彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》   作:狐ヶ崎

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第五話「忍耐力ゼロ」

 

 それから数日後、再びヒーロー基礎学の時間がやってきた。

 

 今回の授業は、この前やった戦闘訓練とは打って変わって救助訓練だという。

 基本的にオールマイトの受け持ちだったはずだが、今回は特例でオールマイトに加えて相澤先生ともう一人の教師が講師役をするらしい。

 

 教師が三人となると、要救護者役と、評価役と、もう一人は補佐ということだろうか。

 

 つい先日には、正面入口のセキュリティゲートが作動したのちに破壊されるという事件が起こったというし、ともすればそういった背景から来る警戒のようなものがあるのかもしれない。

 

 まあ、雄英が危機感を抱くのは無理もないだろう。

 セキュリティゲートが壊された、その事実自体は別に何も意味しない。門を壊せる個性なら多分いくらでもいるだろう。私だって壊せるだろうし、切島くんや緑谷くんにだって可能なはずだ。

 

 問題なのは、門を壊せる個性を持つ者に、「この門は壊せるのだ」という事実を与えてしまったことだ。

 ヒーローのお膝元である雄英高校、そこの門を壊そうとすること自体、犯人は明らかに危険な人間性を持っていると言わざるを得ない。そんな人間に、雄英の門は自分の力で壊せるもの、という真実を持たせてしまったこと。

 これはつまり、いつ次の破壊が起きてもおかしくはないということだからだ。

 

 先日のゲート破壊事件では、特に問題となる被害は出ていないという。

 しかし、もし次があれば今度はどうなるか分からない。

 そして、次は可能性として起こり得ると、雄英は理解させられてしまった。

 

 雄英側が警戒するのも当然の話だ。雄英が一番に守るべき宝は、他でもなくヒーローの卵である生徒たちなのだから。

 

 ――ということは、救助訓練は少し離れた演習場で行うのかな。例えば襲撃のような何かが起こったとき、安易に助けを呼べない、あるいは応援が来るまでに時間のかかる場所。雄英の敷地はあまりに広いし、遠い演習場で行う授業のみ、教師側の数を増やすというのは、そう、合理的で正しい判断だ。

 

 そう私が考えるのと同時に、相澤先生はバス移動であることを告げた。

 遠い場所、とは思っていたが、バスか。敷地内でバスを使うというのも相変わらず規格外である。

 もっとも、入試の時も演習場への移動は確かバスだったから今更な話だけれど。

 

 

「以上、準備開始」

 

 相澤先生の気だるげな締めの言葉を合図として、クラスメイトたちは一斉にコスチュームを取りに立った。その流れとは反対に、まっすぐ更衣室に向かったのは、私と緑谷くんの二名のみである。

 

「あれ、死柄木さん。コスチュームはいいの?」

「着用は自由って相澤先生も言っていたからね。わたしの個性は別に何を着たって変わらないし。そういう緑谷くんこそ、コスチュームは着ないのかな?」

「僕のは、こないだの戦闘訓練でボロボロになっちゃって……修理中なんだ」

「ああ、なるほど。まあ、雄英の体操服は素材がきちんとしているものね。修理中の代替品としては不足はないだろう」

「うん、そうだよね!伸縮性もバッチリだし、すごく軽くて動きやすい。さすが雄英!って感じだよね」

 

 更衣室はさほど教室から離れていない場所にある。

 教室から出ると途端音が遠ざかって静まり返ったように感じるが、すぐにコスチュームを確保したクラスメイトたちが追いついてくるはずだ。私も別にコスチュームを着てもよかったのだけれど、ロングドレスは救助には向かない。というか邪魔になりそうだ。

 

 先生は水難とも言っていたし、もし濡れたとして重くないのは体操服の方だろう。

 私の持つこの重力操作の個性は基本的に万能な個性ではあるものの、麗日ちゃんみたいに服だけを浮かせておくなどという器用な真似はできない。

 

「それじゃ、またあとで」

「うん!今日の訓練も頑張ろう!」

 

