ミアハ・ファミリアの”完璧”   作:ナハトAB

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【勇者】

 

――【ロキ・ファミリア】所属にして団長を務めている、二つ名を【勇者】ことフィン・ディムナ。

 

第一級冒険者の中でも上位に当たる実力を持つ彼は、とある場面に相まみえていた。

 

「あ、どうも。フィン・ディムナさん、団長自ら出迎えてくれるとは思いませんでしたよ」

 

それは、【ロキ・ファミリア】に彼―――ヴァディムが訪ねに来た事である。

 

ヴァディムは、何やら【ロキ・ファミリア】に用があるらしくこうして訪ねに来たという事らしい。相手が相手だけに、団長である僕が出向いたわけだが……早くも後悔し始めている僕自身がいた。

 

「ああ……君が何やら用事があると聞いたのでね……」

 

そこで、言葉を切るフィン。なぜそこで言葉を切ったかというと……

 

「……また、ロキの事かい?」

「ビンゴだ、フィン・ディムナさん」

 

僕たちの主神である、ロキに酒を"一本"献上するためにこうしてヴァディムは時折訪ねにくる。前からしょっちゅうあるため、大抵は察することができている。

 

一体なぜ彼が、ロキに酒を献上するのかどうかは分からない。彼に聞いてもロキに聞いても、頑なに口を開こうとしないのだから。

 

「……はぁ」

 

それにため息を吐く。

 

ファミリアのことに深く踏み入れてこないのであれば、僕自身ロキの交友関係に口を出すつもりなどない。だが、彼―――ヴァディムが、時折僕達のファミリアに出入りすると考えると少々胃が痛くなる。

 

何故も何も、彼は現オラリオにて、トップと言っても過言ではない第一級冒険者なのだ。しかもファミリアも違う彼が、このファミリアに出入りするとなると最初は色々と大変だったものだ。

 

それも今になると、日常茶飯事の一つとなっており、ざわめきがあまりないのは助かっているが。

 

最初、ロキもあまりいい気分ではないように見えたがそれも今はむしろ心待ちにしている様子すら見える。

 

正直に言えば、ヴァディムが時折酒を献上しにやってくるおかげで、ロキに関わる“酒”の支出を抑えることができている。

 

ロキは大の酒好きなのだ、目も当てられない価格のした酒を買ってくるなんてザラにあり、その度リヴェリアに叱られている。

 

だが、それもヴァディムが時折持ってくるおかげでだいぶマシになった。

 

しかしこう何度も献上にやってくると少々困る。何が困るのかというと、彼の行いに対する対価を渡していないのだ。

 

彼は"献上"という形でロキに酒を渡しているのだから、対価なんていらないと言っていたが―――僕自身、どうにも落ち着かない。彼がロキに酒を持ってきて、それに対する対価を渡すという両方とも利がある関係を持ってこそ、というもの。

 

だが、彼がやっているということはロキに酒を持ってくるだけ。それに対して対価を渡していない時点で、こちらに利がありすぎる。一度だけならまだしも、こう何度も来られては、落ち着かない。

 

こちらばかり得をしている状況というのは、どうにもきまりが悪く感じるのだ。

 

「……こういうのもなんだけど。本当に何もいらないのかい?」

「もちろんだ、フィン・ディムナさん。ロキ様と楽しく酒を交えばそれで対価になるさ」

「――そうか」

 

何度もそう聞くが、彼は決まってこう返事してくる。

 

実際、ロキとヴァディムがどのような話をしているかまでは知らない。以前、ロキに聞いてみたが……

 

『楽し―く飲んどっただけやで? 心配あらへん!』

 

という似たようなニュアンスの返事ばかり返ってきて、追及を諦めたのだ。ロキであれば、よっぽど不味いことがあればちゃんと話をしてくれる――つまりそういうことなのだろう。

 

「―――所で」

「ん、フィン・ディムナさん?」

 

フィンは、この男―――ヴァディムが、やや苦手だった。何が苦手なのかなんて、先ほどの一言だけで、もう大抵分かるだろう。

 

「毎度言うんだけどね。君は、何故事あるごとに僕をフルネームで呼ぶのかな?」

「え、だってフィン・ディムナさん先輩でしょう」

 

―――先輩と、フルネームのどこが関係あるというのだろうか。

 

「確かに、冒険者をやっている年数から言うと僕は君の先輩なのかもしれない。だけどね、それとフルネームで呼ぶのと関係があるとは思えないんだよ」

「えっ……先輩の事はフルネームで呼ぶマナーが……」

「そんなマナー、聞いたことがないんだけど?」

 

