ミアハ・ファミリアの”完璧”   作:ナハトAB

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【猛者】

 

76……77……78……79……あ、ごめん。通りまーす。……80……81……82……83

「「……」」

 

ヴァディムが、モンスターを討伐した数を口ずさみながらダンジョンを進んでいくという奇怪な行動は今に始まったことではない。

 

だが、駆け出し冒険者らがいるであろう上層に限っては……彼を見るや否や、そそくさと道を譲るのは仕方がなかった。

 

「あれが、【完璧(パーフェクト)】……か」

「流れ作業のように、モンスターを倒していきやがる……」

 

駆け出し冒険者から見たヴァディムは、何かの数字を口ずさんでいるようにしか見えなかった。そんな彼にモンスターがいざ襲い掛かろうとしたら既に斬られて、灰と化していた。

 

まさしく彼が歩いているだけで勝手にモンスターが絶命していくように見えており、駆け出し冒険者たちに畏怖を抱かせる所業だった。

 

彼を見ていたのが駆け出しではなく第一級冒険者……Lv.6、それも上位に迫る実力を持って、やっと彼が何をしているのかを目視できるようになる。

 

―――ヴァディムがやっているのは、ただ目に見えぬ速さでモンスターの首を斬り落としているだけである。だが、Lv.8という実力に伴って特殊なスキルにより、【器用】が底上げされている故の技であった。

 

だが、彼とて上層のモンスターその全てを斬るほどの鬼畜な事はしない。ヴァディムの目標は深層であり、あくまでも彼に襲い掛かるモンスターだけを倒していくのみ。

 

316……317……318……319……320……321……322

 

そのついでに、きっちり魔石も回収する。当然、レベルが高い彼にとって上層は簡単すぎた。だから彼にとっての上層は、単なる討伐数稼ぎでしかない。

 

496……497……498……499……500、っと」

 

そして、キリの良い数字で一旦止める。ちょうどこの場にいるモンスターを全て斬り終えたのもありその奇抜な行動を止めるのだった。

 

ちょうど中層の終わり頃に足を踏み入れており、後1階層降りたらそこは下層の始まりである。そこで一旦彼は持ちものを確認する。

 

「薬は……ある、っと」

 

ダンジョンに出掛ける前、いつもナァーザから【二属性回復薬(デュアル・ポーション)】を持たせてもらっている。体力と精神力の両方を回復するという優れた薬であり、いくらLv.8といえど、より深くの深層では傷を負うことがしばしばある。だからこそ、ナァーザのこの薬は命の綱といっても過言ではない。

 

ちなみに、この薬の材料である"ブルー・パピリオの翅"については、上層で採集済みである。それも20枚きっちり。ファミリアに戻る際、いつもナァーザに渡すのだが……彼女その時は決まって苦笑いを浮かべる。

 

いつも下一桁がゼロになるような枚数を持ってくるからだろう。ナァーザには申し訳ないが、こればかりは俺の性分なのだ、どうにもできない。

 

「ふぅ、よし行くか」

 

しっかり持ち物を確認した後、歩みを再開する。

 

501……502……503……504……505……506……507……508……

 

 

 

「――――――!!」

「……ふぅ、まぁこんぐらいか」

 

聞き慣れたであろうブラックライノスの声を聞き、そこに落ちた魔石を拾い……丁度2000体目となった。昨日に続いて今回も2000体ちゃっかりで終えることができてラッキーな気分になる。

 

魔石を入れる袋も、ドロップアイテムを入れる袋も満タンになりつつあるため今日はこれぐらいにして切り上げることにする。袋自体はまだまだたくさんあるのだが、今日ぐらいは早めに切り上げてもいいだろうとそう判断することにして踵を返す。

 

数秒に一度飛んでくるヴァルガングドラゴンの砲撃を、斬り伏せながら上へと戻っていく。

 

……キリの良い60階層まで行きたい所だが、未知の部分が多い上、死んだらそこで終わってしまう。それに60階層なんか行った日にはナァーザにごっぴどく絞られてしまうのだ。

 

だからまあまあなんとか自分が納得できる、55階層で切り上げる。

 

……レベル差など関係なく、ヴァディムがナァーザ相手に強く出れないのは、ミアハ以外に知るものは少ない。

 

1……2……3……4……

 

戻るときは、モンスターの討伐数ではなく歩数を数えていく。といってもただ歩いていくだけでは時間がかかりすぎる。ここに来たのと同じく小走りで帰る。Lv.8という敏捷を活かす形で、なるべく他の冒険者に影響を与えない範囲内での速度で。

 

こちらも同じくきっちりゼロが並ぶ数字の歩数でダンジョンを出ないと気が済まない。

 

その為、きちんと数えていくのがヴァディムがいつもやることである。

 

14975……14976……14977……14978……

「――お前は……」

 

何階層か上へと、小走りで戻っていくと途中で猪人の男とすれ違いそうになる。

 

何やら俺に用があるようなので、小走りをやめてその場で足踏みをする。

 

14987……14988…… よう、オッタル。 14989……14990…… 何か用か? 14991……14992……

「……いや」

 

目の前で、歩数を数えながら足踏みをしているヴァディムを前にすると、流石のオッタルもなかなか話を切り出しにくいものである。

 

14996……14998……間違えた、14997……14998……14999…… 15000っと」

 

彼が異常にこだわる性格であることは、オッタルも分かっている。だからか大人しく彼が数え終わるのを待っていた。

 

あの【猛者】をこうも待たせることができる者は、主神であるフレイヤを除くとヴァディムぐらいのものだろう。

 

