彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》   作:狐ヶ崎

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幕間・死柄木弔

 

 ワープゲートから這いずるように転がり落ちた死柄木弔は、流血する両手足を動かしながら長く恨みの籠った呻きを上げた。

 

「クソ、完敗だ……脳無もやられた。オールマイト……ナンバーワンヒーロー……平和の象徴は健在だった……!それに、あの女……」

 

 沸き上がる苛立ちの隙間、脳裏に過ぎるのは一人の異質な少女である。

 長い銀髪を風に遊ばせ、余裕そうな表情で浮遊する少女。脳無と全力でもなしに渡り合い、レア個性であるはずの『超再生』を初めとした複数の個性を自在に操っていた。

 屈辱を思い返し、苛立ちで顔が歪む。

 

「ほんっと、話が違うぞ先生……!」

『違わないよ』

 

 怨嗟の混じる呻き声に、答えたのは鷹揚な男の声である。

 ジ、とモニターが小さく音を立てた。

 浮かび上がるサウンドオンリーの文字。

 回線を通じて届けられるその声は、その僅かなくぐもりさえ気づかせないほど深く、さながら聴く人の心を揺さぶるような、底知れぬ穏やかさに満ちている。

 

『ただ、見通しが甘かったね』

 

 優しい声が、指で撫でるように慰めと諌めを垂れ流す。

 弔は自らの顔を掴む指と指の隙間から、光を放つモニターを睨み上げた。

 

「見通し?そんな陳腐な言葉じゃない……アレ、先生の回し者だろ。あんな女がいるなら先に教えておいてくれよ。殺されるところだった……!」

『女?』

「先生と同じだ……複数個性を持っていた。『超再生』と『重力操作』……他にももっとだ。呼ばれてた名前は……なんて言ったかな……」

『…………』

「たしか……死柄木那由多」

 

 その名前を弔が口にした瞬間、どこか愉しそうだったモニターの向こうも一転し、異様なほど張り詰めたような沈黙が空間を過ぎった。

 言葉を聞いているはずのモニターも、控えている黒霧も、誰も何も言葉を発さない。

 

 弔がその奇妙な沈黙を不可解に思い、少しだけ眉を寄せたとき、ゆっくりと、『先生』がモニター越しに声を寄越した。

 

 

『弔。──君には悪いが、雄英高校を標的にするのはもうやめなさい』

 

「…………。はあ?」

 

 弔の眦がひくりと動く。何かを壊したがる指が子どもっぽく床を叩き、結局、全身の痛みがそれの邪魔をしたようだった。

 理由を求めるように細められた剣呑な瞳がモニターの向こうを睨みつけ、納得のいく答えを待つように言葉の続きを催促する。

 

 モニター越しの声が、落ち着いた声音で宥めるように告げた。

 

『僕はね、君の自主性を重んじている。君がやりたいこと、欲しいと思ったもの、壊したいもの、すべて好きにやるといい。僕は最大限にサポートするし、そのために僕がいる。そう思っているさ。……しかしね、死柄木那由多が関わるとなると話は変わってくる。()()は、僕のコントロールできる範囲の外にいる。弔。君にはまだ早い』

「……好きにやれって言ったのは先生だろ。今更口出しするのかよ」

『弔。僕にとって、君は失い難い大事な生徒だ。だからこそ、死柄木那由多の手によって遊ばれ、むざむざ殺させるような真似はしたくない』

「死柄木弔。ひとまず治療を」

 

 救急箱を手にした黒霧が、弔の傍らに屈み込んだ。

 支えられ、身を起こした状態になっても、弔の双眸はモニターを睨めつけたまま動かない。

 

「そもそも、死柄木那由多って何なんだよ……先生の関係者じゃないってなら、なんであんなにポンポン色んな個性が使えるんだ。おかしいだろ……!」

『いいや、君が出会ったのが死柄木那由多だというのなら、それは間違いなく僕の関係者だよ。なぜ雄英にいるのかは知らないけれどね』

 

 時に、と、オール・フォー・ワンが諭すようにゆったりと告げた。

 指先に止まった蝶の羽を無造作な緩やかさで引きちぎるような、不気味に落ち着いた口調である。

 