 緑谷くんとは更衣室の前で別れた。

 体操服への着替えなんてすぐだ。学校指定のネクタイをほどき、さっさと着替える。

 ファスナーを上まで上げ終わったところで廊下に出るのが面倒くさくなり、少し迷ってから窓を開け、私はそのままバス乗り場の方へと飛び降りた。

 

 

 重力を操り、とんとバスの前に降り立つと、先に着いていた相澤先生が少しだけ驚いたような顔をした。

 

「死柄木か……はあ、上から降ってくるのはやめろ。ちゃんと歩いてこい」

「どうして?空を飛べるなら、飛んできた方が早いし合理的だよ。相澤先生だって好きでしょう。合理的なのは」

「おまえは……、まるで白雲みたいなことを――」

 

 眉を寄せながらそう言った相澤先生が、はっとして口を噤んだ。

 不自然に途切れた言葉と、少しの空白。

 私は一度だけ瞬いた。相澤先生は失言だったとありありと書かれたような顔を、まるで苦虫を噛み潰したように顰め、短く、なんでもないと口にする。鋭い眼光にさっと何かの影が過ぎる。

 

 さながら意図しない言葉が思わず転がり出てしまったとでもいうみたいだった。

 苛立たしげに目を細めるさまを見てしまったものだから、空気が読める私は特に言及することなく流してやることにする。

 多分触れられたくない話題なのだろう。というより、触れられたくないだろうな、と思う理由を、私は既に知っている。

 

 しらくも。白雲。白雲朧。

 

 知っている名前だ。

 かつて雄英の生徒であり、優秀なヒーローの卵だった男であり、そして、不幸なことに二年のインターンのさなか、爆発事故により命を落とした。

 相澤消太の同級生。彼のクラスメイトだった男。

 

 彼が命を散らすことになった爆発事故では、およそ二十七名が死傷したという。

 その内の一人、白雲朧は、一次災害の爆発の後で、救助に当たっていた際に崩れる瓦礫から子どもを庇って亡くなった。知っている。押し潰された遺体は血だらけで、恐らく即死だっただろうこと。

 

 

 白雲朧は、私が起こした爆発事故の二次災害の被害者だ。

 

 

 そして。

 あの爆発事故の日、瓦礫に押し潰された親友の遺体よりも先に、私という幼女をいちばん最初に見つけてしまったのが、相澤消太という男なのだった。

 

 

 

 

「死柄木、おーい、練習場着いたぞ。起きろ〜」

 

 横から声をかけられて、私は目を開いた。

 視線を向けると、こちらを覗き込む上鳴くんの顔がある。

 

 バスに乗り込んですぐ、さっさと後方に陣取った私の元にやってきたのが上鳴くんだった。

 隣座ってもいいかと意気込んだように聞かれたから、構わないよと頷いたのだ。黒髪の瀬呂くんに肘で突っつかれて何やら照れていたようだったけれど、私は特に気にせず目を閉じたものだから、なんだか少しだけ悪いことをしたかもしれない。

 

 胸の辺りくらいまで中途半端に上げられた右手は私の肩を叩こうか迷ったのだろう。

 それが少し可愛らしくて、薄く笑った。

 

「寝てないよ。目を瞑ってただけ」

「マジ?」

 

 だから車内の会話は耳に入ってきていたし、ついでに言うと上鳴くんが私の横顔をじっと見ていたことも知っている。

 しかし、それは言わずに、「声をかけてくれてありがとう」と微笑んだ。

 

 

 バスから降りて目にした練習場は、外見からしてかなりの広さだった。入試の時の演習場と比較しても、多分さらに広い。

 レジャー施設か多目的ドーム並だな、と思っていたら、うわっUSJかよ!と驚きに叫ぶ声が聞こえて口元を緩めた。

 

 

「A組の皆さん、こんにちは。僕はスペースヒーロー、13号。ここはあらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です」

 

