてくれるだろうよ】

 

 シンジは心が折れない様、必死に己の拳を強く握りしめた。シンジの体が怒りに震える。己の無力さに、涙が込み上げてくる。

 シンジの目の前で、アスカ達は死ぬ。今この場にいるシンジを残して。まだWILLE(ヴィレ)の負けが確定したわけではない。勝ってくれるかもしれない。しかし、それを証明するだけの根拠が、今のシンジの中にはない。

 だけど認めるわけにいかない。シンジは必死の形相で玉座に座るゼーレを睨みつけた。

 

 そんなシンジの様子を、愛おしいものでも見る様な微笑みと声音で、怪物は優しくシンジに語りかけた。

 

【お前の絶望が見える。運命を呪うか?ゲンドウの息子よ。運命を変えたいと心から望むか?】

 

「な、何を!」

 

【簡単だ。ゲンドウの息子。お前がゲンドウに代わり、補完計画を完遂すればよい。お前の願いを叶えるための補完計画を】

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 絶望の淵に立っていたシンジの耳に届く、甘い毒を孕んだゼーレの言葉。それがゆっくりとシンジの脳に染み渡っていく。

 

【我らはどちらでもよいのだ。ゲンドウでも、お前でも。補完計画を終わらせるのであれば、引き金はどちらが引いてもよい。どちらにせよ、我らの願いは成就される。その褒美として、お前が仲間を救いたいと願う事の何を責められよう】

 

「いや、でも、お前たちは人類を滅ぼすんじゃ・・・」

 

【そうではない。ゲンドウの息子よ。魂の救済と昇華だ。我らにとっての福音よ。そこを履き違えるな。しかし、それをお前が望まないのであれば仕方がない。もし、お前が補完計画を完遂するのであれば、あそこで必死に足掻いている者たちだけは、お前と共に別の道を歩んでも良い。あとはそれをお前が、選ぶか、選ばないかだけだ】

 

 言葉に含まれる毒がシンジを蝕む。力を持たないシンジが、この場で唯一できそうな事。あまりにも安易で、魅力的な提案。シンジの中で焦る気持ちが徐々に強くなり、窓の向こうで繰り広げられる激戦がそれに拍車を掛けていく。

 

「・・・・・・む、村の、第3村の人達は?」

 

 思わず溢したシンジの本音に、ゼーレは呵呵大笑した。

 

【浅はかで、欲深いことよな!好ましい事だが、それはまかり通らん。救えるのは今、あの場で足掻いている者達だけだ。世界の終わりに足掻き続ける者こそを、我らは尊いと感じる。その足掻きを見せぬ者を救う道理はない】

 

 目の前の悪魔に縋ってしまったことを後悔する。今この場で決断すれば、アスカやミサトさんたちは救える。だがトウジやケンスケ、委員長たちは救えない。自分の大切な存在を天秤にかける行動。到底シンジが許容できるようなことではなかった。

 

【それでも全てを救いたいと願うなら・・・】

 

 揺れ動くシンジに、悪魔がトドメを刺す。

 

 

 

【我らを殺せ】

 

 

 

「・・・・・・は?」

 

【簡単であろう?我らを殺し、実の父親をも殺せば、お前の望みは全て叶う。文字通り、お前の望む全てを救う事が可能かもしれんなぁ】

 

「ば、バカな事を。それにお前を殺すって、どうやって・・・」

 

【初号機に呼びかけるが良い。アレは必ずお前の声に応えるであろう。エヴァンゲリオンの力を手にすれば、我らなど枯れ木を折るよりも簡単に潰せるであろうよ。しかし、もちろん我らだけでは足りぬ。お前が覚悟すべきは、実の父親を手にかけるか否か。それだけだ】

 

 シンジの目の前に指し示された最後の選択。思わず手を伸ばしたくなる衝動を必死に抑えて、シンジは戦場に目を移した。

 

【悩むがいい。悩めば悩むだけ、お前の仲間は窮地に立たされるであろう。取り返しの付かぬ前に、お前は必ず我らの手を取るであろう】

 

 歯噛みするシンジの目の前では、新2号機がその身を捩らせて、光の巨獣へと変貌を遂げるところであった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 目の前で貫かれるAAAヴンダー。

 

 13号機に胸を貫かれる新2号機。

 

 ヴンダーの墜落。

 

 目を覆いたくなるような惨劇がシンジの眼前で繰り広げられていく。

 

