彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》   作:狐ヶ崎

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第六話「嬲る」

 

 放り出した水塊にはもう一瞥もくれず、私は頭上のクラスメイトたちを手早く引き寄せながら水辺の淵に降り立った。

 

 敵の排除を確認してすぐに持ち上げた水を適当に落としたからか、大波を起こした水が溢れて、辺り一面水浸しである。

 

 ずっと掴んだままだった緑谷くんを立たせるようにして下ろし、次いでクラスメイトたちを地面に戻してやる。地に足をつけた彼らは少しだけふらついたが、体調の悪そうな子はいなくて安心した。

 唯一、生憎と手が回らずに腕を鷲掴んだまま直でぶら下げることになってしまった緑谷くんの肩だけは心配だったが、どうやら痛めているとかそういうわけでもなさそうだ。顔は強ばって少しだけ青いけれど、もしかしたら彼も飯田くんみたく高所が苦手だったのかもしれない。

 

「君たちが無事でよかった。怪我はないね」

「う、うん」

「あの、那由多ちゃん、今……」

「ごめんね、話はあとだ。この辺りにはもう敵もいないだろうから、君たちは……そうだな、あそこのウォータースライダーの塔の上のところでじっとしていてほしい。高いところの方が敵の接近に気が付きやすいからね」

「死柄木さんは……どうするの?」

「他の子たちが心配だから、ぐるりと回ってみるつもりだよ。心配しなくてもわたしは強い。大抵のヴィランじゃ相手にすらならないよ」

 

 靄に呑まれる際、かなり無理に引き寄せたと思っていたが、どうやら後れを取ったらしく、六名ほどしかここにはいない。

 残りの生徒たちはまた別のところに飛ばされたのだろう。

 

 ここの水難エリアにいたヴィランたちを見るに、そこまで警戒しなければならないような強い個性持ちはいなさそうである。

 精々は足止め役としての捨て駒というところだろう。

 それでも相性如何では一方的にやられることもあるかもしれないし、相澤先生の状況も気になるところだ。

 

 すなわち、まずはぐるりと練習場内を飛んで回りつつ、ヴィランは見つけ次第圧殺する。

 私がやるべきなのはそれくらいだ。生徒が危険な状況にいれば保護し、緑谷くんたちに合流させればいいだろう。

 

 うん、やっぱり殺せばいいというのはシンプルでやりやすい。

 

 

「それじゃ、大人しくしているんだよ」

 

 返事も待たず、私は半ば呆然としたままのクラスメイトたちを置いて、地を蹴って舞い上がった。

 

 急上昇すれば練習場の全景が良く見えた。

 視線を走らせながら飛んだ先、すぐ隣にある火災ゾーンには誰の姿も見えず、ヴィランだけがうろちょろしているようだったから、遠慮なく建物ごと叩き潰す。

 山岳ゾーンでは何やら通電している鉄製の刀や紐を見境なくぶん回している上鳴くんの姿が見えたから大丈夫だろうと判断し、スピードを落とさずに通過した。続く土砂ゾーンも全面が凍りついていたから、きっと轟くんが制圧したのだろう。

 

 そうして馬鹿みたいに広い練習場を半周したところで、私は眉をしかめた。

 

 ちょうど壁になって見えなかった中央広場が、半周回ったことでようやく視界に飛び込んできたのだ。

 

 広場では依然として相澤先生が単身で多数のヴィランを相手取りながら戦っている。

 彼の周囲には戦闘不能になったヴィランが多く転がっていて、イレイザーヘッドというヒーローの制圧能力の高さが窺えた。

 全方位に神経を尖らせ、視野を広く保ち続け、好機の隙間を鋭く穿つ。縦横無尽に伸びる捕縛布を手足のように扱いながら、少しずつ敵の数を減らしていく。

 私のいる高所からでは細部こそ見えなかったが、努力と研鑽の跡が泥臭く覗く所作だった。

 