そう……何よりも、彼のおちゃらけた態度が苦手なのだ。いつも頭で考えを巡らせているフィンにとって読めない相手──と言っていいだろうか。

 

とにかく、苦手なのだ。

 

ヴァディムはひとつ笑ったと思ったら、急に真顔になって。

 

「ぶっちゃけると、文字数がキリ良いからだな」

「……相変わらずだね、君は」

 

こう何度も、それが理由でおちゃらけられたこっちの身にもなって欲しい。

 

ようするに、ヴァディムはこう言いたいのだ。

 

フィン──文字数は3文字。

 

キリよくない。

 

フィン・ディムナ──文字数は8文字。

 

あぁッ、キリ良い10文字まであと2文字足りない! ならば敬語で呼べばいいんじゃないか?

 

フィン・ディムナさん──文字数は10文字。これでキリ良いから彼はそう呼ぶのだ、と。

 

"・"は、文字数に数えていいのかと思うが、彼が言うには毎回フィン……ディムナと少し間を置いてから言うから"・"も文字数に入れるのだ、と。

 

ハッキリ言おう、僕には全然理解できない。

 

キリ良い数字──なのは、僕にも分かる。ファミリア内での収支簿を作成する時、ゼロがあったら計算しやすいというのもあり……まあまあ何とかわかる。

 

だが……人の名前にもそれをはめるか? という話である。

 

そもそもキリ良い数字にするなら、“フィンさん”でいいだろう。5文字なんだ。

 

わざわざ人前で、フルネームを呼ばれる僕の気持ちを考えてほしいと声を大にして言いたいのだ。

 

「……ごほん」

 

オーバーヒートしかけている脳をリセットするために、僕はひとつ咳払いをした。こんなしょうもないことを延々と考え込んでいる時点で、既に負けたようなものだ。

 

──人間、常に張り詰めていたら疲れる。

 

彼はそう口にしていた。

 

僕は、このファミリアの団長として果たすべき責任がある。責務がある。確かに彼の言う通り僕は毎日常に張り詰めているのだろう。

 

ファミリアを率いてダンジョンに潜る際、僕の指示ひとつで、大きく事態を左右する。それほどの力が僕にあるからこそ、緩んだ心持ちではいけない。だから常に張り詰めている状態でもなければ、いつどうなるのかなんて分からないのだ。

 

だが、彼―――ヴァディムと話をする時だけは、どうしても気が緩んでしまう。そうざるを得ない。何がって、彼から感じる緊張感のない雰囲気に毒されてしまうのだ。

 

完全に、ではない。ほんの少しだけ息抜きしてもいいかとそう思えるような"何か"を感じさせられる。

 

だから―――僕は、苦手と言いつつ。有体に言って悪くはないと言えるのだろうね。

 

 

 

 

「いやー、ホンマに美味いなぁ、この酒は!」

 

ヴァディムが持ってきた酒を、ゆっくり味わって楽しんでいるロキ。

 

ファミリア内の、とある部屋にて、ロキとヴァディムは二人で酒を楽しんでいた。

 

「しかし、こんな美味い酒が300ヴァリスもしないってホンマなんか?」

「ああ、本当だ。そいつの酒はちょいと特殊なんだよ」

「かーっ、マジかいな」

 

300ヴァリスもしない酒なのに、味がこうも美味いとくればいよいよ酒の革命なんじゃなかろうか、とそう思うロキ。

 

ヴァディムの作る酒は格別に美味い。それでこそ、価格を付けるならは万を行っていてもおかしくはない。

 

ロキ自身、この酒が万を行く値段がするとしても納得できるものだった。

 

「ヴァディム、この酒を売る気はないんか?」

「ああ……売る気はない。そもそも売るリスクが高すぎて売る気になれん」

 

何しろ、この酒はヴァディム自身が作ったものだ。【ミアハ・ファミリア】が負っている借金に、ヴァディム自身の性格のことを考えると、あまりお金をかけるのは良くない。

 

だが、ヴァディムは酒が好きだ。といってもへべれけになるまで飲むのではなく少量の酒をゆっくりと噛むように飲む。

 

そんな嗜みを好んでいる。しかし、酒というのは一貫して高いものだ。

 

ならどうすればいいのか──せや、自分で作ればええんや!

