ドンブルーアーカイブ 作:鰻の蒲焼
時間は、快警鬼が出現した瞬間にまで遡る──
〇
その瞬間、桃井タロウの視界は大きくぐらついた。
本来なら便利屋68と行動を共にしている筈が、街中で逃げ惑っていた快盗鬼──そして、明らかな敵意と殺意をもって快盗鬼を追跡していたヘルメット姿の女。
両者の行方を探して、昼の陽射しが盛りを迎えたD.U.の街中を歩きまわっていた最中のことだった。
世界全体が大きく揺れ動き、万物を構成する輪郭という輪郭が十重二十重に重なり合う。
極彩色の光が辺りをひっきりなしに飛び交い始め、コンピューターグラフィックスを連想させる数々の建造物がゆっくりとその姿を現していく。
それが体調不良や疲労から生じたものではないことを──ましてや幻覚などではないことを、タロウはよく知っている──生身の人間には決して認識できない世界であることも。
(こいつは……)
到来が唐突であれば、終息もまた同様であった。ひと瞬きもしないうちに、世界は元来の様相を取り戻し、何もなかったかのような立ち振る舞いと表情をして、タロウを見下ろしてくる。
だがタロウには、今しがた視界を埋め尽くした光景が、残影となって濃く焼き付いていた。
「……」
歩道の真ん中で突如として動きを止めたタロウを、周囲は怪訝そうな目で見つめる。だがタロウは気にも留めず、ひたすら思索に耽っていた。
今の光景は、決して錯覚などではない。確かに現世に存在し、誰にも気づかれぬように密かに息づいている。問題は、あの世界──脳人レイヤーは、その住人である脳人以外はとあるサングラスを通してでしか認識できないこと。
そして。
今の桃井タロウは、サングラスを着用していないということだ。
タロウの思考は、いつかの空崎ヒナが呟いていた言葉を思い出していた。
このゲヘナで、誰かが悪意をもって何かを企んでいるという言葉を。
それまでは朧げにしか感じられなかったが、事ここに至って、ようやく確信を得ることができた。
この学園都市──キヴォトスには間違いなく脳人か、或いは脳人に連なる何者かが潜んでいる。
その何者かは、無辜の市民が何人犠牲になろうが、まるで構いはしないだろう。自らの目的を遂げる為ならば、文字通り世界の全てを呑み込み、余すところなく貪り尽くさんとする筈だ。
躊躇うことなく踏み躙った他者の命を、自らの贄とすることで。
それはつまり、人の命を軽んずる者。
それは要するに、存在してはならぬ者。
それは即ち──桃井タロウにとって、不倶戴天の敵である者。
「……面白い」
高まる戦意につられたせいか、男の頬に不敵な笑みが刻み込まれる。
同時にそれに応えるかのごとく、何の支えも無い空に、サングラスを模した変身銃──ドンブラスターが雄々しい嘶きを伴って現れた。
戦うことに、異存は無い。
溢れ出る意のままに、タロウはドンブラスターのギアテーブルにアバタロウギアをセットした。そして、スクラッチテーブルを力強く回転させる。
ギア内部に封じ込められたデータを、銃が欠片も残さず読み込むと同時に、銃口を天高く掲げ──
「アバターチェンジッ!」
射出。
データはたちまちアバタロウスキンと化して、タロウの身体を包み込む。やがてその場には天下無双の桃太郎たるドンモモタロウが出現し、ヒトツ鬼が現れた現場へと自動的に転送される───
筈であった。
「──何?」
ドンモモタロウの口から、驚愕混じりの重い疑問の声が零れ落ちる。
その標的となっているのは、まるでタロウがドンモモタロウと化す瞬間を見計らっていたかのように、往来のど真ん中に出現したヒトツ鬼──ベニツ鬼。
だけではない。
道路を挟んで向かい側にある洋服店のなかで働いていた柴犬が成ったベニツ鬼。
車を運転していた三毛猫が成ったシソツ鬼。
友達と会話を楽しんでいた最中の生徒が成ったベニツ鬼───
同時多発的に街中に出現してゆく、ヒトツ鬼の群れ。その全てに、タロウの疑問は向けられていた。
兆候は無かった。まるで、予め用意されていたかのように、異形達は姿を現したのである。
見目も異なる怪物達は、無作為な破壊という共通の意志をもって、活動を開始した。穏やかな喧噪が一転、荒々しい悲鳴となって、津波のように市街を渦巻き始める。そうして平穏はあっけなく破り捨てられ、かくして混乱が訪れる。
「ザングラソード……」
たった一秒の逡巡が、周囲に致命的な危険を齎すことになると、ドンモモタロウは光の速度で判断した。
ゆえに抜き放ったザングラソードの光刃は、遠く離れた場所に待ち構える本来の敵手ではなく──
周囲へ。
「──快桃乱麻アッ!!」
一閃。
〇
その瞬間、陸八魔アルは窓の外を眺めていた。
謎の勢力から謎の襲撃を受け、謎に立体駐車場を半壊させるまでにかかった時間は、およそ数十分。
そこからどうにか近場にあった店でレンタカーを借り受け、憂さ晴らしと栄養補給を兼ねてファーストフード店に立ち寄り、依頼人に取り付けた──無許可で──発信機を追跡するような形で車を走らせ始めてから、さらに一時間が経とうしている。
その間にアルが流れゆく窓の外の景色に向かって零した吐息の回数は、驚くなかれ何と二十八回にも上る。
