ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのご

 

 

 

 

 

 

「──忍ぶどころか、暴れるぜッ!」

 

 手裏剣鬼はそう叫ぶと、頭に被った陣笠状の巨大な手裏剣──カサニンジャーシュリケンを取り外し、先程の意趣返しのようにタロウへ向けて投擲した。

 凄まじい速度で回転しながら飛翔する手裏剣は、タロウの頭と胴体を切り離す軌道へ綺麗に乗っている。

 ネルが、真っ先にそれに気づいた。

 

「──!」

 

 桃井タロウは──ドンモモタロウは強い。

 認めよう。非常に癪だが、美甘ネルはミレニアムに所属するどの生徒よりも、タロウの強さを知っている自信があった。

 それはあの二十五秒の戦闘を経験したからでもあったし、記憶にも新しい先生が拉致された事件において、最後まで異形を圧倒し続けた姿が目に焼きついていたからでもある。

 だが今、男は変身していない。

 つまりは先生と同様の、銃弾のたかが一発程度が致命傷に至る存在だった。

 そんなモノが、あの刃を喰らった果てに至る結末など──

 

(胸クソ悪ィことを、考えさせんなッ!)

 

 銃を抜く暇など無かった。だから少女は、弾かれたように椅子ごと後ろに倒れながら、渾身の力を込めて机を蹴り上げた。

 キヴォトス人の膂力は尋常ではない。そしてネルは、ミレニアムにおいてコールサイン/ダブルオー──約束された勝利の象徴を与えられた生徒である。

 通常ならば、ただ爪先を痛めるだけに終わる筈だったその行動は、重さ数十キロ以上にもおよぶ分厚い円卓をあっけなくひっくり返し、即席の盾をその場に作り出した。

 空気を引き裂きながら飛来した手裏剣は、導かれるように横倒しにされたテーブルに激突する。

 勝敗は、たった五秒で決した。

 ヒトツ鬼特有の莫大な膂力と暴力的な遠心力を伴った鉄の塊と、高級な素材が使われているとはいえひっくり返されただけの木製の机。

 どちらが勝者に、どちらが敗者になったのか。わざわざ記述するまでもない。むしろ五秒も保った時点で、机に並外れた耐久性があることは保証されたも同然だった。

 それでも、たかが五秒である。

 しかし、退避するには充分な時間だった。

 耳障りな破砕音を伴いつつ机を容易く断ち割った手裏剣が、轟音と共に顔を出した。だが、ネルとタロウとアカネは既にその場から飛び退いている。

 ゆえに手裏剣は本来の目的を達成することなく、速度と威力を保ったまま、一直線に部屋の奥へと向かっていった。

 

「バカがッ! ガラ空きだ──!」

 

 そして、おそらく唯一の武器を手放した敵に手心を加えてやるほど、美甘ネルは優しくはない。

 ネルは銃体に黄金の竜の文様が刻まれた二丁のサブマシンガン──ツイン・ドラゴンを構えると、周囲への影響など一切気にせず、躊躇なく引鉄を引いた。

 瞬間、マグネシウム色の閃光がぱちぱちと迸り、小刻みに揺れる銃口から数えるのも馬鹿らしくなるほどの銃弾が音速で解き放たれていく。

 信じ難いことに、すべてが必中の弾道。

 明確な害意を持って殺到する銃弾の雨に、なぜか手裏剣鬼は回避の動きを見せなかった。

 ただ、人差し指と中指のみを立てた両手を、手首の辺りで十字に交差させた。そして腹の底からの叫びを上げる。

 

「──変わり身の術!」

 

 弾丸は、確かに命中した。

 ただし手裏剣鬼にではなく──どこからともなく現れた電子レンジへと。

 

「なッ!」

 

 ネルが衝撃に口を開くなか、天井から逆さまに吊り下がった手裏剣鬼は、胸部に装着されてあるもう一つのカサニンジャーシュリケンを取り外し、

 

「かアッ!」

 

