「お待たせ致しました、こちらになります」
迷宮都市オラリオにあるギルド内で、受付嬢がそう口にして大きめの革袋を差し出す。
「……うん、じゃあこれよろしく」
「へっ? あ、あの!?」
革袋の中を確認して、満足したのか男は微笑みを浮かべたと思ったら革袋の中からいくらかのヴァリスを受付嬢に返す形でカウンター上に置く。
それに困惑を覚えた受付嬢は、やや上ずわった声だった。
「501876ヴァリスのうち、1876ヴァリスだ。ギルドの方で何か有効活用でもしてくれ」
「有効活用って――こ、困ります!」
「……じゃあ、君への貢ぎとでも思ってくれればいい」
「貢っ……あ、貴方は何がしたいんですかっっ」
貢ぎにと言われたため、尚更困惑を覚えた受付嬢は、とても受け取れないと思い男にヴァリスを返そうとするが―――
「あー……ちょっと落ち着いて、ね?」
そんな受付嬢の肩を叩くのは、先輩といえるもう一人の受付嬢。その受付嬢は、またかと言わんばかりに苦笑いを浮かべながら、男に顔を向ける。
「まぁ、いつもの事だろうけど……一応、聞いとかないと。この1876ヴァリスを返す理由は?」
「ぶっちゃけて言うと、501876ヴァリスより、500000ヴァリスの方がすっきりするからだな」
「え、えぇ……?」
至って真面目な表情でそう言い切る男に、新人の受付嬢は力が抜けてしまうような感覚を覚える。
「でしょうね……相変わらず貴方のそれはなんとかできないのかしら」
「どうにもできないよ、そういう性分なんでね」
「……そう言うと思ったわ」
いよいよ末期だとでも言わんばかりに疲れた表情をする先輩の受付嬢は、その後きちんとした流れを踏んでから、差額の1876ヴァリスをギルドの方で処理することにした。
そして、きっちり50万ヴァリスを手にした男は……満足げな表情をしながらギルドから出ていくのだった。
「……一体、何なんですか、あの人は?」
「あぁ、貴方最近入ってきたからまだ知らないんだったわね。あの人は―――」
―――【ミアハ・ファミリア】所属 二つ名を【
「え……れ、レベル8っ!? あの人が!?」
それを聞いた新人の受付嬢は信じられないような表情をする。失礼なのだが、彼を見た第一印象としてはそこまで強くなさそうに見えたのだ。
「まぁ、そうよね。私も初めて知った時は何かの冗談でしょって思ったわ……」
「そ、そうですか……」
心底げんなりした様子を見せる先輩受付嬢に、何とも言えなくなった新人受付嬢。
「まぁ、あんな彼だけどレベルに負けぬ強さを持っているのは確実よ。顔もいいし。……ちょっと性格に難があるのが玉に瑕だけど」
「あ、あはは……そうなんですか」
「ともかく。今後彼が来たときは、少し待ってもらうよう言っておいて。私か、他の人に代わりをお願いするようにしてくれば、後はこちらで対応するから」
「は、はぁ。分かりました……」
◇
「何してんの……ヴァディム」
時刻は少し進み、【ミアハ・ファミリア】の本拠でもある"青の薬舗"にて。
妙な行動を取っているヴァディムを見かねたナァーザは、ジト目でそう口にした。
「分かるだろ、商品を並べてるんだ」
ギルドで換金した後、ヴァディムは"青の薬舗"に帰ってくる。そこに並べてある多くの商品を見て、並べ方が気に掛かったためこうして商品を綺麗に並べ直している。主に客が手に取る商品を。
「ハァ……商品を並べ直すにも、時間がかかりすぎ」
ヴァディムが商品を並べ直しているのを目にしてから、軽く2時間は経っている。こう口にするのも何なのだが……"青の薬舗"は小さめの店である。そんな店に並べている商品を綺麗に並べ直すのであれば、そんなに時間はかからないはずである。
だが、そんなのはお構いなしと言わんばかりにヴァディムは並べ直す。
「時間がかかりすぎるだと? 仕方がないだろう、商品を綺麗に並べ直しているんだから……ほら見ろ、ここ商品がズレているだろ」
ちょい、見ろ! 見ろ! と言わんばかりに手招きをするヴァディムに、ナァーザはため息を吐きながら彼のそばまで近寄る。
「な?」
「な? と言われても……綺麗に見えるけど」
「ここ、ここ! どう見ても位置がズレてるだろう!?」
位置がズレている、とヴァディムはそう口にするが……ナァーザから見ても分からないほどに、ほんのささいなズレでしかなかった。
「ほら、これで完璧だ!」
ヴァディムがやった事は、並べてある商品のポーションをほんの少しだけ動かしただけ。それも一瞬動いたと思えるほどの。
