彼女は出生に秘密がある《ドドドチート個性持ちのレイドボスがA組で上方姉面をする話》   作:狐ヶ崎

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第八話「取調室」

 休校明けの登校日。

 早めに来たつもりだったが、私が教室の扉を開いたときには、既にかなりの数のクラスメイトが登校していた。

 敵連合に襲撃を受けた一昨日は、点呼や状態確認などで一度集合したとはいえすぐに家に帰されたため、みんな色々と気になっていたのだろう。

 

「あ!死柄木!」

 

 教室に足を踏み入れた私に、真っ先に気づいたのは上鳴くんだった。瀬呂くんや切島くんと何やら喋っていたのを中断し、小走りでこっちにやってくる。

 

「よっ!一昨日は大変だったな〜!死柄木も無事だったみたいで良かったぜ」

「君も相変わらず元気だね。他のクラスメイトたちも」

 

 ぐるりと視線を巡らせて、私は笑った。

 

「みんな変わりないようで本当によかった」

「いやー、本当にな!黒い靄みたいなヴィランに知らないとこ飛ばされたときは死んだかと思ったけどさ、結局生還!イエーみたいな? ……あー、あのさ……俺、今もこうして無事なの、わりとお前のおかげだと思ってんだよね」

 

 まるで零れそうになった照れを隠すように表情を緩めた上鳴くんの言葉に、私は小首を傾げてみせる。

 無事なのは私のおかげ?何かしただろうか。例えば緑谷くんとかに言われるならまだ分かるけれど、上鳴くんのことは助けた覚えが全くない。

 そう思ったのを無言のうちに察したのか、上鳴くんが軽く苦笑した。

 

「ほら、少し前にさ、死柄木にみんなで相手してもらったじゃん。多対一でやって俺らがボロ負けしたやつ。覚えてる?」

「ああ、うん。もちろん」

「そんときにさあ、俺、フレンドリーファイアが怖くて全然上手い感じに動けなくてさ。あれからずっと考えてたわけよ。周囲を巻き込まずに攻撃するにはどうしたらいいかって」

 

 彼が照れたように語る言葉を聞きながら、私はぼんやり思い出す。

 USJで上鳴くんを見かけたのは一瞬だった。たしか八百万ちゃんとかと一緒に山岳ゾーンにいたはずだ。見かけたとき、彼はたしか。

 

「そんで、ちょうど思いついたとこだったんだよね。だから八百万に金属でできた棒を作ってもらってさ、それだけに電気を通すようにしたわけ。そしたら見事に俺の個性と大ハマりしたんだよな〜」

 

 飛びながら見下ろした先、ヴィランに囲まれた上鳴くんは通電させた棒を必死に振り回していた。あの時は何かを思う余裕がなかったが、今思い返してみれば、あれは確かに合理的な戦法だった。

 だから、と上鳴くんが照れくさそうに笑う。

 

「死柄木には感謝してんだよな。ありがとう」

「ふ。それはわたしが教えたんじゃなくて、君が自ら考えたものでしょう?君自身の力だよ。お礼を言われる筋合いはないな」

 

 本心だった。

 あのとき、戦闘訓練の後、クラスメイトたちに向けて相手をしてやると言ったのは、半分以上が彼らの実力を測るためだ。どんな個性を使うのか、どのくらい動けるのか、それを知るために相手をした。

 もちろん、彼ら自身に個性への理解を進めさせて成長を促すという意図もなかったとは言えない。とはいえ、それは追い追いのつもりだったのだ。

 なのに自分で考え、成長した。

 本当に、雄英の子どもは前途が有望である。

 

「君たち!そろそろ相澤先生がいらっしゃる頃だ!席に戻りたまえ!」

「うわびっくりした!飯田も変わんねえな〜」

 

 教室前方で喋っていたからか、飯田くんがシュバッと出てきて大真面目に注意をしてきた。そんな飯田くんに、上鳴くんがケラケラと笑う。「ほら飯田も!無事イエ〜〜」「い、いえ〜〜……じゃなくてだな!」なんてやり取りをしているそこに、ひょこっと顔を出した通りすがりの麗日ちゃんが緩く笑った。

 

「飯田くんもお手柄だったね!飯田くんが助けを呼んできてくれなかったら、私たちどうなってたかわからんかったよ」

「MVPだよな〜!」

 

