彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》 作:狐ヶ崎
ちょっと寝食を忘れて危ない薬品で実験三昧の日々を送っていたら、気づいた時には小さな子どもになっていた!何を言っているのか分からないと思うが、私も正直分からない!
これはもしかして転生ってやつかな?死んだ記憶は正直ない……が、ただドカンと盛大な爆発を顔面で受け止めた記憶はある!ていうか思い出せる限りでの直前の記憶がそれだ。わっはっは、原因、確実にそれ〜〜!!
実験に爆発は付き物とはいえ、まあ油断していた事実は否めない。
ちょっと無理のきく体質だったからね。確か六徹だったかな。正直時計なんて見てないので実際のところは知らないけども。反省反省。寝ないと脳の効率は落ちるし私のラボは爆発する。はああ、最高に残念だ。せっかく良さげな機材と大量のサンプルを、せっせと集めたところだったのに。
それにしても、こんなに小さな子どもになってしまうとはね!さしもの私も驚きである。人生何があるか分からないね。見てこれ、見てこの小さなおてて。歩こうとしたらバランス感覚が上手く掴めなくて転んでしまった。うーん、子どもの体には詳しくないけど、多分五歳か六歳くらいかな!?
「おい、大丈夫か」
ふらふらと倒れ込んだ先、小さな手をついた地面から視線を上げると、黒ずくめの格好をした男が膝をかがめた格好で私を見つめていた。
ぱちりと目が合ってしまう。鋭い顔つきをした男だ。無造作に伸ばされた黒髪、つり上がった切れ長の鋭い目、ちょんと尖った唇が作り上げる仏頂面。
ああ、驚きだ。
私、この顔は知っている。
「こちらイレイザーヘッド、生存者と思しき少女を確認。保護次第、そちらへ向かう」
私の方へと手を差し伸べる男の背後には、無惨にも崩れ落ちた建物の残骸が見えている。崩落した天井からは綺麗な青空が覗いていて、その青を分断するように、幾筋もの黒煙が立ち昇っている。
周囲は瓦礫の山だった。
瓦礫と鉄骨が無惨にも転がったその場所で、ただ私の周囲だけ、ぽっかりとあいた穴みたいに、何も無い綺麗な床がそのままの形で残っていた。
「おい、怪我はないか」
眩しい空を背負って、凄惨な現場の真ん中、へたり込む子どもへと手を伸ばすヒーロー。
まるでよく出来た物語のような景色だった。
けれど私は、私の地面についた手のひらは。これが物語などではなく、現実なのだと知っていた。
なるほど。
そう、つまり、これは──。
まるで私を中心にして爆発したような周囲の状況。建物は内側から破裂したみたいに弾け飛んでいたらしい。
原因の痕跡さえも残さずに木っ端微塵な大爆発をしたその現場で、一体何が起こったのか。いくら現場検証を重ねても証拠も何も出てこず、皆目見当もつかないと、のちに私の聴取をした警察官がそう零していた。
私はと言えば、唯一の生存者として保護された先で、しばらくの軟禁生活を送ることになった。初めは警察管轄の病院、そして体に異常がないことを検査されてからは警察署内の簡易宿泊室に。期間にして、およそ一週間ほどだ。
なぜ、ただのいたいけな幼女がそれだけの期間、警察の監視下に置かれることになったのか、それはひとえに私の身元が不明であったことに起因する。
名前を聞かれて、素直に名乗った名前も該当なし、行方不明届にも失踪者名簿にも、私と思わしきものはない。親らしき人物が探しにくる様子もない。当の幼女はほとんど何も喋らない。いや喋らないんかーいって思うかもしれないけどね、ここで私が「あのすみません、わたし本当は幼女じゃなかったはずなんですけど……」とかほざき出したらもっと面倒なことになっていたと思うので、それはそれでファインプレー。それでも身元不明幼女を前にした警察がバンザイお手上げ状態になってしまったことは、まあ仕方がないことなのであった。
凄惨な事故現場、謎の爆心地に突如現れた、戸籍のない謎の幼女。それが客観的に見た私の現状だ。
ン〜!そりゃ怪しいよなあ!
