ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

13 / 49
そのな

 

 

 

 

 

 

 

 知っているかもしれないが、美甘ネルには嫌いなものが三つあった。

 一つ目は、早瀬ユウカのお小言。

 二つ目は、絡んでくるチンピラ。

 三つ目は──

 

 

 〇

 

 

 そして。

 オークションが開催し、オークショニアが手裏剣鬼と化し、ミレニアム自治区のとあるビルの表面が虫に食われた葉っぱのような状態となってから、二日が経った。

 美甘ネルは、ミレニアムサイエンススクールの校舎を歩いていた。目的地は、勝手知ったるメイド部の部室。セミナーの会計を務めている早瀬ユウカが、任務について尋ねたいことが幾つかあると呼び出したからであった。

 

「……ダリぃな」

 

 空は青く、雲は白く、建物は光り輝いている。

 廊下の窓に映る、いやみなほど長閑な昼下がりの景色を眺めながら、ネルは呟いた。

 ハッキリ言えば、サボりたくてたまらない。どうせぶつけられるのは小言と相場は決まっている。落とし穴がど真ん中にあるとハッキリ分かっている場所に、誰だってわざわざ踏み込んでいきたくないだろう。

 だが、彼女は愚痴を垂らしながらも、歩みを止めることはしなかった。なぜなら美甘ネルはC&Cのリーダーで、不本意ながらもメイド部の部長を任されているからだ。

 それに、自分以外のメンバーはとっくに雁首揃えているらしい。だというのに、自分だけが顔を出さないというのは、どうにも格好が悪い気がした。こういう時、自分の単純さがネルは嫌になって仕方なくなる。

 そんなくだらないことを考えているうちに、いつの間にか部室前に辿り着いていた。目の前に現れた扉を開けると、空間が勢いよく広がっていき、見知った部屋と、見知った顔が目に入った。

 

「あ、来た」と、時間潰しにテスト勉強をしていたらしい角楯カリンが、机にひろげたノートから顔を上げて言った。

「いいタイミングですね。紅茶でもいかがです?」と、いつものように紅茶を淹れていた室笠アカネが、湯気で曇ったレンズをクロスで拭き取りながら微笑んだ。

「部長! ユウカがお土産持ってきてくれたから、みんなで食べよ?」と、机に寝そべっていた一之瀬アスナが、飼い主の帰りを察知した犬のように飛び跳ねた。

「……普通に遅刻なんだけど。まあ、この前よりはマシかしら」と、持ち込んだ請求書を片手に計算機を弄っていた早瀬ユウカが、肩を揉みながら溜め息を吐いた。

「……桃井はどうした?」

「タロウ? ……そういえば来てないね」

 

 メンツをひと通り確認してから、一番欠けそうにない人物が欠けていることに気が付いて、ネルは眉を上げた。

 勉強に集中していたカリンも、たったいまそのことに気が付いたようで、しきりに首を傾げている。

 答えたのはユウカだった。

 

「タロウなら来ないわよ」

「なんでだよ。アイツは協力者なんだろ?」

「あの人に頼んだのは、オークションで絵画を競り落とすまで。そこから先はミレニアム生の問題よ。それに本人もそう言っていたし、問題は無いでしょ」

 

 ユウカは素っ気なく言うと、澄ました感じに目を瞑って紅茶を飲み始めた。だがネルには、その裏に隠されている本音が透けて見えているようだった。

 

 ──あいつを関わらせるとロクなことにならない。

 

 違いない、と内心で笑う。なにせ、嘘をつくということをまるで知らない男だ。そして、それを直そうとする気配すら感じさせない。そんなヤツを秘密の会議に居座らせるなど、百害あって一利なしもビックリの結果に終わるのは目に見えている。

 そういうバカなところをネルは割と気に入っているのだが、学園の運営に携わる者からすればたまったものではないのだろう。

 いい気味である。存分に頭を悩ませやがれ。ネルの機嫌は一気に上昇した。

 

「ま、そういうことにしといてやるよ」

「なにその引っかかる言い方……とにかく、これで全員集まったわね。それじゃあ早速始めましょうか」

 