 弔は、その口調が『先生』として何かを教えるときのものだと知っていた。立ち振る舞い方、世の中の仕組み、何かの裏話、裏情報、歴史。そういったものを教えるときに、彼はそういった優しげに覗き込むような口調になる。

 

 果たして、続けられたのは弔の知らない過去の話だった。

 

『およそ三十年前、アメリカで大規模な制圧作戦が敢行されたことを知っているかい。ターゲットはたった一人、招集されたヒーローは約八十人。そのほとんどがランキング上位に名を連ねる者たちだった』

「あ?三十年前……アメリカ?」

『過去というよりかは歴史の話かな。弔、君にとってはね。さて、たった一人を制圧するために集結したヒーローたちは、全員が標的を殺害することを命じられ、そして全員がそのために動いた。しかし、結果として、数えて三十二名のヒーローが命を落とすこととなった。死者の名が並ぶビルボードチャートは一新され、ヴィラン名《アフターゴッド》の名は禁忌とされた』

「…………」

『要するに、勝てないから放っておこうとしたわけだ。対象が程なくして他国へと渡ったこともあり、アメリカの失敗は秘密裏に闇へと葬られた。今ではヴィラン犯罪史などで多少名前が挙がる程度だが、裏社会では未だ絶大な知名度と影響力を持っている。……そんな存在が、《アフターゴッド》──すなわち死柄木那由多という女なのさ』

「三十年前のアメリカのヴィラン……?それがどうして雄英なんかにいるんだよ。しかも制服を着てた……つまり生徒ってことだろ」

 

 強く圧迫された傷口にくるくると包帯が巻かれていく。

 発熱するかもしれませんと告げた黒霧の声を聞き流して、オール・フォー・ワンはくつくつと笑った。

 

『それは僕にも分からないな。僕は今までに一度だって、彼女のことを理解できたことはなかったからね。ただ、ひとつ訂正をしておこう。彼女はアメリカのヴィランではなく、僕と同じ、日本が生んだ日本のヴィランさ。彼女がアメリカにいたのは、恐らくちょうどある男がアメリカにいたからだろう』

「ある男?……三十年前、……。オールマイトか」

『その通り。死柄木那由多はどうしてか、強い個性に執着を見せる傾向がある。まあ、これは生まれ持った性質かな。僕と同じく、個性そのものに興味があるんだろう。ただし、彼女は僕と違って、個人にはとことん興味を抱かない。抱いたとしても、極めて少数の限られた者にのみだ。そういう意味では、オールマイトは稀有な例だったと言える』

 

 モニターの声がそう言った瞬間、弔は違和感に片眉を緩く動かした。

 

 個性の調整だとか何とか称しながら、脳無を嬲っていた銀髪の少女。

 恐らく、あの場において随一の実力を有していた女。

 

 そう、弔を充分余裕さえ持って簡単に殺せるくらいの力はあったのに、オールマイトが来た瞬間に、弔を黒蔓の拘束から解放した。

 あの時は、ヴィランごときにオールマイトはやられないという信頼の現れかとも思っていたが。

 

 しかし、弔の見た死柄木那由多は、果たしてオールマイトを大切にしているようだったか。

 

「……オールマイトが特別?それじゃあ、あの女は先生が言う《アフターゴッド》とは別人だぜ。あの女、殺すのがオールマイトだけなら手を出さないって言ってたぞ。実際、止める気配だってなかった……その代わり、子どものことは殺されたくないような素振りだったけど」

『……。へえ?』

 

 そういえば、と弔は続けて思い出す。

 

 那由多が庇った子どもの中にも、とびきり変な子どもがいた。

 最後、脳無を景気よく吹っ飛ばしたオールマイトを庇うために、黒霧に向かって飛びかかった一人の子ども。アレが飛び出したその速さは、弔が反応できないほどに早く、まるで──オールマイト並の速さだと、そう思わなかっただろうか。

 

 那由多といい、あのガキといい……。弔は舌打ちしそうになるのをこらえた。黒霧を押さえつけた爆発するガキもそうだ。今年の雄英一年には、変なやつが多すぎる。

 

『ああ……なるほど、もしかしたらオールマイトは既に……、……。……いや。死柄木那由多の気まぐれの可能性の方が、今のところは高いかな。彼女は間違いなく類稀なる才人だ、だからこそ凡人が立てるような予測ができない。それが死柄木那由多の嫌なところだ』