 裂帛の気合いを込めて投げ放った。

 再度迫り来る四つの刃を纏った独楽に、ネルは舌打ちを繰り出しながら照準を合わせた。

 初撃のように不意打ち気味ならまだしも、今では速度も威力も知れている。

 この距離ならば確実に撃ち落とせる──そう確信した直後、ネルの背筋を強烈な悪寒が走った。振り向くよりもずっと早く、研ぎ澄まされた直感が敵の位置を告げる。

 左斜め後ろ。

 つい先程机を断ち割って役目を終えた筈の手裏剣が、なお衰えぬ速さをもって地の底をジグザグに這いずり回りながら、ネルの胴体目掛けて今にも跳ね上がろうとしていた。

 

「──ッ!」

 

 未知数の敵と戦闘を行うにあたって、最も苦心しなければならないことは、なにがあっても止まらず常に動き続けることだ。それは肉体的な意味でも、頭脳的な意味でも。

 だが、物理法則を完全に無視した軌道を辿ってきた手裏剣を前にして、ネルの戦闘思考はほんの一瞬、ほんの数ミリだけ歯車の動きを止めた。

 未知の敵に勝利する為には、敵を知る必要がある。

 未知を既知へと変えるには、情報が必要不可欠である。

 そして情報を得るには、なにはともあれ行動を起こさなければならない。

「勝敗は、戦う前に決まっている」という言葉があるが、本当の勝負はいつだって気まぐれな猫のように動いて、何が起きるか分かったものではない。動いてから初めて分かる──分かってしまうことだって、充分にあるのだ。

 あるいは、それすらも予測しておくのが本当の強者なのだと言われてしまえば──好きに言わせておけばいいと、ネルは思う。

 あれこれゴチャゴチャ考えるのは性に合わない。勿論、任務達成に必要ならば嫌でもやりのけてみせる。しかし、今日の任務は戦闘行為ではない。

 

(あたしは、あたしがやりたいようにやれるってことだ──!)

 

 だから、自分を取り戻したネルは、即座に自らの片腕を犠牲にする道を選んだ。

 正面の手裏剣がまだ健在ならば他の手段を選んだだろうが、ネルの銃が吐き出した数十発の弾丸をモロに受け取った得物は、踵を返したかのように敵の懐へと戻っていた。

 その時点で、既にどう回避しようと間に合わない距離に、第一の手裏剣はある。

 別に自棄になったわけではない。片腕でも勝てるという確固たる自信があってこその行動だった。だが、傍から見れば諦めたようにしか見えないことに、ネルはまったく気付いていない。

 アカネの目が見開かれ、「やめてください」という制止の叫びの一端が、唇の隙間から零れ落ちる。

 けれど、どう足掻いた所で、美甘ネルという少女の片腕は使い物にならない状況に陥る運命へと追い込まれていた。

 斬撃が、その軌道に割り込むまでは。

 おおよその痛みは予想できている。それを嚙み潰す為に歯を食いしばっていたネルの腕に降り注いだのは、再起不能の負傷ではなく、鉄と鉄が激しくぶつかり合った際に生じる大量の火花だった。

 

「──桃井……!?」

 

 表情を驚きに染めたネルの視界に映ったのは、サングラス型の長刀──ザングラソードの刀身で回転する手裏剣を受け止める、桃井タロウの背中であった。

 変身していない為だろう。手裏剣の回転が勢いを増すごとに、男の足は少しずつ後ずさっているのが見えた。

 柄を握る手は震え、得物全体がちゃきちゃきと泣きだす寸前の子供のような音をかき鳴らしている。

 それでも、男の頬に刻まれているのはどこまでも不敵な笑みだった。

 

「──中々、良い回転だ……!

