彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》 作:狐ヶ崎
合格通知は呆気なく届いた。
封を開ければコロンと転がり出たデバイスが、ホログラムの光とともにそれを教えてくれたのだ。
『結論から言うよ、死柄木那由多さん。君は合格だ』
投影されたホログラムの光の中、服を着た鼠がつぶらな瞳を煌めかせてそう言った。
まあ当然の話だろう。何せあの演習場内で取れる分のポイントはすべて私が押し潰したのだ。これで合格していなかったら逆にびっくりしてしまう。
『敵ポイント350!ここまで圧倒的な力を見せつけて合格した生徒はほとんど初めてなのさ!まさか演習場ごと粉々にしてしまうなんてね!しかも他の受験生が演習場内に入らないように個性で見えない壁を作ってね』
それも当たり前だ。
あの時の攻撃は圧倒的高火力の広範囲技。人間だけ避けて、なんて器用な真似はできないし、人間の体であの攻撃を受けたらまず間違いなく死んでしまう。
雄英を受けるほどの優秀な子どもたちをむざむざ殺してしまうなんてことは流石の私もしたくない。何せ私の望みは、私を倒すほどの強い個性を目にすることだからだ。
結局は入学を阻むことになっているじゃないかって?それはそれ、これはこれだ。どの道、本当に優秀な個性なら雄英に行かずとも将来は有名なヒーローになっているだろうし。
まあ、何よりスタートの合図を聞いても動かずにぽかんとしていた子どもには、あまり見込みがないだろうからね。私だってみんなと同じ、ひとつの個性しか使っていなかったんだ。私にしかできないことではない以上、本当の傑物なら、私と同じことをするはずだ。
『ただ、あの試験には敵ポイントだけじゃない、もうひとつの採点基準があった』
ゆらゆらと不規則に動く尻尾を追っていた視線を戻す。いけない、集中がすぐ切れてしまうのは私の悪い癖である。
もうひとつの採点基準。なんだろう。助け合いポイントとかかな。
『救助ポイント!ヒーローに求められるもうひとつの基礎能力!これは審査制で決定されるポイントなんだけれど』
鼠はヒゲをぴくぴくさせた。実に動物らしく愛らしい仕草だ。
前から思っていたけれど、彼の発声器官とかってどうなっているんだろう。気になるな。例えば、彼から個性を一時的に消し去ってしまったとしたら、どこまで影響が。
『君のそれを決めるのに、こっちでもかなり揉めてね。ゼロにするのは簡単だけれど、君が個性で他の受験生たちを演習場から放り出したとき、何名かが軽度とはいえ怪我をした。審査制の救助ポイントは、付与する数値に上限がない、ゆえに下限もない!雄英は君の選んだ行動を重く見てね──結論!死柄木那由多、救助ポイント、マイナス275!減点の数値は怪我した受験生たちの負傷度合いから鑑みたものさ!』
鼠はドヤ顔で言い放った。
なるほど。350マイナス275。つまり。
『総論、実技試験の総合成績は75ポイント。これは全受験生中、第二位の結果なのさ!』
じゃあ、君のヒーローアカデミアで待っているよ!鼠の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ホログラムが消え失せる。光が消えて、薄暗くなったように思える室内に、私の思わずといった声が転がり落ちた。
「二位!マジか!」
わはは、雄英って面白!
