ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのに

 

 

 

 

 ──桃井タロウ。

 

 

 先生と同じようにキヴォトスの外からやってきた、大人と呼ぶにはまだ若く、子供と呼ぶには大人びた青年。

 二人の境遇は似通っているかもしれないが、その間には唯一にして絶対の違いが、乗り越えられない壁になって横たわっている。

 それは、あくまでも連邦生徒会長の縁を伝ってやってきた先生とは違い、桃井タロウはゲヘナやトリニティ、ミレニアム、連邦生徒会──キヴォトスに関連するすべてと無関係の位置にうちわを片手に居座っていることだ。

 どういう経緯で、どういった手段で、どのような動機で、キヴォトスに来たのか──そのすべてが謎に包まれている。

 いつの間にかキヴォトスにいて、いつの間にか配送員になっていて、いつの間にかこの都市に馴染んでいた男──それが、桃井タロウという男について今現在わかっていることのすべてだった。

 あまりにも得体の知れないその素性と、まったく読めない動きに不審を抱いた連邦生徒会の面々は、サンクトゥムタワーの制御権を巡る攻防が落ち着いてからしばらくして、ついにタロウを直接呼び出した。そして、数十時間にもおよぶ過酷きわまりない尋問を執り行ったのである。聞けば、万が一の事態にも備えて、ゲヘナの風紀委員会まで駆り出していたとか。

 そんな、普通の神経を持つ生徒なら泡を吹いて失神しかねない程の包囲網が自分の周りに敷かれても、タロウは欠片も動じなかったらしい。

 というよりむしろ、自分が問い詰める側であると言った調子で腕を組みながら、

 

 ──そっちの事情は概ねわかった。どうやらここは、おれがいるべき世界ではないようだ……どうなっている?

 

 などと訳の分からない言葉を吐き出し、ついにまともな成果は得られず尋問は終わったそうだ。

 いついかなる時でも自分という芯が揺らがない大物なのか、それとも何も考えていないバカなのか、それともその両方なのか。

 ちなみにこれらはすべて、尋問を執り行った七神リン本人の愚痴によって構成されたノンフィクションであり、最後の評価もリンの口から飛び出した言葉をできる限りわかりやすくしたものである。

 実際はもっと長く、もっとネチネチしているのだが、すべてを書き記せば六法全書も真っ青な文量になりかねないため、泣く泣く省かせて頂く。

 そういう経緯と『とある事情』もあって、最近ではミレニアムサイエンススクールを訪れた際のタロウの監視役まで押し付けられてしまい、先生の行方不明と膨大な量の書類の整理という二つの面倒事も抱えているいまのユウカにとっては、できる限り顔を合わせたくなかった相手のナンバーワンかつオンリーワンであった。

 

「どうした? 酷い顔をしているが」

 

 だがタロウはそんなことを知りもせず、怪訝そうに眉をひそめている。

 誰のせいだと思って──なんて、言えるわけがない。ユウカは飛び出しかけた文句をどうにか飲み込むと、苦み走った表情で荷物を奪い取った。

 

「ただの配達員のあなたには関係ありませんので、さっさとお引き取りください」

「そうでもない。シャーレはうちの会社のお得意先の一つだ。充分に縁は深いだろう」

「それは縁じゃなくて業務上の関係と呼ぶんですっ! ……あなた、もしかして荷物を届けるたびにお客さんに縁があるだのなんだのって言ってるんですか?」

「当然だ。どんなにか細くても縁は縁。おれにとってはかけがえのないもの──それに」

 

 タロウはそこで言葉を区切ると、誇るように勢いよく胸を叩いてみせた。

 

「おれが運ぶのは荷物だけではない──幸福も運ぶ。何か困っていることが有れば、力になろう」

「……」

 

 まっすぐにこちらを見つめてくるタロウの裏表のない視線が、ユウカは初対面の時から苦手で苦手で仕方がない。逃げるように背けた視界の先にあったのは、鬱々とした気配をヘドロのごとく垂れ流している書類の山。

 ユウカの頭で、ぱちりと電球がひらめいた。

 

「──なら、書類整理を手伝ってくれますか?」

「書類……? それこそただの配達員が関わってもいいのか?」

「問題ないものを振り分けるので大丈夫です。それより、どうなんです? 手伝うか、手伝わないか」

「いいだろう。手伝ってやる」

 