 今は一人で対応できている。しかし、その状況も長くは保たないだろう。

 動きのキレは落ちていないが、間違いなく疲労は容赦なく溜まっている。

 イレイザーヘッドの個性は目を酷使するもので、普通の人間の知覚する情報は九割が視覚によるものだ。

 そして、疲れによって情報が満足に得られなくなれば、必ず隙ができる。

 

 それは間もなく訪れた。

 イレイザーヘッドの瞬きと瞬きの隙間、その一瞬の呼吸の間に、繰り広げられる戦闘を気だるそうな佇まいで見ていたはずの主犯格の手だらけ男──彼が襲いかかるヴィランたちの隙間に紛れるようにして、不意に地を蹴ったのだ。

 

 獣のように駆けてくるその影に、相澤先生は一歩遅れて反応する。

 相澤先生も、その男だけは他の雑魚とは一線を画していることに気づいたはずだ。

 瞬時の判断で邪魔になる周囲の雑魚を手早く一掃し、できた隙間を通すように捕縛布を操って自ら接近。見切られて掴まれたそれを逆に引き寄せ、駆け抜けるそのスピードのまま、男の腹部に肘鉄を叩き込んだ。

 

 そして。

 

「まずいな。変なのが混じってた」

 

 叩きつけた相澤先生の肘からぱっと血が飛ぶ。

 その縺れ合う二人の影に、ぬっと顔を出した巨躯。

 

 闇のように黒い肌で覆われた筋肉質な体躯と、並んだ乱杭歯。

 ぎょろりと剥かれた目玉はおおよそ感情と言うべきものが見えず、人間というよりかはまるで物言わぬ機械のようだ。

 前頭部には頭蓋がなく、脳味噌が露わになっている。

 

 

 私は空中で向きを変え、急降下するようにして広場へと向かった。

 どうやら次の倒壊ゾーンは後回しにしなければならなそうだ。

 

 手だらけ男を殴りつけた相澤先生が飛び退って距離を取る。

 すかさず飛びかかってくる雑魚ヴィランの攻撃を避けつつ、出血している肘を庇いながら応戦し、彼は体勢を整え直した。

 罅割れた肘から、ばたたッと止まらない血が落ちる。

 捕縛布を握り直し、短く息を吐き、不気味に佇んだままの男の姿を瞳に捉え直して、そして。

 

 その背後から、ぬっと、黒い腕が伸びた。

 

 

 骨の折れる音がする。

 

 

 巨躯の手によって叩き伏せられた痩躯が嫌な音を立てた。

 うつ伏せに叩きつけられた顔が衝撃をもろに受け、ゴーグルが壊れて弾け飛ぶ。

 一瞬で倒れ伏したまま満身創痍となった相澤先生の右腕を掴みあげる怪物は、そのまま彼の肩を外そうと雄叫びを上げた。

 

 

「Grab」

 

 

 自由落下に近い猛スピードで接近する私は、それを視界に収めたまま、手を前に突き出し、それを勢いよく握り締めた。

 

 眼球から脳へ、脳から脊髄へ、脊髄から手のひらへ、個性発動の電流が駆け抜ける。

 刹那、手のひらに仮想の衝撃が当たる。

 

 捉えた。

 

 そう思った次の瞬間、その確信に違わず、怪物は雄叫びを上げた格好のまま、()()()()()()()()

 

 

 ミシ、と凍ったように全身を固まらせた怪物目掛けて、私は紫電の如く飛び込んだ。

 落下の勢いに任せてその頭部へと身体ごとブチ当たり、硬直したままの怪物が大きく体勢を倒したところで、相澤先生を押さえつけている巨大な腕に手のひらで触れる。

 

 ふっと息を吐き、個性を発動。

 

 バツンと()()()()()()()()、丸く穴の開いた怪物の太い腕は瞬間に力を失う。

 

