―――はい、こちら退魔課です。どうかされましたか?
「すいません、怪奇現象についての相談ってここでいいんですか?」
―――もちろん。場合によっては対応する専門家にお電話を替わる場合もありますが。
「相談、いいんですよね?」
―――もちろん。
「その、何か家の離れの物置の天井から這いずる音がするんです。最近庭に蛇の抜け殻のようなものが落ちてて、でも蛇にしては明らかに大きいんです…………」
―――なるほど。影響は物置の異音と庭の抜け殻だけですか?
「いいえ、家の窓にも手の跡が付いてたりベランダに蛇が這いずったような跡があるんです」
―――なるほど。過去に何か物置に封印したとかの話はありますか?
「そんなオカルトみたいな話は無いですよ!?」
―――いえ、たまに原因に心当たりがある場合はあるので聞くことがあります。
「そうなんですか、って結構あるんだこの話…………」
―――近年増えてきています。できる限り物置に近づかないようにしてください。
「わ、わかりました」
―――ちなみにですが、蛇の抜け殻の大きさはどれくらいでしょうか?大体で構いません。
「確か…………4mほどあったような」
―――一目で普通ではないと分かりますよね?
「まあ、ここ最近頻繁に落ちてたので」
―――頻繁に?
「ええ、気づいたら落ちてたのが続いてて。ここ最近異種族の人が増えてるじゃないですか。常識とか違ってたまにうちの庭を通ってしまう人が居たので、落とし物かなと思ってたんです」
―――一般的にラミア、もしくはナーガに当たる異種族の方と思ってたんですね。
「はい、うちの庭は結構広いので」
―――確かに常識がずれて不法侵入してしまう異種族の方は居ます。ですが、脱皮した皮をその場に置いておくというのはラミア、ナーガの方々は決してしません。
「そうなんですか?」
―――仮にも自分の抜け殻です。下着を他人の家に残していくようなものです。彼女たちでもなけなしの羞恥心は残ってます。
「…………しれっとディスってませんか?」
―――そんなことはありません。何かあってはいけないので職員を派遣します。住所を教えてもらってもいいですか?
「あ。はい。『個人情報なので非公開』です」
―――ありがとうございます。では、すぐに近くにいる職員に調査依頼をするので少々お待ちください。
「で、この家だな?」
「確かに魔力反応はあるけど、普通に通っただけの残滓程度」
「調査したら分かる事だろ。ひとまず家主と対談だ」
雲が太陽を隠しややじめっとした空気のなか、スーツを着た退魔課より派遣された調査員三人がインターホンを鳴らす。
家主は壮年の男性、職員の訪問に何の話かと困惑していたところ、相談主らしき青年が駆け足で彼らを出迎えて状況を理解した。
どうやら家主も怪奇現象を不気味に思っていたらしく、近いうちに物置を壊してしまおうかと思っていたようだ。
もし、中に何かいたら大変なことになるかもしれないということで物置を調査することにした。
「確かに、何かいそうな雰囲気はいるって感じはしますね」
「計測器には魔力は自然な感じだけどなぁ」
「手すりも調べたが、単純に大蛇が這ったような感じだった。バカでかい野生動物の可能性が出てきたな」
「流石に異種族ではなさそうだな。怪異案件かもしれないが…………」
「注意はしておくんだ。無名の神様案件かもしれない」
念のために札を、縄を構えて物置の扉に手をかける。がたりと扉を引こうとしたが、老朽化のせいかぼろりと崩れてしまった。
このご時世、広い庭に木造の物置というやや変わった物ではあったが、老朽化が進んでいるためガタが来ているのだろう。
家主曰く、亡くなった祖父の代からあったようで家はリフォームして新しくなっているが庭の隅にあった物置はリフォームの邪魔にならなかった事と物がごちゃついて手が出しにくかったという理由で放置されていた。
「確かに、これだけオンボロになってたら壊すことも検討するよな」
「庭もそれなりに広いし、話を聞くこところたまに異種族の人が間違って通っちゃうんだろ?これに当たって壊した時の責任問題がややこしくなりそうだから取り壊しは正解だろうな」
「そもそも、異種族が間違って通るなんて怪しくないですか?」
ワイワイと言いながら開け辛くなった扉の前で各々が考察する。
龍穴というのをご存じだろうか?陰陽、風水で土地が繁栄するとされている霊的にとても強い力の流れが流出するとてもありがたーいものである。分かりやすく言うとパワースポットである。
異種族が持つ魔力はこの星の地脈に含まれるものと同一ではないが、最終的に生命活動にとって必要なエネルギーとして行きつくものとほとんど同一である。
ここに流れるエネルギーは異種族の人々にとって心地よいものであり、霊脈の上を歩くだけでふわっとした気持ちよさを得ることが出来るため思考力がやや弱めの異種族だと無意識に霊脈の上を歩いてしまう。
霊脈の位置はほとんど把握されているが、基本的に何か影響が出るわけでないし、たまに霊脈の上をぼーっとしながら歩いて車と衝突するという事案が発生する程度だ。なお異種族はほとんど無傷で車が大破というケースしかない。
だが、龍穴は別である。
いつどこで開くか分からないものと認識されている。現時点でパワースポットとされている龍脈は逐一把握されているが、自然に開いて気づかれない、もしくは出力が低くて感知されにくく発見が遅れるということもある。