辺鄙とはいえ市街地だったこともあり、その爆発に巻き込まれて、およそ二十七名が死傷したらしい。
無事だったのは私だけ。そう、たった五歳程度の幼女だけが、巨大な爆発を無傷で生き延びた。警察はこの事実を顧みて──結論から言うと、この事件を『個性事故』として片付けた。
『個性』。そう、『個性』だ。
これは驚くべきことなのだけれど──この世界では、ほとんど誰もが超常的な異能を持って生まれてくる。お伽噺よりも華々しく、あるいはファンタジーよりも現実的に。画一的で平等的だった世界の平和は終わりを告げ、世界の理は一転した。黎明期の世界的な混乱を経て、数多の犠牲と流血を受け入れたその先で、人々は新しい世界を手に入れた。
すなわち、『超常』は『日常』に。
そして、『架空』は、『現実』へ。
この人が手にした異能のことを、世界は『個性』と呼びならわした。あは、いい言葉じゃないか。個性。個性ね。誰しもが持っていて当たり前のもの。当たり前となったもの。そのどれもが特有であり、どれひとつとして同じものはない。言い得て妙というか。面白いよね。初めて『個性』という名称を聞いたときは、思わず感嘆してしまったくらいだ。
そして、その異能は、当然私にも備わっていた。
順を追って話そう。
警察は何度も何度も私に向けて事情を聴取しようと試みた。何があったのか、何か見ていないか、覚えていないかと何度も何度も聞かれたが、分からないと首を振り続けた私のおかげか、一週間も経つ頃には警察も諦めたようだった。
なんてったって今の私は幼女である。いたいけな幼女をいつまでも警察署で軟禁しとくわけにもいかないだろうしね。
扱いが変わったのは、私が『個性』を見せてからである。
その日、毎日決まった時間に聴取をしに来る女性警察官が、ホットココアのマグカップを片手にやって来た。
担当の警察官が女性になったのは割と早い段階からで、彼女が甘い飲み物や可愛いお菓子なんかを私に持ってきてくれるのも、もう習慣となっていた。幼女をどうにかして懐柔しようという気概が見える。頑張れ頑張れ!ちなみに私はカントリーマアムがお気に入り。
いつものように渡されたホットココアに、私はご機嫌でニコニコしながら手を伸ばした。いきなり推定五歳児になってしまった混乱なんてものは、軟禁生活三日目くらいの時点でとうに過ぎ去っている。性格がね、図太いってよく言われる。そんなこんなで、今の私は幼女として、余裕のある軟禁生活を存分に楽しんでいたのだった。ノー労働で得るおやつは美味しいな〜!わはは、幼女、最高!
なんて、日本中の社畜が聞いたら憤慨しそうなことを考えながら、マグカップを小さな両手で受け取る。
このとき、私が警察に保護されてここに来てから、およそ一週間が経過していた。
だから、少しだけ気が緩んでいたのだろう。私も、私の担当の警察官も。
「ン!あつっ」
幼女は手が小さいから、両手で側面を持たないと受け取れない。そうして手のひらで包むようにしてマグカップを受け取ったとき、それが予想以上に熱かったものだから。
うっかり、発動してしまったのだ。この小さな体が因子として宿している、『個性』が。
ゴッと瞬間的に凄まじい風が吹き荒れた。
小さな手のひらから生じた強い衝撃に押し出されて、マグカップが木の葉のように吹っ飛んで壁に激突する。パリンッ。けたたましい音とともに、割れた破片が四方に飛び散った。
大きな陥没を作った壁に、血飛沫のようにぶち撒けられたココアが、ゆっくりと垂れ落ちてゆく。
悲鳴。混乱。叫び声。
目を見開く女性警察官と、部屋中いっぱいに広がる甘いココアの匂い。何か重いものを勢いよくぶつけたみたいに大きく罅割れた壁と、横倒しに吹っ飛んだ机やら散乱した小物やら、凄惨なるエトセトラ。
そんなものに囲まれながら、私は自分の小さい手を驚きとともに見つめていた。
白くて小さくてまろくて、傷ひとつない幼い手を。バタバタと慌ただしく駆け込んでくる足音と、叫び交わされる声たちが私の肩を掴むまで、ずっと。
ああ。
「この体、個性、つかえたんだ」
そうして。
阿鼻叫喚ののち、瞬く間もなく私は都立の個性研究所へと送られ、速攻で個性を調べ上げられた後に、あれよあれよと個性矯正保護施設へと送られることになった。
ちなみにこの施設というのは、私と同じように警察に『保護』された様々な事情持ちの子どもたちが集う──まあ簡単に言うと所謂ワケありの子どもたちの孤児院であり、例えば危険な個性を持つ子どもだとか、個性事故で殺傷事件を起こしてしまった子どもだとかがひとところに集められた養育施設である。