 だが! 手首の、利きが、甘ァいっ!!」

 

 タロウはぐっと臍下丹田に力を入れると、机を蹴り倒したネルのように身体をのけ反らせながら、握り締めたザングラソードを力強くかち上げた。

 絶妙にいなされたことで威力を弱められ、更には下という予想外の方向から衝撃を加えられたことによって、手裏剣はもう一度あらぬ方向へと飛び去り、意志を持たされたような不可解な動きをしつつ持ち主である手裏剣鬼の手元に戻った。

 獲物を仕留められなかったことに、手裏剣鬼は大層不服そうである。戻ってきた手裏剣の刃の部分を撫でているのは、荒れた心に安寧を取り戻しているのか、それともどう甚振るのかをじっくり思案しているのか──

 どちらにせよ、それは最高の油断だった。

 

「それでは──優雅に、排除いたします」

 

 ゆえに室笠アカネは、桃井タロウが食い止めている隙に手裏剣へ取りつけた起爆装置を、容赦なく作動させた。

 爆音と閃光が、甲高い産声を上げた。

 半分に割れた机を盾に選ばなければ、噴き上がるような光と立ち込める噴煙に目や喉をやられていたかもしれない。

 生じた爆風は一秒足らずで部屋中を舐り回し、ガラスをびりびりと振動させる。割れるまでに至らなかったのは、比較的威力の弱い爆弾が選ばれた証拠だ。

 そこで参加者達も、オークション会場が修羅場と化したことをようやく察知した。

 

「──にっ、逃げろおおおおおおおおおお!!」

「オークショニアが化け物になったア!! 世も末だっ!!」

「待て! 私が競り落としたオーパーツがまだ……!!」

「バカ! 命あっての物種だ!」

 

 悲鳴と怒号が飛び交い、室内にたちまち混沌が満ちていく。出口が複数あるのが、不幸中の幸いだった。二次災害まで流石に面倒は見られないし、見たくもない。

 反撃は──まだ来ない。それでも油断は禁物である。ネルは白い煙が立ち込めている舞台から目を離さず、慣れた手付きでマガジンを交換していく。

 数秒でリロードは完了。仕上げに口のなかに入った埃をぺっぺっと吐き出しながら、ネルはふとタロウを見た。

 剣を片手に携えたタロウは、首を締めつけていた赤色のネクタイを緩めている。間違っても至近距離で爆発が起きた人間がやる仕草ではない。

 見つめていると、ふと目が合った。

 

「……」

「……」

 

 男の視線は煙が立ち込めるなかでも相変わらず真っ直ぐで、なぜかネルはぐっと唇を噛み締める。その姿は、喧嘩している最中、思ってもいない毒舌を吐き出してしまった時の子供のようだった。

 言うべきことがある筈なのに。

 伝えるべきことがある筈なのに。

 感情と意地とプライドが、スクラムを組んで邪魔をしてくる──

 

「…………」

「…………」

 

 数秒ほど、なにを喋るわけでもなく見つめ合う。あまりにも気まずいと、逆に楽しくなってくるのだと初めて知った。

 そんなことまで考えだしたあたり、自分が本格的に狂いかけていることを知ったネルは、ようやく「助かった」と礼を言おうと決意した。遅ぇんだよと罵ってくる自分は殴って鎮静する。

 

「あ、あのよ」

 

 ごく、と喉の真ん中につっかえていた空気の塊を飲み下し、ネルはぎこちない口調で切り出した。

 

「……サ──サンキュ、な」

「礼はいい。それより集中しろ」

 

 ネルからすれば一世一代の大勝負も同然だった感謝は、しかしタロウが何も聞かなかったかのように受け流したことで、あっけなく押し潰された。

 それは、先程のことなどまるで無かったように振る舞われているみたいで、ネルの癪に激しく触った。

 

「てめぇは、てめぇってヤツは本当に、そういうところが──!」

「耳元で騒ぐな。気が散る」

「……なに? リーダーとタロウ、また喧嘩してるの?」

「喧嘩するほどなんちゃらってやつじゃない? ねー、それよりもアカネ、怒ってる?」

「えぇ。それはもう。どこかのダブルオーな先輩が、とんでもない無茶をやらかそうとしていたので」

「あはは! じゃあ怒ってもよーし!」

 

