ドンブルーアーカイブ 作:鰻の蒲焼
必要なのは、判断力。
そして重要なのは──タイミングだ。
陸八魔アルは、金色に光る目を鋭く引き絞りながら、卓上の時計を眺めていた。
秒針のわずかな揺れ動きも見逃さんとばかりに、じっとりと睥睨しているその様は、まるで高所から獲物を狙い撃たんとしている鷹を髣髴とさせる。
かちこち、と音を刻み続ける時計を睨みつけながら、アルは静かに考える──そう、重要なのはタイミングなのだ。一分のブレ、一秒のズレも許さず、狙った瞬間ちょうどにケリをつけられる。そのタイミングを見極められるかどうかに、すべてはかかっている。
実に難しい作業だ。けれど、自分にはそれが出来る。それは誇張などではなく、アルにとっては当たり前の、純然たる事実であった。
何故なら──陸八魔アルはゲヘナで最もハードボイルドで、アウトローで、危険な女なのだから。
冷静に引き際を弁え、冷徹に事態を把握し、冷酷にその場を混乱に陥れる。
そうしなければ生きては帰れないような、過酷きわまりない修羅場を、幾つも超えてきた。それを行えてきたからこそ、自分達はあの恐るべき風紀委員会に目をつけられながらも、ここまで生き残ることができたのだ。
(そうよ、陸八魔アル──あなたならできる)
深まる集中の為か、脳の中心から奥の場所へと、アルの意識は沈んでいく。
耳に入ってくる音が、時針が奏でる几帳面な音だけになる。
そして唐突に、それでも確かに理解した。
求め続けた瞬間は、すぐそばにあると───!
「────ッ!」
かッ、と目を見開いたアルは、稲妻の速度で腕を振るい。
カップラーメンのフタを抑えつけていた、重石がわりのガムテープを取り除いた。
上からの圧力が無くなったことで、薄いフタはささやかな風の動きにつられて、あっけなくその口を大きく開く。
たち上ったのは、塩と海鮮を含んだ湯気──おそるおそる近づけた箸で、滑らかに揺れる湖面から掬い上げた麺は、照明のおかげで黄金色に輝いて見えた。
裡から湧き上がってくる衝動に任せて、アルはそのまま勢いよく、麺を口に運び、啜る。
程よくスープを絡めた細麺は、すり抜けるような調子で、アルの口のなかに突入する。麺はそのまま喉の奥までなだれ込むと、塩気を一気に解放した。
少女の白い喉から上を、ジャンクフード特有の粗雑な風味が埋め尽くす。
目をつぶりながらそれを堪能し終えたアルは、ぷはーっと熱が籠った息を吐いた。
「──美味しいわっ! 私が食べるに相応しい、百点満点のカップラーメンねっ!」
「本音はあ?」
「そろそろカップラーメンやめたいぃい……」
陸八魔アル率いる便利屋68がカップ麺生活を始めて、今日で五日目であった。
半泣きで麺をすするアルを見て、楽しそうにしているのは、便利屋68の行動隊長と突撃隊長を担う浅黄ムツキだった。その手に持っているのは、醤油味のカップラーメン。箸でキューブ状の肉を器用につまみながら、くすくす、と笑っている。
「あの時に前金だけでも受け取っておけば、今よりはマシな食生活送れてたかもしれないよねえ。この状況、もしかしてアルちゃんのせいなんじゃなーい?」
「う、うるさいっ。便利屋68のポリシーは『成功報酬しか受け取らない』なのっ。
それに、あの依頼……絵画の競り落としは、誰がどう見たって失敗だった。だから、これは当然の結果なのよ。自分のミスを認められないアウトローに、ロクな結末は訪れないわ」
「とっくにロクでもない結末だと思うんだけど……」
シンクでカップ焼きそばの湯切りをしながら、冷静に突っ込みを入れたのは、便利屋68における課長──鬼方カヨコである。
役目を終えたフタをゴミ箱に放り入れ、ソファに座りながら、割り箸を割る。一連の動作には澱みがなく、品格さえ漂っているように見えるのは、決して気のせいではないだろう。
「一日だけならともかく……毎日こうだと流石に、堪える。そろそろ体調のことも考えなくちゃいけないかもね」
「それとお肌のこともねっ! カヨコちゃんは特に色白だし、シミとかできものとかできちゃったら大変だ。先生の前に出れなくなっちゃうよ」