 私はその隙に倒れ伏した相澤先生を掬い上げるようにして回収した。されるがままに項垂れる相澤先生の頭から、血が糸のように垂れる。

 

 意識はあるか?脈はある。全身のどこにも力は入っていない。抱え上げた身体はぐったりとして、まるで死体のようだ。

 両腕と、鼻と、そして恐らく内臓のどこかが傷ついている。反応はない。どこかで応急処置が必要だ。もし目が傷ついていたら困る。彼の個性は稀有だから。

 

「どこか離れた場所に──」

 

 とりあえず抱え上げた相澤先生ごと上空に退避しようとしたところで、瞬きひとつできないはずの怪物の感情のない目が、不意にぎょろりと動いて私を追った。

 交錯する刹那に横目で視線が合い、私は純粋な驚きで目を見張る。

 

「まさか、もう()()が」

 

 

 ドオッと強い衝撃に横殴りにされて、私は真横に吹っ飛んだ。

 怪物のものらしき拳が脇腹にめり込んで、ボキボキボキッと景気よく骨の折れる音がする。くの字に折れた身体は耐えることができず、そのまま口から血を飛び散らせたまま数十メートルほど吹き飛んだ。

 

 音すらも置き去りにする衝撃の中、どうにか相澤先生を放り投げ、重力操作の個性で上空へと追いやる。

 範囲を絞るなんて器用な真似が許される状況ではなかったため、そこら一帯を対象範囲に設定。どうやら広すぎたのか、相澤先生と一緒に、彼によって既に制圧されたヴィランたちまで天井付近へと浮遊していくのが見えた。

 

 

 ドガッ、ドゴッ、と重い音を立てながら、地面に何度も叩きつけられた末に転がって止まる。

 仰向けのまま咳をすれば、生温かい液体が喉奥から込み上げて、後ろ髪の生え際まで濡らした。

 

「なんだ?物を浮遊させる『個性』か?割って入ってきた割には、随分と雑魚個性だな……」

 

 嘲るような男の声がする。

 横たわったまま、私は大きく息を吐いた。

 素早く自身の状況を確認。

 左腕が複雑に折れている。右の上腕部にも罅。肋骨もかなりの数が損傷しているし、その破片が食い込んだのか、内臓までボロボロだ。

 血を吐いたのは、きっと肺にまで骨が刺さっているからだろう。

 

 驚いた。

 

 私自身の本来の身体の出力を敢えて制限していたとはいえ、ここまで手酷い怪我を負わされたのはいつぶりだろう。

 まるでオールマイトのような超パワーだ。

 こんなのがいるなんて、もっと世の中にアンテナを張っておくべきだったな。

 どんな個性だろう?単純な増強型か、それとも特別な何かがあるか。

 

 

 はやくみたいな。

 

 

「個性を消せるイレイザーヘッドも、この純粋なパワーにかかれば無個性も同然なんだ。手も足も出なかった」

「……」

「オールマイトだってそうなるさ。どんな個性もコイツの前では塵に等しいんだよ。対・平和の象徴──改人『脳無』」

 

 知らず、浮かべていた微笑みが急速に温度を失った。

 

 ……。改人。

 改人か。

 なるほど。純正たる人ではない、要するに人工物ってことだ。

 

 造られたもの。生み出されたもの。人の括りにない人工兵器。正しい遺伝子の螺旋で生まれ落ちたものではなく、初めからそうあるようにプログラムされた偽りの怪物。

 

 人でないのなら。自然が生み出した遺伝子の奇跡ではないのなら。

 それは、私が求めるものではない。

 

 ──ああ。なんだ、()()()損をした。

 

 落胆に心を沈ませたまま、ゆっくりとボロボロの右腕を持ち上げた。

 ここ一帯はあらかじめ『見て』いるから、『重力操作』の発動条件は満たしている。

 

 意識すれば、たちまち慣れた個性が作動して、ふわりと髪の毛がまず浮いた。

 自然の理に逆らって、私の身体も頭から次第に浮き上がる。

 そうして周囲を巻き込んで周囲に反重力場を作り出した私は、ゆっくりと起き上がった。

 

