彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》   作:狐ヶ崎

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第四話「ひよこ、挑む」

 

 麗日ちゃんを吹き飛ばし、彼女が抗うこともできずに核から引き離されてゆくのを見ている隙間に、私は少しだけ思考した。

 

 残り時間はもう少ないだろう。

 ヴィラン役の勝利条件は、制限時間が来るまで核を奪われずにいること、あるいはヒーロー役の相手チームを全員確保すること。今から確保に回ってもいいが、そうなると一階にいる緑谷くんのところまで行かなければならない。それは少し面倒だ。

 

 ただ、無力化という面では、麗日ちゃんを確保しておくのは悪くないと言える。勢いに任せてポーンと遠ざけてしまったが、その場で重圧で押さえつけて確保テープを巻くのが最善だったかもしれない。

 

 などと、余計なことを考えていたのが、一瞬の気の緩みを許したのだろう。

 重力ですっ飛んでいった麗日ちゃんが壁に激突する直前、彼女は横向きの落下のさなか、声を振り絞って強く叫んだ。

 

 

「――行けっ!!飯田くん!!」

 

 

 同時刻、背後でけたたましいエンジンの音が響く。低く、高らかな音を鳴らして。

 

 ああ、忘れていた。

 そういえば相手チームは三人なのだっけ。

 

 振り返ると、ガラスのなくなった窓から男の子が凄まじい勢いで突入してくるところだった。

 核は窓側に置いてある。窓から飛び込んで手を伸ばせば、すぐに届いてしまう距離だ。

 大きく伸ばされた彼のその指が、寸で核へと触れそうになり。

 

「――、えっ」

 

 咄嗟に重力で吹き飛ばそうとして、しかし彼の――飯田くんの飛び込んでくるその勢いは衰えなかった。

 思わぬことに虚を突かれる私の目の前で、ひときわ強く、飯田くんの脚のエンジンが唸りを上げる。

 重力に抗っている? そんなはずはない!確実に吹き飛ばしたはずだ、咄嗟のことだったから重圧の加減も甘い、人が抗えるほど弱くはないはず!

 

「死柄木くん!」

 

 飯田くんが叫ぶ。

 

「君の個性は重力を操るというもの……けれど今の俺は!無重力だ!」

「麗日ちゃんの個性か……!」

 

 脳裏に過ぎるのはあのボール投げだ。

 麗日ちゃんの記録は無限、空の彼方へ浮いたまま消えてゆくボール、つまり――彼女の個性は重力の無効化!

 

 なんてことだろう。今、造作もなく吹っ飛ばした少女の個性が、私の重力操作(これ)の天敵だったなんて!

 

 

 飯田くんの指先が強く伸びる。

 もう届いてしまう距離だ。まずい。引き離さなくては。飯田くんは重力操作ではコントロールできない。

 

 だが、そうであるなら。

 

「うおっ!」

 

 左手を強く引いた。加減も何もなく放たれた個性が、個性の効かない飯田くんではなく、()を思い切り引き寄せる。

 ビシ、と圧に耐えられず、核に罅が入る。

 刹那のことだった。

 飯田くんの指はぎりぎり届かず、爪先が宙を掻く。吸い寄せた核が開いたままの左手に衝突し、ドッと強い衝撃が走った。

 

 核の確保はされていない。

 

「届かなかったか……!」

 

 悔しげな声がフルフェイスヘルメットの中からくぐもって聞こえる。

 私は左手に核を触れさせたまま、トンと後退し、空中に僅かばかり浮いた格好で息を吐いた。

 

 久しぶりに焦りを感じた。

 ここまで大掛かりなものはなかったが、個性を使ってやるゲームは施設にいたときにもたくさんやった。子どもが個性を使うのに慣れるには、それが一番手っ取り早かったからだ。

 施設には多種多様な個性たちがいた。けれど、私は強かったから、重力操作(これ)でいつも危なげなく勝ってきた。

 

 私に勝てる者なんていなかった。

 ここも同じようなものかと思っていたけれど、認識を改めなくてはならないようだ。

 

「ふふふ、よく分かったよ。わたしのミスだな。子ども相手にも慢心をしてはいけないってことだね」

 

 ここは雄英、将来のトップヒーローの学び舎である。

 下手に軽視するのは侮蔑というものだ。みな素晴らしい個性の卵。私に届く可能性は全員充分にある。

 

 そうして掠めた焦りが過ぎれば、次に湧き上がってくるのは満足感だった。

 