「……どこまで降りた?」

「ん、俺か? 55階層まで。今日は2000体ぴったり討伐できたから早めに帰るところだ」

「……そうか」

 

彼の言葉をしっかり飲み込むオッタル。他者からだと、どう見てもふざけているとしか見えないヴァディムだが、オッタルの心境は違う。

 

――やはり、強い。

 

ただ、それのみだった。今こうして面としていても、緊張感のなさが彼からありありと伝わってくる。

 

だが……それを裏返すと緊張を持つ必要がないとも言える。それほどの実力を持っているヴァディムだからこそのもの。それに、彼は緊張感を持つときは持つ者だ。以前オッタルと手合わせをした時の彼は、一人の"武人"としてオッタルと向き合った。

 

それを身に持って経験しているオッタルだからこそ、その感想が出てくるのだ。

 

緊張感のなさと裏腹に、彼の隙が一切見えない。これが未熟な者であれば、隙だらけだと錯覚する。だが、オラリオでもトップレベルの実力を持つオッタルから見ると、隙がない。

 

そんな矛盾を持つ強さ。だからこそ―――"武人"としての心が燃え上がるというもの。

 

「……ヴァディム」

「んー?」

 

オッタルが、彼の名を呼ぶとヴァディムは首を少し傾げる。

 

「今は倒せなくとも……いつか必ず、お前を倒す

 

改めて、ヴァディムにそう宣言をするオッタル。その気迫は、並の冒険者ならば震え上がり本能的に命乞いをしてしまうほどの気迫だった。

 

「―――いいじゃん」

 

オッタルが挙げた宣言を、それほどの気迫を身に受けたヴァディムは獰猛な微笑みを浮かべながら受け取る。

 

やってみなよ、オッタル」

 

挑発とも受け取れる言動をするヴァディム。その微笑みは、まさしく"武人"であるオッタルにしか向けない"武人"としての微笑みだった。

 

「ああ――」

 

それを目にしたオッタルもまた"武人"としての獰猛な微笑みを浮かべながら、彼の横を通り過ぎるのだった。

 

―――それから、オッタルがヴァディムに肩を並ぶLv.8にランクアップしたのは……もう少し先の話である。

 

 

 

 

「……」

 

場所は移り、【ミアハ・ファミリア】にて。昨日に引き続き商品の位置を並べ直しているヴァディムを目にしたナァーザは無表情だった。

 

いつもながらも、ヴァディムのこれには何とかできないものだろうかと頭を悩ませる。

 

そこで、ナァーザは攻めを変えてみることにして……商品をセイチ単位で並べ直しているヴァディムの後ろに立つ。

 

「……」

「……」

 

彼とて第一級冒険者。後ろに立つナァーザに気づかぬはずはない。

 

だが、今は商品を並べ直しているところだ。中断となると尚更気に掛かってしょうがない。だからヴァディムは並べ直しが終わったら、ナァーザに向き直そうとそう判断して商品の並べ直しを続ける。

 

「……」

「……」

 

そんなヴァディムに、ムッとしたナァーザは"無言の圧力"と言わんばかりにヴァディムの背中をジーッと見つめる。

 

「……」

 

実力を持っているのが仇となったのか、背中に受けるナァーザの"無言の圧力"に敏感となるを得ない。だが、ヴァディムは商品を綺麗に並べるのが、今やるべきなことなのだと思い直す。

 

屈せぬ。ナァーザになど、屈せぬ。

 

その一心のみで、商品を綺麗に並べる作業をする。

 

「……」

「……」

 

――ヴァディムの背中って、こんなに大きいんだ。

 

じーっと見つめ続けていたせいか、ヴァディムの背中が大きく感じさせられたナァーザ。

 

――なんだか、安心する。

 

Lv.8という逸脱した強さを持つヴァディムの背中。強い男に惹かれる……そんな犬人としての本能が、僅かながらも無意識に安心感を追い求めてしまう。それでこそ、長い間共に暮らしてきたヴァディムだからこそ、そうなっても無理はない。

 

無性にその背中に手を触れてしまいそうになるナァーザだったが、そんなことをしたらヴァディムにからかわれるに決まっているのでぐっとこらえる。その反面、彼女の犬耳はぴくんぴくん動いているが。

 

そんな彼女の頬に僅かながら紅が差し掛かったのを、ヴァディムは気づかない。

 

「……」

 

一方、ヴァディムは背中に受ける視線の"質"がゴロゴロと変わってきて、やや集中が乱されつつあった。

 

――ナァーザのやつ、いつの間にかこんな技術を身に付けたのか。なんのこれしき……俺は屈せぬ! 屈せぬッ!

 

ナァーザの心境などお構いなしに、商品を綺麗に並べる作業を続ける。彼が一カ所の商品を綺麗に並べ終えると、隣へと移動していく。それに合わせてナァーザも後ろに立つよう移動する。

 

それから何分ぐらい経った頃だろうか。未だにナァーザはおろかヴァディムも戻らないことを不審に思ったミアハが、店の中を覗き込む。

 

「……は?」

 

ミアハのそんな気が抜けた声が出たが、二人の耳には届かなかった。

 

商品を綺麗に並べているヴァディムに、その後ろでただ無言で立っているナァーザ。そんな二人の姿が、ミアハの目にはそう映っている。

 

彼らは一体何をしているのだろうか。

 

心底、そう疑問を抱かざるを得ない状態にある彼は、思わず口を開いて……

 

「―――そなたたち、何をやっているんだ?」

 

そんな言葉を言い放つ。

 

―――ヴァディムとナァーザのいつとなく始まっていた勝負は、ミアハにより勝敗つかずに幕を閉じるのだった。

 

 

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