「改人……人造人間か。そんな悪趣味なことをするのは一人だね。てっきりオールマイトに殺されたのかと思っていたけれど、どうやら元気らしい」

「あ?おまえ……死んでねえのかよ」

 

 機嫌よく両手を広げて哄笑していた手だらけ男が、起き上がった私に気がついて、首を倒すようにして私を見る。

 

 死んでいないのかと聞かれても、万が一死んでいるのならこうやって喋ることもできない。

 どうして分かりきったことを聞くのだろう。確かに制服の胸元は吐いた血でべっとりと汚れているし、全身は傷だらけ。

 そもそもあの脳無とやらの拳を胴体にモロに受けたのだ。吹っ飛んだ時点で既に死んでいると思い込んでも仕方がない。

 というより、常人なら死んでいる。

 

 それでも、彼の言葉は私にとってはまるで戯言のように映った。

 それは私という人間の高慢さの現れでもあるし、自身の能力値への揺るぎない自負でもある。

 

 だから。

 私は緩やかに浮遊しながら、笑った。

 

「変なことを言うね。わたしが死ぬわけないでしょう」

 

 オールマイト。エンデヴァー。ベストジーニスト。アポートル。チンゾンジャオ。そして、スターアンドストライプ。

 いつか同級生の子どもたちに語って聞かせた、『強い個性』を持つ才人たち。そのすべてを差し置いて、私は斯く傲慢に笑うのだ。

 

 

 死ぬわけがない。こんな程度で、こんな攻撃で。

 このわたしが死ぬなんてことは有り得ない。

 そう、だって。

 

 

 わたしが、いちばん強いんだから。

 

 

 ギュル、と全身の肉が捻れ、私の身体は一瞬で再生を果たした。折れた腕も、砕けた肋骨も、ズタズタに傷ついた内臓も、瞬間的に修復が成され、私は元の健康な身体を取り戻す。

 白い肌には傷ひとつなく、痛みも違和感も、もうどこにもない。

 

 さあ、仕切り直しだ。

 

 緩く髪を掻き上げ、私は滑らかに右手をゆるりと伸べた。

 

「……()()が人間じゃないのなら、わたしが本気を出したって意味がない。人工物には興味がなくてね。申し訳ないけれど、『重力操作』と『超再生』だけで相手をしてあげよう」

「はあ……?おまえ、今」

「ちょうど調整がしたかったんだ。この『重力操作』の個性は便利だし、別に不足なんて感じていなかったんだけれどね。久々に黒瀬亜南を目にしたら、少し試したいことが出てきてしまった」

「無傷か?んなわけねーよなァ……」

 

 首筋をガリガリと掻きむしる男に、私は首を少しだけ傾けた。

 それを合図に、ふっと頭上の個性が消え失せて、相澤先生を除いたヴィランたちが一斉に落下してくる。

 

 何十ものその影で、ふっと、天が翳る。

 

 次の瞬間、人体が地に叩きつけられる重い音が連続的に響き渡り、多重に立体的な空間を彩った。

 跳ねる体、めり込んだ四肢、罅割れた地面、そして、やがて重く絹のように香ってくる血の匂い。地面に手足を投げ出して横たわるヴィランたちはもうピクリともせず、物言わぬ肉の塊と成り果てる。

 

 

 私はその光景を無遠慮に見回して、主犯の男へと目を戻した。苛立たしげに首を掻きむしる指が、その顔面を覆っている手首を掴む。

 

「なんなんだよおまえ……」

「時に、こんな話を知っているかな。重力っていうのはね、本当は存在しない力なんだ。質量のあるものが物を引き寄せるという現象を、仮に重力と呼んでいるだけに過ぎない。だからこの『個性』は、仮想質量を空間上に置いて物の動きをコントロールする、というものなんだけれど」