「……喧嘩売ってるなら買うよ、ムツキ」
「やーんこわーい」
カヨコの眼差しは、地獄の鬼も裸足で逃げ出してしまいそうなほど、凄まじい。しかしムツキは、ふざけたように自分の身体を抱きしめるだけだった。
「……はあ」
決して舐められているわけではない。それが彼女なりに親愛を込めた態度なのだと、カヨコは知っている。だから振り上げた拳をおさめ、溜め息を吐くだけにとどめた。
「わ、私は、皆さんと一緒に食べられるのなら、どんなものでも……」
そのタイミングを見計らって、ぼそぼそ、と自身の主張を零したのは、便利屋68の平社員──伊草ハルカだった。まるで宝物でも持つかのように、両手で大事に抱えているのは、アルと同じメーカーで同じシーフード味のカップラーメン。
仲間達と共に食卓を囲んでいたことにご機嫌だった少女の機嫌は、しかしどこにあるのかも分からないスイッチが入ったことで、急降下していく。
「でもっ! 私がもっとうまく依頼をこなしていれば、アル様達がこうして食生活で苦労する羽目になんて、ならなかったかもしれないんですよね……あの、き、きえっ、消えるべきですよね。私!」
「消えなくていいから。ショットガン出すのはやめて」
どこからともなく自分の愛銃を取り出して、こめかみへと突きつけるハルカを、カヨコは慣れた様子で止める。いつも通りの光景だったが──だからこそ、アルの記憶を強く刺激した。
「そうよ。ハルカのせいじゃないわ──あのメイド達の方が、私達より上手だった。戦闘でも、オークションでも。それだけのことよ」
ミレニアムの校章をメイド服に拵えた彼女達の戦いぶりを、アルは昨日あったことのように、今も思い出すことができる。
特に、四人のなかで一番小さな、スカジャンを羽織ったメイド──彼女からは、ゲヘナの風紀委員長たる空崎ヒナに通じるなにかを感じ取れた。
要するに、戦闘では勝ち目が見えない。
(それに、あの、先生と同じキヴォトスの外から来たらしい──)
しかし、アルの脳裏に最も深く刻み込まれていたのは、四人のメイドに付き添っていた男だった。
エレベーターで相乗りした際に、先生とは何から何まで正反対だなと感じたことが、最初の印象だ。
それは簡単には解けなさそうなほど固く組まれた両腕からだったり、全てを見透かすような強い眼差しからだったり、無愛想という言葉を溶かした後にそれを塗って固めたような表情から来るものだった。
しかし、それだけならほんの少しだけ覚えているだけで終わっていただろう。アルの脳にその存在を印象付けた決定打は、オークションにおける立ち振る舞いであった。
どれだけ金額を吊り上げられても、決して揺らぐことなく、必ず手に入れるという意志を強く保ち続ける。
その姿が、そう──アルにはとてつもなくカッコよく見えたのである。
正直言って、アルは内心バックバクも良いところだったのだ。以前、先生の身柄というオークションが行われた際に提示した20億を口にした時でさえ、見た目はどうだか知らないが身体のなかは心臓が暴れ狂っていた。
だって、20億なんて払えるワケがないくせに、ついつい見栄を張ってしまって──挙句の果てに落札者となってしまったのだから。
20億でそれなのに、なんとほぼ100億である。いつものように平静を保てていたのが、いまとなっては奇跡のように感じられる。
しかし、あの男は──周囲のどよめきや驚きの視線を全く意に介さず、100億を目前にしても、欠片も表情を変えなかったのだ。
それは、本当に100億の予算を持っていたから繕えた余裕なのかもしれないし、はたまたアルと同じく、ハッタリと見栄によるものだったのかもしれない。
けれど重要なのは、そこではないのだ。
一つの目的に向かって、脇目を一切ふらず、歩み続けるその姿勢こそ、アルにとってはなによりも輝いて見えたのだ。
「──アルちゃん。もしかして、あのおにーさんのこと思い出してるの?」
「へ!? あ、いや、まあ、そうだけど……」
考え込むアルの顔を、横からひょいと覗き込んだムツキは、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