 おほん、と仕切り直すように咳払いをひとつしてから、ユウカは尋ねたいこととやらを話し始めた。

 とは言っても、絶対に伝えなければならないことは、任務終了後に業務報告書に纏めて提出してある。

 このしち面倒くさいやり取りは、少しでもミレニアム外に押し付けられる被害は無いかという、いわば粗探しのようなものであった。

 普段は使えない手段なのだが、今回はオークションの参加者にゲヘナ学園所属と思しき生徒が見えていたことが、ユウカにそれを選ばせた。

 非情に思えるかもしれないが、お金は無限にある訳ではないのだ。ミレニアムを長期的に運営していく為にも、取れる手段は可能な限り取っておく──ユウカがセミナーの会計として振る舞うにあたって、会長から授けられた教えの一つである。

 

「それで、ゲヘナの……なんだったかしら」

「便利屋68です。調べたところ、どうやらゲヘナでも指折りの問題児だそうで」

「ゲヘナって問題児しかいないんじゃないの? ……それにしても最終的な提示金額が98億、か。なかなかやり手みたいね」

 

 アカネから差し出されたオークションのレポートを読み込んでいたユウカは、感心を露わにしながら、鼻息を漏らす。

 

「ああ、いえ。98億は無かったようですよ」

「そうなの? でも、当然か。いくらゲヘナの上層部がアレでも、そこまでの資産を抱えてる企業に目を付けていない訳が無いもの。本当はどこまで出せたのか気になるわね……少なくとも、億は確実でしょうけど」

「ゼロです」

「は?」

「ゼロ」

 

 顔の横に人差し指と親指で作ったゼロを置いて、アカネは笑った。

 

「戦闘が終わった後、いくらなんでもと思って、試しに支払い能力の調査を簡単にしてみたんです。そうしましたら、あらビックリ。ほぼほぼ利益のないペーパー企業さんでした。それを指摘したら、逃げちゃいました」

「……じゃあ、何十億まで吊り上げた理由は?」

「カッコつけたかった」

 

 答えたのはアカネではなく、つまらなさそうに頬杖をついて事の推移を見守っていたネルだった。

 

「だが、絵画を勝ち取ろうとする心意気だけは本物だった──桃井のヤツは、そう言ってたぜ」

「……つまり、なに? 最初からそんなお金を持ってないとわかってる相手に、わざわざ勝負を挑みにいったってこと? それで金額をバカみたいに吊り上げて、オークショニアを化け物にしたって?」

「バカみてーと思うだろ? 安心しな、あたしもそう思う」

 

 くっくっくっ、と身体を震わせながら、ネルは言った。

 ユウカは笑わなかった。笑えなかったと言った方が、正しいかもしれない。

 今回は、オークショニアがブラックマーケットから横流ししていたことが判明したから、証拠物件として押収するという形で解決できた。

 しかし、それが無ければ、たった絵画一枚に98億ものクレジットをつぎ込む羽目になっていたのだ。これで笑える方がどうかしていた。

 ユウカは自分の髪をがしがしと掻き毟りながら、心の底から唸った。

 

「やっっっっっっっぱり金輪際関わり合いにならない方が良かった……!!」

「引き込んだのはてめぇだろうがよ」

「私は楽しかったなー! また誘えたりしないかな? 今度は私が一緒に暴れたーいっ」

「本人によるんじゃないかな……というか、あんな物騒な任務になるなら、もう少し準備しておけば良かった」

 

 こうなってくるともはや会議の体はなさなくなった。思い思いに話し始めたユウカ達を尻目に、ネルは椅子から立ち上がった。

 答えるべきことは答え終わっている。退席するにこれほど適したタイミングも無いだろう。

 それに──少しだけ、野暮用が残っていることに気が付いた。

 

「あら、ネル先輩。どこに行かれるんです?」

「帰る。あたしが話せることは話しただろ。後はてめぇらで好きにやっとけ」

 

 そう言い残して、美甘ネルは部屋から出て行った。

 その小さな背中を見届けてから、残された四人は顔を見合わせる。

 アスナが、本人がその場にいないというのに、なぜか声をひそめて喋り出した。

 

「……なんか、怪しいね」

「どこが? 私には、いつも通りに見えましたけど──」

「ほら、タロウのことを話すときの部長っ! いつもと様子が違くなかった?」

「言われてみれば……トゲがありませんでしたね」

 