 宇宙服に似たコスチュームのヒーローが、入口付近で私たちを出迎える。

 見るに、講師役の『もう一人』が彼なのだろう。

 いや、声質からして女の人かもしれない。体のラインが分かりづらいせいで判断はしかねるけれど、唯一覗いている足首の細さは女性的だ。

 

 オールマイトの姿は未だ見えないが、相澤先生が授業を始めるように促した言葉が聞こえてきた。

 こうなると警戒とかじゃなく、単にオールマイトの都合がつかなかったから二人の追加講師がいるようにも思えてきた。雄英はもう少し危機感を持った方がいい。私が言うことではないけれど。

 

「僕の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んで塵にしてしまいます」

 

(……ブラックホール?)

 

 スペースヒーローとやらに聞き覚えはなかったが、ブラックホールという強個性の名は引っかかるものがあった。

 取るに足らない記憶はさっさと忘れるようにしている私としては珍しいことだ。強そうな個性という印象が強くてどうにも記憶に残っていたのだろうか。

 

 どこで聞いたんだったかな。あの宇宙服のようなスーツは知らないけれど、個性はたしかに見た覚えがある。ええと、そう、あれは。

 

 ――ああ、放映されていた雄英の文化祭だ。

 

 強い個性だと思って、この重力操作の個性の手本にした。

 画面の中、彼女が何度も喝采を浴びていたのを覚えている。

 すべてを吸い込む指先を軽やかに動かして、相手を引き寄せ、流れるように体術で引き倒す。興奮した実況が叫んでいた。何度も聞いた、その名前は。

 

「――黒瀬亜南か」

「しかし、簡単に人を殺せる個性です」

 

 13号は、自らの武器でもある指先を立てて言った。

 

 あの時、メダルを手に、快活に笑っていた彼女は、最終学年である三年次には体育祭の出場を棄権している。

 彼女が二年のとき、個性発動のタイミングを誤って、同級生に怪我を負わせてしまったからだ。

 それ以来、名前を聞かなくなったのは、心的外傷を負ったからだと思っていたが、どうやら話を聞くに対人戦闘ではなく救助を中心とした活動へと舵を切ったかららしい。

 

 君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない。救けるためにあるのだと、心得て帰ってくださいな。そう締めくくった彼女は、ぺこりとお辞儀をした。

 

 いたく感動したらしいクラスから、わあっと喝采が湧く。

 ヒーロー科に入れるほどの強個性の子どもたちは、自分が宿した力のその強さを感じたのと同じだけ、きっと人を傷つけてしまえる可能性があるのだと理解せざるを得なかった経験があるだろう。

 その内面下に潜在する恐れを払拭し、整え、ヒーローとしての正しい雛形に導いてゆく。教師として上手なやり方だ。

 彼女の言葉には重みがあり、それゆえに生徒たちは、自ずと背を押された気持ちになる。

 

 力は救けるためにある。

 それは多分、黒瀬自身がかつての自分にかけたかった言葉なのだ。

 

 照れくさそうに頬を掻く仕草をした13号が、相澤先生を振り返る。

 目を尊敬と希望で輝かせた生徒たちの拍手が収まるのを待って、相澤先生が一歩前に踏み出した。

 

「それじゃ、まずは――」

 

 その瞬間、空気が一変した。

 

 ゾ、と眼下の広場に黒い点が落ちる。

 まるでインクを落としたようなそれは、あまりの小ささより見間違いとも思われたが、錯覚とは言えない違和感がそれを誰しもに否応なく否定させる。

 

 最初に気がついたのは相澤先生だった。

 

 彼は異様な気配に瞬時に振り向き、黒点を認め、警戒に全身を染め上げる。

 背を強ばらせた彼は、先生らしく背後の生徒たちを振り返り、聞いたこともないような大声で警鐘を上げた。

 

 

「ひとかたまりになって動くなッ!」

 

 

 相澤先生の指が首元のゴーグルを握る。

 恐らく生徒の誰もが状況把握に戸惑ったその瞬間、針で突いたような黒点は見る間に蠢き、一気にその色を大きくした。

 