そんな施設に私が送られたということは、まあつまりそういうことなのだった。お察しの通り、あの二十七名が死傷した爆発事故の原因として最終的に判断されたのが、私の個性であったというわけだ。
個性が発現したばかりの幼児が起こした不幸な個性事故。警察はそう結論付けた。
何せ彼らは、ひとりの幼女の手のひらから吹っ飛んだマグカップが壁に打ち付けられて巨大な罅割れを作るのを、その目で見て知っている。
だから、私が危険個性持ちの児童と見なされたことは、何も不思議なことではなかったのだ。
そして、その送られた先の施設で、私は多種多様な『個性』たちを目にすることになる。
「さあ、遠慮しないで。ここではね、たくさんのお友達が個性の扱い方を学んでいるのよ。学校と病院が一緒になった場所……って言っても分かりづらいかしらね。みんな色々な個性を持っているけれど、全員、素敵な大人になるために頑張っているの。あなたも、ちゃんと個性が扱えるようになったら、ここから出られるからね」
「はい」
「よし!偉いわ。それじゃ、自己紹介をしましょうね。お友達のみんなに向かって、お名前は言えるかしら?」
見上げてくる子どもたちの視線、視線、視線。
優しそうな先生に促されて、私は頷く。
「なゆた──
*
施設には、多様な個性を持った子どもたちがたくさんいた。
触れたものを捻じ切ってしまう個性のハルくん、身体のあちこちから不規則に針のような尖ったものが突き出てきてしまうユキちゃん、常に周囲に有毒なガスを生み出してしまうためにマスクを外せないタッくん、周囲の認識を改変してしまうミィちゃんは早々に隔離されてしまったけれど、触った人間をグロテスクな肉塊に変えてしまう個性のセイジくんは個性訓練を終えて両親の元へと帰っていった。
そして私はというと、施設に引き取られて十年と少しが経った今、なんと雄英高校の前にいま〜〜す!
何故かって、それは当然、入学試験を受けるためだ。
孤児院の子どもたちを観察すればするほど、私は改めて個性というものの面白さを感じるようになった。
え〜〜っ………個性、オモシロ!もっとすごい個性を見てみたい!できれば生で!もっと近くで!そうなったら雄英しかないのである。優れた個性は雄英に収束する、なんつって。でも結構合理的な思考回路だよね。世の中で華々しい活躍をするヒーローたち、特にビルボードチャートの上の方に名前を連ねる英雄たちのほとんどが、雄英、あるいは士傑の出身だ。
そんなわけで、いっぱい個性が見たい私が雄英の門を叩くことは、決しておかしいことではないのであった。
「ん、おっと。ごめんね」
ドドンと主張する雄英のマークに感嘆したのは一瞬のこと。見上げるほどに大きな門をくぐろうとした瞬間、肩が誰かにぶつかった。
思わず肩を当ててしまった横の人影を見上げれば、高いところに紫色の髪が揺れているのが目に入る。気だるそうな瞳が動いて、彼もまた、その双眸で私の顔を捉えた。私がぱっと笑みを浮かべて謝れば、彼は決まり悪そうに首の後ろに手を当てた。
「いや。……俺こそごめん。周り見えてなくて」
「ふふ、君も受験生だよね。緊張してる?」
「まあ……少しだけ」
今日は実技試験の日だ。この少年だけでなく、周囲にも顔色が悪かったり深呼吸をしていたり見るからにガチガチになっていたりと、さも緊張しています!みたいな顔をしている子どもたちの姿が多く見られる。
当然だろう。今日の結果如何によって、それこそ人生が変わるのだ。天国か地獄か、みたいなね。
「そういうアンタは、あんまり緊張してるように見えないけど」
「そう?まあ、試験は結局のところ通過儀礼にしか過ぎないからね。こなすべきタスクさ。わたしが落ちるはずもないし」
「はは。大層な自信だな」
「正当な判断だよ」
いよいよ雄英の中に足を踏み入れれば、簡単に受験票を確認されたのちに、流れるようにして講堂の方へと誘導される。
受験生の波に混ざりながら講堂に入ると、そこは立派なホールになっていた。中心にマイクの備え付けられた壇があり、それを半円から見下ろすようにしてスタジアム状に席が誂えてある。
流れで一緒に歩いていた紫髪の少年に先を譲られて、私は奥に詰めるようにしながら椅子のひとつに腰を下ろした。
席には既にプリントが置かれている。
「へえ……機械相手の模擬市街地演習だって。随分なネタバレだけど、ヒーローらしい試験じゃないか」
プリントに目を落としてそう笑えば、隣から小さく舌打ちが聞こえた。目を向ければ隣の少年が眉を寄せながら髪をぐしゃりと掴んだところである。
「くそ。対人に賭けてたのに、よりにもよってロボットか」