こういう時のムツキになにを隠しても無駄であると経験則で知っているアルは、素直にうなずくことにした。
ムツキはふーん、と呟いてから、持ち上げていた麺をちゅるっと小さな口のなかに吸い込む。
「あの人、すっごく面白かったもんねっ! オークショニアを脅しだす参加者なんか、ムツキちゃん初めて見ちゃった」
「──面白いかどうかはともかく、二度と関わりたくない相手なことは認めるよ」
話しているうちに思い出したのか、ムツキはくふふ、と楽し気に身体を横に揺らす。カヨコにとっては、あまりいい思い出では無いらしい。焼きそばに付録していたマヨネーズをかけながら、眉根を寄せている。
「ありゃ、カヨコちゃんにしては珍しいね。ああいうタイプのヒトは嫌いなんだ?」
「嫌いとか好きとかそういう問題じゃない。厄介事に巻き込まれるのは面倒くさいから、関わりたくないの」
「くふふ、今更でしょー。あのおにーさんに巻き込まれるの、この前のオークションでもう二度目になるんだから」
カヨコの発言を聞いたムツキは、頭の後ろで腕を組みながら、そう言ってみせる。
カヨコはもちろん、アルにとっても、それは到底聞き流すことの出来ない台詞だった。
「ちょ、ちょっと待ってムツキ。いつ、どこの依頼でっ!?」
「…………困った。思い当たる厄介事が多すぎる」
「あの、えっと……なんの話を……」
「マジで覚えてないの? ──そ・れ・な・らぁ」
慌てて身を乗り出したアルと、顎に手を当てて考え出すカヨコと、話についていけずなにがなにやらなハルカを見回してから、ムツキは唐突に立ち上がった。
そして全員の視線を集めたところで、片手を腰に当て、もう片手は高々と持ち上げる。それから人差し指をぴっ、と天井に向けると、事務所中に響き渡るような大声で宣言した。
「回想タ────イムっ!!」
「どうしたの急に?」
〇
「──ここで、新規事業説明会があるからよ!」
と、トリニティの商店街で陸八魔アルがそう言った時、鬼方カヨコは面倒なことになりそうな予感しか感じなかった。それは、知り合いのコネから仕入れた情報だと聞いた瞬間に、確信へと変わる。
「……キヴォトスの裏世界でも一部にしか知られていない、トップシークレットな情報なのよ! アウトローたちだけが共有している秘密の事業……! すごいと思わない!?」
「ふーん……まあ、アルちゃんがそれで良いなら良いけど」
「さ、さすがアル様です! すごいです!」
「あはっ! もっと褒めてもいいのよ!」
ハルカからの賞賛に気を良くしたのか、アルは胸を張ってニコニコと笑っている。ムツキは変わらず、薄い微笑みとともに傍観に徹していた。
それを見たカヨコが重苦しい吐息を零して、せめて面倒なことにならないと良いけど──と愚痴を漏らしかけたところで、不意にアルが端末の画面を見せた。
「それに、ほら! こんなに豪華なゲストが来るんだから、間違いないに決まってるじゃないっ」
「こんなに?」と、ハルカ。
「豪華な?」と、カヨコ。
「ゲストお?」と、ムツキ。
差し出された画面を三人が覗き込んでみると、そこには説明会を行う会場や日程、時間帯が書かれている広告が表示されていた。
腕の良いデザイナーでも雇ったのかもしれない。全体的にプレミアム感を漂わせたデザインは、なるほど自分は選ばれた特別なのだと錯覚してしまうのも無理はないと、つい納得してしまう。
だが。
三人の目を惹きつけたのは、広告の左下に配置されてある、小さな長方形だった。
長方形のなかには、サングラスをかけて、ちょんまげを生やした真っ赤な不審者がいた。
両腕を腰に当てて、偉そうに胸を張っている不審者の下には、こんな言葉が書かれていた。
──『ドンモモタロウも登場!!』
ハルカは目を瞬かせた。
ムツキは目を丸くした。
カヨコは──目をつぶった。
「……やっぱり帰ろう、社長。ロクでもないにも程があった」
「なんでよーっ!?」
急激な否定を喰らって、白目を剥くアルにも構わず、カヨコは舌打ちしたい衝動を抑えていた。