「先程の連携、あれは麗日ちゃんが囮になって意表を突いたってことなのかな。彼女の個性が重力系ということはわたしにもバレている、だから一度麗日ちゃん本人がわたしに吹っ飛ばされて、その個性が脅威でないということを印象づける。そのうえで、当の個性を緑谷くんではなく、飯田くんに付与しておく、というのも見事だったね。彼のエンジンは無重力下でも推進力になる。だから、わたしの重力操作の影響を受けずに、自由に動くことができる……ああ、緑谷くんは元々爆豪くんの足止め役で、君たちが二人がかりでわたしから核を奪う予定だったのかな。どうやら緑谷くんと爆豪くんの間には並々ならぬ因縁があるようだし、爆豪くんが緑谷くんのところにまっすぐ向かうことを読んでいたのなら、ある程度道筋も立てられるというものだ。だから、そう、麗日ちゃんがわたしの相手をしている間に、その背後から飯田くんが速攻を仕掛ける。そういう作戦だったと――ん?」

 

 ズン、と、やおら建物が震えた気がした。

 私の足は床についてないから、正確にはどのくらいの揺れだったかは分からない。けれどこれが勘違いでないことは確かだ。

 

「揺れたね。緑谷くんと爆豪くんかな」

 

 二人とも派手な個性である。

 私に軽く遊ばれて多少のダメージを受けているとはいえ、全力を出してぶつかったなら、建物を揺らすほどの衝撃にもなるだろう。

 

「そろそろ制限時間が来ると思うんだけど――」

 

「飯田くんっ!」

「ああ!」

 

 私が下を見下ろした瞬間、先程のように麗日ちゃんの鋭い声が飛んだ。反射的に顔を上げ、飯田くんの方へと目を向ける。

 彼は動かない。動かないどころか、少し後方へと後退し……。

 

「んっ?」

 

 突如、凄まじい音がして、私の真下の床が爆発した。

 粉々に砕け散った瓦礫がその勢いのままぶち上がり、私を巻き込んで爆風とともに上方へと噴き出す。襲い来る瓦礫が流星のように私の身体に衝撃を叩きつけてくる。ゴオッと風圧が耳を揺さぶった。

 

 反射的に、全方向へ向けて個性を発動する。

 バツンと激発したような音がして、周囲の瓦礫がすべて四方へと弾け飛んだ。視線を刺した真下には一階から続く大きな穴があいている。

 そのいくつもの床の穴を通して見た下に、小さく緑谷くんと爆豪くんの姿が見えた。

 

 まさか、撃ち抜いたのか。一階から最上階までを。私と同じように。

 

 

「隙ッ!奪わせてもらうぞッ!」

 

 ギュルッとエンジンの唸る音がする。飯田くんが急加速をかけて、核を目掛けて突っ込んでくる。凄まじいスピードだ。この速さだと逃げられない。あまりに自身に強い重力をかけすぎると、私の身体の方が保たないからだ。

 

 だから私は、咄嗟の判断で足を出した。

 

 突き出した左足は、凄まじい速さで突っ込んでくる飯田くんのフルフェイスヘルメットにちょうど直角にぶち当たり、そのまま私の身体を後方へと吹き飛ばす。

 メキャ、と骨の折れる音が響いた。左足の脛と足首が衝撃をモロに受けて捻じ曲がったのが見える。

 吹き飛ばされるまま、備えて身体を丸めた。核は左手に吸いつかせたままだ。衝撃を個性で和らげるが、完全に殺し切ることはできず、私は壁へと背中から叩きつけられる。

 

 朦々と上がる土煙を、一気に個性で振り払う。

 壁に叩きつけられた格好のまま、私は周囲を睥睨して。

 

 

『そこまで!訓練終〜了〜ッ!』

 

 

 耳元のオールマイトの声で、力を抜いた。

 

 

「死柄木くん!大丈夫か!」

 

 麗日ちゃんに個性を解除されたらしい飯田くんがこちらに駆け寄ってくるのが見える。

 ゴロンと横向きに転げた核から手を離し、私は息を吐いた。

 

 差し出される手を微笑んで制し、自力で立ち上がる。

 ヴィランチームの勝利を告げるオールマイトの声を聞きながら、私は簡単に服の埃汚れを払った。

 