 アカネがよくよく思い出してみると、確かに今日の美甘ネルの様子はおかしかった。あれだけ毛嫌いしていた桃井タロウのことを、自ら話題に出して、しかも笑顔まで零していた。任務前とはまるで違う人格になったようだとさえ思う。

 

「──」

「──」

「──」

「──」

 

 ふたたび全員で、無言で視線を交わし合う。

 気になることを「まあいいか」で済ませられる程、彼女達は大人ではなかった。

 

 

 〇

 

 

「……」 

 

 一方その頃、自分が部室で話題に上がっているとは知らないネルは、ある場所を目指して歩いていた。最近では、メイド部の次に馴染み深くなってきた、ゲーム開発部の部室である。

 やがて辿り着いた、張り紙がお札のように貼られている扉をノックする。しばらく待ってから、最初より強く叩いてみても返事が返ってこないので、勝手に開けてみることにした。

 古びたノブを掴む。鍵がかかっているなら壊すつもりだったが、幸いなことに鍵はかかっていなかったようで、自分でも驚くほど簡単に回ってくれた。

 

「……ちゃんと防犯対策しとけよ」

 

 鍵そのものをぶっ壊そうとしていた人物の発言とは思えない。

 ノブを押してなかに入ったネルの鼓膜に飛び込んできたのは、少女の甲高い悲鳴だった。

 

「────あー、違うっ! 違うって! なんでそこで下を選んじゃうのさっ! これじゃまた好感度下がっちゃうじゃんっ!!」

「おれは自分の気持ちを正直に選んだだけだ」

「……あの、タロウさん。ずっと見ていて思ったんですけど、このゲームのジャンルわかってます? 恋愛シミュレーションですよ? 女の子のファッションだったり容姿だったりを褒めたりして、好感度を上げていかなきゃいけないんですよ?」

「褒めるべきではない時に褒めても意味はないし、本人の成長にも繋がらない。褒め言葉とはそういうものだ」

「……ダメだこの人……早くなんとかしないと……」

「ですが、褒めちぎるだけでは決して個別ルートに入れない恋愛SLGというのは、リアリティーがあってアリスは良いと思います! 恋愛というのは押して引いての駆け引きだと、以前ネットでも見かけましたので!」

 

 明らかに不機嫌そうな顔つきをした女が映し出されたテレビ画面の前に、イロモノ集団が団子になって座っていた。

 それがゲーム開発部の面々と桃井タロウであると瞬時に判別できたのは、ネルがどちらにも深く関わっていたからだ。

 どうやらよっぽど集中しているらしく、四人はネルが部屋に入ってきたことに気付かなかった。呼びかけようかと思ったが、特に急ぎの用事ではなかったので、暇潰しにしばらく眺めることにした。

 

「──わかった。もう、ここは良いから。それよりほら! 次の選択肢に行くよっ!

 二人きりで遊園地に遊びに来て、彼女はオシャレに気合を入れてきた! 

 Aが『似合ってるよ』、Bが『まあまあかな』、Cが『論外だ』。

 さあ! どれを選ぶか、もーわかってるよね?」

「無論、Cに決まっている」

「ちがうちがうちがーーーーーーーーーーーうっ!!!!!!! ここはっ! 圧倒的にAでしょっ!!」

「服のセンスは良いが、上下のバランスが整っていない。それに装飾品が多過ぎるし、周囲の景色から浮いてしまっている。だからCだ」

「…………」

「あ! ミドリがスタン状態に陥ってます!」

 

 ──コントでもやってんのか? コイツら。

 

 暇潰しどころか小一時間ばかり見ていても飽きなさそうだったが、流石にそこまで粘るつもりはなかった。ネルは開けっ放しにした扉を強めに二、三度叩いて注目を集めた。

 

「おい」

「なに!? いま忙しい──って、ね、ね、ネル先輩!?」

「な、なんでここに……」

「ひ──光」

「わーっ!! アリスだめだめーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 どこかで見たようなやり取りを繰り広げるゲーム開発部を放って、ネルはタロウのそばまで歩いた。気が付いたタロウが顔を上げて、視線をこちらに向ける。

 相変わらず真っ直ぐな眼差しを覗きこみながら、ネルは端的に用件を告げた。

 