「気持ち悪……」

「今、新しい使い方を思いついたんだ。例えば、この任意に動かせる仮想質量の点を実在する物体に重ねた上で、強い出力で発動してみたらどうなるのかな。捻れるように圧縮されて玉になるのか。それともそれを中心として、高重力場が生まれ、もしかしたら──」

「──殺せ!脳無」

 

 唸るようにして男が吠えた。

 顔を覆う手首の指の隙間から、殺意と苛立ちに塗れた瞳がぎらぎらとして覗いている。

 彼の吐き出した言葉に反応した怪物──脳無がぎょろりと眼球を動かし、私を敵性対象として認識した。

 筋肉に覆われた重い巨躯に見合わない早さで両脚の筋が膨張、一気に飛び込んでくるらしき構えを見せる。

 

「おっと。話の途中だよ。でもそうだな、ここから先は身を以て体感してもらうとしよう」

 

 言い終わるや否や、私は個性で身体を動かした。

 

 何もない宙を蹴るようにして脳無へと突進、先程のお返しをするように胴体へと蹴りを叩き込む。

 『重力操作』で加速させた足の甲は、狙い違わずその脇腹に吸い込まれるようにして直撃し、重量のある音を響かせた。分厚い筋肉に阻まれて骨を折るまでには至らないが、その僅かに軸のブレた隙に、私は宙を掻いた脳無の右腕に目を滑らせる。

 

「……あれ。治ってるね。穴を開けたはずなのに。君も『超再生』持ちなのかな?ふふ、お揃いだ。別に嬉しくなんてないけれど」

 

 言いながらも視線を滑らせ、しっかりと目視。

 『重力操作』は、一度視認しさえすれば好きに発動できるという使い勝手のいい個性ではあるが、経過時間によって効力が落ちる。いちばん強く作用させられるのは、この目視しているそのタイミングだ。

 

 両の瞳で脳無の右腕をしっかり捉えながら、私は容赦なく一気に力を行使した。

 

 瞬間、その太い右腕が、雑巾でも絞るかのように圧縮されて断裂する。

 赤い肉と血が見えて、しかしそれはぐるりと円を描くように渦巻き、さらに奥を目指そうと暴れ回る。ぐちゃぐちゃになって輪郭の掻き消えた腕の真ん中に、引き寄せられてぐるぐる回る血肉の渦。

 

 想像していた結果が得られず、私は首を傾げた。

 

「おかしいな。出力が足りなかったかな?」

 

 個性の発動を停止すると、途端回転していた血肉は動きを止めて落下する。

 今やったように、物体の真ん中に個性発動の中心を据えるだけでは、単純な圧縮攻撃にしかならないようだ。

 

 地面に落下する血肉の塊が地を打つよりも早く飛んでくる脳無の左拳を、手のひらで弾いて受け流す。軽く触れただけなのに、まるで爆発したような衝撃がびりびりと腕ごと震わせて、私は眉を寄せた。

 

 今の僅かな接触で、手首の骨が折れたらしい。

 脳無とかいうこの改人、本当にデタラメな性能だ。

 

 手を振って骨を治す。

 目を動かし、今度は脳無の胴体をロックオン。

 

 ギュル。

 

 個性発動に合わせ、脳無の上体がぐらりと傾いだ。

 脇腹の一部分が抉れるようにして陥没し、周囲の肉がその一点を中心として引き寄せられ始めたのだ。

 右脇腹を中心に、身体全体がくの字になるように折れ曲がる体躯。しかし、それも納得のいく結果ではない。

 

「うーん、こう……上手い具合に小範囲だけに限定して人工的な高重力場を作れないものかな。黒瀬亜南が作れるんだから、わたしにもできると思うんだけど。ブラックホール」

 

 言いつつも個性を解けば、脳無がよろめきながら咆哮する。

 露わになった肉の断面が蠢き、ずるりと失われた右腕が再生した。続いて脇腹も、既に黒い皮膚に覆われて傷ひとつ見当たらない。

 

