ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのな

 

 

 

 

 

「伏せろオッ!」

 

 返答を待たずに、ドンモモタロウはその場で旋転。

 まるで竜巻を纏ったかのような回転に、足元のルーフから煙が上がり、チンピラとスケバンがたっぷり詰め込まれている筈の車内から可愛らしい悲鳴が響いた。

 ドンモモタロウは構わず、バターのように溶けていく視界のなかで、ザングラソードのディスクを数度回す。

 

──『秘技!』

 

「そぉ──らあッ!!」

 

──『キアイ!

     イサイ!

       イアイ斬!!』

 

 そして。

 ドンモモタロウを中心として、円形の斬撃が津波のように広がった。

 虹色の光を灯したそれは、咄嗟に屈んだ空崎ヒナのヘイローを掠り、迫り来る三体のヒトツ鬼を同一のタイミングで押し留め、爆音を伴いながら吹き飛ばした。

 その一撃に斬撃の性質──ヒトツ鬼を人間に戻すという機能が込められていたことを理解したのか、三方向から轟いてくるのは、ドンモモタロウを脅威として認識した異形達の唸り声だった。

 地の底でふく涼風のように悍ましいそれを一身に受けて、ドンモモタロウはフン、と傲岸不遜に鼻を鳴らした。

 

「威嚇だけか、下らん」

「……攻撃するのならっ、先にそうと言ってっ」

 

 胸を張るドンモモタロウの元へ駆け寄ったヒナの表情には、濃い怒りがへばりついていた。

 当然と言えば当然だ。ヒナはドンモモタロウの繰り出す攻撃が、どれほどの威力を秘めているのか、嫌というほど思い知らされている。突発的な大規模攻撃など、本当に洒落にならない。どうにか避けられた自分を、珍しく褒めてやりたい気分でさえあった。

 これで謝罪──そうでなくとも、態度に一片でも申し訳なさを滲ませていたのならまだ許せた。

 だがドンモモタロウは、

 

「しかしアンタは避けた。ならば、なんの問題も無いだろう」

「こ、の……っ! この……っ!!」

 

 得物を担いで、巻き込みかけたことを謝ろうともしないでいる。

 それがヒナには気に入らない。あまりにも気に入らなさ過ぎて、ありとあらゆる罵詈雑言が脳味噌で渋滞を起こしていた。口からこぼれ落ちるのは、言葉にならなかった罵声の欠片だ。

 いっそ銃身で後頭部をぶん殴ってやろうか──と憤怒を募らせているヒナをよそに、ドンモモタロウはなにをしているのかというと。

 

「ほら急げ急げ! 巻き込まれたくないのならさっさと落ちろっ」

 

 逃げ遅れた形となった住民達を車から引き摺り出し、次々と地面のなかに落としていた。

 

「…………」

 

 もはや、突っ込む気力はない。

 肩を落として見守る。やがて全ての住民を落とし終えたドンモモタロウは、扉を閉じるような仕草をすると、背を伸ばして改めて周囲を見回していた。ヒナもつられて、視線を巡らせる。

 鉄格子のようにビルが取り囲んでくる、典型的な交差点のど真ん中だった。

 しかし途絶え切った人気が、まるで異世界に取り残されてしまったかのような、不気味な錯覚を覚えさせてくる。見知った街だというのに、まるで知らない異邦の地のようだった。

 無意識のうちに拳を固く握り締めるヒナに、ドンモモタロウは普段と変わらぬ調子で語りかけてきた。

 

「空崎ヒナ」

「……なに」

「一時休戦だ。アンタと戦り合うより、優先すべきことができた」

 

 そう言って、ドンモモタロウは肩に担いでいたザングラソードを下ろした。その切っ先を、ヒトツ鬼達へと順繰りに突き付けていく。

 

「三体か──食後の運動としてはちょうど良い」

「……まさか、一人で全員を相手するつもり?」

「当然だ。やつらの……ヒトツ鬼の退治は、この世界におけるおれの使命のようだからな。

 アンタは、アンタが成すべきことをしろ」

「それは──」

 

 ──私に美食研究会を捕らえにいけと、言っているの?