 合流を果たしたカリンはいがみ合うタロウとネルを見て呆れたようにため息を吐き、アスナは眼鏡の奥に静かな怒りを湛えているアカネの頬をつんつんと突っつく。

 良くも悪くも修羅場慣れしたキヴォトス生のなかでも、頭一つ抜きんでた胆力を持つC&Cの面々が、日常の空気を醸し出しかけようとした瞬間だった。

 煙のなかから、巨大な手裏剣が飛び出してきた。

 二つではなかった。

 四つだった。

 

「──ゼロワン!」

「ラジャーっ!」

 

 それを見て、コンマで意識を切り替えたネルがコールサインを叫ぶと同時に、コールサイン/ゼロワン──一之瀬アスナは這うような低姿勢で駆け出した。

 空気が派手に動く気配を感じ取り、手裏剣達はアスナへとその軌道を変えた。そのまま囲んで切り刻もうと縦横無尽に動く様は、まさしく刃の檻と言っても差し支えないだろう。

 だがアスナは、まるで全身に目がついているように、手裏剣を的確に避け続けている。

 機動力を削ぐために足に飛んできた一つ目の上を跳躍。

 空中に囚われる瞬間を狙って胴体に走る二つ目を銃で防御。

 弾かれて後退した位置のちょうど頭上から降り注いだ三つ目を前転で回避。

 そして、地面スレスレを飛んできた四つ目を、勢いをそのままに跳び越える。

 一向に敵を捉えられず苛立ちを隠さなくなった手裏剣の動きは次第に荒くなり、一方でアスナの動きはますます軽快さを増していく。

 この、神業がかった回避が計算によるものではなく、勘に任せて生まれたものというのだから恐ろしいことこの上ないと、カリンは自分の先輩を心から称賛した。

 ひとしきりアスナの様子を見ていたネルは、口を開いて指示を出す。

 

「──あたしが先行する。ゼロスリーは後から、ゼロツーは狙撃で援護しろ」

「狙撃? この距離なら、私も接近した方が──」

「アイツの妙な技見たろ。遠近両方から攻めた方が、当たる確率が高くなる」

 

 カリンの意見を跳ねのけたネルに追随するように、アカネも頷いた。

 

「私の爆破を受けてなお攻撃を繰り出していることから、ある程度耐久性が高いことも予想できます。ダブルオーの指示通り、ゼロツーは移動して狙撃の準備を」

「了解した──それで、タロウは?」

「ああ?」

 

 カリンの問いに、ネルは気に食わなさそうに鼻を鳴らして答えた。

 

「ハッ。コイツが命令聞くタマかよ。指示するだけ時間の無駄だ」

「このチームのリーダーはアンタだ。それに、アンタの戦いは面白い。命令を聞き入れるのも吝かではない」

「…………」

「照れてる? これ」

「照れてますね。間違いなく」

「──照れてねぇっ! ニヤニヤすんなブッ殺すぞっ!」

 

 生暖かい目で見つめてくるカリンとアカネに、説得力がまるでない顔で反論し終え、ネルはタロウに左から挟み込むように伝える。タロウは無言で頷くと、一足先に煙のなかへ消えていった。

 それを見届けたネルとアカネが移動を開始。

 同時に狙撃手を務めるカリンは、会場に入った瞬間にアタリをつけていたベストポジションにつく。そして右足だけが胡坐をかいている歪な体育座りの姿勢を取ると、左膝の上に左上腕を置き、更にその上に自らが取り扱う狙撃銃──ホークアイを置いた。

 少女が取った体勢は、クロス・ドレッド・シッティングと呼ばれる狙撃姿勢である。

 敏捷性を代償にすることで、抜群の安定度を手に入れられるその姿勢は、重心を預ける委託物が無い場合に使われるのだが──カリンが扱う銃の種類は、かつての対戦車ライフルに値する対物ライフルだ。

 戦車の装甲さえ貫くが、その規模の威力を引き出す為に大型で作られており、それゆえに反動も極めて強い。

 通常ならば土嚢や二脚に設置するか、射手が地面に腹這いとなる伏射姿勢となるかでしか安定させられない代物である。

 ただし、それは普通の人間ならばの話だ。

 角楯カリンは普通の人間ではなく、キヴォトスの生徒で、しかもミレニアム最強のエージェントの一人だった。

 