 あらためて客観視してみると、超再生を持つ人造人間というのも、いるならいるで悪くない気がしてくる。頑丈でなかなか壊れないし、何度実験してみたって文句ひとつ言ってこない。なんてことだ。最高だ。家にひとつ欲しい。

 

 これ、もらえたりしないかな。それとも壊れてしまうのが先かな。

 まあいい。次は違う部位で試してみよう。

 

 そう思って目を動かした瞬間、手だらけの男の横に黒く歪みが現れるのが視界の端に見えた。黒靄の形状から察するに、恐らくあの転移系個性のヴィランだろう。押し潰したと思っていたが、生きていたか。

 

 脳無の拳をひょいと避け、左腕目がけて『重力操作』を発動。先程よりも広い範囲がぐちゃっと潰れ、円形に揉みくちゃになる。

 まだブラックホールは生まれない。

 

 そのとき。

 

「っ、死柄木さん……?」

 

 不意に。

 息を呑むような、ささやかな緑谷くんの声が聞こえた。

 

 咄嗟にそちらに目をやれば、広場の隅に隠れるようにして、並んだ子どもの頭が覗いている。

 緑谷くん、蛙吹ちゃん、それから尾白くん。

 そのうちの一人、緑谷くんと目が合って、私は驚きで目を見張った。

 

 どうして彼らがここに。何をしに、まさか、相澤先生を助けに来たのか。ここには脳無もいる、転移系のヴィランもいる。他人を守るのなんてそもそも不得意な分野なのだ。どうしたって、守りきれない可能性が。

 

 私の気が逸れたのを感じ取ったのか、脳無が大きく口を開けた。並んだ乱杭歯がてらりと光る。

 ハッとして、噛みつきに警戒した次の瞬間、たった今受け流したばかりの腕の死角から轟速で打撃が飛んできて──私の腹をぶち抜いた。

 

「!? 死柄木さんッ!」

「嘘、那由多ちゃん……!」

 

「死柄木弔」

 

 緑谷くんたちが血相を変えて叫ぶのと、黒靄が主犯格の名を呼んだのが、きっと同時だった。

 貫いたその勢いに押されて吹き出た血が床に散る。

 無機質な眼球を動かした脳無は腕を私の腹に食い込ませたまま、私を殺そうと反対側の腕をも振り上げた。

 そのまま振り下ろし、脳天から潰す気だろう。さすがにそれを食らっては、さしもの私も生きていられるか分からない。

 

 ド、と『重力操作』を強めに発動し、脳無の巨躯を勢いよく吹き飛ばした。腹から腕が抜け、さらに多量の血が撒き散らされる。蛙吹ちゃんの悲鳴。

 

 しかし、それよりも。私は気にすべきことがあった。

 

「死柄木、弔?」

「あ……死柄木だと?」

 

 ボタボタと血を無遠慮に滴らせながら、私は手だらけ男の方へと顔を向ける。

 死柄木弔と呼ばれた男もまた、私の方を見ていた。指の隙間から覗く瞳は怪訝そうに細められている。

 随分と凶悪な顔だ。こんな悪党みたいな顔には見覚えはないが、私と同じ苗字である。何かしらの作為性を感じる。

 

「同姓か?興味ねえな……」

「わたしも、弔とかいうのは知らないな。でも、この作製者の透けて見える人造人間といい……明らかに関係ある感じだな、これ」

「はあ?」

 

 そろそろ流れ出る血が鬱陶しくなったので、ぐ、と力を入れて血を止めた。腹も穴が空いたままだと不格好だ。さっさと治してしまおう。

 

 『超再生』を意識的に行使する。潰れた内臓も早回しにされた細胞の増殖によって再形され、その上をメリメリと肉と皮膚が覆ってゆく。血と肉と神経が捻れ、再調整されて、すぐに元通りになる。

 