 麗日ちゃんの麗らかな笑顔に、飯田くんも思わず気が緩んだらしい。平和にきゃっきゃしている。

 この浮ついた雰囲気は命の危機を潜り抜けたあとの反動みたいなものだろう。

 和やかなじゃれあいを聞き流しながら、わたしは輪から抜け出して自分の席へと歩を進めた。

 席は相変わらずの最前列だ。鞄を置いて椅子を引けば、後ろの席の障子くんが顔を上げた。

 

「おはよう、死柄木。大丈夫だったか」

「おはよう、障子くん。見ての通り、わたしは大丈夫だよ」

 

 いつか相澤先生に見せたように、両腕を軽く広げてみせた。勿論、私の身体には傷なんてひとつもない。自慢の超再生は、本当に有能な個性だ。

 障子くんの静かな目が、無遠慮にならない程度にさっと私の身体をなぞる。私の言葉に嘘偽りのないことを確認し終えたのだろう、その鋭い瞳がふっと緩んだ。

 

「……そ、……なんで……」

 

 隣から微かな声が零れ落ちて、私はふと隣に視線を動かした。

 色素の薄い髪が強ばったように俯いている。立ったまま見下ろすようにしているせいか、つむじがよく見えた。俯いた顔は見えなかったが、机の上に置かれた手は微かに震えているように見える。

 

「おはよう、尾白くん」

 

 椅子に腰掛けながら声をかければ、その肩がひくりと跳ねた。

 俯く顔は頑ななようにこちらを見ない。視線は机の上に据えられたまま、長く筋肉質な尾は彼自身の身体に強く巻きついたまま、尾白くんは硬い声で挨拶を返した。

 

「お……おはよう、死柄木、さん」

 

 落ちてくる長い銀髪を掻き上げながら、随分と怯えられてしまったな、と思った。

 

 尾白猿夫には、USJでの行動をほとんどすべて見られている。

 それは、彼と並んで広場を隠れ見ていた、緑谷くんと蛙水ちゃんも同様だ。

 

 水難ゾーンでのヴィランの圧死、広場のヴィランたちの落下死、そして極め付きには、目の前で腹がぶち抜かれるところまで目撃させてしまった。健康で純粋無垢な青少年には、少し刺激の強い場面だ。

 超再生があるからと少し防御が甘くなっていたのは否めないが、傍観者だった彼らには、そんなこと知りようもない。私も超再生のことは誰にも言っていなかったわけだし、いきなり目の前で同級生の腹がぶち抜かれたら誰だってショックを受けるだろう。

 それだけでなく、敵の攻撃で景気よく腹を貫かれたはずの同級生が、数日後、ピンピンして挨拶をかましてきたら、そりゃ大ビビりするに決まっている。

 

 フォローが必要か、と考えて、いや、と私は内心で首を振った。

 

 別に大したことではないし、そこまで私が気を回さなくても大丈夫だろう。彼の心にあるのが怯えだけなら結構。元より畏怖を向けられることには慣れているし、彼はヒーロー志望のヒーロー科だ。いずれ現場に出るようになれば、死体やら血やらなんてものは嫌でも見慣れることになる。そもそも彼が私のことをどう思おうが、私には何も関係がない。

 

 問題があるとすれば、尾白くんではなく、相澤先生だ。

 

 あのとき相澤先生がどのくらい鮮明に意識を保っていたかは私にも分からないが、少なくとも私が戦闘行為に及んだことは知られている。そして、USJには言い逃れのできない痕跡が残ってしまっている。

 

 ヴィランたちの死体だ。

 

 これがもし生徒の死体だったならいざ知らず、さすがに襲撃側であるヴィランたちの死体となると、下手人は雄英側にいるだろうことは明らかだし、個性の特徴的に私がやったものだということはすぐに辿り着く答えだ。今の私は未成年……扱いであるとしても、このままお咎めなしというわけにはいかないような気がする。

 

 下手すれば退学、最悪はヒーローに包囲されて取り調べ、ののちに監獄送り。

 どれになるかは神のみぞ知ると言ったところだが、まあ、これはもう、向こうがアクションを起こすのを待つしかない。

 退学なら残念で済むが、監獄送りは私も遠慮したいところなので、そのときは日本のヒーローVS死柄木那由多の大規模戦闘が華々しく幕を開けることになるだろう。

 