 溢れ出るのは殺気である。

 唸り、呼吸し、禍々しく、胎動する悪意の眼差し。濁流のように広がった黒靄から、不意に指がその縁を押し広げるようにして現れる。

 次に覗いたのは、おどろおどろしく広げられた手と、その指から覗くぎょろりとした瞳だった。

 

 それが敵襲であると、そう瞬時に理解したのは、きっと教師二人と、私だけだっただろう。

 

「13号!生徒を守れ!次いで外部に連絡!」

「はいッ!」

 

 鋭く叫んだ相澤先生に13号が私たちに視線を飛ばす。

 13号が何か口を開こうとしているのを見ながら、私はとんっと個性を使って緑谷くんの傍らに飛んだ。

 その横で、切島くんが伸び上がるようにして目を凝らす。

 

「なんだありゃ……また入試みたいなもう始まってるパターンか?」

「緑谷くん」

「えっ……死柄木さん?」

 

 囁きかけ、彼の腕をしっかり握る。緑谷くんの個性は失い難いものだ。万が一にでも死なせてはいけない。

 人間は案外愚かで脆く、些細な攻撃や突発的な行動によって死んでしまうこともあるから、それを防ぐための接触だった。

 もう少し雑に言うと、彼が飛び出していったりしてしまって私の守護範囲から外れるのを防ぐためだ。

 そして、私の手の届く場所なら、私の個性によって大抵の個性攻撃は遮蔽することができる。

 

「じっとしていて。わたしから離れないこと」

「おい、全員動くな!あれは」

 

 (ヴィラン)だ。

 

 ゴーグルを押し上げて装着した相澤先生が捕縛布をしならせる。

 掴んでいる緑谷くんの腕が、はっとしたように強ばるのが分かった。

 

 そう、これは雄英への襲撃だ。

 門を壊した奴と同一犯かは知らないが、少なくとも、たった今黒靄から現れ、ずるりと足を踏み入れてきた男は、愉快犯で片付けるには凶悪すぎる個性の匂いがする。

 

 踏み入ってきたと思えば上半身を揺らすように立ち止まり、得体の知れない人形のように背を俯かせた男の背後から、まるで蛆の湧くようにヴィランたちが次々と這い出してくる。

 それらを視界に入れながら、僅かに目を細めた私は小さく独りごちた。

 

「なんだか懐かしい気配がする気がするな。どうしてだろう。随分とたくさんいるけど、あの中に施設で一緒になった個性の子とかがいたりするのかな?」

 

 次から次へと、奇怪な様相のヴィランばかりがぞろぞろと湧いてくる。数が多すぎて、例え知っている個性の子がいたとしても判別がつかないだろう。

 まあそもそも、施設で一緒になったからといって私が覚えているかどうかは定かではないが。

 

 なんてことを考えていると、ヴィランたちを吐き出し終わったらしい蠢く黒靄がぞろっと収束し、それが見る間に人の形を象った。

 その隣、怠そうに一歩踏み出した主犯格らしき男は、自らの顔を掴む手首を仰向かせるようにして顔を上げた。

 

「どこだよ……ああ、オールマイト……平和の象徴……いないなんて」

 

 指と指の隙間から見える茫洋とした瞳が動き、階上にいる私たちの姿を捉える。

 

 濁りきった双眸は、きっと誰の目から見てもただ異様の一言に尽きた。

 顔を、首を、腕を、胴体を、数多の手に掴まれて、男は間延びした声を無造作に投げる。

 黒い靄がゆらりと揺れる。

 小さく息を呑んだ13号が、そして相澤先生が、深く構える。

 

 

「子どもを殺せば来るのかな?」

 

 

 それは淡々と煮詰められた悪意で満ちたような言葉だった。

 