*
細々とした書類や制服類が届いた以外には特筆すべきこともなく、いよいよ雄英の入学の日を迎えた。
前もって書類で伝えられている私のクラスは1Aだ。A組とB組のみがヒーロー科に該当するのだが、A組だけ人数が21名と一人多い。大方、合格最低ラインのボーダーに同得点が複数名いたのだろう。
受験の日と同じように雄英の門をくぐる。あの時と違うのは、私が制服を着ているということだ。
下手な大学などよりも余程広い校内を歩き、私は幾許もしないうちに目当てのクラスに辿り着いた。通常サイズよりも遥かに巨大な扉には、大きく1Aの文字。ここだ、間違いない。迷わなくてよかった。
早速中に入ろうとしたら、後方から「お!」と底抜けに明るい声が聞こえた。
「もしかしてA組?」
扉に手をかけたまま振り返ると、同じ制服を着た金髪の男の子が片手を上げてニッと元気そうに笑った。丸っこいつり目がまるで猫みたいだ。
そのまま近づいてくるものだから、私も軽く微笑み返して頷いた。
「うん、そうだよ」
「マジで!俺もA組!やべー、同級生?」
「そうだね」
「やべー!俺、上鳴電気!個性は帯電で、なんかビリビリできるやつ!」
「ふふ、わたしは重力とかそういうのをなんやかんやできたりするやつだよ。死柄木那由多。同級生としてよろしくね、上鳴電気くん」
「おう!」
満面に笑みを浮かべる上鳴くんに、ほんの僅か、懐かしさを覚える。
電気系の個性を持つ子は施設にもいた。
筋肉の運動が微細な電気を生み出してしまうせいで、定期的に放電して電圧を下げてあげないと、周囲にコントロールのできない雷が発生してしまうという難儀な性質を持っていた。
一緒の部屋で寝ると随分と面白かったものだ。薄らと帯電しているせいで彼女の体は常に青白く光っており、それが暗闇の中では綺麗だった。耳を澄ませば、ぱち、ぱち、と電気が空気に弾ける音が微かに聞こえて、それが彼女の心臓の鼓動と似ていたものだから、これが趣というものかと感心したものだ。
「オイ。うるせえどけやカスども、俺の通行の邪魔をすんじゃねェ」
「うわっ!なんだお前、ガラわりいな!」
ずいっと見知らぬ男の子が顔を突き出したと思えば、上鳴くんの背後から派手にメンチを切った。
つんつんした髪に負けないほどつり上がった眦が、地を這う機嫌の悪さを如実に表している。
とはいえ扉の前で立ち止まって喋っていたのはこちらなので、私は特に気にすることなく簡単に謝罪を投げると、ずっと手をかけたままでいた扉をそのままガラリと開けた。
言動から察するに、このつんつんした少年もクラスメイトの一人なのだろう。道を譲るのも変だし、先に教室に入ってしまおう。
上鳴くんにもそう促そうと目を向ければ、彼はトゲトゲしい少年を怖がることなく、今度は彼に向かって元気な挨拶をかましていた。すごいな君。
「ああ〜っ!女の子!」
「うわっ」
開いたばかりの扉の先から、これまた元気な声が飛んできた。
今度は私がびっくりした声を出してしまう。思わず目をぱちくりさせながら教室を覗き込むと、数人の女の子が集まって話をしていたのだろう格好のまま、一団となってこちらに興味津々な視線を向けていた。
「A組だよね!?クラスメイトだ!同級生だ!私ね、葉隠透!透って呼んでね!」
「あは、元気だね。見えないけど、そこにいるのかな?」
「いるよ!」
自分の席を探す間もなく引っ張りこまれてしまった。まあ教室内にある時計を見るに、まだ始業までは時間があるから、特に急がなくてもいいだろう。
そこには苦笑いしている少女が二人と、その隣にはなんと制服だけが空中に浮いている。浮遊しているように見えるグローブが、ぶんぶんと握りこぶしを作っていた。
なるほど、彼女が持っているのは透明になれる個性だろうか。初っ端から面白そうな個性を見ることができて、自分の機嫌が上向いていくのが分かった。
「ねね!名前は?なんて呼んだらい〜い!?」
「ああ、死柄木那由多だよ。お好きに呼んでもらって構わない」
「那由多ちゃん!那由多ちゃんって呼ぶね!」
「ウチは耳郎響香。雄英って女子が少ないって聞いてたけど、意外といて安心したよ」
「八百万百、といいますわ。私のことも、お好きなように呼んでくださいまし」
耳にイヤホンのような突起のある耳郎ちゃん、貴族令嬢みたいな所作で微笑む八百万ちゃん。ここにいるということは、彼らも優秀な個性を持つヒーローの卵であるわけだ。
個性を目にするのが楽しみである。
しばらく彼女らと戯れのような会話を続けていると、続々とクラスメイトたちが登校してきて、次第に席が埋まり始める。
彼女らが集まっていたのは耳郎ちゃんの席だったようで、『しがらき』である私の席はそこまで離れてなさそうだ。
前の席に複数の腕を持つ高身長の男子がやってきて荷物を置いたところで、早速テンションの高い葉隠ちゃんが絡んでいっていた。元気だね。
会話の隙間に教室前方の座席表をちらりと覗き見た限りだと、彼の名前は障子くん、私の机はその前、つまり列の一番先頭らしい。
というか、言うなれば教卓のド真ん前だ。
「あ、そろそろ予鈴鳴るね。席に着いておいたほうかいいんじゃないかな」
「あら、私ももう戻りませんと……」
「本当だ!じゃあまた後でねえ」
ぶんぶんと手を振っているらしい葉隠ちゃんに苦笑を零しつつも席に着く。一番前の席はやはり圧迫感があるというか、なんというか。
真新しい鞄を机の横に吊り下げ、あらためて座り直したところで、丁度よく予鈴が鳴った。
「ハイ、静かになるまで八秒かかりました」
ぬっと入ってきた黒ずくめの男がそう言って寝袋を脱ぎ捨てる。
寝袋?よく分からないが、そこらに火を吹く人間が闊歩している時代だ。ファッションの多様性など些細な問題なんだろう。
それよりも。それよりもというか、何よりも。
私にとって重要なのは、彼のその風貌だった。伸びっぱなしの長い黒髪、まばらな無精髭と、つり上がった切れ長の鋭い瞳。首には捕縛武器らしき布が何重にもなって巻かれている。
見覚えのある顔かたち。覚えているだろうか。私が幼女になっていることに気付いたあのときに、手を差し伸べてくれたヒーローがいたことを。
ああ!まさかこんなところで会えるなんて!