「よ。早速で悪ぃが、ちょっとツラ貸せ」

「それは個人的なことでか? それとも、仕事に関連することでか?」

「……まあ、仕事に関連することだよ。一応な」

「なら付き合おう」

 

 タロウはゲームパッドを床に置いて立ち上がろうとする。

 その裾を、アリスが引っ張って止めた。

 青く透き通った少女の瞳の奥では、不安の熾火がちろちろと舌を出していた。

 

「──タロウ」

「どうした」

「えと、あの、その……」

 

 なにをどう言えば良いのか、本人のなかでも整理がついていないらしい。裾をつまむ指の力は緩めずに、もごもごと口を動かしているアリスの頭を、タロウは一度だけ柔らかく撫でた。

 

「おまえがなにを考えているかは知らんが──心配は時間を無駄にするだけだ。辞めておけ」

「……わかりました」

 

 タロウの言葉を聞いて、一応の納得をしたのか。アリスは渋々といった感じで裾から手を放した。それから部屋を出ていくまで、ずっと心配そうにこちらを見ていたアリスの姿に、ネルは思わず聞いた。

 

「……ヤケにアイツに懐かれてんじゃねーか。なにやらかせばそうなったんだよ」

「おれはただゲームに付き合っただけだ。……物は試しだ。アンタもしてみたらどうだ」

「ゲーム、か……」

 

 ネルは真面目に考え込んだ。

 思い返してみれば、あのアリスとかいう後輩とは、銃と銃のやり取りしかしていなかったような気がする。自分達が暮らす場所が、銃撃戦が日常の一部と化している学園都市とは言えども、決してまともな類ではないことぐらいはわかる。

 

「──わーったよ。今度、試しに誘ってみるか」

「そうするといい。アンタの言動は些か過激にすぎるが──ゲームを通じてなら、アリスも上手く受け止められるだろう」

「……ほんっと自然に喧嘩売ってくるよな、てめぇ」

「売っていない。事実を述べたまでだ」

「…………落ち着けあたし。大丈夫、いつも通りだ、気にすんな」

 

 どうにか平静を取り戻そうとぶつぶつ何やら呟いているネルのつむじを見下ろして、タロウは問いかけた。

 

「それで? 話とは一体なんだ」

「あ? そうだな──」

 

 ネルは少し黙ってから、親指で天井を指して、

 

「とりあえず、屋上行こうぜ」

 

 

 〇

 

 

 ミレニアムの屋上は、早くも夕焼け色に染め上げられていた。

 校舎のように分厚い壁で空間遮られていないせいか、屋上は実際のサイズよりも余裕があるように感じられた。

 周囲に隙間なく張り巡らされた柵の向こう側には、いずれ来る夜にそなえて、身体に光を灯し始めた建物が見える。不意に響いたチャイムは、下校時刻を知らせるもので、据え付けられたベンチや床に誰の姿も無い理由を明確に表していた。

 

「こっちだ」

 

 ネルが向かったのは、ベンチではなく、入口としての役割も果たしている塔屋の頂上だった。簡素なつくりのタラップを登っていくネルの後を、タロウは黙々とついていく。

 やがて最後まで登ると、先に登り切っていたネルが、塔屋の一番高い場所に腰かけているのが見えた。

 

「隣、座れよ」

 

 気付いたネルが、ぽんぽん、と空いている部分を叩く。タロウは少し考えてから、大人しく言う通りに座った。

 目の前では、呆れ返るほどだだっ広い夕焼け空と、地平線に沈みつつある夕陽のせいで出来の悪い影絵のようになったビルの群れが、どこまでも続いているかのように広がっていた。

 二人はしばらく、黙ってその景色を眺めていた。先に口を開いたのは、この場所に呼び出した本人であるネルだった。

 最初は、いろいろ話そうと考えていた。しかしそれだとどうにもまどろっこしくなるように思えたから、直球勝負で決めることにした。

 

「──あたしの、負けだ」

「……何の話をしている?」

「あの夜のこと、覚えてるか」

 

 疑問符を浮かべるタロウを無視して、ネルは話を続ける。

 

「あたしとてめぇで戦って、白黒ハッキリつかなかったよな。だから、あたしはてめぇが嫌いだった──けど、こないだの騒動で、ついちまった。認めたくねーがな」

「……まるで意味がわからない。おれとアンタは戦っていないだろう」

「だからだよ」

 