 私は一人頷いた。

 なるほど、目的はオールマイト。私たち生徒はオマケであり、必ずしも殺したいというわけではない。

 あの靄は転移系の個性、アレと主犯らしき男以外の個性は取るに足らないもの。しかし数が数だから先生が一人で相手するには骨が折れるだろう。けれど教師がここに二人しかいない以上、13号か相澤先生、そのどちらかが敵の相手をせざるを得ない。

 即座に身構えて戦闘態勢に入っていることから、案の定と言うべきか、相澤先生が戦うのだろう。

 けれど、十中八九、全員は相手しきれない。数が多すぎるからだ。

 

 13号は生徒の保護役、しかし彼女の個性は対人においては攻撃力が高すぎる。彼女自身もそれを分かっているから、ともすれば一瞬の逡巡が後れを取る可能性もある。

 

 相手の力量次第では、隙を突かれて死者が出るな。

 けれど、ここにいる生徒も先生も、すべて私好みの強い個性だ。なるべく取り零したくはない。

 

 うーん、私が全部殺しちゃダメかな。それがいちばん手っ取り早いんだけども。

 

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。――13号、任せたぞ」

 

 悩んでいるうちに相澤先生が飛び出していってしまった。

 緑谷くんが悲愴な顔をしている。ええと、どうしようかな、ここで私があからさまに手を出すと勝手な戦闘と見なされて退学になったりするかもしれない。それは避けたいところなので、もう少し正当防衛が認められる感じの場面が欲しい。

 

 広場に捕縛布が鋭く舞う。

 低い姿勢で駆け抜ける相澤先生は布を巧みに操り、見る見るうちに片端から制圧を始めた。

 主犯格は無気力そうに佇んだまま動かない。そのドス黒さを覚えるような視線の先では、雄叫びを上げた異形型が相澤先生の眼前に立ちはだかり、しかし次の瞬間には宙を舞っていた。

 顔全体を覆う手のせいで人相の見えない主犯の男は、苛立たしそうに首筋を掻く。

 

 それにしても、相澤先生、思っていたよりもずっと強いな。

 個性が個性だから本人は後方で安全を取る補佐タイプかと思っていたが、ガンガンに前線に出るタイプか。嫌いじゃない使い方だ。

 それでも不安は不安なので、タイミングを見て視線を飛ばし、相澤先生の死角に位置する敵の手足を軽く押し潰しておく。

 

 殺さなければ多少の言い訳は効くだろうとの判断だ。

 

「さあ、皆さん、早く避難を!」

 

 切羽詰まった13号の声が生徒たちを鋭く促す。

 私も意識を戻させるような意図を持って緑谷くんの腕を引いた。

 食い入るように相澤先生の戦闘を見つめていた緑谷くんは、はっとして体を転身させた。

 

 彼らには幸運なことに、出入口は敵の出現とは反対方向、すなわち私たちの背後にある。詰めが甘いのか、それとも出入口を塞ぐ個性持ちがいるのか。

 どちらにせよ全員が固まっていると私も守りやすい。

 

 そうして相澤先生を除く全員が一団となって出入口の方へと向かいかけたとき、不意に眼前を塞ぐようにして、ぞわりと黒い靄が立ち昇った。

 

 先程も見た転移系の個性。足止め役か。

 

「させませんよ」

 

 巨大な黒靄となって立ち塞がる黒色の上方に、顔らしき模様が揺れて現れる。尾を引く光のような眼光は、僅かに目を細めて笑ったようだった。

 

「初めまして。我々は(ヴィラン)連合。この度、我々が雄英高校に入らせていただいたのは──」

 

 天啓のように読み解く。

 個性発動の前兆。

 

「平和の象徴、オールマイトに、息絶えていただきたいと思ってのことでして」

 

 靄が不気味に蠢き、瞬間的にぶわりと膨らんだ。

 刹那、同時に私も個性を行使。

 転移系は下手をすれば即死にも繋がる。退学だとか悠長なことを言っている暇もなく、カウンターより素早い反射で即座に数トンにもなる重力をぶち当てた。

 流石に重圧には抗うこともできなかったのか、ぐにゃりと靄が潰れ、黒靄の襟元の金属部が瞬間的にぐちゃぐちゃになる。

 