「は?オイ……待てよ。『超再生』……複数個性持ちか?おまえ……死柄木?まさか」

「うーん。()の血縁には見えないけどな。体格も貧弱だし、そもそもあの男が子どもなんて作るとは思えない」

「まさか『先生』の……!でもそんなこと『先生』は一言も」

「まあいいや。殺しさえしなければ何をしたって構わないでしょう。雄英なんてとこに送り込むくらいだし、そのくらいは想定してるよね」

 

 ガツンと凄まじい音が鳴る。

 私を殺すという命令を未だ忠実に遂行しようとして再び突進してきた脳無の頭骨を、私が伸ばした手のひらで受け止めたのだ。

 当然一本の腕ではその勢いは殺しきれず、衝撃で骨が次々と砕け折れる。しかし、端から『超再生』で治していけば、そんなことは無問題だ。

 

「んふ、今ね、ちょっと再計算をしてみたんだけど、さっきやったみたいな一点のみで発動する重力操作だと、放射状に力場が作成されるから、どうしても周囲に影響が出るんだ。つまり、わたしのこの個性だと、ブラックホールを作り出す代わりに、かなりの規模を盛大に木っ端微塵にしてしまう。だから、力場を一点に集約させるには内側に閉じ込める働きを持つ点も必要となってくる。今度は引き寄せる一点ではなく、反転して遠ざける点を三つ、均等に三角形に配置して、その中心に重力力場を生み出してみようと思うんだ」

 

 捕まえられながらも暴れる脳無の拳が私の肩を吹き飛ばす。

 再生。

 今度は腰が抉られる。

 再生。

 

 脳無の藻掻く腕に重く殴られるたびに肉が吹き飛び、血が吹き出す。

 けれど私の超再生は、生半可な攻撃速度では追いつくことすらできないのだ。

 

 私は脳無をガッチリと掴みながら、その心臓部を視認した。視界に入っている胴体のうち、三点に意識を集中させる。

 

 イメージとしては、すべてを引き寄せる強い磁石をひとつ用いるのではなく、反発し合う三つの磁石を均等に配置した、その真ん中に生まれる力だ。いや、磁石では例えにならないかな。とにかく、押しのける力が三つ向かい合って集積されたポイントだ。

 ぎゅうぎゅうに圧縮された力場は凄まじい力となり、想定では──極小のブラックホールが出来上がる。

 

「これで失敗したら次は五個の点を作るからね」

 

 宣言しつつ、私は再び『重力操作』を一気に発動させた。

 

 一方向のみに向けているから遠慮も手加減もない超火力を、双方向に三点。

 

 すると、バツンと凄まじい音がして、脳無の巨躯の中心、胴体の三分の一ほどが、一瞬のうちに消失した。潰れたのではなく、消失。

 まるで不可視の高圧レーザーが肉を撃ち抜いていったみたいに、丸い穴が脳無の体躯を穿っている。

 一拍を置いて、穴の断面、断ち切られた血管からドッと血が吹き出した。

 

 その筋骨隆々とした肩から胸にかけて空いた巨大な穴を見ながら、わたしは唇を吊り上げる。

 

 

 できたな、ブラックホール。

 





死柄木(しがらき)那由多(なゆた)〈■■■■■■■〉

・個性《????》
 →重力操作
  視認した範囲の重力を操作できる。視界に入れている瞬間が最も効力が大きく、目を離してからの経過時間によって効力が落ちていく。範囲や対象の質量にもよるが、およそ数時間で対象範囲外となる。

 →超再生
  細胞の自己再生能力を強制的に促進することで、事象の巻き戻しにも似た再生を可能とする。

 →拘束
  対象を視界に収めながら、発動キー『Grab』と宣言することで、対象を硬直させることができる。効果時間は五秒から十秒ほど。

 →収斂
  一秒以上、触れた物質を無へと圧縮する。効果は掌大の範囲、かつ静止している物に限る。
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