ドンモモタロウ。
噂だけは聞いたことがある。つい最近から──正しく言うなら、先生がキヴォトスに着任した時期と同時に、キヴォトス全土に出没するようになった不審者。
それだけならまだ良い。問題なのは、この不審者の動向を、各学園の治安維持組織が睨んでいるという噂があることだ。場合によっては、睨むだけにとどまらず、武力行使さえ厭わないそうである。
だが、ドンモモタロウなる不審者は、ありとあらゆる勢力からのありとあらゆる襲撃を退けて、今もなお自由気ままに暴れ回っている……らしい。
それが、本当か嘘なのかは、至極どうでもいい。ただ、引き返したくなる理由には充分に過ぎた。
けれど、アルはなかなか引き下がらない。むしろ反対されてしまった分、より意志を強固に固めたらしい。
広告を表示したままの端末を、我が子を守るように抱き締めながら、カヨコに対して主張をブチあげた。
「い、嫌っ! 絶対に行くんだからねっ。こんな名前を広めるチャンス、滅多に無いかもしれないんだし……それにドンモモタロウさんが来るなら尚更よっ!」
「ドンモモタロウ、さぁん? アルちゃんどうしちゃったの? どっかで頭打って、へんなところのネジでも外れちゃった?」
「どうせ、例の噂を鵜呑みにしているだけでしょ……ねえ、社長。よく考えてみてよ。ウチの風紀委員会だけならともかく、他学園の治安維持組織に目を付けられておいて、一度も捕らえられたことがないって……あり得ない話だと思わない? このキヴォトスに、どれだけの学園が存在してるのかって考えると」
カヨコの指摘を受けて、アルは「うっ」と言葉を詰まらせる。しかしすぐさま、
「……でも、確かに見たんだからっ! ドンモモタロウさんが、スケバンと風紀委員の抗争に巻き込まれて、最終的に全員に神輿を担がせていたところをっ」
なんだそれ。
と、カヨコは一瞬眉を顰め、それからSNSで流れてきた動画を思い出した。
動画の内容は、おそらく自治区の一画を巻き込んでの抗争中だったらしい大勢のスケバンやチンピラ達が、輪になって中心にある赤い神輿──さらに詳しく言えば、その上に立ったドンモモタロウに向かって、声援を投げかけたり、紙吹雪を撒き散らしたりしているというものだった。
あまりにも荒唐無稽だったから、単なるフェイク映像だとばかり思っていたのだが……アルの様子を見ると、どうやら本当にあったことらしい。
「……」
ますます、行きたくない。
しかし、そう思っているのはどうやら自分だけらしい、とカヨコは気付いた。アルはそもそもとして、ハルカはアル様の言うことであれば……と全肯定の姿勢に入っているし、ムツキは興味を惹かれていそうな表情をしているし。
カヨコは再度、重い溜め息を吐く。それから、鬱陶しいほど青い空を、眩しそうに見上げた。
──逃走経路の確保ぐらいは、しておいた方が良いか。
ここで逃げ出すことなく、そう考えてしまう辺り──自分はどうやら相当に彼女達に甘いのだなと、カヨコは思った。決して、悪い気はしなかったのだけれど。
それから会場まで足を運び、予想した以上の人の多さに困惑しつつも、案内された席に座って説明会が開催されるのを待っていると、きょろきょろと辺りを見回していたハルカが不意に声をあげた。
「あっ、壇上に誰かが……」
つられて舞台を見てみると、そこには高級そうなスーツを着こなしたロボットが、マイクを片手に立っていた。どうやらあれが司会進行役らしい──怪しいな、とカヨコは思ったが、口には出さなかった。
司会は真ん中の台の上に設置されたマイクの前で、わざとらしく二、三度咳払いをして注目を集めると、顔面の電子版に表示されている表情を笑顔のマークへと切り替えた。
「──まずは、御礼を。本日はこうして当社の事業説明会に参加してくださり、誠にありがとうございます」
それから一息つき、まくし立てるような口調で続ける。
「先に申し上げましょう。今回のような機会は滅多にあることではございません──ここに立ち会えたことそのものが、まず幸運と言っても過言ではないでしょう!