 何年か前、アメリカにいたときに、どうしてか居場所がバレてしまったせいで、当地のヒーローたちを相手取って遊ぶ羽目になってしまったことを思い出す。

 あれはあれで思いきり個性を使うことができて楽しかったけれど、結局何人もの死者を出さざるを得なくなってしまった。私個人としては苦い記憶だ。

 

 何せ、あのときのアメリカンヒーローは弱すぎた。

 ヒーローの本場、英雄の名産地と聞いていたから、ワクワクした気持ちで急遽始まった戦闘に臨んだというのに、実際はそのほとんどが期待外れだった。

 そのくせ気に入っていた上着は汚れるし、気になっていたレストランは全壊するし、挙句の果てに最後に捨て身の自爆攻撃を仕掛けてきたヒーローがいたものだから、それに巻き込まれて何人もの有望そうなヒーローが爆死してしまった。

 なんだったかな、自爆攻撃を仕掛けてきた奴は確か血液の一滴一滴が起爆薬になるみたいな個性だったと記憶しているが、周囲にいたのは揃って捕縛だとか状態異常だとか、そういったイマイチ火力の足りない個性を持つヒーローたちだった。初手の段階で私の捕縛が不可能と分かっているのだから、彼らは迷いなく退却を選ぶべきだったのではと思うけれど、もしかして実力差があるあまり引き際が分からなかったんだろうか。

 だから死ぬんだ、と考えかけて、やめる。

 

「……いや、違うなアレ。多分足止め役……のつもりだったんだな。よく考えなくても絶対そうだ」

 

 渾身の自爆を受ける前、確かに複数の個性で何重にも拘束された覚えがある。自爆程度では私の肉体が死ぬわけもないから拘束なんて気にも留めていなかったが、もしかしたら彼らにとっては命と引き換えの決死の切り札だったのかもしれない。申し訳ないことをした。

 

 まあ、と、脳に浮かんだ「申し訳ない」という軽い言葉を脳内の不要フォルダへ適当に分類しながら考える。

 

 もうなんだっていいのだ。あれも、もう確か何年も前の話だし、今更何を思ったって死者は蘇らない。そもそもデバフ系の個性なら、『抹消』くらいの有用なものじゃないと大した価値はないだろう。

 もっとも、あのときは彼らだけじゃなく、私のことを襲撃してきた他のヒーローたちのことも勢いあまってたくさん殺してしまっていたような覚えもあるけれど。

 

 手っ取り早いからといって、面倒くさくなったら安易に全部殺してしまいがちなのは、自覚ある私の悪い癖だった。

 だからこそ、今回のUSJの事件も、振り返ってみれば、少し対応を失敗したかなと思うわけだ。

 

 初めに敵の襲撃だと察したとき、私はあの時点での行動優先度として、クラスメイトたちの命を守ることを一番に据えた。こちらの対応次第では死者が出ると判断し、だからこそ一番簡単で手っ取り早い『殺害』という手段を以て水の中にいた敵を排除したわけだ。

 けれどよくよく考え直してみれば、大多数のヴィランは、私が殺すまでもない羽虫たちの集まりだった。死柄木弔と、脳無、そして黒霧。警戒に値するのは、精々この三者程度だったと言える。

 黒霧の個性で分断された時点で後手に回っていたとはいえ、本当なら何も焦る必要はなかったのだ。

 私がこれまで受けてきた襲撃はこんなお遊びみたいなものじゃなかったから、少しだけ肩に力が入りすぎてしまったのだろう。要するにレベル感を測り間違えたというわけだ。

 

 私から言わせてもらうと、水中で暗殺を狙うなら、例えば触れた水を毒に変える個性とか、広範囲の水を任意で瞬時に沸騰させられる個性とか、そういった初手での致死を狙える個性を持ってこないのは甘えである。まあ、そういうのでも私は死なないけども。

 

 それでも、他の生徒たちは死ぬだろう。襲撃してきたヴィランたちの全員が脳無や死柄木弔のレベルで揃えてこられていたら、確実に死者が出ていたはずだ。現に、相澤先生は死にかけた。