「怪我はないか!?あんな勢いでぶつかったんだ、早くリカバリーガールのところへ……」

「ああ、大丈夫。()()()()()()()()。心配してくれてありがとう。君こそ頭を打ったりは?」

「僕も大丈夫だ。ヒーロースーツが衝撃を緩和してくれた」

「麗日ちゃんは」

「彼女も無事だ。緑谷くんが気になると言って、先に下に降りていったよ」

「それは良かった。それじゃ、わたしたちも降りよう。講評があるからね」

 

 そう言って数歩歩いてから、私はぽっかりとあいた天井から覗く空を見た。

 

「そうだな……君さえよければショートカットしようか。スカイダイビングはお好きかな?」

 

 

 

 飯田くんとともに天井の穴から下に降りた。

 飯田くんはどうやら絶叫系が苦手なタイプだったらしく、下に着いてからうんともすんとも言わなくなってしまった。返事を聞いてから降りればよかったかな。可哀想なことをした。

 

 地下の分析室には、あちこちに擦り傷を作った麗日ちゃんと、機嫌最悪で仏頂面の爆豪くんが既に到着しており、並んで講評を待っている。

 緑谷くんはどうやらビルをぶち抜いた際に反動で骨折してしまったらしく、一足先にリカバリーガールの元へと送られたらしい。

 

 私たちが揃ったのを確認して、オールマイトが咳払いした。

 

「さあ講評だが、まず!今回の戦闘訓練は両チームとも敗北扱いでもおかしくない一戦だった。何故だか分かるかな?」

「核のハリボテが壊れてしまっているから、ですわね」

「正解だ、八百万少女」

 

 重々しく頷いたオールマイトは、ぐるりと私たちを見回した。

 

「ヒーローチーム。死柄木少女の個性を分析し、それに対応する形で飯田少年が窓という死角から急襲したのは悪くない作戦だった!それにすぐさま反応した死柄木少女も実にグッドだ。だが、途中からハリボテが核であることを忘れているような行動がチーム双方ともに見受けられたね」

 

 オールマイトの目が私に止まった気がした。

 まあハリボテに罅を入れたのは私だし、壊さないようにしようなんて心がけは今思い返してみても一ミリたりとも無かったように思うので妥当な指摘だろう。最終的には、なんだか上の方がひしゃげて小さくない穴も空いていたような気がする。

 

「そのうえ爆豪さんは、見る限り私怨丸出しの独断専行。途中で仲間割れを起こしてしまったことも良くありませんでしたわね。死柄木さんも、先程先生がおっしゃったように核への扱いが雑すぎましたわ。飯田さんも二擊目は勢いがありすぎて、あれでは核を傷つけてしまいます。緑谷さんも同様ですわ。大規模攻撃は核を巻き込んでしまう恐れがあるということを念頭に置きながら行動しなくては」

「うむ、大体その通りだね!」

 

 簡潔に言い述べて息を吐いた八百万ちゃんに、全部言われてしまったな……みたいな顔をしたオールマイトがグッと親指を立てる。

 

 なかなか厳しい講評を受けている初戦組を横目で窺えば、真剣な顔をした麗日ちゃんは拳を握り、その横ではヘルメットを脱いだ飯田くんが実に神妙な顔で頷いていた。

 そのさらに向こう、爆豪くんは感情の抜け落ちたかのような真顔でじっと床を見据えている。触れれば切れてしまいそうなほどひりついた気配は、紛うことなく私が去ったあとに緑谷くんとの間で何かがあったのだということが窺えた。

 

 やっぱり彼の言った殺すっていうのも、あながち冗談じゃなかったんじゃないかって、私は思うのだけれども。

 

 どんな事情があるのかは知らなかった。

 しかし、彼のその静かに煮え滾る雰囲気は、残りのチームが次々と対戦を終えて解散となった時になっても、ふつふつと怒りを燻らせながらも揺らぐことはなかった。

 

 こうして初日のヒーロー基礎学が終わり、私たちは初回の戦闘訓練を終えたのだった。

 

 

 

 

「あ、おーい死柄木!こっち来て反省会しようぜ!」

 

 相澤先生が怠そうに締めた帰りのホームルームが終わり、帰ろうと鞄を手にしたところで声をかけられた。

 声のした方を見ると、上鳴くんが私をちょいちょいと手招いている。周囲には何人かのクラスメイトが集まっており、思い思いの場所に座りながら談笑をしているようだ。

 

「反省会?」

「そそそ。今日の戦闘訓練のね。初めての訓練だったわけだし、あーほら、雄英生らしく〜みたいな?」

「おい上鳴、アイツはそんなの必要ねーだろ……轟枠だよ、俺らレベルの反省点なんてねえって……」

「いや、ぜひ参加させてもらおうかな。わたし自身、結構反省するところも多かったんだ」

「ひえっ」

 