だが、それと裏腹にヴァディムは大変よくできたと言わんばかりに満足げな表情を浮かべる。
これが赤の他人であるならば、確実に引くほどのレベルをした細かさ。
だが、ナァーザは彼と長らくの間、同じファミリアにいるため今更引くといった事はしない。
「はいはい……分かった、分かったから。ご飯だよ」
ジト目をしながらそう返事をする。彼があれこれ商品を直すような事は今に始まったことではないため、ナァーザにとってはいつも通りの事。
「ちょっと待て、もうちょいここを直してから――」
「ご飯が冷めるから、後にしてくれない?」
真顔で、問い詰めるようにそう口にするナァーザ。
「……ああ」
ご飯をいつも作ってくれているナァーザには、さすがにLv.8の彼でも逆らうことはできなかった。
◇
「……ヴァディム、早く」
「待て待て、飲み物ぐらいは自由にさししてくれ……ッ!」
いざ、ご飯を食べよう――としたところで、ヴァディムはコップに水を入れるのに時間をかけていた。ヴァディムのコップだけ、目盛りがついているタイプであり気分によって水の量を変えるというものだ。
「早くして…ご飯、冷めるから……早く、早くッ」
長らくの間"家族"として過ごしてきたのもあり遠慮なく眉をしかめた表情をしたナァーザは、ヴァディムを急かすよう何度もそう口にする。
「ふぅむ、ヴァディムは相変わらずだな……」
そんな二人の様子を見ていたミアハは、顎をさすりながらそう微笑む。なんだかんだ言って、このようなやり取りも日常茶飯事。何事もなくこうして暮らしていること自体ありがたみを覚えているからこその故。
―――【ミアハ・ファミリア】は、彼を含めて眷族が二人のみという零細ファミリア。だが、Lv.8の彼が所属しているため、一括に零細ファミリア……と言えるかは曖昧なところである。
ファミリアの家計は常に火の車だった。だが、今やヴァディムがダンジョンに潜り、それに見合わせた換金額もあってかそれなりに立て直しつつある。
換金額を割り切りよくする癖には、ナァーザもげんなりしていたようだが……何度言っても直さない彼にうんざりして今はもう言わなくなった。
どっちみち、大きな収入をファミリアに入れてくれている事は事実なのだから。
「ふぅ、これで良し……どうした、ナァーザ?」
きっちり、目盛りに合わせた水の量を入れ終えたヴァディムが、食事の席に着く。そこで、相変わらずジト目を向けてくるナァーザに疑問を覚えたヴァディムはそう聞く。
「……もういいっ」
「?」
ぴくんぴくんと犬耳を動かしながら、ふんっと頬を膨らましながらヴァディムから顔をそらす。
「ははは……」
そんなナァーザの心境が何となく分かる気がしたミアハは苦笑いを浮かべる。ヴァディムの細かすぎる性格に関しては、それほどミアハは気にしていない。
一般的に言うと、確かに細かいのだろうがこれといった害はないからだ。ギルドで換金する額の一部をギルドに寄付するような形で差し出していることも知っている。
ミアハとしては、寄付する額がかなり大きい額でなければそれでもいいという認識だ。
「「「いただきます」」」
みんな合わせて、そう口にして食事を開始した。
ナァーザの作った料理を口にして。いつもながら安らぎを感じる優しい味に、ヴァディムは少し破顔する。
「ふむ、今日もナァーザの料理は美味い……ヴァディムもそう思わんか?」
「ああ、外食も良いが……ナァーザの料理は格別だ。心が温まる」
ミアハの言葉に、その通りと言わんばかりに便乗するヴァディム。
「……ふんっ」
言葉自体拒絶を表すものだが、それと裏腹にナァーザの犬耳は"喜"の感情を表しているようにぴくんぴくんと動いていた。
媚を売るかのような言葉。だが、彼らと長くの間生死を共にしたナァーザだからこそ、彼らの言葉が嘘ではないと分かっている。
「料理が美味しいだけではなく、容姿も美しい」
「確かにそうだな。だが、それだけではない――透き通ったブルー色の目。その目の奥には、神秘なる海が浮かんでいるようで、まさしく惚れ惚れだ」
食事の手が進んでいたナァーザだったが、彼らの話を耳にして手が止まる。
「ヴァディムの言う通りだ。だが、目だけじゃあるまい。もちっとしたシミひとつない頬も良いだろう」
「分かっているじゃないか、ミアハ様。しかしまだまだ魅力的な所はたくさんある。ナァーザのさらさらした髪も良い」
「ほう、確かに。垂れ気味の耳もまた庇護欲を掻き立てられると思わぬか?」