 いいんだ……。

 半ば追い払うための口実だったとはいえ、自分で頼んでおきながら呆気に取られるユウカをよそに、「失礼する」とオフィスに踏み込んできたタロウはさっそく椅子に座った。そして指示を受け取るや否や、尋常ではないスピードで書類の山を崩し始める。

 遅れる形で対面に座ったユウカは、冗談みたいな速度で体積をたちまち減らしていく紙の山を前に、最初こそ不安しか持てなかったが、分類されていく書類を確認していくうちにその不安はあっという間にほどけていった。

 ふと、呟いてみる。

 

「あの」

「なんだ」

「……うちの庶務になる気とかあります?」

「兼業は会社の規則で禁止されている。アンタの頼みには応えられない」

「……そうですか。まあ、別に? 本気で言ったわけじゃありませんし?」

「なら口にするな」

 

 なにもそこまで強く否定しなくてもいいのに。親切心から差し伸べた手を思いっきり叩かれたような気持ちになって眉を寄せるユウカをよそに、タロウは残像さえ生み出していた手の動きをぴたっと止めた。

 そしてばらばらに重なっていた紙を、机に二、三度叩きつけることで綺麗に整えてから、右端をクリップで固定してユウカに手渡す。

 

「これで終わりだ。後はアンタと先生に任せる。今は……どうやら不在のようだが」

「……ありがとうございます」

「礼は良い。それで、他に困っていることはあるか? 無いならこれで失礼させてもらう」

「ちょ、ちょっと待ってっ!」

 

 ユウカは慌てて立ち上がると、さっさと背中をみせて立ち去ろうとしたタロウを呼び止めた。

 

「どうした」

「えっ、と。その……」

 

 振り返りざまに向けられた視線に息を詰まらせる。ついつい勢いで引き留めてしまったが、本当に部外者に伝えても良いのか。先生がシャーレからたった三十秒でいなくなってしまったことを桃井タロウに教えてもいいのか、悩みに悩んだ。

 だけど、

 

「あの、実は──」

 

 結局話そうと決めたのは、桃井タロウという存在が起爆剤となって、今の状況を打破してくれるのではないか──という予感を心のどこかで抱いたからだった。

 その予感が、良くも悪くも事態を転がりまわす羽目になることを、早瀬ユウカはまだ知らない。

 

 

 〇

 

 

 そうして、早瀬ユウカは助手席に座ることになった。

 

「そろそろ出発する。シートベルトをつけろ」

「あ、はい」

 

 言われるがままシートベルトを締めた瞬間、緩やかな速度で多くの荷物とユウカを乗せたバンは走り始めた。

 

 ──そうか。では乗っていけ。幸い、今日はほとんどの学区に用があるからな。歩いて探すよりは効率が良い。

 

 先生が行方をくらましたことを伝えると、タロウはこともなくそう言った。仕事の途中なのに大丈夫なんだろうかと思ったが、会社には既に連絡を入れておいたらしい。そのそつの無さを先生に一滴でもわけて欲しいと、ユウカは切に願った。

 シャーレの姿が小さくなるにつれて、窓の外の景色がくるくると流れるように変わっていく。こうして助手席に乗る機会は少ないせいか、ユウカはちょっと新鮮な気持ちだった。

 見慣れた筈の見慣れない景色をぼうっと眺めていると、仏頂面で運転していたタロウが言った。

 

「それで、アンタはどう考えているんだ」

「どうって……なにがですか?」

「先生の行方不明についてだ。アンタなりの考えを聞かせてもらおう」

 

 どうしていちいち上から目線なのか。

 若干のムカつきを覚えながらも、ユウカはそれまでに打ち立てた考察を順序だてて話し始めた。

 拉致の可能性は薄いこと。シャーレから三十秒で抜け出せないこと。上層階へ行くには様々な手続きが必要なこと。全てがひっくるまって袋小路に追い詰められたこと──それを数分かけて話し終えてから、タロウの反応をちらっとうかがった。

 タロウはしばらく黙っていたが、ちょうど赤信号で止まったタイミングでユウカの方を向き、目をかっと開きながら居丈高に告げた。

 

「点をつけるなら──二十五点だ」

「は?」

「二十、五点だ」

「わざわざ区切らなくてもちゃんと聞こえてますからっ! ──もう。なにが不満なんですか? いちおう筋は通してるつもりなんだけど」

 

