彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》 作:狐ヶ崎
必修科目授業は特段特筆すべきこともなく過ぎた。
今更英語とかはやる気が起きないというか、端的に言えば暇だったので、個性で机の上に見えない重力の道を作り、その軌道に乗せた消しゴムをジェットコースターみたいにビュンビュンさせて遊んでいたら、隣の尾白くんに困惑したような目を向けられた。
一番前の席なのに何やってんだコイツ?ってことだよね。分かるよ。
意識的にしろ無意識的にしろ、手持ち無沙汰になるとつい個性で遊んでしまうことがあるのは、私の悪い癖である。
お昼を挟み、午後の授業はヒーロー基礎学だ。
なんと担当はあのオールマイトだということで、昼終わり頃からクラス全体がそわそわしていた。そしてとうとうオールマイトがやってきてグラウンドに移動した今も、みんな浮き足立ったような興奮を隠せないでいるようだ。
いや、このそわそわは、各々のコスチューム初お披露目によるそわそわかもしれない。
「よっす死柄木!シンプルにイカしてんな!」
「おや、上鳴くん。君こそかっこいいコスチュームだね」
「お、分かっちゃう?」
自慢げに笑う上鳴くんのコスチュームは黒で統一されたライダースーツだ。白のラインが走る黒い布地は、よく見ると少しだけ光沢がある。金属糸の練り込まれた伝導体だったりするのかもしれない。
対する私のコスチュームも、至ってシンプルなものだった。というか要望をほとんど出していないため、どことなく製作者の趣向が透けて見える衣服である。
私が出した要望はひとつだ。腕の動きの阻害をせず、それでいて四肢の動きを隠して捉えにくくするもの。――結果、送られてきたのは、黒と白のパンツドレスに似たコスチュームだった。
足首まである布地は軽く、ゆったりとして脚の動きを邪魔しない。両腕は要望通り露出しているが、長めの薄いマントが付随しているため、充分包み隠すことができる。全体的な軽さもばっちりだ。
「みんな揃ったね。それじゃあ始めようか有精卵ども!戦闘訓練のお時間だ!」
仁王立ちでマントを靡かせたオールマイトが、輝く笑顔を見せながら、張り切ってそう宣言した。
曰く、これから行なうのは屋内での対人戦闘訓練。二人ずつペアになって、ヒーロー役とヴィラン役に割り振られるらしい。初回ということもあり、それぞれがこなすべき役割が明確に指示されている。分かりやすい。
「さあ、ここからクジを引いてくれ!」
箱を掲げたオールマイトが促すままに、生徒たちは順々にクジを引いた。私も例に違わず、片手を箱の中に突っ込む。無駄に掻き回すこともせず、一番上にあったものを引き抜いた。
「次どうぞ、飯田くん」
「ああ、ありがとう」
後ろに並んでいた飯田くんに箱を譲り、私はクジを開いてみる。
ぺらりと捲った紙には、Dの文字が大きく書いてあった。
「さて、ペアは……っと。君か」
「アァ?」
ちょうど隣にいた子の手元を目線だけで覗き込めば、運良く同じアルファベットが書かれたものを引き当てた。ビンゴだ。視線を向けた先、鋭い視線がぎらりと上がり、数拍も置かずにその双眸も私の持つ紙を捉えたようだった。
「よろしくね、爆豪くん。改めて名乗っておくけれど、わたしは死柄木那由多だ」
そう、この凶悪面をした男の子、爆豪くんが今回のペアである。
「最初の対戦相手は……Aチームがヒーロー!Dチームがヴィラン!ちなみに人数の都合上、Aチームのみ三人組だ。爆豪少年、死柄木少女、よく作戦を立てて臨むように!それじゃあ、移動を始めてくれ!」
「さて、聞いていたよね。相手は三人、人数でいえば不利ということだけれど」
「あ?関係ねーわ。全員纏めてブッ潰す。特にあのクソナードォ……個性なんて使いやがって……俺を騙してたンか……?」