 ネルの脳裏に過ったのは、何度も自分の窮地を救ってきた桃井タロウ──ドンモモタロウの姿だった。

 例えば、片手を犠牲にしようとしたのを防がれた時。

 例えば、暴風をまともに喰らって吹き飛んだところを拾われた時。

 例えば、隕石をすべて吹き飛ばすことで勝利への道を切り拓かれた時──

 いずれも任務達成の為には、決して欠かしてはならないような行動ばかりだった。そう。この任務は、桃井タロウの存在無しでは成り立たなかった──とまでは流石に言い過ぎだろうが、それに近い感想をネルは抱いていた。

 ゆえに、負けたと思った。

 桃井タロウは、自らの働きによって美甘ネルを、コールサイン/ダブルオー──約束された勝利の象徴で在るがままにしたのだから。

 勿論、そこまで明かすようなことはしない。だからネルは、最も重要な事実だけを述べることにしたのだ。

 

「……」

 

 言葉を咀嚼している最中なのか、タロウは神妙な顔つきをして黙っている。

 とはいえ、ネルはもう伝えるべきことは伝えた。タロウがなにをどう返してこようが、構うつもりはなかった。

 なかった筈だというのに、動きを止めてしまった。

 こんな言葉を桃井タロウから向けられるとは、予想だにしていなかったから。

 

「──それを言うなら、アンタの方こそ勝ちだ。美甘ネル」

「……は?」

「二度も言わせるな。アンタの勝ちだと言ったんだ」

「────」

 

 皮肉か? と頬がひくついた。

 同情か? と血管が浮かびかけた。

 そのすべての衝動を即座にぶち殺せたのは、桃井タロウという男が持つバカ正直さをよく知っていたからだ。

 嘘をつけばおれは死ぬ──という意味のわからない言葉を証明してみせるかのように、目の前の男は、少なくともネルが知っている限りだと嘘をついたことは一度も無い。

 どれだけ不利益を齎そうとも。

 あるいは被ろうとも。

 男は愚かなまでに真実を貫いてきた。

 それをわかっているくせに、理由を尋ねてしまうのは、きっと自分がまだ子供だからに違いなかった。

 

「……なんでそう思うんだよ」

「アンタの戦い方だ。

 アンタはミレニアムで間違いなく一番強い。だというのに、誰かに頼ることを躊躇いもしなかった。それは、おれには出来ないことだ」

「──てめぇにも、仲間はいるんだろ?」

「仲間ではない。お供だ」

 

 そういう問題か、と首を傾げるネルをよそに、タロウは言葉を続ける。さっきまでとは立場がまるで逆になっていた。

 

「おれは一人で何でも出来た──だから、誰かを頼る必要も無かった。

 アンタはミレニアムの誰よりも強い──だけど、誰かを頼ることが出来る」

 

 話し続けるタロウの脳裏に、静かに甦ってきたのは、ここにはいないお供達の姿だった。

 一度負けた自分に逢いたいと言って、自らが不幸に見舞われることになろうと構わず、必死になって抗い続けた、どうしようもないお供達。

 そこから分かったのは、誰かを頼りにするということは、この世で最も強い『縁』であることだ。

 なにせ──桃井タロウの運命でさえ、あっけなく覆されてしまったのだから。

 それを容易く選べる少女だからこそ。

 

「だから、きっと──アンタの勝ちなんだ」

「…………そうかよ」

 

 そっぽを向いた少女の頬は、微かに赤く染まっている。あまりにも真っ赤だったものだから、きっと夕焼けの断片に違いないとタロウは思った。

 

 

 〇

 

 

「……あークソ、なんか変な雰囲気になっちまったな」

 

 頬を両手で叩きながら、ネルは勢いをつけて立ち上がった。

 日は完全に落ち、すっかり夜になっていた。遠くに浮かぶビル群には、ネオンの光がまぶされていて、夜を吹き散らすかのように強く輝いていた。

 その光景を見て、ネルはふと誰にも教えたことのない特等席のことを思い出した。

 

「……なあ、ちょっと良いか」

「なんだ」

「仮にあたしが──授業をサボる時に使う秘密の場所を教えたとして、それを他人に訊かれたら、なんて答える?」

 