話は変わり、この物置は古くから存在している。詳しい年代は分からないが、少なくとも第X次世界大戦からは存在している。
その物置に収納されている一つの物置がある。蛇を模った金属製の置物である。
古くから存在した置物であるが、時代が進むにつれて存在を忘れ去られていた代物だった。
しかし、とある少年が物置を興味本位で探索したところに床に置いてある埃を被ったソレを見つけたのだ。
出来は良かったため気に入った少年は何とかして運び出そうとしたが、少年の腕力だけでは運ぶことは出来なかった。金属故に無駄に重かったのである。
そのため少年は大人の力を借りて何とか出そうとしたが、結局物置に放置されるということとなった。
それから長い年月が過ぎた。気づけば物置に龍穴ができ、じわじわと霊脈から流れ出るエネルギーを、蛇の置物は啜り続けた。
『今、壊すと申したか』
この場にいる全員の頭に響く声。職員だけだけでなく相談主とその父にも聞こえた。
『我が屋代を壊すと申したか』
「本部に連絡。怪異発生。ランク不明、応援求む」
「お二人とも避難してください。家に誰もいませんよね?あと周辺の人たちにも避難するように伝えてください」
「こりゃ一仕事だな」
職員三人は職務を果たすべく行動する。もしもの時に応じての対策は怠らない。過去の事件の二の舞にならぬよう徹底的に人命と尊厳を守るために彼らは動くのだ。
『だが良い。もう古き居所など要らぬ。我の『身体』を仕舞うに相応しくなくなった依代も要らぬ』
メキメキと物置が膨らむように壊れていく。それなりの大きさであったはずなのに、その中にすら収まらないというのだ。
「これ、神話生物が出てくるとかじゃないですよね?」
「やめろフラグを立てるな」
「なんか雨降ってきたよ!?フラグってレベルじゃない!」
曇り空に合わせるようにしとしとと雨が降ってくる。
『我はこの家に住む。実際古くからある土地に我ずっと住んでたようなものから実際我の家と同じだろう』
「実際とか言い出したぞあいつ!」
「間違いなく変な方向に思考が拗れてる!」
「変に力を得てイキってる輩だ!」
『黙れ!好き勝手言いおって!もはや力を蓄えた我にかなうものなどいない!この家に住んで少年と過ごすんだ!』
「中身はいつもの案件だよ畜生!」
ゴゴゴ、と空気も重くなり物置もついに倒壊する。
その体躯はとても長かった。事前に聞いていた抜け殻よりもはるかに長く、10m以上の長さがあった。
その体表は覆われていた。きめ細やかな鱗、その一枚一枚に力を宿し強固で美しく感じられるものだった。
その顔は蛇ではなかった。立派な角が二本も生えて、口からはふしゅるると吐息と共に雷らしき閃光を漏らしていた。
そう、その姿はまさに。
「りゅ…………」
「りゅ、りゅ…………」
「「「龍だーーーーー!?」」」
『さあ、貴様らは帰ると良い。今日から我がこの家の家主だ!』
地の利を得て神威と化した蛇と人間の戦いが、今幕を開ける。
めちゃくちゃ頑張って(数の暴力で)しばき倒したんだよね。
『今回の相談者』
どこにでもいるような裕福な家庭に住む青年。実家暮らしだがしっかりと働いている。
物置に関して、幼いころに蛇の置物をみつけて気に入ったが、子供でも大人でも持ち運べない重量だったので諦めた。
それから年月を重ねるうちに蛇の置物のことを忘れたが、高校生頃に美術で陶器を作るという授業でふと蛇の置物のことを思い出して、再び物置に訪問。写真を撮り、それを模した陶器を作り玄関に置いた。
『家主』
相談者のお父さん。あまり関係ない。
物置に関しては取り壊そうと普通に考えていたし、庭を勝手に通る異種族に迷惑していた。
『龍となった蛇…………の置物の付喪神』
制作者不明。長い年月を経て付喪神となった謎の置物。
ひっそりと物置で過ごしていたのだが、少年時代の相談者が訪れて持ちだそうとしてくれたことを喜んだ。しかし重すぎて運ぶことが出来ず、結局取り残された。
嬉しくも、されど悲しい気持ちになった。そこから少年が来なくなったことも追い打ちをかけて悲しくなった。この頃に龍穴が開き、その丁度真上にこの置物があった。
それから時が過ぎ、高校生になった相談者が再び訪れたことでひっそり喜んだが、写真だけ取られて帰ってしまったので呆然とした。スマホで写真を撮られたし、この付喪神は写真を知らないのでこの後になにが起こったか知らない。
孤独をからかったのかと怒りが湧いたとき、自分が等身大の蛇として分霊を出せるようになったこと、そして龍穴の上に自分がいるということに気づいた。
分霊を通して相談者の家族を窓の外から見た。羨ましかった。
だから力を蓄えた。蓄えて大きくなり、いつの間にか分霊が物置に収まらなくなりそうなほど大きくなった。人に化けようとしたこともあったが、長い年月一人であったため力の使い方が放出以外よく知らず、中途半端な変化しかできず、それでのぞき見した際に窓に手形が残った。
それでも窓からの覗きはやめられなかった。誰かといることが羨ましかった。
だからあの時の少年とあの家に住みたかった。
そして暴走し龍となり、今回のCASEに至る。
退魔課の総力(一部除く)をもって叩きのめした後、蛇の置物は回収された。
しかし、力が弱まった付喪神は情状酌量をもって相談者の家の玄関にある蛇の陶器に宿ることは許された。
もう、ひとりじゃない。
『龍穴』
事故が起こらない様に閉じられた。ただし、霊脈は流れているので偶に異種族の人が勝手に通る。
あなたの