そう! ここにいる皆様は、既に選ばれたも同然!」
「ふ~ん……?」
「……?」
頬杖をついて退屈そうに演説を聞いていたムツキが、不意に眉を上げた。カヨコも同じように、疑問符を頭の上に浮かべている。気付いていないのはアルだけだった。
「や、やっぱり! 私達は事業のチャンスを掴んだのよっ!」
──カヨコちゃん、これってさあ。
──多分、そうかな。
──やっぱりぃ?
無言で互いに考えていることを伝えながら、小さく頷き合う。恐らく、というか多分、絶対に詐欺のはずだった。
ムツキに言わせれば平和ボケしてそうな、いわゆる世間知らずのお嬢様が多いトリニティで開かれる事業説明会だと聞いた時から、ずっと怪しいとは思っていたが……予想が当たったことを、喜ぶべきなのだろうか。
ふう、と息を吐き、カヨコはパーカーのポケットに忍ばせた愛銃──デモンズロアのグリップをそっと握る。
これで、この会場がこれから鉄火場になることは、ほぼ確定したようなものだ。後は、正義実現委員会の存在を警戒しつつ、その時を待つだけ──
カヨコがそんなことを考えているうちに、司会はいよいよ本題に入ろうとしていた。
「それでは、我が社の細かい話などはさておき、発表──いたしたいところではありますが、広告をご覧下さった皆様ならご存知の通り、今回は特別なゲストを招待しております。ドンモモタロウさんです! どうぞ皆様、拍手でお迎えください!」
瞬間、全体の照明が落とされ、舞台の右袖を一筋のスポットライトが照らし出した。
そこから出てきたのは──取り違えなどできるはずもない、ド派手な姿をしたドンモモタロウだった。
どうやら、トリニティでもそれなりに知名度があるらしい。会場全体から豪雨のような拍手が降り注ぐなかで、ドンモモタロウは堂々とした足取りで、壇上へと向かう。
「な、生っ! 生ドンモモタロウよっ! ねえムツキっ!! ちゃんと見てるっ!?」
「はいはいすごいすごーい」
「すっ、すごいですすごいですすごいですすごいですすごいです」
はしゃぐアルに肩を揺さぶられながら、ムツキは見定めるような目つきで、壇上のドンモモタロウを見ている。ハルカは壊れた人形のように、ひたすら拍手を繰り返していた。
やがて、ドンモモタロウは壇上の真ん中に辿り着いた。そして台に両手をかけると、マイクに向かって、マスクを近づける。
マイクを通して鳴り響いたのは、威圧的な低さを持った、男の声だった。
「────ドンモモタロウだ。今回の説明会には、ゲストとして招待された。正直言って、おれを呼んだ理由が理解できないが──ひと言だけでも挨拶をと頼まれたので、今こうして舞台に立っている」
「……意外と礼儀正しいんだ」
「暴れ回るだけじゃなく、公的な場では、ちゃんとTPOを弁える──アウトローではないけれど、いかにもデキる大人って感じよね!」
アルは尊敬に目を輝かせながら、スポットライトを反射して、辺りを赤く照り返しているドンモモタロウを眺めている。カヨコはああいう格好をした大人を、デキる大人と認めることに、激しい抵抗があった。
が、口には出さず、大人しく事の推移を見守る。カヨコも結局のところ、興味があったのだ。
このキヴォトスにおいて、どの学園にも所属することなく、誰の味方をするわけでもなく、誰からも敵視されている存在が──果たしてこの怪しげな説明会のなかで何を語るのか。