 

 言葉は足らず、それでもヒナには桃井タロウが自分に向けた台詞の意味が、手に取るように理解できた。

 おかしな話だった。あれだけ邪魔だと思っていた筈なのに、いざ道を通されると分かった瞬間、戸惑いが湧き上がって足がちっとも動いてくれない。

 自分でも訳がわからないほどぐちゃぐちゃに捻れた感情に、足を絡め取られて動けないヒナをよそに、ドンモモタロウは開戦の狼煙を上げるかの如く両手を広げて笑い始めた。

 

「わァ────はっはっはっはっはっ!! どうした、来ないのかっ!?  ならせめて笑えッ!!」

 

 その声は物理的な圧さえ伴って、ヒトツ鬼達の唸り声を押し潰し、空間をビリビリと震わせ、ヒナの足に残っていた躊躇を強引に掻き消した。

 無意識のうちに覚えた恐れを踏み潰し、最初に動いたのは──激走鬼。

 

「交通ゥ、安ン全ッ!!!」

 

 先のドンモモタロウほどでは無いにしろ、それでも常軌を逸した速度で回りながら、ヒナの背中に二対の鬼険棒を纏めて振り下ろそうとする。

 ドンモモタロウはその場から一歩も動かず、ザングラソードを投げ放った。

 ざっくばらんに放られた剣は、鉄の匂いを孕んだ暴風にたちまち化すと、激走鬼の両手を強かに打ち据える。重い痛みに震える激走鬼の顎に、遅れて反応したヒナの爪先が、情け容赦なく突き刺さった。

 振り返ったヒナの視界に映り込んだのは──

 

「──桃井タロウ!」

「三9、金ッ!」

 

 左から次いだ高速鬼の、胴体を狙った鋭い貫手。

 得物を失っているドンモモタロウは、すかさず左肘で迎え撃った。突進のスピードも合わさった高速鬼の四指をいとも容易く潰すと、その場で跳躍。空中で回転したのちに、勢いをつかせた両の足底を高速鬼の顔面にブチ当てた。

 最後に飛び出したのは、両肩に付いたマフラーから青い排気ガスを吹き出しながら迫る、掌に光弾を浮かばせた──炎神鬼。

 

「貰ったぜッ! 最終コーナーァ!」

 

 今度の炎神鬼に物理攻撃が通じることは、一番最初に放った牽制の斬撃によって既に確認している。

 左右から噛み砕くような軌道で迫る両掌を、ドンモモタロウは相手の腕の関節を叩くことで落とす。そのまま、ガラ空きになった鳩尾に、腰の入った見事な左正拳。

 しかし、炎神鬼は頑健なプロテクター──エンジン魂を纏っている。

 分厚い壁に阻まれたことで、充分な威力を発揮できずに終わるかと思われたその一撃の背を──

 

「スタート地点からやり直してこォいッ!!」

 

 世にも鮮やかな寸勁が後押しした。

 時間を巻き戻されたように綺麗に吹き飛んだ炎神鬼の姿を見届けて、ドンモモタロウは残心を解く。

 三体のヒトツ鬼を、息も切らさず捌き切ったドンモモタロウの広い背を、ヒナはどこか呆然とした目で眺めた。

 

 本当に、久しぶりだった。

 心の底から誰かのことを、敵わないほど強いと感じたのは。

 

「──今がチャンスだ。これ以上の面倒を見るつもりはない」

 

 地面に落ちたザングラソードを拾い上げ、ドンモモタロウは淡々と告げた。逡巡ののちに、ヒナはその場から立ち去ろうとする。

 けれど、足を止めてしまう。

 それは、どうしようもない意地から来るものなのだと思う。

 理性や合理でできたご立派な表皮を引っぺがした先にある、嫌いな相手の言うことになんて簡単には従いたくないという、どうしようもなく子供っぽい意地。

 いつもそうだった。桃井タロウの前に立つと、先生を相手にしている時とはまた違った意味で、子供である自分を抑えられなくなる。

 きっとあの目のせいだ、と思う。

 真っ直ぐに──どこまでも真っ直ぐに、こちらを覗き込んでくる、太陽のように眩しい目。

 心の奥底に隠している本当の自分を見透かし、無遠慮に暴き立ててくるような、目。

 口から零れ落ちたのは、自分でもどうかと思うぐらい刺々しい憎まれ口だった。

 

「……礼は、言わない」

「礼など要らん。それに言ったはずだ──これは、おれが成すべきことだと」

「……そう」

 

 会話はそれきりだった。

 ヒナは一度も振り向かず、乗り捨てられた車を使って、アコから送られてきた座標に向かって走り出す。すぐに背後から轟いてきた衝突音も聞こえないフリをして、無心のままハンドルを動かす。