 それでもそれの個性発動を阻むことはできず、膨張した黒靄が一気に私たちを包み込む。

 

 散らして、嬲り、殺す。

 自らの役目はそれであると、無機質な声がそう囁いた。

 

 靄に呑まれた私の身体はまるで足を沼に取られたが如く、勢いよく暗闇へと沈む。思考。靄自体に引きずり込むような強制力はない、私だけなら逃れられる、しかしこれは全員の脱出は無理だな。

 

 そう判断した私は、緑谷くんの腕を自分がしっかりと掴んでいるのを目を走らせて確認しつつ、そのまま周囲のクラスメイトたちを無理やり自分の方へと引き寄せた。

 

 靄の中を、落下のように沈みながら考える。

 

 

 やっぱり守るのは性に合わないな。

 もう全部殺してしまおう。

 

 

 * * *

 

 

 ふっと落ちる感覚に、緑谷出久はぎょっとして目を見開いた。

 突然目の前の敵から膨れ上がった暗闇に呑み込まれ、固く目を閉じた直後のことだ。

 真っ暗になったと思っていたのに、突如床の抜けたような浮遊感に襲われて、気付けば真っ逆さまに落ちている最中だった。

 眼下には水面が広がっている。波打つ青が、見る見るうちに迫ってくる。

 

「わあああッ!」

 

 思わず悲鳴を上げたとき、がくっと全身に衝撃が走った。

 落ちる途中で何かに勢いよく引っ張られたような感覚。

 左肩が軋みを上げ、腕を掴まれていることを自覚する。

 空中で無理やり首を動かして上を見ると、冷たい美貌が前を向いて眼下を見下ろしているのが見えた。

 

「しが、らきさ……」

 

 白銀の髪が横に靡く。

 空中に浮遊したまま、彼女は緑谷には視線を向けずに、乱暴にしてごめんね、と短く言った。

 

 浮遊しているのは彼女の個性だ。

 けれど、先程までいた場所とは全く違う所にいるのは、恐らく敵の個性のせい。

 ワープの個性、オールマイトを殺すと言った、あの黒靄のものだ。あの靄に呑み込まれて、多分ここに放り出された。この、遥か上空に。

 

 じゃあ、一緒にいた皆は。

 思考が不安にざわめく。靄に呑み込まれたのは皆も同じだ。自分は彼女に掴まれていたから、落ちなかった。それじゃ、他の皆は?

 真っ先に飛び出していったかっちゃんと切島くん。目の前にいた蛙吹さんと峰田くん。その前には麗日さんや青山くん、上鳴くんたちがいた。皆は無事なのか。

 

 腕を掴まれて吊り下げられた格好で、緑谷は眼球を動かしてどうにか周囲の状況を探ろうと試みた。

 

 真下には深々と水を湛えたプールのようなものがあり、ここが水難エリアであることが窺える。

 水の中にいくつもの人影が見えてぎょっとするが、そのどれもがクラスメイトたちの姿形と一致しないことに気がついて、安心と恐怖のごちゃ混ぜになった気分になった。

 

 クラスメイトじゃないなら、あれはヴィランだ。

 

 つまり。緑谷は安堵が去ったあと、静かに血の気の引くような気持ちで考えた。――オールマイトを殺すために、あんなにヴィランがいる。

 

「何が……どうなって……」

 

 誰かの呆然と呟く声が上空から聞こえて、緑谷は慌てて首を上向けた。無理に限界まで上向けた首筋が痛んだが、緑谷ははっとした。

 自分を掴み上げる白銀の少女のさらに上、見覚えのある顔ぶれが一塊になって宙に浮いている。近くにいた蛙吹さんと峰田くんだけじゃなく、青山くんや尾白くんの姿も見えた。

 

「みんな……!良かった!」

「緑谷!」

「どうして一人だけぶら下がって……?」

 