注目が集まるなか、衆人環視の的と化したドンモモタロウは、すう──と深く息を吸い込むと、
「では、言わせて貰おう───これは詐欺だ。アンタ達は、騙されているッ!」
と、叩きつけるように叫んだ。
そこから先のことを詳細に思い出そうとすると、頭痛が酷くなるので、簡単に省略する。
ゲストという名を隠れ蓑にした、正義実現委員会に対するカウンターとして用意したドンモモタロウの、微に入り細を穿つような容赦ない指摘によって、自らの説明会をグチャグチャに壊された司会は、オークショニアの時と同じように怪物と化した。
しかしドンモモタロウは、数秒で異形となった司会を伸すと、そのまま説明会を乗っ取り始め、人生相談まがいのことをやり始めた。
通報を受けて駆け付けた正義実現委員会が駆け付けるまで、それは続き───そこから先のことは、よく知らない。けれど、会場から逃げる際に、激しい銃声と高笑いが背後から聞こえてきたことから、おそらく両者は衝突したのだと思う。
そして、どちらが勝ったのかだが──この間のミレニアム自治区におけるオークション会場で目撃した、五体満足な男の姿が、その答えなのだろう。
〇
回想を終えたカヨコは、目頭を揉みながら、ニヤニヤしているムツキに向かって答えた。
「───あの説明会の時、か」
「正っ解!」
ぱちん、と指を鳴らして、ムツキは軽くウィンクする。もっとも、カヨコにとっては正解しても嬉しくもなんともない。関わり合いになりたくない人物と、二度も関わっていたことを知って、むしろ機嫌は悪くなる一方だった。
アルはわなわなと口を震わせて、驚愕を露わにしていた。
「あ、あの人がっ───ドドド、ドンモモタロウだったのっ!?」
「あははっ、本当にわかってなかったんだ! そりゃあ知人にも騙されちゃうよねえ」
「ええと……あの、ドンモモタロウって、ずうっと自信たっぷりな人……ですよね? あんなに自分を誇れるなんて、羨ましい……」
とっておきの事実を披露して、三人がそれぞれ違う反応を示したことに、ムツキはどうやらご満悦らしい。口笛さえ吹きだしそうなほどご機嫌だった。
混乱も、あまり長くは続かなかった。来客を告げるチャイムが、甲高く鳴り響いたからだった。
その音に正気を取り戻したアルは、ごほん、とひとつ咳払いを繰り出すと、カップラーメンの残りを慌てて吸い上げた。そうして箸を置き、「ごちそうさまでした」と手を合わせたところで、コートをはためかせながらばっと立ち上がる。
「──取りあえず、ドンモモタロウさ……ドンモモタロウのことは置いといて、さあ! 依頼の時間よ。食事は終わってるわね? 支度しなさい」
「……いつの間に受けてたの?」
「ふふ。昨日、電話でね。依頼人は匿名希望で、ボイスチェンジャーを使って、しかも連絡は公衆電話という徹底っぷり。これはもう、アウトローな依頼間違いナシよっ! 私の勘がそう囁いているわっ!!」
「……」
いつになく不安になったのは、直後にまんまと騙されていた出来事を、思い出していたからだろう。けれど、こうなった社長は止められない。
カヨコはせめて依頼の内容を把握しようと、アルに尋ねかける。
アルは撫子色の髪をかき上げると、ドンモモタロウを真似たような、自信たっぷりの表情で言った。
「今回の依頼。それはね───運び屋、よ!」
ぴんぽーん、と。
正解だとでも告げるように、もう一度チャイムが響いた。