 自分は負けたのかもしれないと、なんとなく思った。

 

 

 ○

 

 

 今でも、覚えている。

 

『何をそんなに怖がっている?』

 

 ──怖がる? 何を。

 

『寂しいと感じたのなら寂しいと』

 

 ──寂しくない。

 

『辛いと感じたのなら辛いと』

 

 ──辛くない。

 

『苦しいと感じたのなら苦しいと』

 

 ──苦しくない。

 

『口があるのに、何故言わない?』

 

 ──感じたことが無いから。

 

『嘘だな』

 

 ──……。

 

『アンタは……少しばかり、窮屈そうだ』

 

 初めてだった。

 他人のことを本当に、心の底から嫌いになりかけたのは。

 初めてだった。

 政治的な根拠も合理的な理由もなく、子供みたいなバカらしい感情で、誰かを嫌いになれたのは。

 自分にもまだそんな一面は残っていたのかと、つい驚いてしまうほど。

 本当に、初めてだった───

 

 

 ○

 

 

「ハッハッハッハァッ!!」

 

 頭部に向けて一斉に振り下ろされた三本の鬼険棒を、両手で掲げたザングラソードで受け止めたドンモモタロウは、渾身の膂力を足にこめてから、一気に飛び上がることで弾き飛ばした。

 大きな火花が散り飛ぶ。呻き声とともにのけぞるヒトツ鬼達を、ドンモモタロウは高笑いを上げてダメ出しした。

 

「ダメだダメだダメだダメだァ!! まるで威力が足りていないッ!!」

 

 ぶおん、という風切り音が重なって聞こえた。

 迫る、三つの刃。

 側頭部、胴体、足──上中下を一度に狙うことで、逃げ場を無くす作戦に出たらしい。

 良いだろう、とドンモモタロウはマスクの下で笑いながら、まず初めに足を切り裂かんとする横振りの鬼険棒を勢いよく踏みつけた。

 地面と一体化しろと言わんばかりの勢いだった。鬼険棒はアスファルトをがりがりと音を立てて砕き、その下にある土を数十センチほど掘り進めてようやく動きを止める。

 そのおかげで地面に生まれた僅かな凹凸を利用し、ドンモモタロウは背筋をこれでもかとそらした。

 腹筋と顔面のすれすれを、暴力的な風がなにひとつ捉えることなく通り過ぎていく。

 

「ワッハッハッ! よく狙えッ!」

 

 ドンモモタロウは仰け反ったまま、ザングラソードを大きく巡らせた。不安定な姿勢から放たれたにも関わらず、その斬撃はドンモモタロウの周囲を固めていたヒトツ鬼を吹き飛ばした。

 剣に引き摺られるような形で姿勢を正したドンモモタロウは、続けざまにドンブラスターを連射する。赤く輝くキビ弾丸は一発残らずヒトツ鬼達に命中すると、艶やかな光の種を撒いた。

 最初の状態に戻ったところで、ドンモモタロウはドンブラスターの銃口を下げる。

 いわば欲望が暴走した状態にあるヒトツ鬼を相手に、まともな意思疎通ができることは滅多に無い。

 だが、例え言葉は通じずとも、これだけはどうしても聞いておかなければならないと思った。

 

「お前達──本当に自分の欲望でヒトツ鬼になったのか?」

 

 返答は、やはり無い。

 しかし、滲み出る偽りの気配から、自分の推測は間違っていないとドンモモタロウは確信した。目の前の生徒達は、おそらく自分の意思では無く、何者かの手によってヒトツ鬼にさせられたのだ。

 誰が、どうやって、何のために?

 それを予想するには、あまりにも情報が少な過ぎた。けれども、そこに悪意が込められていることを察するのは、嫌になるほど簡単だった。

 

「……いや、今はどうでもいい。お前達を人間に戻せば、すぐに済む話だッ!」

 

 へばりつく悪寒を振り払うように、ドンモモタロウはザングラソードのディスクを回転させようとする。

 直後、だった。

 

「アクセルテクター!」

 

 ヒトツ鬼達が声を揃えて同時に叫び、

 それぞれの鎧の上に、銀色のプロテクターが装着された。

 

「──何?」

 