「んふ、意見が一致したようで何よりだよ。そう、二人も三人も関係ない。全部わたしだけで潰せるから、君には悪いけどその辺でゆっくりしていてくれ」
核の部屋、手のひらを軽く開いたり閉じたりしながら私がそう言えば、爆豪くんは高校生とは思えない極悪な表情で振り返った。
「ハア?ナメとんのか?デクの野郎は俺が殺すって決めてんだよ。邪魔すんなや」
「デクっていうのは緑谷くんのことかな。彼はだめだよ。わたしが相手をするから」
「あ゙あ!?ざけんじゃねえよ。テメェこそここで待ってろや」
グローブに包まれた彼の手のひらが、まるで威圧するように小さな爆発を起こす。私はそれをちらりと見て、なおも首を振った。
「聞き分けがないな。あのね、緑谷出久くん――彼の個性はね、いくらだって強くなれる可能性を秘めているんだよ。伸び代だけでいうと、人類の中でも上から数えた方が早いんじゃないかな。君が彼の何に引っかかっているのかは知らないけれど、わたしの方が効率的に彼を成長させられる」
「あンのクソナードに個性なんてあるはずがねェーーだろうがッ!!」
握りこんだ拳が噴火のような爆発を放つ。
爆豪くんは双眸を憤怒でぎらつかせると、「俺が全員ぶっ殺したる」と吐き捨て、さっさと部屋から出ていってしまった。
苛立ちを如実に示す足音がズンズンと音を立てながら遠ざかっていく。
それが下に向かったようであることを確認し、私はやれやれと溜息を吐いた。協調性がまるでない男だ。
そのまま核の張りぼてに寄りかかる。
「まったく……仕方ないな。今日は譲ってあげよう」
ペアの相手が私であることに感謝してほしいものだ。
これがもし私じゃなくて他のクラスメイトだったら、人によってはギスギスして仕方なかったに違いない。あんな独断専行を咎めたり殺したりせずに許すなど、私の寛大さは褒め称えられていい。
まあ、私はお姉さんなのだ。年下のわがままを聞いてやるのも、年上の務めというものだろう。
それにしても、彼は何を言っていたのだろう。
個性なんてあるはずがない? 緑谷くんが個性を持っていないわけないだろうに。彼もあのボール投げを見ていたはずだ、あれが個性じゃないというのなら、何が個性足りえるのか。
「爆豪くんのあの口ぶり、何か因縁というか、禍根でもあるのかな。まあわたしの知ったことではないけれど。…………ん?いや待てよ殺すとか言ってたな」
私は慌てて核から背を離した。
爆豪くんはもう下に着いている頃だろう。緑谷くんが狙いだというのなら、入口から入ってきたところを迎撃する構えに違いない。
対戦相手の三人のうち、飛べる個性でもいるのではなければ、緑谷くんは十中八九素直に入口から入ってきて、爆豪くんと会敵する。つまり衝突は避けられないことになるだろう。
そして先程の爆豪くんの気炎を鑑みると、殺すというのはあながち冗談ではないのかもしれない。
少なくとも、あれだけ激憤しているのが私だったら、確実に仕留めに行っている。
「ちょっ……と待ちなね。殺すのは流石に看過できないな!」
仕方なく、私は核を置き去りにして部屋から飛び出した。
この訓練のルール上、核を確保されてしまったら負けてしまうことになるが、そんなことは言っていられない。背に腹は代えられないというか、そもそもこれで負けたら八割くらいは爆豪くんのせいである。
部屋を飛び出して、爪先で叩くようにぐんと地を蹴る。
核の設置してある部屋は不運にも最上階だ。ビルの廊下を数歩で駆け抜け、開け放しのままの扉を抜けて、階段を全段飛ばしで飛び降りる。
しかし、私が一階に辿り着く前に、ヒーロー役とヴィラン役──全員が耳に装着したデバイスがジジッと一斉に音を立てた。
「──それでは、訓練スタートだ!」
オールマイトの声が、開始を告げる。
直後、階下で盛大な爆発音が響き渡った。
一階部分に繋がる扉を蹴り開け、私は周囲をぐるりと見回した。