「まあ平等ではあるんじゃないかな。対人はまだしも、今の時点でロボット相手の戦闘に慣れている子どもはいないだろう。個々の対応力が試されるというわけだね。対人となると人員の問題もあるだろうし、何よりロボット相手なら、ヒーロー向けのド派手な個性を炙り出すことができる。手加減が必要ないからね」
「個性の向き不向きが顕著に出る試験だとも言えるけど?」
「んふ、その悔しげな様子を見るに、君の個性は対人特化のものなのかな」
「うるさいな。そういうことだよ」
そんなじゃれあいを続けていると、不意にざわっと周囲の気配が揺れた。
つられるようにして壇上へと視線をやると、ちょうど金髪に黒コス黒サングラスの男性が登壇したところのようだ。試験の時刻も迫っている。プリントにあるように、概要の説明がそろそろ始まるのだろう。
会話をするために傾けていた姿勢を直せば、壇上のマイクを押しのけた男性が息を吸い込んだ。
「今日は俺のライヴにようこそォーッ!エヴィバディセイヘイッ!」
デッカイ声。
「面白いね。首元に付いている機器が自前のマイクなのかな?個性が声にまつわるものなのかもしれない。あの機器が無ければ、どのくらいの音が出せるんだろう?効果は?範囲と指向性は?」
「知らないよ。ちょっと黙っててくれない?」
紫髪の少年に怒られたので、私は試験の概要の説明が終わるまで、ニコニコしながらお利口にしていたのだった。
ちなみに説明役の男性は終始ハイテンションのまま一方的なライヴを続けていた。アレもたしかヒーローのひとりだったような気がする。どこかで見たかな。忘れちゃった。まあ必要になれば思い出すだろう。
試験概要を語り終わり、プルスウルトラ──雄英の校訓で締めくくった彼が壇上から降りてゆく。それに重なるようにして、受験票に従った移動を促すアナウンスがなされた。
どうやら試験会場まではバスで移動するらしい。ガタガタと一斉に席を立つ受験生たちに倣い、私たちも離席する。
「さあ、わたしたちも遅れないように移動しよう。わたしの試験会場は……Hだね。君は?」
「ええと……俺はBだから別会場みたいだな」
「なるほど。君は運が良い。わたしとはここでお別れってことだから」
そう言って微笑めば、意味を図りかねたのか、訝しげな視線が返ってくる。それを無視して、私は自分の受験票を机から掬いとり、そのままひらりとひるがえした。
「ね。君の運がもっと良ければ、
「本当に自分が落ちるとは思ってないんだな。強個性持ちか?はあ…………アンタが心底羨ましいよ」
そう溜息を吐いた彼は、薄紫の双眸で私を見据えた。
「心操人使。アンタほどの自信はないけど、俺だって絶対受かってやる」
「ふふ、わたしは死柄木那由多だ。もし同級生になったなら、君の個性が知りたいな」
対人特化の個性は、わりと珍しい部類に入る。
色々な個性を見てみたいという願望から雄英入学を決めた私からすると、正直かなり興味をそそられるところではあった。
ああ、でも臓器系や肉体系に影響を及ぼすものなら孤児院で見たことがあるから、できれば精神や心に作用するものだったらいいな。あるいは隔離されてしまったミィちゃんみたいに、認識を弄ることのできる個性とか。
けれど、今聞いてしまうのは勿体ない。私が好んでいるのは、正解を教えてもらうのではなく、個性を直接見て、感じて、推測することで正体を突き止めることなのだ。
「それじゃ、応援しているよ。さよなら、心操人使くん」
「ああ。死柄木も、頑張って」
そして、それから間もなく。
私は、高層の建物が立ち並ぶ街の前に立っていた。区画としてフェンスに囲まれているものの、それを超えて見上げるほどの建物が居並ぶそこは、何を隠そう実技試験会場である。
本当にどこかの街の一部をすっかり再現しました、みたいな場所だ。思っていたよりも広いな。市街地演習ということからも、まあ街を模したフィールドだろうとは思っていたが、さすが雄英、かなり忠実に街並みが再現されている。
「はー、緊張する……」
「どのくらいのポイントが合格圏内なんかね」
「そんなの考えてる余裕ねえっしょ。稼げるだけ稼ぐんだよ」
「うしっ。やるぞッ」
「頑張れ頑張れ頑張れ私……」
同じ会場に振り分けられた受験生たちも、既に入口付近で固まり、それぞれがそれぞれのペースでスタンバイしている。ぶつぶつと何かを呟いている者、目を閉じて深呼吸を繰り返している者、準備運動をしてスタートに備える者など、皆様々だ。
前途ある子どもたち。若くしてヒーローを志し、夢に向かって邁進する、そのためにこの雄英の門を叩いたのだろう。十人十色の輝かしい個性を宿す、若い芽の少年少女たちだ。
なんて素晴らしいのだろう。──だが私は、そんな彼らに不合格という残酷な結果を突きつけなければならない。
何故って?