 

そんな脳筋プレイとも言っていい流れで、ヴァディムは酒を作った。オマケに300ヴァリスもしない原価で。

 

大の酒豪であるロキを唸らせるほどの酒。これを一般にも販売したら間違いなく売れるだろうと確信を抱かせるほどの質をした酒。

 

そんなものを販売でもしたら、他のところから大顰蹙を買ってしまう。この時期にわざわざ火種をぶち込む真似はしなくていいし、そもそもダンジョンに潜り、魔石やドロップアイテムを売るという冒険者ならではの方法があるのだ。

 

今の時点で充分に収入はある。欲張りすぎると身を滅ぼす──というのもあり、ヴァディムは売らない。

 

「くぅ~もったいないでぇ……」

 

売らない、ときっぱり断るヴァディムに、心底残念がるロキはまた酒を飲む。それもそうだ―――これほどの味をした酒が、300ヴァリスもしないのであれば間違いなく飛ぶように売れるだろう。ある程度の知名度は必要なのだろうが……製作にかかるコストという部分ではどこにも負けないであろう酒なのだ。

 

ウチならば、まっさきに買い占めそうやなぁ。なんて思わず苦笑いを浮かべるロキ。

 

――自分で作った酒は自分で飲む。共有したい相手がいたら共有する。

 

シンプルにそうしたいが故のヴァディムであった。

 

だから決まって"一本"のみを持ってきて、その場で消費しきるのだ。

 

「いや~もったいなぁ~ホントにもったいないでぇ~……いや、ホントのホントにもったいないでぇ~」

 

本気で言っているのではない。それが分かっていたヴァディムは、ははと軽く笑いながら酒を少し飲み下す。

 

そんな風に雑談を楽しんでいたら、不意に。

 

「―――そういえば、ヴァディム?」

 

真顔になったロキに、なんだ? とヴァディムは首を少し傾げる。

 

「アイズたんに手ぇ出してへんよな?」

 

バーン、とそんな効果音が聞こえてきそうなほどに圧を出すロキ。その表情は有無を言わさぬと言っていいほどのそれ。

 

「いや、突然何の話だ?」

 

こればかりは、ヴァディムも疑問を抱かざるを得ない。ロキの言うアイズとは、【剣姫】の彼女だろう。

 

「……まぁ、そらあり得ないわな」

 

先ほどの表情はどこかに行ったのか、今度は恨みがましい表情に変わっていく。心底疑問に抱いている様子のヴァディムを見たから故のことであった。

 

「でも、でもなぁ。お前のせいやで、ヴァディム。お前が、お前が――ウチのアイズたんを汚したんや!!」

「待て、一切身に覚えがないんだが??」

 

やれ俺のせいだの、やれ汚しただの話がどこに行っているのか分からないヴァディムは困惑する。

 

「うぅ、アイズたんなぁ……アイズたんなぁ、口を開けばヴァディムの事ばかり言うんや~」

 

酒が進んでいたというのもあり、ロキは心底恨めしいと言わんばかりにヴァディムを見る。

 

ロキが可愛がっているアイズが、最近になってヴァディムはどこにいるの、とかロキばかりずるいとかそう言うようになったのだ。

 

可愛がっているアイズたんに、男の影が見え始めておりロキとしてはとても平常心ではいられない。

 

「……はぁ、わかっとるわ」

 

ロキとて小さい頃からアイズと共に暮らしてきた身。アイズの変化が一体何なのかなどは分かっている。

 

純粋にヴァディムの"強さ"に興味があるのだろう。"どうしてそこまで強くなれたのか"とアイズがヴァディムにそう聞いたのだからなおさら。

 

強さを追い求めているアイズにとって、Lv.8という領域にいるヴァディムは、あまりにも劇薬のそれだった。

 

目に見える目標。達するべき目標。超えるべき目標。そんな者がたまにここのファミリアに来るのだから興味を持っても無理はない。

 

「うぅ~」

 

恋愛感情が一切ないことには安堵するが、それでも他の男の話をアイズから聞くロキとしては恨めしい気分になる。

 

いっそファミリアに移してくれれば──と思いかけたが、それはすぐに頭からかき消す。

 

以前に一度だけファミリアに勧誘したが、きっぱり断られたということもあり……何よりもヴァディム自身の事情もある。

 

そう思い、ロキは一度勧誘したあれ以降、ヴァディムを再度勧誘するようなことはしない。

 

「ヴァディム、まだ酒は半分も残っとるんや。最後まで付き合ってもらうで?」

「はは……了解だ」

 

そう言われているのが分かっている為か、ヴァディムは軽く笑った。

 

それから、ロキは嫌という程、アイズの話を繰り広げていきやがて二人だけのささいな飲み会は終幕を告げるのだった。

 




「むっ、酒の匂いがする……」

ナァーザは ヴァディムの 匂いを 嗅 ぎ 取 っ た !
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