 驚愕に固まるドンモモタロウを置き去りにするように、ヒトツ鬼達は疾走を開始した。

 円を描くような軌道で走りながら、徐々に速度を加速させていく。一周を経るごとにアスファルトの表面が削れ、灰色の霧が地面から巻き上がり、周囲の景色が見えなくなっていく。

 閉じ込めるつもりなのだと理解した瞬間に、ドンモモタロウは斬撃を飛ばそうと、竜巻と化した壁に向けてザングラソードを振りかぶり──

 それを阻むように、飛び出してきた激走鬼によって弾き飛ばされた。

 

「──ッ!」

 

 空中でどうにか姿勢を整え、着地する。直後に、左斜め上から炎神鬼──襲撃は、予想していた。だから半ば飛び込むような形で前転し、回避。

 そこを、高速鬼が突く。

 ジグザグと不規則な軌道で迫ったこともあり、高速鬼は防御されることなく、ドンモモタロウの身体を吹き飛ばした。

 一度均衡が崩れれば、そこから先はあっという間だった。

 これまでに積み重なった鬱憤を晴らすように、ヒトツ鬼達は竜巻のなかから飛び出してはすれ違いざまにドンモモタロウを攻撃するという行為を、何十回と繰り返し続けた。速度は落ちず、むしろさらに増していく。

 接近した際に一瞬の隙を狙って放つ斬撃は、プロテクターによって悉くが防がれてしまっている。直撃だけはどうにか避け続けているが、それもいつまで保つか。

 時間が必要だった。

 たった数秒──いや、数コンマでいい。それだけあれば、一気にこの状況を打破することができる。だが、その暇すら与えないと主張せんばかりに、ヒトツ鬼達の攻勢は激しくなっていく。

 まさしく手詰まり。

 その状況を打破したのは、

 

「────ターゲットは、確認した」

 

 破壊の紫電を内包した弾丸だった。

 

 

 〇

 

 

 それは正しく掃討だった。

 

 

 絶大な殲滅力を発揮することになんの異論も持たない数百発の銃弾が、ヒトツ鬼達の生み出したアスファルト色の台風を一瞬で搔き消した。

 ドンモモタロウの視界が一気に開ける。防御の為に掲げていたザングラソードを下すと、その先には風紀委員会のコートをたなびかせ、愛銃たる終幕:デストロイヤーを構えたヒナが立っていた。

 

「アンタは……」

「──」

 

 ヒナはなにも言わずに、ドンモモタロウの傍まで歩いた。視線は未だに合わせない。つんとそっぽを向くその姿は、嫌いな食べ物が食卓に並んでいるのを見てしまった子どものような、ひどく幼げな印象が宿っていた。

 それが意識的によるものなのか、それとも無意識のうちに現れ出たものなのか、本人にしか分からない。

 傍で立ち止まった後でも、ヒナはしばらく黙り込んだ。ようやく口を開いたのは、膝をついていたドンモモタロウが立ち上がり、ヒナの小さなつむじを十七秒ほど見下ろした時だった。

 

「……あっちには、イオリとアコがいる。貴方や美食研究会全員が揃っているのならともかく、黒舘ハルナ一人だけなら、戦力的には問題ない」

「なにが言いたい」

「私は──ゲヘナ風紀委員長。ゲヘナの秩序を乱す輩を制圧するのが役割で、仕事」

 

 そこで、ヒナはドンモモタロウと──マスクの下にある桃井タロウの眼差しを見つめ返した。

 

「美食研究会とヒトツ鬼──どちらがよりリスクが大きいかを判断した結果が、これ。

 だから、決して貴方を助けに来たワケじゃない。これが私の成すべきこと」

 

 それに、とヒナはたった今思いついた風に言葉を付け足すと、鮮やかな苺色の舌をべ、と突き出してから言った。

 

「貴方のこと、嫌いだから。言うことなんか聞きたくない」

「──良い答えだ。その方が気持ちがいい」

 

 明確に敵意を叩きつけたにもかかわらず、ドンモモタロウはどこまでも爽やかに笑っていた。

 腹が立つのは、そう来るだろうなと予想していた自分だった。ヒナは苦虫を嚙み潰したように眉を顰めながらも、自分のなかに溜まっていた淀んだ空気が、ほんの少しだけ抜けたかのような錯覚を覚えた。

 

「……それで、どうするつもり。ついさっきまで追い詰められてたみたいだけど、作戦はあるの?」

 