 不満混じりの問いかけに合わせたように、信号が青へと切り替わる。タロウは首を巡らせつつハンドルを回しながら、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

「そこだ。アンタの考えは筋が通り過ぎている。だから、可能性がほんの僅かにあったとしても、それが小さければより大きい方を優先してしまう」

「……それの何処がいけないんです? ある程度推論を重ねた末に、可能性が高い方を選ぶのは当然でしょう?」

「──人の心は、縁と同じだ。時には絡まり、時にはほつれ、時には繋がり、時には切れる。その動きは、決して数字で測り切れるようなものではない」

「……つまり?」

 

 つまり。

 その先を、タロウが口にしようとした刹那だった。

 爆発音が響いたと同時に、バンの後部が文字通り宙に浮き上がった。

 

「な、何が──!?」

「掴まっていろ!」

 

 突然の緊急事態に慌てふためくしかないユウカとは反対に、タロウはどこまでも冷静だった。神がかり的なハンドル捌きで危うく傾きかけた車体を引き戻すと、バックミラーを睨みつける。

 つられてユウカも見る。丹念に磨き抜かれた鏡面に映っていたのは、車の前後四つの窓から身体を飛び出させて、こちらに銃を構えたヘルメット姿の女子高生達だった。

 

「なんですか、あれ!」

 

 ユウカは心の底から突っ込んだ。

 

「赤の他人だ」

 

 タロウは嘘偽りなく答えた。

 

「赤の他人ならどうして私達を狙って手榴弾なんか投げつけてくるんですかっ」

「コンビニ強盗をしていたから、一度気絶させて、ヴァルキューレに通報した。だが……どうやら途中で脱走してきたらしい、な!」

 

 ぱぱぱぱぱ、と跳ねるような銃声が木霊する。タロウはそれに合わせて、右へ左へとハンドルを切っていく。

 まるで後ろに目でもつけているかのように的確に避け続けるのは凄まじいのひと言に尽きたが、どうしてスピードを上げようとしないのか。

 Gに振り回されるなか目で訴えかけるユウカに、タロウはわかり切ったことを言わせるなと言わんばかりの強い口調で言った。

 

「──荷物のなかに割れ物がある。迂闊にスピードを出してしまえば、割れてしまう可能性もあり得る」

「言ってる場合ですか!?」

「おれは配達員だ! お客様へ荷物を安全に届けるのは当然の義務だろう」

「もう一度聞きますね! 言ってる場合ですか!?」

「言ってる場合だっ!!」

 

 絶対に違う。

 だが、相手がそれを考慮してくれる筈もない。むしろ反撃がないと見てとるや否や、更に攻勢を増してきている。銃声は既に声などという段階ではなく、大合唱の領域にまで到達しようとしていた。

 やっぱり来なきゃ良かった。

 ユウカが悲嘆に暮れながらも、腹を決めて自らの愛銃であるロジック&リーズンを懐から取り出し──かけたところで、タロウがふと呟くのが聞こえた。

 

「三秒任せる」

「え?」

「アルターチェンジ!」

 

 聞き慣れない宣言をした瞬間、タロウはだらっと身体から力を抜かし、操縦者が腑抜けた車は当然のように左右へブレ始めた。 

 

「は!? ──え、ちょ、ちょっとま、まっ、待!」

 

 咄嗟にハンドルは握り締めたものの、車の運転なんてわかる筈もない。姿勢の問題もあってか、とにかく真っ直ぐ進み続けるよう制御することで精一杯だった。

 それから、体感五分に思える三秒間が経った。

 そして、

 

「──ご苦労だったな」

「うわっ、生き返った……」

「安心しろ。おれが死ぬときは、嘘をついたときだけだ」

「まったく安心できないんですけど……ああもおやだ」

 

 時間を巻き戻したかのように元に戻ったタロウが再びハンドルを握ると、それまで暴走気味だった車は急速に大人しくなった。

 ばくばくと緊張で震えている心臓をおさえて、ユウカはほうっと安堵のため息を吐く。初めての運転経験は、街中でドンパチをやらかしながらという汚点。帰ったら頭をブン殴ってでも絶対に記憶から消去することを決心していると、ふと銃声が止んでいることに気が付いた。

 

「あれ……?」

 

 恐る恐る窓から顔を覗かせて後ろを確認する。ヘルメットどもが運転していたらしき黒塗りのバンが、煙を上げて近くの街路樹にその巨体を埋めていた。

 