人の姿はまだ見えない。大きめなビルを模したこの建物は廊下が枝分かれして伸びており、一見では奥まで見通せないようになっている。
とはいえ爆豪くんがいるだろう場所は瞭然だった。何せ連続して鳴り響く爆発音によって、居場所が筒抜けになっていたからだ。
「そっちか」
入口から少し進んだ辺りだろうと当たりをつけ、私は再び駆け出した。
途中で行き止まりの壁が現れたので、躊躇なく個性で吹き飛ばす。大穴から覗く空き部屋に踏み入り、反対側の壁もまた吹っ飛ばしてショートカットを図った。
それを二度ほど繰り返せば、最後に突き抜けた壁の向こうがどうやら開戦地だったらしい。
ちょうど剣戟を交えるところだったのか、右足を引いて構えた緑谷くんと、大きく腕を振りかぶる爆豪くんが私の視界に飛び込んできた。
「えっ……死柄木さん!?」
突然吹っ飛んだ壁に驚いてか、視線をこちらに向けた緑谷くんが思わずといった様子で叫んだ。
その隙を逃さず、爆豪くんの拳が爆発を起こしながら緑谷くんの頬に叩き込まれる。爆風に乗った拳をモロに受けて、ぐ、と緑谷くんの顔が歪んだ。
派手に殴り飛ばされた格好の彼が、それでもめげずに拳を握り込んだのが見える。見上げたガッツだが、今はそれを褒めている場合ではない。
私は勢いよく足を踏みおろした。
殴り飛ばされて体勢を崩しながらも突き出された緑谷くんの腕を、しかし爆豪くんは見越していたように払い除け――そのまま、ぐうッと奇妙な呻きを洩らすと、彼は勢いよく地に膝をついた。
「……そこまでだよ爆豪くん。一撃でダウンさせられるのならまだしも、殴り合いに持ち込まれるようじゃ、彼を殺すのは厳しいかな」
「テ、ンメェ……何しやがった……」
「何って、上から重圧をかけているだけだよ。下手に動くと比喩ではなく骨が折れるから、気をつけた方がいい」
「このっ……」
見えない手で押さえつけられているかのように床に這いつくばる爆豪くんは、ちょっと引くほどの凶悪面だった。人には見せてはいけない顔というか、端的に言って機嫌超底辺ブチ切れ顔である。
かなりの倍率で重力を倍増させているというのに、床に膝をつかされているのがよほど腹に据えかねるのか、全身の力を惜しみなく使って身を起こそうと躍起になっている。みしみしと骨の軋む音が聞こえてきそうだ。
うーん、本気で骨が折れてしまうから、彼もそろそろ諦めることを覚えた方がいいんじゃないかな。
「クソ、が……ッ」
「初手で殺してしまわなかっただけ優しいでしょう?ほら、君が緑谷くんを殺すとか言うものだから、わたしもつい焦ってしまってね。許してほしい」
「はあッ?テメ、イカレとんのか!誰が、マジで、殺すかッてんだよ……!」
歯を食い縛りながらも何とか重圧に抗おうとする爆豪くんは、額から大粒の汗を垂らしている。噛み締められた歯の隙間からは荒い息が吐かれ、それなのに赤い双眸だけは依然として私をギリギリと睨みつけていた。
そんな彼が荒い息の隙間から低く唸り出した言葉を聞いて、私は瞬きをした。
「……ああ、本気で殺すつもりはなかったのか。それは失礼した。じゃあ、そうだね、これはトレーニングだと思ってくれればいいよ。もちろん、緑谷くんもね」
「! う、ぐっ……」
持てる限りの力で重圧に抗おうと足掻く爆豪くんから、私は視線を横に移した。そこには同じように重圧に潰されて床に沈む緑谷くんの姿がある。
彼も顔を真っ赤にして踏ん張り、どうにか立ち上がろうとしているみたいだったけれど、それも叶わずにいるようだ。
横向きの歪んだ顔が表情で苦しさを表明している。床に押しつけられた柔らかな頬がぎゅむっと潰されて、随分と不格好だった。
もっとも、緑谷くんが床から顔さえ離せない原因は、私からしてみれば明らかにひとつだった。
個性を欠片も使っていないことだ。
