「なぁ、やっぱ毎日2部屋とって出費が銀貨1枚は金銭的に厳しいって」
とある町のとある宿屋。
冒険者たちの登竜門として栄えているその町の一角に立つ、新人にも優しいお値段のその宿屋で、二人の男女が会話していた。
「なぁーやっぱ雑魚寝部屋でいいだろ?そっちなら一日銅貨3枚だぜ」
「だ、だめだよ!僕はともかくエナが雑魚寝部屋なんかで寝たら、その、色々やばいって!」
気弱そうな少年と、男勝りな口調な少女の二人は、最近この街に来たばかりの駆け出し冒険者であった。
「そ、そうだ!僕が雑魚寝部屋で寝るから、君が一人部屋使えばいいよ!」
「銅貨2枚しか変わんねえじゃねえかよ、バカなのか?」
「じゃ、じゃあどうすりゃいいのさ」
「決まってんだろ?」
エナと呼ばれた少女が、さも名案、といった態度で少年に振り向く。
「私と相部屋にすればいいのさ」
エナ視点
突然だが、私、エナには前世の記憶と呼ぶべきものがある。
こことは違う、文明も何もかも違う世界で十数年生きてきた記憶があるのだ。
それも男として。
そしてその記憶が告げている。私は転生者なのだと。
つまり私は、他の追随を許さない絶対無敵の能力を持っているーーー。
ともそううまくはいかず、普通の村娘として過ごしてきた私だったが、そんな私にも友人というものがいる。
それがうちのお隣で少し夢見がちな少年、ルインだ。
ルインは顔こそ整っていて可愛らしいナリだが、その中身はなかなかにやんちゃである。
昔著名な冒険者だったという父親の影響を受け、幼い頃から冒険者としての研鑽を積んできた。棒を振ったり、木を登ったり、変な草食べて腹壊したり。
そのくせ変にビビリだから、棒が当たって犬に追っかけ回されたり、木から降りれなくなったり、腹痛でぶっ倒れたりした時はえんえん泣きまくる。
そんなこいつを横で見守り、前世分も含めるとトータルでは立派な大人になるこの私が、こいつを父として、友として、支えてきてやったってわけなのである。
そんでルイン、そして私が成人を迎えた日ーーーーーこの世界での成人は15歳ーーーーー一緒に冒険者になるために街に出てきたということだ。
私が泊まっていた方の部屋を引き払い、ルインの泊まっていた部屋に荷物をまとめてやってきた。
「じゃ、じゃあ、僕床で適当に寝るから」
当然だが、この部屋にはベッドは一つしかない。
殺風景で、家具も最小限のこの安宿の一番安い部屋だ。ベッドも硬いし狭い。
ーーーだが、非常に不本意ながら小柄で体もそれほどでこぼこしてない私なら詰めればもう一人くらいは寝るスペースができる。
となると、取るべき選択は一つしかあるまい。
「なんでだよ、一緒に寝りゃいいだろ?」
「は?!」
「うわでっかい声」
ルインは顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりあたふたあたふたしている。
なんだこいつ……。
「エナは嫌じゃないの?その、僕と一緒に寝るの」
突然こいつはそんなことを聞いてきた。
決まってるだろ、そんなの……。
「いやに決まってるだろ」
「えぇ……」
「私たちもう立派な大人だぜ?」
15歳が成人のこの世界では、私たちはもう立派な大人なのだ。
まあ、私は前世を加えれば30はとうに越しているのだが。
「そ、そうだよ!もう成人した大人が同じベッドで寝るなんて、その、不健全だ!」
「あぁ、恥ずかしいのはわかる、いい年して友達と同衾なんてよ。まあ小さい頃はよくしてたけどさ」
「え、そっち?」
「だがな、冒険者ってのは体が資本だ。床で寝て変に体が曲がったりでもしてみろ、大変だぞ」
「う、ぐぬぬ」
ルインが眉間を掻き始めた。こいつが悩んでる時のくせだ。
あともう一押しか?
「恥ずかしいんなら、お互いに背中合わせで寝りゃいいだろ、な?今日の夜は冷えるぜ?」
「……わ、わかった」
よし、交渉成功だ。
ふへへ、一緒に寝るの、久しぶりだな。
ルイン視点
本当にエナは分かってない!!