 

 電子を挟んだ魔王の声に、僅かながら苦みが入り混じる。

 それは、普段鷹揚として自らの感情を何枚もの笑みで隠しているオール・フォー・ワンとしては、珍しいことだった。

 

『弔、君が出会ったのは間違いなく死柄木那由多さ。だが、アレは今の君の手に負えるものじゃあない』

「…………」

『良心の欠落した怪物。神を気取って気まぐれに人命を弄ぶ悪魔。アレはそういう類のものだ。僕の言えた義理ではないがね、君の言葉を借りて言うならば、そう……レイドボス、といったところかな。君ひとりでは倒せない。有象無象なんてもってのほかだ。弔、君がもし、アレを倒したいのなら……』

 

 言葉を切ったオール・フォー・ワンは、きっと毒のように優しく微笑んだ。

 

『精鋭を集めるんだ。ゆっくりと時間をかけて、君という恐怖を世に知らしめろ。そうすれば自ずと君の力は増していく。人々の恐怖や畏怖が、君の力になるんだ』

 

 そうしなさいと、導かれていることは分かっていた。

 

 弔は包帯の巻かれ終わった腕を軽く動かして違和感のないことを確かめながら、青白く光を放つモニターを正面から見上げた。

 

「先生の警告は良く分かった。あー……要するにレベルが足りてないんだろ。うざったい負けイベントみたいなもんだ、今日のゲームは。あの女を倒すには今の俺じゃ力不足。ああ、充分理解したさ。……なあ、でもさ──()()()()()()()()()()()()()()()()、楽しそうだよな?」

 

 弔がそう口にした瞬間、モニターからオール・フォー・ワンのものではない老爺の笑い声が響く。

 

『ホッホッホ!あのアフターゴッドを配下とするか!それができたならば、死柄木弔、おぬしは世界にまで響き渡る名声を手に入れられるじゃろう!』

「あ?馬鹿にしてんのか、ドクター」

『いやいや、大真面目な話じゃよ。いつの世にも、誰の下にもつかない巨悪というものは存在する。群れることに意味を見出さない強い個体と言うわけじゃ。単独で圧倒的な力を持ち、あるいはゆえに多くを従え、巨大な個としての名前を轟かせる。中国のチンゾンジャオ、中東のスカー、北欧のガーデンベルト、そしてオール・フォー・ワン、アフターゴッド。今挙げたのはあくまで例示ではあるがの、そういった大物を一人でも従えてみろ、それだけで死柄木弔の名前には箔が付く!世界中のヴィランどもが敵連合に所属したがって大勢押し寄せてくるじゃろうよ』

「……へえ」

 

 弔は細く目を細めた。

 一方的に脳無を嬲られたときは心底腹立たしく思ったが、彼女の正体が一生徒として雄英にいたこと自体おかしいほどの大物であると聞けば、それも不思議と収まってくる。

 つまり、序盤の森でエンカウントする徘徊型レイドボスみたいなものだ。あるいは超低確率でランダムに出現する伝説のポケモンのような。

 

 仲間にしたい。

 

 ぞくぞくとしたものが背筋を這い登るのを感じながら、弔は強烈にそう思った。

 

 ゲームなら倒すしかないボスも、現実なら仲間にすることだって叶うかもしれない。しかも、弔の先生であるオール・フォー・ワンと同格の大物だ。

 

 もし、チャンスがあるなら、逃したくはない。

 

 彼女は弔のことを殺さなかった。それだけでなく、取引めいた言葉まで交わしさえした。話ができるなら、仲間にすることだって不可能じゃないはずだ。

 

『ホホホッ、ま、やってみるといいわい。じゃが初っ端からアフターゴッドの勧誘はちと荷が重いじゃろ。まずはもう少し手軽な……そうじゃな、最近話題のヴィランというと、やはりアレじゃろう』

 

 どこか上機嫌なドクターが、愉しがるような口振りで言葉を締めくくった。ひとつの名前だけを残して。

 

 

『《ヒーロー殺し》──たしか、ステイン、とか言ったかのう』

 





死柄木(しがらき)那由多(なゆた)〈アフターゴッド〉

・個性《????》
 →重力操作
 →超再生
 →拘束
 →収斂
 →風圧
 →黒蔓
 →鎌鼬
 →亢進
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