「…………何か、しました?」

「ああ。してきた」

「…………」

 

 タロウは平然とした様子で、自分が事故を引き起こしたことを暴露した。

 自分が関わっていることを知った時の連邦生徒会から押し付けられる処理の量を考えて、早瀬ユウカは何もかもから目を逸らすことに決めた。

 すべてを見ていたキヴォトスの空は、どこまでも広く青く透き通っている。

 

 

 ◯

 

 

「……あ」

 

 そうして不良を退けた後、数回ほど直進を繰り返し、さらに数回ほど左右を曲がったバンがやがてたどり着いたのは、ユウカにとって馴染み深い場所であるミレニアムサイエンススクールであった。

 どうやら配達物のなかに、ミレニアムの生徒が頼んだものがあるらしい。ユウカはカーナビに従ってハンドルを澱みなく動かすタロウから目を離して、道路の形状や周りの景色から、このバンが何処に向かっているのかを暇つぶしに予想し始めた。

 

 ──まず、絶対にフィットネスセンターじゃない。なら、この進路だと一番ありえそうなのは……データセンター? けど、それなら別の道路を使った方が早いか。だったら王道だけど売店とか──あ、通り過ぎた。ということは実習センターか図書館──えぇ、ここで曲がっちゃうんだ。ほんとにこの車、いったい何処に向かってる、のか──

 

「……このルートって……」

 

 五回目の交差点を左に曲がったところでようやく、ユウカはおおよその行き先を特定した。

 ちらっと横目でタロウを窺いながら、探るような調子で問いかける。

 

「……まさか届ける場所って、ゲーム開発部?」

「正解だが遅い。十四点」

「その、勝手に点数つけて威張るのやめてくださいっ! ……というか、いつの間に知り合ったんです?」

「開発部宛の荷物は特に多いからな。そこからだ」

 

 その言葉が真実であることを証明するかのように、タロウは実に手慣れた動作で近くの駐車場に車を停めた。

 助手席から降りてみると、アスファルトの上に薄っすらとではあるが、幾重にも重なっているタイヤ痕が見えた。

 どうやら何度も通っているのは本当らしい。自分の頭を特に悩ませる存在達が、知らない内に結びついていたことを知り、ユウカのこめかみにぴきぴきと鈍い痛みが走った。

 そんな中間管理職丸出しの苦悩に苛まれているユウカを置き捨てて、タロウは受付口で入校許可証を受け取ると、やはり迷いのない足取りで廊下を進んでいく。容赦なく遠ざかる背中を見てユウカも慌ててついていった。

 数分ほど歩いて、二人はゲーム開発部が使っている部室の扉の前にたどり着いた。張り紙が何枚も貼ってある表面をタロウは二、三回叩き、いつも使っているお決まりの定型を口にする。

 

「お届けものです。ハンコかサインを」

「おお。勇者よ、よくきたな! そなたが来るのを待っておった……!」

 

 音を立てて開いた扉のなかから返ってきたのは、芝居がかった台詞だった。

 もしかすると、ノックをする前からずっと待っていたのかもしれない。それぐらいの距離にゲーム開発部の部員である天童アリスは立っていて、きらきらと青い瞳を宝石のように輝かせていた。

 その目がタロウに向いた瞬間だった。

 

「────タロウ!」

 

 アリスは眼球だけでなく表情全体を使って喜びを表しながら、床にひきずる程長い髪を携えて一直線に抱きついた。

 あのタロウに、だ。

 

「タロウじゃありませんか! お久しぶりですね!」

「ああ。元気にしていたか」

「もちろん、アリスのステータスに異常はありません。だってアリスは、タロウの『おとも』なんですから!」

「それでいい。おれのお供としての自覚が身についてきたようだな」

「はい! だから、アリスをいっぱい褒めてください! タロウの言葉は最上級職しか取得できないバフなので、かけてもらえると攻略に非常に役立ちます!」

「百年、いや千年早い。まずは荷物にサインかハンコだ」

「クエストですね! 受けて立ちましょう!」

 

 もし尻尾がついていれば、きっと千切れんばかりの速さで動き回っていたに違いないだろう。

 そんなアリスの姿はたいへん可愛らしかったが、その対象が桃井タロウであることを考えると、内心穏やかでないものを感じてしまうユウカだった。

 

 

 

 

 

 

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