 

 始業の鐘の音とともに、ガラリと戸を開けて教室に入ってきた猫背の男に視線を流す。

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた手足。鼻は大きなガーゼに覆われ、頬や顎にも固定用の包帯が巻かれている。その目は覆われてこそいないものの、右目の下にまだ新しさを思わせる傷が見え隠れしている。

 

 ヴィランを殺すひと手間を掛けてしまったから、『抹消』が傷ついてしまった。

 優先順位を測り間違えた、私のミスだ。

 

 口々に心配と驚きの声を上げる生徒たちをぐるりと見回して、包帯だらけの相澤先生が隙間なく覆われていそうな口を開いた。

 

「俺の安否はどうでもいい。ホームルームを始める。まず伝達事項だ。今日は警察の要請ということで、お前たちに先日の事件について事情聴取を順次行うことになっている。順番は指示されるが、恐らく授業中にも渡ってやることになるだろう。把握しておくように」

 

 相澤先生の言葉に、隣に座る尾白くんの尻尾がピクリと動いたのが視界の端に見えた。

 警察。警察ね。

 

「それとは別に、俺が個人的に話を聞きたい奴にも個別で声をかける。伝達事項は以上だ。……だが気を抜くなよ、戦いはまだ終わってねぇ」

「戦い……?」

「まだヴィランが!?」

 

 素直にざわめく生徒たちを睨めつけた相澤先生は、真面目な顔で言い切った。

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

「クソ学校っぽいの来たァ!!」

 

 ワッと歓声を上げる生徒たちを、相澤先生が再び睨みで黙らせる。しかし生徒たちも体育祭という平和な言葉に気が緩んだのか、「うおお!」「体育祭!」なんていう、担任の睨みを掻い潜ったはしゃいだ声が、席のあちこちから漏れていた。なんだろう。雄英、なんだかとんでもなく呑気だな。警戒心のないハムスターみたいだ。

 

 それから生徒たちに向け、体育祭の意義について滔々と説いた相澤先生は、「時間は有限」と彼らしい言葉で締めくくりにかかった。

 

 そんな先生の様子を最前列の席で見上げながら、私はゆるりと首を傾ける。

 

 うーん、おかしいな。やっぱり雄英側があまりに無反応すぎる。

 相澤先生が何も言わずにホームルームを始めたこともさることながら、そもそもメディアで何も報じられていないことがまず違和感だった。

 生徒である私は被害者の立場であるとはいえ、私がやったのは世間的に大問題になってもおかしくないような所業だ。超人社会になり、世間において犯罪が一気に増加したとはいえ、日本においては未だ殺人は立派な重罪に当たる。

 ましてや、ここはヒーローの名門・雄英高校。正義のお膝元とも言える場所で、二桁にのぼる数の人間を殺したのだ。世間に知れ渡ったら前代未聞の大問題になるかもしれないが、隠蔽する方がダメージが大きい。

 

 私としては校門をくぐった時点でヒーローたちに包囲されて同行を求められてもおかしくないと思っていたのだ。しかし朝は拍子抜けにも何もなく、教室に辿り着いてしまった。

 これは雄英側の意思か、それとも。

 

「以上、解散。とりあえず出席番号一番の青山は、いつ呼ばれても大丈夫なように準備しておけ。それと」

 

 イレイザーヘッドは初めて意識的に視線を動かして、壇上から直前にいる私を見た。

 

「死柄木」

 

 じりじりと、焦げ付きそうな視線が私を見下ろしている。

 相澤先生はその感情の読めない双眸で私をしっかりと見据えながら、低い声で淡々と告げた。

 

「お前はこれから別室で個別面談だ。特別扱いで悪いが、色々と聞きたいことがある。……言ったよな、説教をすると」

 

 ──ああ。

 来た。

 

「時間は有限。先日からの今日で慌ただしいかもしれんが、お前のやったことは防衛のためだったとはいえ、あまりに限度を超えている。雄英側としても無視できない行為だ。ということで、少なくとも朝の一限は出られないことを覚悟しておいてくれ」

 

 言いながら相澤先生は一歩ずつ壇上から降りて、私の座る席の左側へと回り込んだ。180を越す長身が、真横からぬっと私を見下ろした。

 