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
それは紛うことなく、あの凄惨な爆発事故の現場で、まっすぐ手を伸ばしてくれたヒーローだった。
知ってるよ。イレイザーヘッド。
個性を消せる個性の男。素敵な個性の、格好いいヒーロー。
彼が担任だなんて、なんて恵まれているんだろう。
思わず微笑みが零れ落ちる。そんな私を余所に、彼は寝袋をごそごそと漁り始め、やがて何かを突き出した。
「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」
登校初日、開始一分とは思えないような唐突な言葉に、ざわっと教室が困惑に揺れる。
それを意に介さず、イレイザーヘッドは手にした体操服を揺らしてみせた。
「個性把握テストを行う」
相澤先生はそのままクラス中の疑問に答えることもなく、さっさと歩いて行ってしまった。
えっ、入学式とかねえの?誰かがそう困惑した言葉を落とす。しかし出ていってしまった相澤先生が戻ってくる気配はなく、当然のことながら返事は返ってこない。
教室には混乱した空気だけが残されるが、説明を求めたくても、そもそも質問をする相手がいない。グラウンドに集合という言葉は全員に聞こえていたみたいだけれど、思わざる指示すぎて皆動きかねているようだ。顔を見合せたりしている。
しかし、そんなざわついていたクラスも、やがて八百万ちゃんと眼鏡の男の子の主導により、徐々に更衣室へと移動を始めることとなった。
八百万ちゃん、委員長気質なのかな。んふ、分かる気がする。
「雄英、自由だね……」
「うん……なんか、ついていけるか不安なんだけど……」
着替えの途中で葉隠ちゃんと耳郎ちゃんがそうコソコソと言い合っているのを聞きながら、私もさっさと着替えを終える。
さすが雄英というべきか、体操服も素材からして強靭なものであることが見て取れた。軍用とかに近い素材だなこれ。一介の高校生が使うにはあまりにガチである。雄英すごい。
それにしても、個性把握テスト……個性把握テストか。生徒の一人一人が何をできるかを把握するってことだよね。対ロボットは入試でやったから、今度は対人戦闘だったりするのだろうか。入試の実技試験の時以上のことをしてみろって言われたりするのかな?