 もっと早く決断していれば。そんな後悔が幾度となくシンジの胸に去来し、しかし父親を手にかけるという選択を理性が全力で拒絶する。

 

 そんなシンジの心境の変化を、余興のように眺めるゼーレ。シンジの目線が救いを求めるようにゼーレに注がれ、それを許容できずに戦場に戻す。この短時間で何度も繰り返された事であった。

 

 眼下ではAAAヴンダーから降りたミサト達とゲンドウが対峙していた。その背後に、エヴァンゲリオン13号機が静かに飛来する。

 

 

 

 その口に、新2号機から抜き取った血濡れのエントリープラグを咥えて。

 

 

 

「まさか、アスカを・・・!?」

 

【さあ、どうするゲンドウの息子!】

 

 ここが最後の分水嶺。ゼーレがシンジに決断を迫る。

 

「やめろ、やめろよ父さん・・・。やめてくれ・・・!」

 

【既にゲンドウは自らの絶望によって、人の身を捨てた存在。このままでは補完はゲンドウの望む形で果たされる。怒れ、ゲンドウの息子!その怒りが、お前の望む答えへと導いてくれる!】

 

 

 

 13号機の口が大きく開かれ、

 

 

 

「やめろぉぉおおおおおおおッッ!!」

 

【さあッ!!】

 

 

 

 エントリープラグが噛み砕かれた。

 

 

 

 シンジの咆哮と共に、ヴンダーから光が飛び出した。シンジの姿がゲベートのブリッジから消えると同時、怒りに我を忘れた初号機がゼーレごとゲベートを叩き潰そうと踊りかかる。

 

 ゼーレの高笑いとともにそれを阻むのは、2本のロンギヌスの槍を携えた13号機。

 

『初号機パイロットが覚醒したか』

 

『父さん!よくもッ!よくもアスカをッッ!!』

 

『無駄な抵抗を試みるか。これだから子供は苦手だ』

 

 13号機がその腕で初号機を羽交締めにし、開かれたガフの扉へとその身を翻す。二体のエヴァンゲリオンはもつれ合ったまま、勢いをつけてマイナス宇宙へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「碇くん、ごめんなさい。碇くんをエヴァに乗らないで済むようにできなかった」

 

 初号機のプラグ内には、ニアサードインパクトと共に姿を消した、淡い光に包まれた綾波レイの姿があった。その姿は14年間の月日とともに大人へと成長し、髪も、無造作に腰まで伸びている。

 儚げな、まるでこの世の存在ではないようなレイの姿に、一瞬シンジの顔が苦悶に歪んだ。

 

「いいんだ。ありがとう、綾波。あとは僕がやる・・・!」

 

 努めて冷静に、優しい声音で礼を告げるシンジ。その胸中に渦巻く憎悪の炎を、レイに見せないように細心の注意を払いながら。

 

「碇くん。2号機パイロット、アスカは、まだ生きてるわ」

 

「!!」

 

 その炎に気付いたレイが、シンジの怒りを鎮めようと最大の懸念事項を口にした。

 

「あのエヴァンゲリオンの中に、彼女の存在を感じるの。だから・・・・・・」

 

「・・・本当に、ありがとう。綾波」

 

 シンジがようやく、安堵の笑みを浮かべる。その笑みに、綾波も笑みで応えた。

 

 シンジが操縦桿を握りしめる。その背中に、レイがそっと寄りかかった。

 

「がんばって・・・」

 

「うん・・・!」

 

 背後のレイの気配が消える。シンジの頬を一筋の涙が流れた。

 

「うおおおおおおおおおおお・・・ッ!!」

 

 13号機の拘束を振り解いた初号機が右手で13号機の首を締め上げ、左手で2本のロンギヌスのうちの一本を奪い取る。

 相手の腹を蹴り飛ばす事で距離を取った初号機が、奪った槍を構えた。手にした槍が、その形状を光と共に変えていく。

 

『ほお、希望の槍カシウスへと変わるか』

 

「アスカを、返せ・・・・・・!!」

 

『駄目だ。私には成すべきことがある!』

 

 言葉と共に2本の槍がぶつかり合い火花を散らす。その衝撃の余波がマイナス宇宙に虹色の波紋のように広がり、運命の親子がその命を燃やす。

 希望と絶望をそれぞれ司るエヴァンゲリオン。マイナス宇宙は、命を燃やして戦いを繰り広げる親子を、更なる次元へと飛ばしたのだった。

 

 

 

つづく

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