『──ハイ、スタートッ!』
ここの演習場内のポイントは、すべて私が貰うからだ。
両脚に力を込めれば、勢いよく個性が発動されて、私の身体は簡単に空へと舞い上がる。耳元で風を切る音を聞きながら、私は上空で演習場を見下ろした。
子どもたちは唐突な合図にぽかんとして、まだ足を止めたままでいる。
四方に目を走らせ、おおよその範囲を目測。
見下ろしてもわかる、広いフィールドだ。幅はそれぞれ数キロ程度かな。これが十キロとかだったら大変だっただろうけれど、このくらいなら問題はない。
私は静かに手を伸ばした。
建物と建物の隙間には、何か大きな金属製のものが動いているさまが見え隠れしている。あれが説明にあった仮想敵だろう。1ポイントから3ポイントのものがあり、壊した数によって総取得ポイントが決まる。分かりやすくていい試験だ。要は、たくさん壊した者勝ちってことだからね。
「おっと、危ないよ」
伸ばした右手はそのままに、左手を少しだけ動かして、ようやく動き出した子どもたちを容赦なく払い除ける。私の左手から放出された衝撃波はゲート付近を薙ぎ払い、せっかく中に突入を始めていた少年たちを入口から外へと放り出した。
さてと。
この試験の概要を、あのハイテンションな説明役はこう語っていた。
『個性で仮想敵を行動不能にし、ポイントを稼ぐのが目的』と。
なら、最初からこうしてしまうのが手っ取り早いんじゃないのかなと、私は思ってしまうわけだ。
私は突き出した右手に力を込める。
この身体が宿している個性因子──その能力は、簡潔に言うと重力操作である。天体上ならどこにだって働いている重力の指向性を操作し、倍増し、あるいは弱体化及び無効化する。そしてその範囲は、
「さあ──」
人が空を飛べない理由は簡単だ。アンサー、人は重力に抗えないから。入口付近には重力操作で即席の阻害バリアを作ってあるから、誰も中には入れない。
ここは私の独壇場。私の舞台。私のもの。
私が命じるままに、今。
「全部潰れろ」
初めに、変化が現れたのは一番高い鉄塔だった。
メキャ、と不吉な音を立てて、突如先端が折れ曲がる。まるでお菓子の箱でも潰すかのような気軽さだった。鉄で出来ているはずの塔が、ぐしゃりとへこみ、ひしゃげ、捻じ曲がり、瞬く間もなく潰れてゆく。それはたちまち面積を増し、そして次の瞬間、すべての建物が一斉に軋みを上げた。
地鳴りがする。耐えきれない壁々は同時に罅を走らせ、鉄骨がミシミシと悲鳴を上げる。限界に駆け昇る振動が街のすべてを揺らしている。空から凄まじい重力を叩きつけられて、街全体が断末魔を上げる。
そして、それは間もなく臨界点を迎え、街は爆発するような轟音とともに一気に潰れ落ちた。凄まじい勢いで瓦礫が砕け、地面は波打つように陥没し、何もかもが押し潰されて粉々になる。崩壊する。ひしゃげてゆく。建物も、街灯も、電柱も、街路樹も、もちろんポイントの仮想敵も、分け隔てなく、あらゆるすべてが擦り潰されてひとつになる。途中で何かひときわ巨大なロボットが鎌首をもたげたような気がしたけれど、重力には敵わず、敢え無く押し潰されて鉄塊になる。
まるで見えない巨大な手のひらが、街全体を叩き潰したかのようだった。
猛々しく唸る『個性』が、破壊の限りを尽くしてゆく。天災が襲い来るにも似たその景色を、遥か上空から見下ろしながら、私は声を上げて笑った。
「あは、楽しいな!やっぱり個性って面白い。爽快感がすごいな、癖になりそうだ。これに必殺技みたく名前をつけるなら、そうだね。天蓋沈下、とかそういう感じかな」
均一に細砕されて更地になった演習場に大変満足した私は、やがて掲げていた右手を下ろした。