故郷の村を出てはや数ヶ月。故郷の父さん母さん、僕はめげそうです。
弱気で人と話すのが得意じゃない僕を引っ張ってくれた彼女には感謝してるし、その、特別な感情を抱いていることも否定しないけど、こういうのは……!
そもそも!僕は一人でも冒険者になる気だった。いつか功績を立てて故郷に戻って、それから、その……。
とにかく、そうやって計画を立ててたのに、いざ出立の時になって、ちゃっかり
「おやつ持ってきたぜ!」なんて呑気に村の門の前に立ってるし。
エナは、僕の情緒をぐちゃぐちゃにしてくる。
今日だってそうだ。なんなんだあれは。あんなに一緒に寝ることを強請ってくるなんて。
彼女が、僕のことを気遣ってくれているのはわかる。
床で寝ると体が曲がるってのも、妙に物知りな彼女のことだ。真実なんだろう。
でも、お互いいい歳した大人の、男女なのだ。
小さい頃とは違う。
男と一緒に寝るってのが、どういうことなのか分かってるのか?
多分エナは、僕のことを同性の友達とでも思ってるんだろう。
だから僕に対して、あんなに距離感が近いんだ。
勘違いしそうになるから少しは自分が可愛い女の子だって自覚を持ってくれ!
「明日も早いし、さっさ寝ようぜ」
エナがベッドに横たわり、こっちを誘ってくる。
掛け布団を捲り上げ、ベッドの空いている方を手で叩いて催促してくる様子が、妙に艶かしい。彼女の着ているネグリジェは、彼女の趣味に似合わず可愛らしいものだ。確か彼女の姉から贈られたものだったか?
いや、違う、本人はそういう意図ではないはずだ。彼女にとってこれは、単なる友愛にすぎない。
安宿のベッドは、二人で寝るにはやはり狭く、いくら小柄な彼女といえど、僕と体がピッタリと引っ付くことになるのは明白である。
「や、やっぱ僕床で寝るから」
つい弱音を吐いてしまう。これで彼女が折れてくれればいいのだが。
「は〜?男に二言はねえぞ!観念しろ!」
はよ、はよとこちらを急かす彼女。
そ、そうだ。こんなところで屈するわけにはいかない。僕はこれを乗り越えて立派な冒険者になるんだ!天国の父さん、見ててください!
そんな決意を固め、ベッドに潜り込む。
「なぁ、背中合わせにして寝るとは言ったけどベッドに入る時から背中合わせなのは入りづらくねえ……?」
君の顔を至近距離でまともに見れる気がしないんだよ!!!
「ご、ごめん、狭くない?」
「ん、大丈夫」
後ろで彼女が寝返りをうつのがわかる。エナの背中と僕の背中がピッタリと引っ付く。
「おやすみ、ルイン」
「お、おやすみ、エナ」
心臓がバクバク音を立てる。エナに聞こえていないだろうか。
彼女の背中から伝わってくる体温が、密かに聞こえる吐息が、彼女の存在を否が応でも意識させる。
む、むりだ。こんな状況で寝られるわけがないーーー!
気づくとすー、すーと穏やかな寝息が聞こえる。今、ベッドから抜け出せば彼女を起こしてしまうだろうか?
……この状況で寝られると、僕だけが意識してるみたいでバカみたいじゃないだな……。
今日は、というかこれから毎日夜は寝られそうにない。
長い夜の予感に、僕はーーー彼女を起こさないように静かにーーー震えた。
エナ視点
「ん。あ、ふ……」
大きなあくびをしながら目を覚ます。どうやらぐっすりと眠ってしまったようだ。
むしろいつもより安眠できた気がする。人肌の温もりのおかげだろうか?
「お、おはようエナ」
「おはようルイン。よく眠れた?」
「あ、あぁ、眠れたよ、多分……」
妙に歯切れが悪い……けどまあ寝れたならいいか。
布団から抜け出して伸びをする。
「よし、今日も頑張ろうぜ!つっても薬草とりしか仕事ないけど!」
「元気だね、エナ……」
……なんかルイン、元気なくない?