 やはり死体のことは把握されている。

 

「それと、生徒のお前にこういうことを言うのは心苦しいが……今から個性は使用不許可だ。自覚はあると思うが、お前には個性虚偽申告の疑惑も出ていてな。一度でも個性を使った時点で敵意ありと見なさなくてはいけなくなる。意味は分かるな」

「……ああ、もちろん。個性は使わないし、そうだな。先生に危害を加えないとも約束しよう」

 

 起立を促すような先生の起伏のない声に、私は大人しく立ち上がりつつ、そう言って意識的に笑みを浮かべてみせる。

 苦いような顔をした相澤先生が不機嫌そうな顔のままドアの方へ顎をしゃくるものだから、それにも逆らわず従ってやった。先生が率先して先導しないのは、つまり前を歩けということだろう。彼の個性は、対象を視界に入れておくことで発動する。

 

 教卓の前を横切れば、ドアまでは近い席である。教室から出るとき、一瞬横目でざっとクラスの様子を窺うと、不思議そうな視線がいくつか、連れ立って出ていく私と相澤先生を眺めていた。あまり事情について知らない子たちだろう。

 尾白くんは頑なに目を机に落としたまま、もう尻尾の先さえ微動だにしない。そして私の手ががらりと戸を引いた瞬間、最後に目が合ったのは、あの広場の数少ない目撃者の一人……右列の自席に座ったままの、蛙水ちゃんだった。

 

 何か言いたげな彼女の視線と、無感情な私の視線が交差する。

 私に、何かを言いたいのだろうことは分かった。

 けれど視線だけで他人の言いたいことを理解するなんて力はさすがの私にもなかったので、私はそのまま歩みを止めずに教室を出たのだった。

 

「地下一階、第四小会議室」

 

 端的で無駄のない声が背後から行き先を告げる。

 連行されている形の私に否やはなく、軽く返事をして、階段へと足を向けた。

 

 左側に大きな教室が等間隔に並んだ広い廊下は、まるでしんと静まり返っていた。設備的に防音性が高いのだろう。

 後ろをついてくる大人の足音だけを聞きながら、階段を降りて、指示された部屋までスタスタと歩く。

 相澤先生はよほど早くホームルームを終わらせたのか、他クラスの生徒が飛び出してくるなんてこともなく、ほどなくして該当の部屋に辿り着いた。

 

 第四小会議室。

 そう書かれたプレートを目視で確認する。

 私は促されるまま厚そうな扉のハンドルに手をかけ、そのまま背後を振り返らずに、訊ねた。

 

「部屋の中に人がいるようだけれど、ここで合っているのかな」

 

 相澤先生は動揺を寄越さなかった。

 

「ああ。先日の事件を受けて、公安もお前に話を聞きたいらしくてな。同席を許可した。聴取を二回やるのも合理さに欠けるだろ」

「なるほど。相澤先生が許可しているなら、わたしが不服を示す道理もない。……ああ、当然個性は使っていないよ。単純に耳がいいんだ。この身体は」

 

 言いながら、気負わず扉を押し開いた。

 警戒さえしなかったのは、中にどんな素性の誰がいようと、本当はどうでもよかったからだ。

 そう。例え、それが公安であろうと警察であろうと、あるいは私を捕らえるために待ち伏せている数多のヒーローであろうとも。

 誰であったとしても、私をどうにかすることなんてできないのだから。

 

 扉を開いても、何かが起こることはなかった。

 相澤先生の言う通り、中にはスーツ姿の男性が一人、パイプ椅子に腰掛けて待っていた。

 手元には書類、部屋のあちこちには巧妙に隠された電子機器。なるほど、彼が公安の人間ということだ。

 

「お待ちしておりました。聴取を担当いたします、公安の田中です」

 

 公安とは、ヒーロー公安委員会のことを指していると見て間違いない。

 先日の事件。あれは言うなれば、雄英という日本国のヒーローの牙城とも言える場所に直接ヴィランたちが殴り込みに来た、と言い換えることもできる。ヒーローがすべての抑止力となっているこの社会の根底を揺るがしかねない大事件だ。そう考えると、確かに公安が事態の把握に動くと言うのも頷ける。

 