ふっと個性をオフにすれば、浮遊していた身体も元来の重力の摂理に則り、落下を始める。万有引力は偉大である。地面に叩きつけられる前に個性を操り、私はとんとあくまで軽く着地をした。
私がすべてのポイントを塵にしてしまったせいでたった今ゼロポイントが確定した子どもたちは、寄せる振動に耐えきれなかったのか尻もちをつき、呆然とした顔で、崩れ去った街を見つめている。
降り立った私に気が付いた何人かが、化け物を見るような目で振り返った。
私はただ黙ってその畏怖と驚愕の混ざった視線を受け止め、平然と微笑んでみせる。
いやだな、そんな目で見るなよ。これくらいのこと、できる人間なんて個性次第では何人だっているだろう。
今や誰だって知ってる言葉だ。超常は日常に、架空は現実に。不可能という言葉は、異能の前には消え失せる。どんな物理法則も、異能は簡単に捻じ曲げられる。おとぎ話のものだった魔法さえ、真面目な顔で語ることのできる時代なのだ。
本来の世界では有り得なかった、あの光る赤子が産まれた時から、ここは、そういう世界なんだから。
「わたしはね。自分の個性のことを、神から与えられたプレゼントだと思っているんだ。親からではなく、神から、だとね。突然変異というらしい。個性が発現したときから思っていたよ。わたしの個性は、
言うなれば恩寵。今風に言うなら陳腐にチートとでも表現するべきだろうか。
この世界は学歴やら家柄やらなんかよりも、生まれついて与えられた個性というものの有能さによって、未来のすべてが決まってしまう。たった四歳や五歳そこらで、その先における人生の格付けが決定づけられてしまうのだ。
そして、それはどんなに泣いても叫んでも、ひとたび発現してしまったならば、決して覆されることはない。そんなあまりに残酷な世界。
そして私は、その格付けにおいて、現時点で最上位に位置する個性を持つ人間だ。
誇張でも強がりでもない。ただ、そうであるという事実だけがそこにある。
誰だって私には勝てなかった。
己の個性を知ったあの日から、私はずっと最強だった。
強すぎる個性や凶悪な個性が集う施設においても、そう。私に勝てる人間なんて、ただひとりもいなかったのだ。
「いつからか、この世界に生きる人々が得た個性因子は、個人の範疇を超えて多様化、あるいは複雑化し始めた。時代が進むにつれ、時として個性は個人を超え、未来は混沌としてますます見通しが利かなくなる。わたしはね、人類に降りかかったこれを、進化だと思っているんだよ。ただし、それは目的のない進化だ。明確なゴールを知らず、到達点も分からず、ただ闇雲に肥大化する個性……ふふ、それはやがて、神にも至る力となるだろう。群でもない、個人の力が、だよ。面白いとは思わないかな?そう、つまりね、だからこそ──私は己などよりも、もっともっと上に位置するものを見てみたい」
世代を経るにつれて、混ざり合い、深化し、複雑化する『個性』。そう。私はただ、その果てが見たいのだ。
かつて、誰かが私のことを『神の果て』と呼んだ。
私が神であるのなら、いつか私を打ち倒せる者は、きっと想像だにしないほどに惨烈で、おぞましく、何よりも美しい怪物に違いない。
私は、それが見たい。
無限大に膨張し、暴走し、すべてを呑み込む『個性』という存在の果てを。
……ああ、言っていなかったかな。
ならば、ここに宣言しよう。
これは、神となるべく生まれついた女が、希望の下に死ぬまでの物語である。
こちらに投稿するのは初めてなので、お試し投稿。
もし好評なようでしたら続けてみようかと思います。
◆
・個性《????》
→重力操作
視認した範囲の重力を操作できる。視界に入れている瞬間が最も効力が大きく、目を離してからの経過時間によって効力が落ちていく。範囲や対象の質量にもよるが、およそ数時間で対象範囲外となる。