 答えは一秒で返ってきた。

 

「おれは嘘がつけない。だから、聞かれたことにはきちんと答える。それが礼儀というものだ」

「だよなぁ……ったく、難儀な性格してやがるぜ」

 

 ネルはぼやきながら、後ろ髪を掻いた。夜特有の浮ついた雰囲気が、コイツになら特別に秘密の場所を教えてやってもいいかもしれない──とネルに思わせたのだが、一瞬で冷静にさせられた。冷や水をぶっかけられるよりも効果的だった。

 

「──ま、別にいいか。あたしとてめぇがダチなことは変わりねーんだから」

「ダチ? ……おれとアンタが?」

「そうだろ? なんたって、一度はマジで戦り合ったんだからよ。あたしの意地でそうはならなかったが……それも今日で無くなったしな」

 

 からから、と笑うネルの頭にあるその常識は、愛読書の一つである『ストリートオブヤンキー』から身に付いたものだった。

 基本的に、漫画の常識を現実に当て嵌めるのは、非常に危うい行いである。

 だが、桃井タロウはキヴォトスの住人ではない。そして、キヴォトスの常識を知らなかった。

 だからタロウは、意外なほどあっけなく納得してみせた。

 

「……そういうものか」

「そーいうもんだよ。で、どうだよ? 友達ができた感想は」

 

 悪戯っぽく笑いながら、ネルはタロウに問いかける。以前どこかで、桃井タロウには友達がいないという話を聞いたことがあったからだ。それに、いきなり明け透けな言葉をぶつけられた意趣返しも込めてのことだった。

 予想は怒るか、それとも照れるか。

 答えは、そのどちらでもなかった。

 

「おれは──友達というものがわからなかった。だが、それが人と人との良い関係なら、いつかは欲しいと思っていた」

 

 桃井タロウは、ひたすら嬉しそうに──くしゃっと幼げに笑っていた。

 

「そんなことをおれに言ってきたのは、キヴォトスに来てから、アンタが初めてだ。

 ……くすぐったいが、悪くない」

「──」

 

 なぜかはまったく分からないが、急に男を見ていられなくなった。

 だからネルは、咄嗟に視線を下に向けた。

 そこに、四つの顔面が並んでいた。

 見知った顔面だった。

 

「あ、やば。見つかった……」と、角楯カリンが紅潮した頬を掻きながら、気まずそうに言った。

「ふふ。ネル部長も、なかなか隅に置けませんね」と、室笠アカネが微笑ましそうに眼鏡を光らせた。

「これってもしかして、そーいう展開っ?」と、一之瀬アスナが両手で口を覆いながらきゃあきゃあとはしゃいだ。

「──一度やり合ったらダチ、ねぇ……ミレニアム生とは思えない論理の飛躍だけど、良いんじゃないかしら」と、早瀬ユウカが明らかに面白がってる目つきをしながらニヤニヤ笑っていた。

 

 そのすべてを、ゆっくりじっくり堪能してから、ネルは深呼吸を一つする。

 深く吸って、深く吐いた。

 殺意は、たちまち全身に漲った。

 そして、高らかに宣言。

 

「──────テメェら全員ブッ殺すッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 タロウは、静かだった屋上に銃声と悲鳴と怒号と足音が満ち満ちても、欠片も気にすることなくミレニアムの夜景を眺めていた。

 幾百幾千幾万もの光が、喧しいほど煌いているそこは、まるで地上に落ちた星空のようにも見える。

 その光のひとつひとつが、いつか結び結ばれていく縁なのだろう。

 喧噪のなか、タロウはぽつりと呟いた。 

 

「──良い都市(まち)だな、ここは」

  

 それは、きっと。

 嘘も偽りも掛け値もない、桃井タロウの褒め言葉だった。

 それを聞いた訳でもあるまいが、街は一層輝きを増して、

 ミレニアムの眩しい夜はゆっくりと、明けに向かって更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 









じかーい、じかい。


美食と称するにあたって必要なものとは何でしょう?
味? 格式? 雰囲気?
いずれにせよ、未だ掴めぬものばかり。
ですから共に登りましょう。
この果てしない美食坂をっ!!


ドン3章「ゲヘナびしょくみち」


という、お話。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。