「授業の一環で雄英の敷地を一面更地にしちゃった場合、賠償責任って生まれるのかな。どう思う?」
「何の話??」
程なくしてグラウンドに集合した私たちを待っていたのは、普通の体力測定テストであった。ただし、個性使用可の、である。なるほどね。
説明もそこそこに、例示として皆の前で行われたデモンストレーションでは、あのつんつん髪の少年が爆風を起こしながらソフトボール投げをして、見事七百メートル越えの記録を出している。
個人的には、一度全力の戦闘をさせてみた方が個々人の個性について分かるのではないかとは思うけれど、まあ初めての授業だと色々難しいところもあるのだろう。
今回のテストには、本格的な戦闘訓練に向けて、前もって個人の個性の出力を把握しておくという教師側の思惑もあるのかもしれない。全力を測るという点では戦闘よりもよほど安全だ。
「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ。まずは第一種目、五十メートル走から」
最下位は除籍などという戯言が聞こえたような気がしたけれど、私には関係ないので気にしなくてもいいだろう。
何せ救助ポイントとかいうふざけた採点基準がなければ、ぶっちぎりで首位入学を果たしていたはずの私である。最下位になるなんて有り得ないし、なるつもりもない。
とはいえ、率直に言ってお遊びのようなテストだ。
一位がどうのみたいな話もないし、あくまで軽く。周りの個性を見守ること優先で、私は楽しみながらやるつもりで前を向いた。
第一種目、五十メートル走。初っ端から眼鏡の男子が三秒台を叩き出す。
エンジンが脚に付随している、見るからにスピード特化の個性だ。括りとしては異形型になるのかもしれない。マフラーって言うんだったかな。肌から生えた金属の筒が露出しているけれど、アレってお風呂とか入っても問題ないのだろうか。
「ペアだな、よろしく」
「ああ、よろしくね。障子くん、だったかな」
横から声をかけられて、飛びがちになる思考を戻す。
テストは大体の種目で出席番号順に二人ずつのペアを組むシステムで、私のペアは多腕の男子、障子くんだ。
寡黙そうな見た目に違わず、特に何か話が弾むこともなく簡単なやり取りだけで会話が終わってしまった。ペアというのも何かの縁だし、彼の個性はこの体力測定で存分に観察させてもらうことにするけれど。うーん、見かけは腕力強化タイプかな……?
なんて考えているうちに、続々とクラスメイトたちが走り終えてゆく。
見逃すのはもったいないので、視線はきちんとレーンに合わせたままだ。
この五十メートルという短距離を、普通に走る子もいれば、個性を活かしてゴールする子もいた。
個性を使った体力テストなんて今まで見たこともなかったが、これはこれで面白い。みんな個性の使い方が上手だね。たまにどうするのが効率的か測りかねている生徒もいるようだけれど、ほとんどの生徒が上手く自分の個性を活かしている。
やがて皆それぞれがそれぞれのやり方で走りきれば、それから幾許もなく私たちの番が回ってきた。私は当然ながら、自分の番に緊張することもない。しようがないというべきだろうか。
だって五十メートル走なら簡単だ。つまりゴールにまで辿り着けばいいわけだしね。
クラウチングスタートの格好を取る障子くんの隣で、私は個性発動に備えて右手を上げた。
「START!」
開始の合図と同時に個性を発動。五十メートルなら充分に目視が可能な距離である。
瞬間、私の身体は、
ぐんっとスピードを増しながら、両脇の景色が過ぎてゆく。
これは個性で私のレーンだけ、重力のベクトルをいじっただけの話だ。本来なら縦に落ちる重力を、横に落ちるようにしただけ。
追加の加速はかけずに、自由落下に身を任せるまま、三秒七でゴール。
特に地面を蹴ることもなく、ゴールの白線を超えたところにとんと爪先をついた。
「早いな」
「まあね。これはそういう個性だからね」
追いついてきた障子くんに笑いを返す。
改めて考えてみると、この重力操作の個性、かなり有用な個性だよね。というか別によく考えなくともそうだ。何を隠そう、私もまだ出力の限界を試したことがない。周囲を顧みずに全力でぶっぱなしたら被害は甚大になりそうだし。
ただ、最大で何ができるのか、って考えたら、まあかなりヤバいことができそうである。
知ってる?