 そして公安にまで話がいっているとなると、死体の隠蔽をしたのは十中八九、当の公安の手によるものだと考えていいだろう。

 ヒーローによって保たれている国の秩序を守るためなら、人の死体の十や二十を無かったことにするくらい、彼らにとっては容易いはずだ。

 ましてやヴィラン。下手に一般人やら生徒やらではない分、公式に『無かったこと』にするには、これ以上ないほどうってつけの存在といえる。

 

「あなたが死柄木那由多さんですね」

 

 田中と名乗った男が、立ち上がりながら慇懃な仕草で礼を寄越した。

 

「先日の事件の概要については、こちらも雄英側から情報共有を受けております。本日は、より詳細な内容を被害者であるあなたから直接お聞きすることと、そしてあなたの個性についての確認、の二点を主な目的として、この場、このお時間をいただきました」

 

 促されて私が男の対面に座れば、相澤先生は私と相対するように男の隣の椅子を引いた。

 抜かりないというか、なんというか。信頼を得られていないというのが良く分かる立ち位置だ。

 すなわち、私を常に視界に入れられる位置。腐っても生徒に対してだというのに、甘さの欠片もない。

 ヒーローらしくて何よりだ。

 

「また、今回の聴取では、外部組織という立場ではありますが、公安(こちら)側の主導により場を進めさせていただけると伺っております。よろしいですね」

「わたしは構わないよ」

 

 同席を許可、と相澤先生は言ったけれど、公安のこの言いようからして、公安の方が聴取の場を設けるように要請したというのが正しい見方だろう。

 当然だろうな、と考える。

 私の行動を客観的に見てみると、その不都合さが明らかになる。栄えある雄英の生徒、しかも天下のヒーロー科が、殺人なんてものをしでかした。ヴィラン襲撃に並ぶ大事件だ。

 

 私を処罰をすることは簡単だ。お前はヒーローには不適合として、大量のヒーローを送り込めばいい。世間には真実なんて公開されない。ただ、捕らえられたヴィランの数が一人増える、それだけだ。

 もっとも、対象がただの一生徒ならそれで済むだろうが、私を相手にそれをやると日本のヒーロービルボードチャートが米国よろしく塗り変わることになっていただろうから、その方法を取らなかった公安の選択は得てしてファインプレーだったということになる。

 

 ならば、どうして公安は手っ取り早いやり方を選ばずに、私を自由にすることを選んだのか。

 

 私は公安の人間じゃないから分からないけれど──恐らく、公安は見極めたいのだ。襲撃してきたヴィランたちを大勢殺してみせた死柄木那由多という少女が、どのような人物なのかを。

 

 田中は私の同意に頷き、机上の書類を取り上げた。

 

「それでは、始めさせていただきます。また、規則に準じて聴取の一部始終は記録させていただいておりますので、ご了承を」

「なるほど、そちらの機械がレコーダーだってことかな。それにしては随分と大きいように見えるけれど」

 

 先程から机上で少しだけ存在感を放っている機械を指して、私は首を傾けた。手のひらよりも一回りほど大きいくらいのサイズで、私たちがこの部屋に入ってきてからずっと、赤いランプが点灯している。

 田中は表情を変えずに頷いた。

 

「記録の正確性を高水準に保つため、個性由来の虚偽防止検知機能も付随しております。身も蓋もなく言うと、簡易的な嘘発見器ですね。ですので、この場における質問等には正確に応答していただくことをお願いしたいのですが」

「ああ、こういう場だからね。嘘は吐かないと約束しよう。それより……個性由来?随分と興味深い話だな。嘘などを見抜く個性は、大抵がその判断基準を精神に委ねるものが多い。それを機械に依拠させるなんて、一体どういう仕組みなのかな」

「……機密保安上、お答えしかねます」

 

 田中の反応は素っ気ない。

 さすが公安と言うべきなのか。最近は技術の発達も目覚ましいから、擬似的に異能の再現を行うことも可能なのかもしれない。何せ私は何年もの間、ただの子どもとして過ごしていたのだ。そんな技術が世界のどこかで秘密裏に開発されていても知れるはずがない。それともその箱、まさか人体の一部が使われていたりなんてこともあったりするのだろうか。

 

 田中が咳払いして、口を開いた。

 

「まず初めに、事実確認からさせていただきます──」

 

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