 口元に微笑みを浮かべながらも、ちらりと麗日ちゃんに目をやると、輪の中でニコニコしていた彼女は途端びくりと体を跳ねさせた。

 

「あー麗日の個性な!二人とも重力系って聞いてたから、これは競合しちまうやつかな〜とか思ってたけどよ、まさか麗日があの死柄木の弱点になるとは思わなかったよなぁ」

「麗日は相手を無重力にしてー、死柄木は重力を操るんだっけ?カッコイイよねえ!空、飛べるし!」

 

 適当な椅子を引き、腰掛ける。ワイワイと口々に思ったことを言うクラスメイトたちに、思わず笑みが零れた。

 

「ふふ、でもこの個性はね、結構頭が疲れるんだ。物を動かすにしても自分を浮かせるにしても、ずっと緻密にコントロールをしていないといけないし」

「へえ……思ってたより大変なんだな」

()()()()……?」

 

 感心したような顔で頷く砂藤くんの隣で、麗日ちゃんがぼそりと小さく呟いて首を傾げる。

 おっと。失言だったかもしれない。

 私をちらりと窺った怪訝そうな視線は、きっと彼女の心に小さく起こった違和感のさざ波の現れだったかもしれなかったけれど、しかしそれも上鳴くんが身を大きく乗り出したことに気を取られたのか霧散してしまったようだ。

 

 彼女が言いたかったことは分かっている。

 きっと――そう、まるで個性が複数あるみたいな言い草だ、と。

 

「いやー、でもマジで強い個性の奴ばっかだよな〜!轟といい死柄木といい爆豪といいさ、俺も頑張んねーとなって気分になるよ」

「分かるぜ!すげェのを見せられっと燃え上がっちまうのが漢ってもんよ!何せ、もう少しすれば雄英名物……」

「体育祭!だからね!」

 

 赤髪の男子が拳同士を打ち付けるその横から、元気いっぱいの女の子が拳を突き上げながら言葉を引き継いだ。『硬化』の切島くんと、『酸』の芦戸ちゃんだったかな。

 そしてそのさらに隣で重々しく首肯したのが、黒い鳥頭と嘴を持つ常闇くんである。

 

「然り。強者とは倒さねばならぬもの」

「おっ。良いこと言うじゃん!」

「せっかく雄英入れたんだからさ、イイ感じを目指したいよね……☆」

「そうね、私も体育祭は毎年テレビで見ているけれど、最終的には自分の力で勝ち抜かないといけないのはいつだって変わらないわ。ケロ」

「自分の力で、か〜。つまり……打倒!轟!爆豪!死柄木〜!ってことだね!」

 

 微笑ましいやり取りをにこにこ見守っていたら唐突に流れ弾が来た。芦戸ちゃんにビシッと指をさされて、苦笑する。

 

「んふ、頑張ってね。わたしもそう簡単には打倒されてやる気はないよ」

「むむむ〜!」

「まあまあ。でも今回の戦闘訓練さ、結構反省点も見えたと思うんだ。初めてってこともあって、ウチも思ったように動けなかったし」

「あーそれな、俺も俺も。いざ人に個性を向けてみる〜ってなるとさ、結構躊躇しちまうよな」

「でもそういうところは、轟くんたちにはなかったよね」

「何せアイツは氷結で一撃!だもんなあ」

 

 聞きながら、なるほど、と思う。

 

 ヒーロー志望の雄英生といっても、入学したての一年生なのだから対人経験は少なくて当たり前だ。特に芦戸ちゃんや上鳴くんのような強力な個性を持つ者は、人に向けること自体が初めての経験だろう。

 

 一番良いのは適当なヴィランと会敵して、一度命の危機に晒されてみることだが、外部と関わる機会のないうちはそれも難しい。そもそもが戦闘訓練自体、将来ヴィランとの対人戦をスムーズに行うための予行演習なのだから当然だ。

 

 とはいえ爆豪くんと緑谷くんは躊躇の欠片もなく殴り合いをしていたようだったけれど。

 

「そういやあの訓練で良かったといえば、なんと言っても緑谷だよな!あの爆豪と個性なしで正面からの殴り合い!」

「あれ凄かったよね。最初は死柄木さんに潰されてたけど」

「それでも爆豪って入試一位だぜ?しかも、ようやく個性使ったと思ったらビルぶち抜いて最上階の死柄木に直接攻撃」

「ああ、あれはわたしもびっくりしたな。飯田くんにひやりとさせられたばかりだったからね。彼ばかりに集中していて、まさか足元からなんて思いもしなかった」

 