(──舞台中央から、15センチ右)

 

 カリンは勉強が不得意だったが、狙撃に関してだけは、自分でも異常だと思うほど頭が冴えた。

 スコープのなかにある十字架と視線を合わせるたびに、気温と気圧、風速、自転がもたらす弾道への影響──その全てが、正しく測られた数値となって頭のなかに浮かんでくる。

 後はそれを組み合わせて、然るべきタイミングで引鉄を引く。すると、弾はいつも必ず、狙った標的へと吸い込まれてくれた。

 今回も、同じことをするだけだ。

 視界は煙に塗れて最悪。

 だが──視覚でしか敵を補足できない狙撃手など、C&Cにはいない。

 

「──」

 

 呼吸が整う。

 視点が合う。

 見えない敵が、見える。

 撃て。

 撃った。

 音を置き去りにした弾丸は、側宙しているアスナのなびく長髪の隙間を抜け、三つ目の手裏剣の表面を掠り、煙の壁をことごとく突っ切って、手裏剣鬼の胴体にめり込んだ。

 そう。

 確かに、角楯カリンの狙撃は標的を捉えた。その証拠として、アスナの周囲を回っていた二つの手裏剣がシャボン玉が割れるように消えていく。

 二つは、まだ残っている。

 カリンの目が、驚きに見開かれた。

 

(──おかしい。仕留めたのに、どうしてまだ)

 

 カリンが思索に耽ようとした、次の瞬間。

 敵がいる筈のない横合いから、五つ目の手裏剣が飛び出した。

 

「──!?」

 

 反応できたのは、奇跡に近い。

 銃の重さに引きずられるようにして身体を落とす。その上を、音を立てながら手裏剣が通っていく。

 律儀に構えている余裕など無く、手裏剣が飛び出してきた方向に向かって寝ころんだまま二、三発放つ。

 定規を使ったように綺麗な直線を煙に描いた銃弾は、そのまま行方を晦ました。手応えは感じられない。だが、どうやら牽制にはなってくれたらしい。追撃が来ないことに気付いたカリンは、その場から走り出した。

 走りながらも、頭には未だに迷いの霧が渦巻いている。

 あの位置に、敵がいるわけが無い。それは自分の間違いを認められないからではなく、もし最初からあそこに──自分達の背後にいたとするならば、馬鹿正直に攪乱役のアスナを狙う必要が無いからだ。

 そこから考えられる結論は、たった一つだけだった──他に仲間がいる。それも、複数人。

 

(リーダー達に伝えなきゃ──!)

 

 目的の定まったカリンが、加速しようと足に力を込めた。

 その無防備な背中を狙って、六つ目と七つ目のカサニンジャーシュリケンが、ありえない角度から高速で迫る。

 ズバ抜けた直感を持つアスナならば避け得てみせただろうが、集中しているカリンは、その刃に最後まで気付かなかった。

 絶対の窮地が立ち込める硝煙のなかで花開きかけた、まさにその時だった。

 

「──ハルカ」

「はいっ! アル様っ」

 

 新たに生じた爆発が、文字通り全てを洗い流していった。

 参加客がまだ残っていたために一応の手心が加えられたアカネの爆発とは違って、伊草ハルカの起こした爆発は、威力も余波もなにもかもが容赦なかった。

 ガラスは木端微塵に砕け散り、高級絨毯はめくれ上がった末に焼き焦げ、机どもは壁に叩きつけられ、立ち込めていた煙は入れ替わる形でまとめて吹き飛ばされた。

 ふたたび満ちたハルカの爆弾による煙は、もはや窓の役割を放棄した枠からなだれ込むミレニアムの風にさらわれて、次々に放りだされていく。

 シャンデリアはとっくに砕けて使い物にならなくなっている。それでも室内はビル群が放つ輝きによって、まだまだ明るさを保っていた。

 だから、突如巻き起こった爆風をどうにか凌いだネルの目にも、敵の正体がハッキリと見えた。

 