「ほら、どうしたの。個性を使って起き上がってみるといい。重力に抗って、ちょうど身体を起こせるくらいの力だけを使うんだ。朝、ベッドから起き上がるときにも、筋肉を使って同じことをするでしょう?全力を出して飛び起きる人はいない。緑谷くん、君に足りないのは、まずそういった自然さだよ」
「っ、て、言われて、も……!」
「今何をしたいのか、それを成すために必要な力はどのくらいか、そして、どのくらいの個性を使えば、どのくらいの結果が得られるのか。まずはそれを把握するところから始めたらいい。いわゆる計算式だね。個性を触って、確かめて、個性独自の公式を見つけるんだ」
緑谷くんは顔を歪ませて、唇を強く引き結んだ。
彼は見る限り、個性の調整が下手くそだ。自分の個性とはあまり触れ合ってこなかったのだろう。
何せあれだけ桁外れな超パワーだ。身体ができあがってないのなら、出力を高めすぎると身体の方が壊れてしまうし、きっと練習も難しかったはず。あのボール投げのときのように、ゼロか百かしか選べないのも頷ける。そもそもがそういうものだという思い込みがあったとしても不思議ではない。
だからまずは、その中間があることを知るべきだ。
そして、自分がどの程度なら耐えられるのかを。
「……ンフォ……ール、……ッ、フル、カウル……」
ピリッと、電気の走るような音がした。気がした。
手のひらで床を掻いた緑谷くんが、必死な形相で集中し始める。この状況で抗うにはそれしかないと気づいたみたいだ。
彼の意識は潜っていく。深く、深く、個性の中心を掴むまで。
焦点は合っていないが、その強い光を宿した目はただ一点を見つめている。見つめているのは床ではなく、きっと彼自身の中にある個性の光だろう。
弾けるような強い力が彼の全身を巡り、やがて、一際眩く光ったような気配がした。
そして、緑谷くんは苦しげな呻きを上げながらも、その顔を僅かに上向かせたのだった。
「んふ、及第点にはもう少しだよ。それともこれが限界だったりするのかな……? うーん、そうだな。負荷が大きすぎるようなら、少し緩めて――」
「好き勝手、しやがって、このクソッタレがァァッッ!!!」
「!」
どうにも苦労しているようである緑谷くんを見かねて、押さえつけていた重圧を少し緩めたその瞬間。
隣で盛大な爆発音が鳴り響いたかと思えば、私の眼前に篭手に包まれた拳が勢いよく迫っていた。
「おっと、君か!素晴らしい!」
咄嗟に手を翳して拳を受け止めた。
パンッと高い音が鳴る。
爆豪くんは赤い瞳に怒りを滾らせて私を睨みつけている。死力を尽くして足掻き続けた結果、彼もまた個性を使って重力に抗うことを思いついたということだろう。
爆発をバネにして飛び起きパンチを繰り出したはいいものの、未だ重圧に抗い続ける彼の膝は、今も僅かに笑っている。
受け止めた手のひらと、殴りつけた拳、互いに強すぎる力のせめぎ合いとなり、触れたところがギチギチと細かく震えるのが分かった。
違う。私は押さえているだけだ。震えているのは爆豪くんの腕の方。
それでも、この重圧の中で反撃に打って出たことは、賞賛に値すると言えるだろう。言うなれば何十キロもの重りを全身に装着しているのと変わらない状況なのに、それでも個性をフルに活用して飛び上がり、あまつさえ私に殴りかかる、その凄まじい才気と気の強さ。
「あは!骨は折れていないね?素晴らしい。よほど上手く個性を使ったんだね。今まで見てきた中でも、才能だけで言えば君は随一だな。これだから雄英は面白い!」
「ゴチャゴチャうるせえッ!このッ、イカレクソ傲慢女がァ……!」
「ふふ、随分な言い草だな。でもちょっともう時間も無さそうだし、君の個性は今度またじっくり見せてもらうことにしよう」
「ほざけ――」
私は無造作に手を振った。ゴオッと重力場が獰猛な唸りを上げて、爆豪くんは為す術なく身体ごと引き剥がされて廊下を吹っ飛んでゆく。