「分かる。不意に守ってやりたいッッと思わぬ日は来ないだろうな」
「だろう――」
「早く食べて、ご飯が冷めるから」
褒めちぎるような言葉を交わう二人に、耐えられなかったのかナァーザは耳をぴりーんと立てつつ二人を睨んでそう口にするのだった。
◇
その日の夜。今日一日ダンジョンに潜っていたというのもあり……ヴァディムは、ミアハにステイタスを更新してもらう。
「相変わらずだな、そなたは……」
ステイタスの更新をし終えた後、改めてステイタスを確認したミアハは苦笑いを浮かべながらそう口にする。
ヴァディム・ペルフェット
Lv.8
力:A 840 → A 870
耐久:E 480 → D 500
器用:A 860 → S 900
敏捷:B 720 → B 750
魔力:F 330 → F 350
狩人:C
完璧:S
剣士:C
忍耐:B
耐異常:D
魔防:D
治力:F
《魔法》
【身体強化】
・強化魔法。
・詠唱式【強く在れ】
・解呪式【静め】
【】
《スキル》
【
・基本アビリティの下一桁が、常にゼロとなる。
・疲労蓄積軽減。
・戦闘熟練度向上補正。
・経験値取得補正。
【
・『力』と『器用』のアビリティ超高補正。
・精神力の消費軽減。
Lv.8になっても尚、彼――ヴァディムのアビリティ成長具合に衰えが見られなかった。
特殊なスキルによって、基本アビリティの下一桁が"0"に固定されている事自体は気になるが……それは今に始まった話ではない。
「……今日、ダンジョンでどれぐらいの数を討伐してきたのだ?」
「ん? 今日は運が良くてな、2000体ぽっきりだ」
何の運が良かったのだろうか、とミアハは疑問を抱く。
彼――ヴァディムは、ダンジョンに潜る前に一定の討伐数を目標として決める。
1000体のモンスターを討伐すると決めたのであれば、何があってもそれを実行する。名の通り、1000体を討伐するまで。
だが、モンスターは1体ずつ出てくるのでは無い。1体の時もあれば2体同時に出てくることもある。
だからか、決めていた討伐数より1、2体分多くなることはよくある。普通であれば、決めた討伐数は超えたのだからいいと思うのだろうが……彼の性格故、納得しなかった、できなかった。
ゼロが並ぶ数字でなければ、気が済まない。かといって出てきたモンスターを倒さずに逃げるなんて真似はしたくない。
そのような事があり、討伐数が1001体となってしまった場合……2000体に目標を引き上げる癖がついてしまった。2001体になったら、3000体。3001体になったら、4000体。4001体になったら……と、スッキリする討伐数にするまでモンスターの討伐を続ける。
そんな異常とも捉える行動を、ほぼ毎日彼は積み重ねていった。
その結果、Lv.8という、オラリオでも随一の冒険者に彼は成ったのだ。
だから、ダンジョンに出掛けて以来丸一日経ってから帰ってくるなんてことがザラにある。
その度にナァーザにごっぴどく絞られるのもまたいつものことであった。
彼にとっては、身に感じる疲労感などは二の次。自分の気が済まないのであれば、済むまでやるだけ。そんな危うい彼の一面があるからこそ、ナァーザは気にかけているのだろう――とそうミアハは思った。
「2000体か……まぁ、いいだろう」
ナァーザ視点で言うのであれば、全然良くはないのだが……これも日常茶飯事なので何も言わないミアハであった。
実際、Lv.8になったヴァディムはオラリオ中から大と言えるほどの注目を集めていた。他のファミリアから勧誘もたくさん来ていた。
だが――それでもヴァディムは残ってくれた。こんな零細ファミリアなのに、だ。その上莫大な借金を負っているファミリア。外から見ると、とても自ら入る理由がないとも言える。正直、ここのファミリアよりも環境のいい他のファミリアの方が、ヴァディムの為になるのではないかと悩んでいた時期もあった。
そこで、私は覚悟を決めてその理由を問いかけたのだが――――
『え、そりゃあここにいるのが楽しいからだよ』
あっけらかんとそう言い放つヴァディム。それに、思わず笑ってしまったのは今でもいい思い出だ。
ヴァディムが今までと変わりなくファミリアにいてくれることに、ナァーザは相変わらず素直になれないようだったが、まんざらでもない態度だったのは言うまでもない。
―――主神一柱・子二人だけの零細ファミリアである【ミアハ・ファミリア】。
そんなファミリアが、徐々にでも活動の場を広げていく……これはそんな物語である。