 緑谷の上げた声に気がついた峰田くんたちが、こっちを指さして叫ぶ。

 特に怪我などなく元気そうなその声に思わず生色を得て、瞳を緩ませた緑谷は再び叫び返そうとしたが、しかし何か意味のある言葉を発する前にその口は閉じられることになった。

 

 

 死柄木那由多が空いている左手を伸ばしたのだ。

 

 

 それは、冷たく、無造作で、あるいは虫でも払うかのような仕草だった。

 

 

 前兆もなく、あまりに唐突に、ゴオッと低い音がした。

 まるで底の見えない井戸の底で濁流が出口を知らずに攪拌しているような、そんな深い不気味さに満ちた音だった。

 空中にいるはずなのに、腹の底に轟くような振動が伝わってきそうだ。

 自分の腕を掴む彼女は平然として、ただ、下を見下ろしている。

 

 何の音かは分からなかった。ただ、遥か下から聞こえてきたことだけは確かだった。

 

 一拍を置き、ぶわりと上昇気流が上空にいた全員の服や髪を揺らす。

 靡いて広がる白銀と、塩素の混じった水っぽい匂い。湿気の強い生ぬるい風が肌を滑って舞い上がってゆく。

 屋内なのに風、と疑問を走らせる間もなく、緑谷は咄嗟に下に目を戻した。

 

 そして、絶句した。

 

 水が色を深めながら渦巻いている。

 いつの間に高度を下げたのか、白く泡立つ水面がいやに近かった。違う。近づいたのではない。

 緑谷は背に冷や汗が浮かぶのを感じながらそれに気づいた。

 

 緑谷が近づいたのではない。水面が持ち上がっているのだ。

 水面と言うべきか、それとも、水の塊と言うべきか。

 

 船が浮くほどに深々と湛えられていた水は、今や形を持ったかのように丸められ、そのほとんどが、思わず絶句してしまうほどに大きな――そう、大きな水球となっている。

 そんな巨大な水の塊が、渦を巻きながら持ち上げられていた。

 鋭い水飛沫が飛び散り、青々と波打つうねりの中に気泡が押し寄せては弾ける。凄まじい音が轟いているようでいて、その回転は水の質量に呑まれたように猛々しく静かだった。

 光を反射して光る水と水の隙間に、めちゃくちゃになった影がいくつも見えた。破壊されて木っ端微塵の木の板となった船の残骸と、回転する濁流に押し潰されて、まるで錐揉みされる木の葉のように、なすすべもなくされるがままになっている人影。

 

 ヴィランたちだ、と緑谷は思った。

 水の中にいたヴィランたちだ。

 

 

 緑谷がそう思った瞬間、何の躊躇いもなく、那由多が伸ばした手のひらを握り潰した。

 

 

 泡さえも潰れて消えるほどの重圧は、凄まじいほどの水圧へと変わり、内包するすべてのものを圧殺した。

 全方位から均等に与えられた重力は、球体になった巨大な水塊を、刹那、まるで研磨された美しい硝子玉のようにした。

 

 凍りつくような暴力の沈黙。

 

 そして一瞬ののち、水球は瓦解してその透き通った輪郭を崩す。

 彼女が個性の発動を止めたのだろう。

 水塊はその瞬間、地球の理である本来の重力を取り戻し、数多の雨となって落下した。

 

 ドォン……と鉄の塊でも落としたような音が、重く、練習場を震わせる。落下の衝撃で跳ね上がった水飛沫が、高く緑谷の頬に飛んだ。

 水飛沫が再び落ちていき、それが雨の日の湖面のように果てしなく複雑な波紋を広げてゆくのを、緑谷はただ呆然として眺めていた。

 

 

 湖面には、ばらばらになった船の残骸が浮いていた。

 そして、力なく浮かぶ人のからだも。

 




 言い忘れていましたが、当作はヴィジランテと倫理観を完全に無視した作品となっております。命……はかない命……。

 評価・感想、嬉しいです。ありがとうございます。ラブ〜。
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