太陽も月も、天を仰げば視認できるんだ。
「……ま、やるつもりはないけどね。流石にそのレベルになると体の限界が来そうだし。そもそもメリットだって皆無だし、知的好奇心を満たすにしろ何にしろデメリットが大きすぎるな」
「何か言ったか?」
「ううん。何も」
その後も続く握力や立ち幅跳び、反復横跳びなどをそれなりの好成績でこなし、クラスメイトの個性の使い方を機嫌よく見守りながら、種目はどんどんと先に進んだ。
次に待つソフトボール投げも、私のこの個性を使えばかなり遠くまで飛ばすことができるだろう。うーん、やっぱり有能。有能すぎて苦労も何もなく、消化試合感が否めないな。
重力操作の個性が活かせなさそうな種目も、この身体のスペックの高さでゴリ押しすれば結構そこそこ良い記録が出る。この身体――というのも変だけれど、私の身体、素のスペックが総じて高いのである。
もちろん頑張っているのは私だけではない。
異形型である障子くんは握力でとんでもない値を叩き出したほか、その他の種目においてもかなり良い成績を出していた。
私は素直に感心する。素の身体能力も然ることながら、筋肉とかの身体の使い方が上手いんだろう。
そして臨んだ、第五種目、ボール投げ。
「わ!腕が増えたな。しかも先端から。ただの異形型じゃないな障子くんは」
お先にどうぞと障子くんに順番を譲り、彼がボールを投げるのを見守っていれば、ボールを握った彼の腕が見る見るうちにぐんぐんと分裂して伸びていく。
それが何メートルにもなったところで、障子くんは遠心力を働かせるようにして、ぶんっと長い腕を振った。
すごい勢いでボールが飛んでゆき、やがて弾んで地面に落ちる。三桁メートル。
「はい次、これボールね」
「ああ、相澤先生、少し質問が」
「ん、死柄木か。何だ」
障子くんの次は私だ。計測用のボールを受け取る際に、そういえばと相澤先生へと声をかける。呼ばれた相澤先生は私にボールを手渡しながら、その仏頂面を上げた。
渡されたばかりのボールを手の中で転がしながら、私は確認を踏まえて尋ねる。
「ちょっと聞きたいんだけれど、個性使用有りのハンドボール投げだと、どのくらいの距離が満点になるのかな。種目によっては際限なく記録を出せる人もいるでしょう?ほら、さっきの麗日ちゃんみたいに」
「あー、残念ながら採点の基準は生徒には公開できない仕組みだ。それと敬語を使いなさいね」
「ああ。ごめんね、言い方がまどろっこしかったな。わたしが聞きたいのはね、つまりどこまで飛ばしていいのかってことなんだ。例えばこのボール、このくらいの重量のものなら、わたしは軽く数百キロは飛ばせるだろう。ただ、そうなると個性の影響で気候に少々変動をきたすし、ボールは十中八九行方不明になる。そもそもこのボールって回収はするのかな。するとしたら誰がするの?」
「待て待て、気候変動?もう少し詳しく説明しろ」
「うん。わたしの持つこの個性だけれどね、距離が離れれば離れるほど、精密な操作が難しくなるんだ。だから遠くに個性を飛ばすときは数キロ単位で纏めて無理やり操作することになるんだけど。そうすると経験上、力場の断裂と摩擦が起きて、まっすぐ、線状に雲ができる。飛行機雲みたいな感じかな。さらにこの状態が長く続けば、摩擦は静電気を引き起こす……つまり人工的な落雷が生じる可能性がある。他にも、気圧も狂うことになるから、下にいる人間の体調に影響が出ないとも限らない」
「あー、なるほどな」
私の懇切丁寧な説明に、顔をしかめて頷いた相澤先生は、目を閉じて少し考えてから雄英の外縁を指さした。
「あの辺り、わかるか。柱と壁があるところだ。アレが雄英の敷地の末端なんだが、あそこまで大体二十キロある。あそこまで飛ばしてみろ」
「ああうん、それなら問題ないよ。どうせならぴったりに落としてみせようか」
「いや、そこまで精密じゃなくてもいいぞ。誤差一キロくらいなら構わない。それと敬語な、死柄木」
「誤差だって?ふふ、いやだな、わたしを何だと思っているの。誤差なんてないよ、見ててごらん」
私はそう言うやいなや、私は身をひるがえしてスタート地点に足を進める。
相澤先生が何やら溜息を吐いたような気がするけれど、きっと空耳だろう。ボールを手のひらでコロコロ転がし、重さを確かめる。うん、いけるな。
豪語したからには失敗するのも格好つかないので、めちゃくちゃ頑張って豆粒のような壁にぶち当てておいた。
有言実行、誤差なしである。