「──五人、いたのか!? テメェは!」

「違う! 分身の術だっ!!」

「どうでもいいッ!!」

 

 中央に集合したネル達を囲んだ五人の手裏剣鬼は、同じ声と同じ調子で同じ言葉を叩きつけた。機械をつかわずに再現されたエコーは、聞いていて耳がおかしくなりそうだった。

 ネルがどうでもいいと吐き捨てたことに怒りを迸らせた手裏剣鬼達は、一斉に手裏剣を掲げる。ネル達が迫る危機に身構えた──直後だった。

 

「──そう、どうでもいいことよ。いまこの場で重要なのは、私達が依頼を達成できるかどうか」

「アル様っ……!! 流石ですっ」

「……この社長、ここがミレニアムの自治区ってこと覚えてるのかな……」

「いーじゃんいーじゃん細かいことは! いまとっても面白いんだから!」

「はあ……」

 

 未練がましく残る煙を掻き分けるようにコートをたなびかせながら、便利屋68──陸八魔アルとその一行が戦場に参戦した。

 先頭に立つアルは、じろりと手裏剣鬼とネル達を睥睨する。そして、鼠を甚振る猫のように、嗜虐的な光を金色の目に宿した。

 

「これで人数はこちらが有利になったけれど……戦り合う気、まだあるのかしら?」

「……ナチュラルにこっちを頭数に入れやがったぞ、アイツら」

「目的は一緒みたいだし、良いんじゃないかな……たぶん」

 

 微妙な表情を向け合うカリンとネルであったが、数の不利を悟った手裏剣鬼の一人が、窓の外へ飛び出していったことでそれどころではなくなった。

 何故ならその腕には、70億まで値段を吊り上げられた女の絵画──任務を終えるために手に入れなければならないモノが抱えられていたからだ。

 同時に、乱戦が始まる。

 銃弾と手裏剣と爆弾とまきびしが辺りを飛び交うなかで、カリンとネルは絵を抱えた手裏剣鬼が飛び出していった窓に駆け寄った。

 

「ゼロツー! いけるか!?」

「──」

 

 コールサインを呼ばれるよりも早く、カリンは狙撃銃を構えている。

 片目でスコープを覗きこみながら、銃を下に向けて構える。この場にいる誰よりも優秀な狙撃手であるがゆえに、彼女は数秒で確信した。

 

 ──当たらない。

 

 当たり前だが、狙撃を行うにあたって考慮すべきは、気温と気圧、風速、自転がもたらす弾道への影響だけではない。銃口のすぐ傍で吹く風、目標の未来位置、銃弾の形状、銃弾の回転によって生じる空気の抵抗──

 それらすべてを正しく測って、当たるかどうか。

 問いかけられた脳が、カリンに突き付けた返答は「NO」という冷徹なひと言だった。

 高速で落下していること自体は、大した問題ではない。ただ、空中を自由自在に動き回っていることが、カリンに狙撃を諦めさせた。

 カリンはふるふる、と無言で首を横に振る。

 それを見たネルの決断は早く、それと同時にタロウも動いていた。

 ネルの隣に立ったタロウは、黄色い片手銃を握り締めている。なにをするつもりなのか、とカリンが尋ねる前に、ネルがぽつりと言った。

 

「部屋のヤツらは任せた。便利屋の連中は──……好きにさせとけ。邪魔ならぶっ飛ばしても構わねえ」

「え、ちょっと、リーダー……! タロウも……!」

「邪魔だけはするんじゃねぇぞ、桃井」

「心配するな。アンタのマガジンが切れる頃には、既におれが決着をつけている」

「へッ、言いやがる──!」

 

 制止する間も無く。

 桃井タロウと美甘ネルは、なんの躊躇いもなく、まるで散歩に出かけるような気軽さで、頼れるものがなにも無いミレニアムの虚空へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

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