 緑谷くんのあの一撃の素晴らしいところは、不意をついたタイミングだけじゃない。その威力も充分だった。

 その分反動が強くて、いちいち骨折してしまうらしいことが玉に瑕だが、やはり私の目に狂いはなかったということだろう。

 

 私が個性で負荷をかけたときも、すぐにとはいかないものの、ギリギリどうにか個性で身を起こすことができていた。あの時は特に怪我などもしていなかったはずだから、つまり起き上がるだけとはいえ微細な出力に成功したということだ。

 

 この事実だけで確信を持って言える。

 緑谷くん、彼は確実にとんでもない化け物になるだろう。それも、きっとそう遠くないうちに。

 

「やっぱり楽しみだな……」

「なになに?体育祭のこと?」

 

 それは別に、とは言わず、微笑むだけで通しておいた。

 

 

 それにしても、入試一位は爆豪くんだったのか。へえ、なるほど。別に気にしているわけではないけれど、一体どのくらいの差だったのかな。他の受験生に怪我をさせてしまうと救助ポイントとかいうのが大幅に減点になってしまうことが分かった以上、もう一度あの試験をやれば堂々一位を獲得するのは私ということは分かりきっているわけだが、生憎入試というものは一回しかない。

 とても残念だ。

 

「って、噂をすれば」

「おお緑谷来た!お疲れー!」

 

 教室の扉をガラリと引いて姿を見せた緑谷くん。

 彼を呼んだ切島くんの声を皮切りに、何人かがわっと席を立って彼の元へと集まった。口々に褒め称える彼らに押されるようにして、緑谷くんはタジタジになっている。

 そんな集団の横からひょいと覗き込んだ私は、元気のいい自己紹介の嵐が収まってから、緑谷くんに話しかけた。

 

「こんにちは、緑谷くん。訓練ぶりだね。怪我は大丈夫?」

「わわ……あっ、死柄木さん!」

「怪我?……あれ、本当だ!デクくん、怪我、治してもらえなかったの?」

「あ、いやこれは僕の体力のアレで……」

「ああそうか、リカバリーガールの個性だと本人の体力を消耗させるからね。体力が回復してから治してもらうといい。骨折以外に不調は?」

「ああ、それは大丈夫!それよりあの、かっちゃんって……」

「爆豪くん?」

 

 麗日ちゃんが扉を指さすのと同時に、緑谷くんは礼もそこそこに身をひるがえして駆け出していった。

 

 たった今帰ってきたばかりだと言うのに、どうやら爆豪くんを追いかけていったらしい。

 バタバタと足音が遠ざかっていくのを聞きながら、忙しないなと苦笑する。麗日ちゃんも同じことを思ったようで、「男の因縁……」なんてことを呟いていた。

 

「えー、そんじゃあ強くなるにはどうしたらいいんだ?轟や死柄木を倒すっつったって、イメージすらできねえよぉ〜」

「まあ、まずはやっぱり基礎体力じゃねえか?筋トレとか、ランニングとか」

「地道な努力ってやつね。ケロ」

「やっぱ必殺技でしょー!一番のキモは個性だって!」

「うーん……あ、なあ死柄木!お前はどう思う?いや、お前を倒す話をしてるのに、お前に聞くのはカッコ悪ぃけど」

「ん。強くなるためにはどうしたらいいか、って話かな?」

 

 声をかけられ、軽く振り向いた私に視線が集まって、それが大真面目な顔で一斉にこくこくと頷いた。それがなんだか雛鳥の詰まった巣を上から眺めたときみたいで、少しだけ微笑ましく思えてしまう。

 私の答えを待つ彼らが揃って真剣な顔をするものだから、私も、強くなる方法というなかなか難しい問いかけを素直に思考してみる。

 

 ヒーローが社会で大きな役割を果たすようになってからというもの、『強くなる』というのは、人々の間でもわりとメジャーな願望になった。頭が良くなりたいとか、身長を伸ばしたいとか、そういったものと同列で語られるようになった。

 だからこそ、色々な方法が考案されて、色々な方法が否定されてきたわけだけども。多分、彼らが望んでいる答えは、真っ当で、合法で、将来図がしっかりと描けるような強さだろう。

 そして、それは雄英での生活の中で長期的に身につけていくものだ。

 