「麗日といい死柄木といい、皆すげえなあ。やっぱり雄英、分かってたけどレベル高っけ〜」
「な。でも個性の万能さで言えばアイツだろ。ほら、色々物作り出してた奴……八百万だっけか。さっきからスゲェ記録出してんぞ。道具ありきで」
「あとアイツも派手だよなァ。デモンストレーションで球投げてた……キレ芸くん」
「バクゴーくんね」
「ま、さすが雄英、最高峰だもんな。入試ん時、演習場全域をブチ壊した奴もいるって話だし、まーやってけんのかちょっと不安になっちまうぜ」
「あーね。そういや入試のゼロポイントぶっ飛ばした奴もいるってマジ?」
「そんな奴いんの。やべーな雄英」
「マジらしいぜ。あ、ほら、アイツよアイツ。今から投げる――」
背後の男子たちの会話に促されるようにして、私は前へと意識を戻した。
ボール投げも後半に差し掛かり、残すところあと数名といったところだ。このボール投げは普通の体力テストの規定に則って、一人二投が許されている。
今グラウンドに立っている生徒は、次が二投目だ。
彼は多分、深呼吸をしたのだと思う。
そして、私たちの目の前で、ひとりの未成熟な少年が、強くボールを振りかぶる。
跳ねた髪、人と比べてまだ薄い身体、浮いたそばかすに、どこか焦りを浮かべた追い詰められた顔、そして、そんな風貌にそぐわない、急き立てられるような決意をひらめかせた大きな目。
一投目はわずか五十メートルにも達していなかった。そのあと相澤先生に声をかけられて、淡々とした声で何かを告げられていた。雰囲気からして好意的なものではなかっただろう。唇を噛み締めていた少年の目は、何を見ていたか。
小さな、そして、冴えない子どもだ。
私の記憶にはあまり目立ったシーンも残っておらず、つまり今までの記録もぱっとしていないのだろう。どこかおどおどして、まるで来る場所を間違えたまま、この個性把握テストを始めてしまったような顔をしている。
強い個性を持つ者は往々にして、ある種の自信めいたものを滲ませていることがほとんどだ。
選民意識とまではいかないが、そういったものを全く抱えないまま生きてくることは不可能である。
個性という分かりやすいファクターで、他者と比べられ、その上で賞賛されることに慣れている。爆豪くんなんかはいい例だ。そして、ここは雄英。選び抜かれた者たちが集まる場所。
それなのに、彼の表情はどうだった?
まるで他人と比べられたときに、常に劣者と笑われながら生きてきたような――。
ダンと。彼の脚が強く踏み込まれる。
その瞬間、僅かに空気が震えた気がした。
肩が唸り、瞬間、何か大海のようなものが一気に膨張するような気配がする。それを瞬間的に肌で感じ取ったのは私だけかもしれない。猛る波飛沫を上げ、白く泡立ち、巨大な海原を持ち上げる大きな力。
それが、たった指先一本に、集中して。
「これは……」
初めの印象は、おどおどとした小さな子ども。
けれど。このとき、確かに予感が走ったのだ。
振り抜かれた指先から、さながら空を裂く流星のように、大きく弧を伸ばしたボールが高く飛んでゆく。
「まだ……動けますッ!」
私はずっと探していた。
交わり、絡み合い、膨張し、血とともに継承されてゆく個性の螺旋。人の紡いだ歴史の果て。
私なんかを捩じ伏せて夜明けを臨む、美しき化け物を。
「705メートル。まずまずの記録だな」
記録の反映されたタブレットを掲げる相澤先生に向けて、彼は確かに唇を吊り上げてみせていた。
面白い。
「ねえ君、名前はなんていうの?」
十メートルほどをトンッとひとっ飛びし、私は少年の傍らに爪先を落とした。
右腕を掴んだ格好のまま相澤先生の方に強い視線を向けていた彼は、至近距離に降り立った私の姿を視認するやいなや真剣な表情から一転、あたふたと慌てふためきだす。
よく見れば、右手の人差し指だけがまるで爆発したようにボロボロになっていた。反動ということだろうか。顔が赤いのは別の要因だろう。
「じ、女子ッ!?えええっと、その、君は死柄木さんだよね!重力の個性で攻防ともに優れた汎用性の高い能力で、いッ今のも個性でここに来たのかな!?」
「うん、そうだよ。重力のベクトルをいじって、簡単に言うと横向きに落ちたんだね。便利だからよく使うんだ」
「重力のベクトルをいじる!?物理的に考えると慣性の法則と万有引力に纏わるプランクエネルギーが関係して複雑な計算と精密な操作が必要そうだけどそれを全部自分の頭でやっているんだよね!?つまり量子重力理論や相対性理論の重力座標に干渉して操作するってことかな、いやそれでも向きだけじゃなく単純な重力定数も増減させているからええとあんまり物理学には詳しくないけどニュートンポテンシャル的に重なり合っている二つの力場軸を同時に解析して操作することで自由にベクトルと大きさを変えることが」