 そんなことを考えている自分を振り払うように、ヒナは問いかけた。既にヒトツ鬼達は回復し、今度はヒナの射撃の射程圏外の距離で円を作ろうとしている。

 ドンモモタロウの答えは、笑ってしまうほど簡単だった。

 

「ヤツらは確かに速い。それに、防御力もそれなりに在る──ならば、それより速く動き、それより強い斬撃を加えればいい」

「……それ、作戦じゃなくてゴリ押しって言わない?」

「作戦だッ!」

 

 絶対ゴリ押しだな、とヒナは思う。

 しかし、そんなくだらない押し問答をしている暇は無さそうだった。円を完成させたヒトツ鬼達が、ふたたび走り始めていたからだ。

 轟、と空気が唸り、風が荒ぶる。たちまち世界から隔離され、天蓋は石灰に覆われた。

 先程より何回りも太く、分厚く、大きな竜巻だった──それゆえに、攻撃範囲もまた。

 だが、ドンモモタロウは腕を広げて、嵐を掻き消さんばかりの勢いで笑い始めた。

 

「────わっはっはっはっ! わーはっはっはっ! わ───はっはっはっはっ!! 面白ぇ!!」

「面白くない」

「お前は黙っていろ──今から、最高の祭りを見せてやるッ!」

 

 そう叫び、ドンモモタロウは金色に光るギア──ドンロボタロウギアを取り出し、ドンブラスターにセットした。

 そして、スクラッチギアを回す。

 

 ──『イヨォーッ! 

 

    ドン! 

 

    ドン! 

 

    ドン! 

 

    ドンブラコォーッ! 

 

    ロボタロウ!』

 

 天に向けて、銃口を構えた。

 叫ぶ。

 

「───アバターチェンジ、ロボタロウォッ!」

 

 瞬間、ギア内部のアバターデータが具現化し、無数の装甲となって、ドンモモタロウの周囲を縦横無尽に駆け巡り出した。

 やがて足、胴体、腕、胸部──頭部以外の全てに鎧を着装し、一番最後にやってきた兜を身につけたドンモモタロウのサングラスが、

 伸びた。

 メチャクチャに伸びた。

 それはもう、顔面を飛び出すほどに伸びた。

 

「────は?」

 

 今日一番の驚きに顔を染めるヒナの前で、天下無双の鎧武者は、高らかに名乗りを上げた。

 

 

 

「ドン───」

 

 ──『ヨッ!』

 

「────ロボタロウッ!!」

 

 ──『世界一ぃっ!!』

 

 

 

「………………」

 

 何故だろう。ヒナは、急激に帰りたくなってきた。

 が、ドンロボタロウはまるで構わない。納刀するようにザングラソードを腰に据えた。

 そして、これまでの激しさとは打って変わった、漣ひとつの無い湖面を連想させる静かな動作でゆったりと、しかし確実に。

 

「心桃滅却────」

 

 刃を、

 

「アバター光刃───……!」

 

 解き放つ───!

 

「────っ!」

 

 ヒナの視界が、ドンロボタロウの背中に取り付けられてあるバーニアの凄まじい噴射によって、数秒間だけ隙間のない白に眩んだ。

 咄嗟に腕で目を隠す。状況を全く把握できない。唯一の頼りになる聴覚でさえも、バーニアによって遮られてしまっている。

 それでも、確かめないわけにはいかなかった。

 

「……」

 

 おそるおそる、腕を退ける。

 そこに、広がっていたのは──

 

「───は」

 

 憎らしいほど澄み渡る、白い乱雲と巨大なヘイローを浮かべた青空と───

 

「───あ、大勝利ィ〜〜〜───ッ!!」

 

 空中に浮かびながら勝鬨を響き渡らせる、ドンロボタロウの姿だった。

 太陽を一身に受けて、真紅に輝くドンロボタロウを見上げながら、ヒナはそっと目を細めた。

 

 眩しかった。

 どこまでも、強く。

 どこまでも、高く。

 どこまでも──独りで。

 

 在り続けてなお、ああいう風にいられる桃井タロウのことが、空崎ヒナは───

 

「……本当に、嫌いだわ」

 

 ぽつりと、呟く。周囲には誰もいなかったが、どうせ聞こえなかっただろう。なにせ、ドンロボタロウが笑い続けているのだから。聞こえないのだから、ヒナもほんの少しだけ笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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