 うーん。そうなると何があるかな。私が考案できるもので、合法で、確実に成果が出るもの。なおかつ短期的で少しでも身になるもの。

 

 そこまで考えて、私は指を二本立てた。

 私自身はあまり努力とかそういうものが得意じゃないから、これはあくまで世間一般の話になってしまうのだけれど。そう心の中で前置いたうえで。

 

「そうだね、思いつくのは二つかな。まずひとつは、命の危機に瀕することによって、個性を急成長させること。個性は肉体と同じように成長するものだ。でもそれは本来なら時間をかけて伸ばしていくもので、短期間での急成長は基本的に有り得ない。けれど何事にも例外というものがあって、それが生命の危機的状況における急速な進化というわけだ。たまに聞くでしょう。絶体絶命のピンチに追い込まれたヒーローが、何故か個性の範疇を超えた力を出してみせるという話。まあでも、これは狙って起こせるものじゃない……というか、さすがに校内じゃ難しいね。――となると、わたしが提案できるのはもうひとつ。これは極めて単純な話だよ。圧倒的強者に叩き潰されて、自分の実力を真の意味で理解し、何が足りないのかを確固として自覚することだ」

 

 自身への理解が強さへの近道。

 理解をすれば必ずしも強くなれるわけではないけれど、まず己を知らないことには何も始まらないと思うのは本当だ。

 もちろん、強くなる方法と同じく、己を理解する方法もまたたくさんある。その中で、一番手っ取り早くて簡単なのが、一度、到底敵わないような強い力に圧倒されてみることだろう。例えば蛙が大海を見て、己の矮小さを自覚するように。

 

 そしてこのクラスには、幸運なことに私という存在がいる。

 そこまで考えて、私はぽんと手を叩いた。

 

「そうだ、確か生徒は申請を出しさえすれば練習場を自由に使えるんだったよね。もし君たちが望むなら、わたしが相手をしてあげようか」

「マジで!?」

「やりたいやりたい!」

「お前、それ……つまり自分のこと圧倒的強者って……」

 

 砂藤くんだったかな。マジかお前……みたいなちょっとドン引いた顔で見てくるものだから、肯定の意も込めて、私は笑ってみせた。

 

「あは、うん。何も間違っていないことだからね。大口は叩かないよ」

「自分で言うかよ普通!やべーなお前!」

「ぐぬぬ確かに実力差に大きな開きがあることは否定できないが……!」

「私たちだって雄英に受かる実力はあるわ。那由多ちゃんのそれは、少し傲慢と言えるのではないかしら」

「ふふ」

 

 そんな会話があったあと、じゃあ早速ということで着替えと移動を挟み、しばらく。

 

 

 

 体操服に着替えた十人ほどのクラスメイトが集まった体育館型練習場の真ん中で、私は全員に向けて、一斉にかかってきていいよ、と気負いなく言った。

 

「いやお前、さすがにそれは……」

 

 多対一の構図を提案したことに、切島くんや尾白くんが僅かな難色を示す。

 いくら死柄木那由多が強い個性を持っていると言っても、結局は同級生。フェアじゃないと言いたいのだろう。

 

 けれど彼らには申し訳ないが、今の私たちの間にはそれほどの実力差がある。

 彼等が弱いわけではない。むしろ個性だけで言えば粒揃いだ。雄英の生徒なのだから当然。というか、雄英の生徒だからこそ、私が手ずからクラスメイト育成ゲームをやろうとしているわけだけど。

 

 彼らは、いずれ天まで届くに足る卵だろう。

 ただ――今はまだ経験が足りない。個性への理解が足りていない。

 

 

 『個性』というものが運と遺伝子のマリアージュによって形作られ生まれいずるものであるというのなら、私の個性は偶然と偶然の隙間で研磨された奇跡である。そう私は自認している。

 

 私の立ち位置を俯瞰して言うならば、私は言わばレイドボスだ。

 強すぎる個性があり、やがて世界に牙を剥くかもしれないもの。

 この世界は多様性という武器を携え、個性という牙を磨いていかなければならない。全体的な個性のレベルがうまく研ぎ澄まされていかないようであるなら、私が世界を滅ぼしにかかるからだ。

 

 命の危機に晒されれば晒されるほど、個性は強く大きくなる。

 それは例えば、世界に個性が現れたことによって激化した紛争地域などで生まれた子どもの方がより強い個性を得ることが多いことからも実証されている話だ。

 