「あは、君面白いね。個性が好きなの?」
「あっ、うわああごめんなさいつい癖で!ええと、個性、個性が好き、なのかな。好きなのはヒーローなんだけど……」
「んふ。わたしも好きなんだ、個性。お揃いだね。それでね、どうも君の個性が気になってしまって」
「ぼっ、僕の個性が何か……!?」
「ああいや、すごいなあって、それだけだよ。補助的な要素もなく、単純なパワーだけで七百メートルも飛ばすなんてすごい個性だ。まさに超人的だね。もっとも、すごい個性だからこそかな、なんだかまだ個性を扱いかねているみたいだけど」
目線で壊れた人差し指を示してやると、彼は決まり悪そうに目を泳がせた。その様子がどこか可愛らしくて、ふ、と笑みを見せてやる。
個性の発動で怪我をしてしまうのは、身体が個性を御しきれていないか、個性を使用するのに元々耐えられない体質なのか、あるいは最初からそれが代償としてそう定められているかだ。
これは個人の推測だけれど、きっと前者二つのうちどちらかだろう。だって、代償にしては軽すぎる。
すなわち個性の方ではなく、身体の問題ということだ。
それならば、彼はいずれもっと強いパワーを手に入れられるようになるということでもある。
今見せた超パワー、それをもっと自在に使えるようになるかもしれないのだ。威力だって比にならないほど増すかもしれない。だって身体のせいで扱えていないということは、すなわち身体が最適化されていけば、自ずと扱える力も増えるということだ。
そうなればどうなるだろう。今感じた底知れない気配の断片、それが錯覚でないとするならば、彼はいつか私に届く化け物になれる可能性を秘めていると言えるのではないか?
ああ、ゾクゾクするな。勝手に口元が綻びそうだ。
ボールを天へと打ち上げた一投、そのときあの鳥肌が立つような気配を感じたのは一瞬だった。
もしかしたら錯覚かもしれない、思い違いかもしれない、けれど可能性があることは確かだ。少しでも可能性の片鱗が見えたのなら、気が逸って期待してしまうのは仕方がないことである。
この素敵な個性をうまく扱えていないようである彼が、いつか完全に個性をコントロールできる日が来たら。そうすれば、唸りを巻いて押し寄せる大海原、その得体の知れずに黒々と広がる全貌を、きっと見渡すことができるだろう。
「育てたら君はもっと強くなる。そこらの人間などを蹴散らしてしまえるほど、強く、鋭く、鮮烈にね。ふふ、早くも雄英に入った意義を見つけてしまったな。わたしも随分と運がいい」
担任はイレイザーヘッドで、同級生には底の知れない力を秘めた個性の持ち主がいる。他の子どもたちもみんな優秀なことであるし、雄英入学を決めたのは我ながら英断だったかもしれない。
もしも雄英が期待はずれだったら、手早くヒーローになるかヴィランになるかして大人の世界を直接覗いてみようと思っていたが、この分だと雄英で過ごすのも新鮮で楽しそうだ。
ほら、進化を促すのはいつだって危機であるという通説もあることだし、まあ適当な街をひとつかふたつ壊してみせるのもいいかなあと思っていたところだったので、この少年は意図せず私の手から人々を守ったということになる。なるほど、ヒーローだね!
「いっ。いやいや、僕なんてそんな……」
「うーん、君はどうしてか自信がないね。そのせいかな、君を見ていると何だかこう、庇護しなくてはいけないような気がしてくるな……懐かしいというかなんというか。ああ、そうだ。君、名前はなんていうの」
「アッ、み、緑谷出久!です!」
「わたしは死柄木那由多。わたしはね、雄英にはヒーローになるためじゃなく、優れた個性を間近で目にするために来たんだ。個性って面白いでしょう?性質だって多種多様だし、今や予想もつかないような進化をどんどん遂げている。雄英ともなると、その本髄が見られるんじゃないかと思ってね。この選択が正しかったのかは定かじゃないけれど、果たして、わたしは君という逸材を見つけられた。幸先がよくて嬉しいよ。早く強くなって、わたしに個性の全部を見せてくれ」
「はっ、ハイ!その、それはあの」
「ふふ、やっぱり懐かしいかもしれない。君がいつか、化け物になる日を待っているよ」
「ハ……えっ。何、ば、化け物……?」