色素の薄い髪が落下するときのように靡き、最後まで私に一撃を入れようと藻掻く腕がこちらに向かって伸ばされたけれど、それもすぐに廊下の奥へと吹き飛んだ。
「緑谷くんも……お。身体を起こせたの。すごいね、やっぱり子どもは成長が凄まじいな」
「し、がら、き、さん……ッ」
「ちなみに次のステップは、その重圧の中で動いてみることだよ。思うに、それが今の君の出力の限界なわけでしょう?それくらいの力を出し続けながら動けるようになる必要があるわけだ。感覚に慣れるといい」
そうは言いながら、私は爆豪くんを吹き飛ばした右手を上方に向けた。
「けれど、それはまた次回ということにしよう。そろそろ君のお仲間が核に辿り着いてしまう頃だからね。わたし、勝てる試合で負けるのは嫌なんだ。特に最近は何だか二位ばっかり取っているわけだし」
さあ、吹き飛べ。
私の右手から見えない重圧の衝撃波が放たれて、ビルを上下に貫いた。轟音を立てて上方へと崩れ上がった瓦礫はそのまま天空へと吸い込まれるように吹き飛んでいく。
緑谷くんはそれを見て、はっと息を呑んだようだった。
吸い込まれそうなほどに見開かれた大きな双眸が、巨大な穴の空いた上を見、それから爆豪くんの吹っ飛んでいった廊下を見て、その視線は最後にまっすぐ私へと据えられる。
きっと止めようとしたのだろう。
彼は一歩を踏み出そうとして、しかし足を上手く上げることができず、そのまま崩れ落ちるように転倒する。指の先が震えを帯びながら、前に進みたがるように僅かに床を掻いた。
私はそんな緑谷くんを置いて天井の穴を見上げ、トッと勢いよく地を蹴る。
重力は私を阻むことができない。
床を強く踏み切った足はそのまま私の身体を最上階までまっすぐ運び、まるでそうあるのが正しいかのように天空とビルの境界に浮遊した。
次手を迷うことなく、私はそのまま躊躇なく右手を真横に薙ぎ払う。
その瞬間、轟音とともビルの最上階の天井部分が捲れ上がるように丸ごと引き剥がされて砕け散る。
それは、見えない巨人の振るう透明なバットが思い切り振り切られて建物の上部だけを打ち据えた様子に似ていた。あるいは強い風圧が上方だけを横ざまに吹き飛ばしたみたいに、瓦礫と化した天井部分が花火のようにいくつもの横向きの放物線を描いて飛散する。
吹き飛んだ大小多々の破片が、隕石のように飛び散って次々と街中に落下する音が聞こえた。
上部崩落に伴う地響きの中、私は綺麗に天井がなくなったおかげで見通しの良くなったビル最上階を、上空からぐるりと見渡した。
「なっ……死柄木さん!?」
「あは、見つけた」
核の部屋の入口付近に、女の子が呆然として、突如消え去った天井を見上げているのを見つけた。ボール投げで無限の記録を出していた子だ。あちこちが丸っこいフォルムのコスチュームを着ている。
彼女の名前は、たしか麗日お茶子ちゃん。
結構危ないところだったらしい。
あと十秒ほど遅れていたら、そのまま核を回収されてむざむざと負けを晒していたというわけだ。
しかし、まだ勝敗は決していないという事実の前では、そんなことは些細なことである。セーフというやつだ。
呆気に取られた顔で上空の私を見上げていた麗日ちゃんは、すぐにはっとした顔になって、飛びつくようにして核へと駆け出した。
状況に混乱し続けるよりも、核の確保を優先したのだろう。この状況下で彼女が取れる選択肢としては最善手だ。この思い切りの良さは素晴らしい。
けれど、そう易々と勝ちを譲ってあげられるほど、私は甘くない。
天を蹴るようにして斜めに落下した。
空気を切って急降下、床に激突する直前で身をひるがえして麗日ちゃんの前に立ち塞がる。
突如現れた私に、麗日ちゃんがぎょっとした顔をして踏みとどまった。
三十センチほど浮遊したまま立ちはだかる私の影が長く落ちて、麗日ちゃんの顔を陰にする。天井のなくなった最上階には、明るい陽光が差している。
無慈悲に吹き飛ばすために右手を掲げた。