 世界にストレスを与え、今を生きる人々、そしていずれ生まれ落ちる命たちの個性の更なる成長を促す。

 そうして私は念願の、凄まじい強さの個性を持つ化け物を目にすることができるというわけだ。完璧で素晴らしいプランだ。今すぐに実行しないのは、単純に労力的に面倒くさいというだけの話である。

 別に好き好んでラスボスになりたいと思っているわけではないし。

 

「手加減なんて考えなくていいよ。大丈夫。わたしは強いから」

 

 そんな私であるわけなので、彼らが独り立ちしてヒーローになったときならいざ知らず、今のひよこの状態の彼らには全く負ける気がしない。この三倍の数がいたって勝てる気がする。

 

 腕を軽く振った私が構えれば、彼らも次々と攻撃の構えを取った。切り替えの早さは美徳だね。

 

「先手は譲ろう。どこからでもかかっておいで。どの道、わたしが負けるなんて有り得ない」

「しょうがねえ……やるぞ!お前らァ!」

「大した自信だが、すぐに撤回させてやんよッ」

「ナメてんじゃねえぜっ!」

 

 散開、包囲。各自の誇る個性を振りかざして飛び込んでくるクラスメイトたちを視界に入れて、私は静かに浮かび上がった。

 

「素晴らしいね。その意気だ。――さあ、全力でやってみせろ」

 

 

 そして。

 

 

 結果として、私の言葉は強さを以て証明された。

 

 とんと地面に足先をつけた私の周囲には、死屍累々となったクラスメイトたちが転がっている。

 地を踏み締め、優雅に腕を開いた私には掠り傷ひとつなく、私はそのままダンスでもするかのようにくるりと回りながら、転がる子どもたちを見下ろした。

 

「――わたしはね、君たちにはわたしを倒せるくらいまで強くなってほしいと思っているんだ」

 

 その言葉には誰も答えない。

 答える余裕がない、というのが正しいだろう。

 

 初めから微量の負荷をばら撒いていた。

 けれどそれだけで終わりにはしなかった。重圧の個性でねじ伏せるのは簡単だったが、それで終わってしまうのはさすがに勿体なかったからだ。

 だから行動を阻害しない程度の負荷を全員にかけながら、彼らの体力が尽きるまで、()()()()()()戦ったのだ。

 

 殴りかかってくる拳を逸らし、受け流し、受け止めながら、降り注ぐ『個性』たちの隙を突く。

 

 電撃を浴びせようとする上鳴くんが見えれば傍にいた耳郎ちゃんをわざと動線上に動かし、薙ぎ振るわれる尾白くんの尻尾を逆に蹴って推進力にした。常闇くんの懐に飛び込み、掌底。そのままくるりと身をひねり、手を伸ばしてきた麗日ちゃんの手首を弾き上げる。隙を突いて伸びてきた蛙吹ちゃんの舌を捕まえて、そのまま酸を準備していた芦戸ちゃんに向けて弾き飛ばす。……なんていう軽い運動から始まったエトセトラエトセトラで出来上がったのが、この死屍累々の山である。

 

 

「確かに、今はわたしの方が圧倒的に強いだろう。君たちと戦うにあたり、個性だって碌に使っていなかったわけだしね。でも、わたしは別に、世界で一番強いわけじゃない」

「…………」

「例えば、君たちもよく知るオールマイト、フランスのアポートル、中国のチンゾンジャオ、あるいはアメリカのスターアンドストライプ。どれも専門家たちの間でナンバーワン個性の議論が交わされる際に必ず名前が挙がる者たちだ。……君たちには、彼らを超えてほしいと思っている。だからね、そう、わたしは言うなれば通過点なんだ。到達点じゃない。わかるかな?」

「わかんねえ……」

「簡単に言いやがって〜……」

「那由多ちゃんって本当はちょっとヤバい人?」

「バカ、そんなん全員まとめて叩き潰してやるよ(意訳)って言われた時から分かってただろ」

「うちのクラスの強え奴、みんなこんなんばっかかよ……」

「失礼だな。元気が出てきたならもう一戦する?」

「しない」

 

 さすが雄英生、体力回復が早いようだ。

 元々向かってくるのをひたすら転がし続けただけだから、床に伏せるクラスメイトたちには目立つ外傷はない。単純に体力が尽きて転がっていただけだ。

 体力が戻ってくれば軽口を叩く余裕も出てくるというわけである。

 