「それじゃ、個性の制御がんばってね」
困惑したような緑谷くんを置いて、私は身をひるがえした。背後に気配を感じたためだ。
案の定、さして間を置かずに、怒声を上げながら爆豪くんが突っ込んでくる。それに入れ替わるような形になりながら、私は生徒たちの集団の中に紛れる。
背後では爆豪くんの唸り声と、やがてとうとう堪忍袋の緒が切れた相澤先生の怒気を孕んだ声が聞こえてきていた。
「那由多ちゃん、何だか機嫌が良さそうだね。さっき緑谷くんと何話してたの?」
「うん、すごい個性だねって。彼の将来が楽しみなんだ」
「きっと、すごいヒーローになるよ」
全種目が終わり、結果発表もこれと言ったこともなく過ぎた。
私の結果は第二位である。一位は八百万ちゃん。この子の個性も素晴らしくて、ゼロから物を創造するという、実に夢のあるものだ。握力テストでは万力を作り出したり、持久走では自転車を出したりと、その個性を活かし、どの種目においても好記録を叩き出していた。
その後、着替えて教室に戻り、相澤先生の簡単な連絡事項を聞いて解散。時間割や共有事項のプリント等で重くなった鞄を肩に、私は帰路についたのだった。
明日は午前中に必修一般科目、午後はフルに使ってヒーロー基礎学。普通の学生生活は何というか新鮮だけれど、これから忙しい日々になりそうだ。
こうして少しずつ、子どもたちは成長して強くなる。
未熟なものの成長を見守るというのも、思えばなかなか悪くない話だ。私は元来よりあまり気の長い方ではないけれど、そうやって積み上げた先に何があるのか、思った以上に楽しみでならない。
「ふふ、それと」
かくいう私もまた、やることを見つけたと言えるだろう。
緑谷出久、彼の成長を手助けする。彼が一日でも早く化け物になれるように。私を倒すことができるくらい強くなるように。
彼の個性は、とびきりの一級品だ。これがもし私の勘違いだったら仕方ないが、その場合はまた新しい強個性を探してみるだけの話である。
何せ私が入学したのは天下の雄英、強い個性なんて沢山見つけられるはずなのだ。
「……緑谷くんはヒーローが好きなんだっけ?ヒーローなんて星の数ほどいるけど、一番好きなのは誰なのかな。それをちょっと壊してやったら、憎しみで成長速度も倍になるかもしれない。もし、思ったほどの成長が見込めなかったら試してみよう」
人を育てるのは正直不得意ではあるが、これも未来のためだ。個性は強くなれば強くなるほどいい。目指すは全員が化け物級の超人社会である。
それを目指すとなれば、もちろん彼だけじゃなくて、A組全員をターゲットに育成してみてもいいだろう。クラス丸ごとお気軽育成ゲームというわけだ。楽しそうだね。
なーんて、こう、つい私が後方彼氏面というか上方姉面をしてしまうのはもう仕方のないことなのだった。
何せ私はこの歳まで生きた記憶だけじゃなく、突如幼女になってしまったあのときよりも『前』の記憶も持っている。つまり精神年齢的に言うとクラスの誰よりもお姉さんということなのだ。
人生の先輩が子どもたちを導いてやらなくては、何のために幼女になってコンテニューしたのかわからない。
いや幼女になったのは不可抗力というか、死角からトラック三台くらいに連続コンボで跳ね飛ばされたみたいな感じだったけれど。
まあ年齢の件は置いておくにしても、そもそも基礎的な戦闘能力からしても私が断トツで一位のはずである。あんなお遊びみたいなテストを見ているだけじゃ個々人の潜在能力を測りきることはできなかったものの、高校生程度の歳の子どもなら数十人単位でかかってこられても負ける気がしない。
これは強個性のなせる技というか、まあ単純に力でゴリ押しすれば大抵のものには勝てるという話だ。
それに、緑谷出久――彼はどこか懐かしい気配がする。
雰囲気というのかな、思わず『昔』を思い出してしまいそうだ。
幼女になる前の記憶。つい贔屓目で見てしまうというか、将来に期待してしまうのはそのせいだろう。
ああ、たしか。
「わたし、弟がいたっけね」
彼は弟に似ているのだ。
もう顔も忘れてしまった、私の弟に。
コメントでもご指摘をいただきましたが、転生タグを付けていないのにも理由があります。
死柄木那由多の出生の秘密、一体なんなんだ……!?
そんな引っ張ることでもない、というか既にモロバレな気がしないでもないですが、他人の予想を聞くのが大好きなので、ぜひとも感想欄などで自由に予想をしてみてください。あと単純に感想もらえるとアホほど嬉しいです。ラブ〜。