その指越しに、刹那、視線が合う。
* * *
白銀の豊かな長髪がひるがえって靡くのを見たとき、麗日お茶子は、なんて完璧なひとだろうと思った。
死柄木那由多、重力を操作する個性を持つ女の子。
重力系の凄い個性の子がいることは聞いていた。入試のとき、実技試験で演習場ごと全部のポイントを押し潰して塵に変えた、とんでもない女の子がいると。
今、相対して肌で知った。
触れたものをただ無重力にする自分の個性と比べても、何倍も強くて、派手で、応用性も有用性も段違い。格も技術も数段上だ。自分が六等星であるなら、彼女は燦然と輝く一等星。
そりゃ個性把握テストのボール投げでは、お茶子の方が上の記録を出していた。――けれど、この景色を見て、自分が上だなんて胸を張って言えるわけがない。
圧倒的な個性の力で剥がされて吹き飛ばされた天井から、煌めく太陽光が差している。
あちこちの壁に罅が入り、古いビルは見るも無惨な姿に変わっていた。
これがただ一人の少女の手によって生み出された景色なのだと聞いて、信じられる人がどれだけいるだろうか。
乾いた喉が独りでに唾を嚥下して、全身が強ばっていることに気がつく。
立ちすくむことしかできないお茶子の前、差し込む太陽光のその後光を背負った彼女は、ゆっくりとその右手を掲げた。
同じ重力系の個性を持つ同級生。
それなのに、その差はこんなにも大きい。
瞬間、強い衝撃がお茶子の全身を襲う。覚えのある浮遊感と、前方へと過ぎてゆく周囲の景色。グンっと後方に引っ張られる感覚に、吹き飛ばされたのだと頭で理解した。
「う、ぐっ……!」
陳腐な言葉だろうけど、まるで神のような女の子だと思った。
この世界は個性が第一だ。凄い個性は持て囃され、弱い個性は埋没する。お茶子たちが目指しているヒーローだって、いや、ヒーローなんて最たるものだ。誰にも真似できない圧倒的な超パワーを持つオールマイト、何だって焼き尽くしてしまえるエンデヴァー、何千もの羽根を自在に操るホークスに、多種多様な繊維を意のままにするベストジーニスト。
華々しい個性を持つヒーローを見れば、枚挙に暇がない。
そんな世界を、私たちは目指している。
自分の個性が優れていると思ったことはなかった。
人の喜ぶ姿が好きだから、両親に背中を押され、人を助けたいと思ってヒーローを志した。けれど自分の個性が――物を浮かす個性が、あの華々しいヒーローたちの隣に並んでいる想像は、ずっと、今まで、一度だって、できたことはなかった。
――これは……分かっとったけど、明らかに私の上位互換……!
超えるべき壁だ。嫌でも実力差を思い知らされる。
グッと踵を床につけて、どうにか吹き飛ばされる勢いを殺そうとした。後方の壁が迫ってくる。
「一等星にはっ、なれんくとも……!」
唇を噛んだ。嫉妬してしまうのは仕方ない。こんなに凄い個性なのだ。耳にするよりも、目で見た実物の方が何倍だって凄い。
同じクラスで、同じ重力系で、きっとこれからも比べてしまうだろう。でも、それでも、自分から叶わないと切り捨ててしまうことはしたくなかった。折れたくない、追いつきたい。入学早々、こんなに高い壁を見せられて、それでも私はヒーローになるんだと、そう、決意を抱きしめて走り始めたい。
エンデヴァーを仰ぐ炎系のヒーローは、オールマイトを仰ぐパワー系のヒーローは。みんな、こんな気持ちなのだろうか。
「私、だって!負けたくない……!」
だから。
「――行けっ!!飯田くん!!」
全力で叫ぶ。背中が壁に叩きつけられる。肺が圧迫されて息が止まる。
死柄木さんの、長くて綺麗な白銀の髪が、ざあっと靡いて振り返ったのが見えた。
重力を支配する彼女の、その向こう。
ガラスの砕け散って開いた窓から、エンジンを吹かせた飯田くんが飛び込んでくる。
そして、彼は。
まっすぐに、その手を核へと伸ばした。