「次はわたしも個性アリでやるから、そのつもりでね」

「いや鬼か!魔王か!」

「あはは……ていうか次もあるんやね……」

「や、でも実際ありがてえのは確かだぜ。強いヤツと戦うことが一番の鍛錬だろ。多分」

「うむ。一理ある」

「まあ自主練としては悪くないかもね、目標は死柄木さんを倒……いや一発入れるってことで」

「チキるな尾白ぉ〜〜!」

 

 揃いも揃って床に転がっているというのに随分と楽しそうだ。芦戸ちゃんがごろんと横転して尾白くんの脇腹を遠慮なしにドスドス突っつくのを眺めながら、私はくるりと手首を回した。転がっているクラスメイトを見下ろして、パンと軽く手を叩く。

 

「さて、体力が戻ったならそろそろ起き上がった方がいい。ほら」

「エッ待てよ待てよ二回戦は無理だって!死んじまうよオイラたち!」

「二回戦なんてしないよ。わたしが言いたかったのは……」

 

 言いかけている途中で、体育館の扉がガラリと開いた。

 

「何やってんだお前ら。そろそろ帰宅時間だぞ」

「……先生が来るよって、それだけだよ」

「あ、相澤せんせ〜〜!」

「先生!」

「相澤先生!」

 

 ひょいと顔を出した相澤先生に、生徒たちが歓声を上げる。

 相澤先生は煩わしそうに片目を細めたあと、ひとり立っている私と、床にたくさん落ちている生徒たちに目を留めて、心底わけが分からないみたいな顔をした。

 

「いや本当に何をやっているんだお前ら。初日だぞ。遊んでんのか?」

「ちっっがうよセンセー!自主練!してたの!」

「殴りかかってもひたすらいなされる地獄……気を抜いたら飛んでくる拳と同級生……」

「いくら顔が綺麗でもバケモノだぜコンチクショー!オイラもう何も信じられねえ」

「はあ……?」

 

 あちこちから好き勝手に呻きが飛ぶ。意味がわからんとデカデカと書いたような顔をさらに不可解そうにしかめた相澤先生に苦笑いをした切島くんが、よっと起き上がって座り直しながら経緯を口にした。

 

「今日戦闘訓練あったんで、そっから皆で反省会して、もっと強くなりてえよなって話してたんスよ。そしたら死柄木が相手してくれることになって……」

「やったーってついていったら、その結果がコレってワケ。ボコボコにされた!」

 

 切島くんの言葉を引き取って、元気よく笑った芦戸ちゃんが寝転がったまま片腕を突き上げた。尾白くんの脇腹を突っつくのはやめたらしいが、今度は柔らかな尻尾をしっかり捕まえて、ドンと頬を乗せている。

 

「ああ、ヒーロー基礎学か。さっきオールマイトから映像を貰ったよ。確かに複数人でチームになって模擬戦をやったと聞いていたが……死柄木ひとりで全員を相手したのか?お前ら……それ、下手したらイジメだぞ」

「ハァァ!?イジメられてたのはオイラたちだっつーの!」

「マジでそれ。全員で一斉にかかってったのにこのザマだもん」

「逆になんでこのザマなんだよ」

「ハハハハ、俺らが一番聞きたいやつ」

「笑うな笑うな」

「あー、とりあえず、もう帰宅時間だから着替えて帰れ。向上心があるのは良いことだが程々にな」

「うす」

「うーす」

「はあい」

 

 相澤先生の溜息混じりの声を皮切りに、転がっていたみんながそれぞれ起き上がり始める。

 首を回したり腕を伸ばしたりしている生徒たちの隙間を縫って、室内に踏み入ってきた相澤先生が私の元へと近づいてきた。

 

「死柄木」

 

 物言いたげな目が前髪の隙間から覗いている。

 前屈気味に歩むたび、重い前髪が揺れているが、視線はあまり動くことをしないのだと思った。物言いたげというか、この少しだけ充血した三白眼がこの人のデフォルトなのかもしれない。

 瞳の動きが最小限なのは個性柄だろうか。

 

「何かな。ちなみに、いじめられたりなんかしてないよ」

 

 ぱっと手を軽く広げてみせる。怪我のないことを示すためだ。そもそも私だけ立っていて、他のみんなが倒れていたことからも事の次第は分かっているはずだが、立場上確認しなければいけないんだろう。

 

 教師らしい目線でさっと私の全身を確かめた相澤先生は、軽く溜息を吐きながら後頭部を掻いた。

 

「おまえね、切磋琢磨するのはいいが……頼むから同級生を押し潰したりしてくれるなよ」

 

 当たり前だ。

 私のことをなんだと思っているんだろう。

 

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