「あーくそっ、上手くいかねぇなぁ……」
深層の入り口とも言える、51階層にてヴァディムは頭を掻きむしる。
ヴァディムは、とある試しを行っていた。それは、下層から51階層までのモンスター1000体撃破をノールックでやるという試し。
まず、1階層から始めてただまっすぐ視線を奥へと向かったままモンスターを斬る。それもただ斬るだけではなく
持ち前の【器用】にスキルと言うのもあり、ノールックでモンスターを倒すこと自体なら出来る。
だが、それが1000体もとなるとどうしてもノールックでは撃ち漏らしてしまうモンスターが出てくるのだ。
なるべく己の力を出せる限り、1000体のモンスターを狩っていたが、それでも最後ら辺になるとどうしてもノールックでとは行かなくなってしまう。
「……ふぅ」
撃破したモンスターの魔石を拾い、一息をつく。
【身体強化】を使えば出来るのかもしれないが、あいにくアレは強力すぎて周囲への影響がなぁ……
――ヴァディムが習得している唯一の魔法である、【身体強化】。
その効果は、シンプルにヴァディムの身体能力を上げるというもの。もっと細かく言うなれば、『力』や『耐久』、『器用』はもちろん『敏捷』に『魔力』も底上げされる。
その上、動くものを捉える反射神経といった類の能力も底上げされるというシンプルながら強力な魔法である。
しかし、ヴァディムがこの魔法を使うのに躊躇を覚えている理由としては──身体能力の底上げ具合があまりにも強すぎるからである。
魔法の威力は、基本的に詠唱者の『魔力』に依存される。ヴァディムは、Lv.8というのもありレベルごとの『魔力』の蓄積がかなり大きい。
そのため【身体強化】を発動させた状態のヴァディムを、無理やりレベルに変えるならば……Lv.9相当の強さとなる。
それだけなら良かったのだが、あいにくLv.8とLv.9の差は想像もできないぐらいに大きい――Lv.1とLv.2の差とは比べようもないぐらいに。
つまり、身体の性能が良すぎて制御が効きづらいのである。自分ではなるべく手加減しているつもりが、手加減出来ていないといった具合に。
一応ヴァディムとしては、Lv.9の感覚を掴めるよう間合いを見て【身体強化】を発動させてはいるのだが、まだまだ掴めていない。
それほどに、Lv.9の力は大きいということ。
……うん、感覚を掴む為の練習と思えば大丈夫か……
葛藤の末、自分の制御力を信じることにして【身体強化】を発動させることにする。
もちろん、この直後またやるのではなく日を改めて、である。
そう何回もやったら、ダンジョン内のモンスター数が減ってしまいかねない。
だから日を跨いでもう一度……という風にするのである。
◇
「あぁ、もー……クソぉおおお!!」
日を改めて再度挑戦するが────998体目で失敗した。
こうした奇怪な行動を繰り返したヴァディムは、今度こそと意気込んで1000体目まで迅速にやったわけだが、キリ良い1000体までわすが2体という所まで来たという風に思いっきし悔しがっていた。
もうこのダンジョンの崩壊お構い無しにやれば、恐らくこの998体という記録をさらに伸ばす事はできるのだろう。
だが、それは流石に不味いので限度を考えてやっている。
「……もう一度だ、もう一度……」
もう今日この試しをやってしまった上、今日は切り上げることにする。
当然、この程度では挫けるはずもなく。『忍耐』の発展アビリティがAに達したというのもあり、こういう事柄に対する精神力は凄まじいもの。
今のヴァディムの顔は、傍から見れば鬼神が宿っていると言わせるほどの気迫さを持っていた。
「……ヴァディム?」
切り上げて、下層に着くと【剣姫】ごとアイズと相見える。
「その……顔、怖いよ?」
リヴェリアと同等にヴァディムのことを認めているアイズからすると、ただ事ではない様子のヴァディムに緊張していた。
その為、ギリギリ聞こえる声量でそう言い漏らしてしまう。
「……ごめんな、アイズ。男にはどうしても諦められない時ってもんがあるんだ」
「……諦められない?」
その言葉を聞いたアイズは、緊張を持ちながらもしっかり一言一句聞き漏らさないよう真剣な表情をしてヴァディムの言葉を待つ。
アイズからすると、とんでもない高みにいるヴァディムの事だ──より強くなる為のヒントがあるのかもしれない。
そう思っての事……だったが。
「そう、ノールック作戦だ」
「……のーるっくさくせん?」
ノールック作戦という単語を聞いて一瞬戸惑う。一体何なんだろうか、その作戦は。
「どういう意味……なの?」
「そうだな……モンスターを倒す時、普通ならしっかりモンスターを見て斬るだろ?」
ヴァディムの質問に、肯定を返すように一つ頷くアイズ。
「それを、モンスターを見ずに斬る……そんな試しをやってる所って事だ」
「なる……ほど?」
多分、ヴァディムは簡易的にまとめて意味を説明してくれていたのだろうが……イマイチ意味を掴みきれていないアイズであった。
◇
「――やっぱ頭おかしいとちゃうんかなぁ、アイツ」
その日、日が暮れる頃。ロキ・ファミリアにて主神であるロキは、アイズの話を聞いて思わずそう口にする。
「ノールック作戦……モンスター相手に一瞥もせずに1000体? 一体どうやったらそんなバケモンみたいな真似出来るねん」
ノールック、つまり一瞥もせずに倒すという事が一体どういうことなのか。
簡単に言えば――モンスターをわざわざ見ずとも、的確に打ち倒すほどの技術と目で見ずに“気配”のようなものでモンスターを捉える……いわば“心眼”と言い換えるぐらいの能力が必須になる。
それでこそ、もし死角を狙うように後ろから襲い掛かってくるモンスターにも一瞥せずに倒すという見当が必要になる。
――本当に人間か? もはや人間ではない何かになりつつあるのでは?
そう思うのは無理もなかったのだった。
「――アイズたん。何回も言うんやけど……アイツを目指すのはやめとき」
「……むぅ」
アイズたんは、機嫌を損なったように頬を膨らます。
かわいい――うん、かわいいはかわいいが、それとこれは話は別や。
強さを追い求める為に参考する対象として、ヴァディムは正直言って無茶である。何がというと、アイツのやる事その全てがアイツだからこそ出来るのであって、アイツ以外のヒトがやったら間違いなく挫折する。
毎日のようにダンジョンに潜ってはちゃっかり1000体ぴったり撃破するまで帰還しない。1001体になってしまったら2000体という風に、ムチャとも言えるやり方で冒険者としての実力を上げていた。
それに、彼は――そのルールを
体調が悪いから今日はここで……という風に妥協なんてせぇへん。体調が悪かろうと、身体が疲れようと、動けないほどの怪我を負ってても。
それぐらいに、めちゃくちゃなんやアイツは。
それがウチらの幹部達よりも遅く冒険者になったのに、もう追い抜かれてLv.8……というのが何よりもの証拠や。
――ヴァディムに関しては、何度も酒を交わったロキとしても分かっている。
あの男にまともな論理は通じない、ということに。
「……それはともかく」
ヴァディムはともかく……ひとつ気になったロキは、困ったような表情をしてアイズにこう口にする。
「アイズたん……また勝手にダンジョンに行ったんやな?」
「……」
ロキにそう言われたアイズは、はっと自分自身がボロを出していた事に気づいたのか……ロキから視線を外したのだった。