とはいえ、そこにネガティブな感情は含まれておらず、興奮と高揚の名残が垣間見える随分と熱っぽいものであった。
「……」
鬼方カヨコは、バックミラーに映し出されている少女のそんな表情を見て、思わず飛び出そうになった溜め息をどうにか抑えつけた。
別に、溜め息を吐くのを辞めろと言いたいわけではない。ただ、少しだけでも良いから、周りのことを考えてくれると有り難かった。陰鬱なものではないにせよ、そう何度も聞かされては流石に気も滅入ってくる。
「……」
カヨコは救いを求めるべく、バックミラーに向けていた自らの視線を、アルから自身の隣に座る少女へと移す。
茶色の紙袋からポテトを取り出しては、退屈そうに齧っていた少女──浅黄ムツキは、カヨコのコールサインに気付くと、顔の真横で人差し指と親指で綺麗な丸を作りながら、にっこりと笑ってみせた。
「──……」
その仕草があまりにもわざとらしいものだったから、少々不安になってきたが、こういう状態のアルをどうにかできるのはムツキだけだ。よって、任せる他に道がない。
カヨコが抱く不審をよそに、ムツキは指の塩と油を紙ナプキンで拭ってから、満天の笑みとともにアルへ話しかけた。
「ねーねーアルちゃん」
「なによ」
「溜め息吐いたら幸せが逃げるって話、知ってる?」
「そ、そうなの?」
騙されやすく、また信じ込みやすいという割とどうしようもない性質をもったアルは、ムツキの言葉を聞くと慌てたように口を噤む。
それを見たカヨコが、どうにかなりそうかな──と胸を撫で下ろした瞬間であった。
その仕草を見計らっていたかのように、ムツキは一本の矢を打ち放った。
「─それって、ぜーんぶ嘘だから! むしろいっぱい溜め息吐いた方が、幸せが入りやすくなるんだってぇ」
「ほんとっ!? 良いコト聞かせて貰ったわっ!!
すううううううううううぅうううううぅううううううはぁああああああああああぁぁぁ…ぁ………あぇっほ! ぐぉっほげっごほっ!!」
「だだだ、大丈夫ですかアル様っ! こ、呼吸を……! 深呼吸をっ」
「げほっ、え、だいじょ、ゔっ!!!」
「あははははは! あはははははははっ!」
やり過ぎだ。
静かになるどころか、より一層騒がしくなった車内に、カヨコは今度こそ深々と溜息を吐いた。
とは言え、そうしたいアルの気持ちはよく分かる。キヴォトスを騒がせている異形へ変化できる依頼人に、それを追っているらしき謎の襲撃者達──些か出来過ぎだと思うぐらいに、現在の状況は空想じみている。
それに巻き込まれるだけならともかく、渦中に置かれているとなっては、映画の好きなこの社長がうっとりし過ぎてため息を連発してしまうのも、まあ無理はない話であろう。
こうなったら我慢するしかないか──と肩を落としつつ、依頼人までの距離を表示しているカーナビに目をやる。
そこで、眉を顰めた。
「……?」
「はー面白……どーしたのカヨコちゃん?」
異変に気付いたムツキが目尻に浮いた涙を拭いながら、軽い調子で話しかけてくる。カヨコは答えず、黙ってカーナビの画面を指差した。
つられて覗き込んだムツキもまた、首を傾げて怪訝さを露わにする。
二人の視線の先。カーナビに映り込んだD.U.市街地のマップに、明らかな異常が現れていた為であった。
街全体に虹色のエフェクトがかかり、まるで手ブレでも起こされたかのように輪郭が震えていた。
いや、とカヨコは考える。ブレているというよりかは、もう一つの見知らぬ街が、D.U.の街並みに覆い被さるようにして重なっているような印象を覚える絵面であった。
カヨコとムツキの目の前で、カーナビはやがて平然とした立ち振る舞いを取り戻す。伸ばされたムツキの指先によって、画面を二度三度小突かれても、カーナビは平然と沈黙を貫くのみであった。
一瞬で興味が失せたのか、ムツキは後部座席にもたれかかると、頭の後ろで両手を組んでみせた。
「──私たち、オンボロ掴まされちゃったみたいだねー。くふふ、依頼が終わったら、どんなお礼をしてあげよっか?」
「……故障だと良いんだけど、ね」
未来の仕置きに思いを馳せているムツキを横目に見ながら、カヨコはそれでも不安を圧し潰せずにいた。先程の異変、あれがもしムツキの言う通り、仕事に手を抜いた店の仕業によるものであれば、それが一番良い。
だが、もしそれ以外の要因に根差すものであれば?
さらに言うなら──今自分達が巻き込まれているヒトツ鬼や、あのガスマスク達に関連するものであれば?
被害妄想も良いところだ。これではアルを馬鹿にできない。しかしカヨコの思考は、根拠や確証が無いにも関わらず、とある強い確信をこの状況に対して抱いていた。
このキヴォトスの地の底で、得体の知れない何者かが這いずり回っている。
尋常ならざる悪意をもって、何かをこの都市に齎そうとしている。
「……」
薄ら寒さが不意に背筋を走り抜け、カヨコは服越しに自分の腕を摩った。
知らないうちに、あのガスマスク姿の少女達が醸し出していた空気に、少々毒されてしまったのかもしれない。気を取り直すように目の間に寄った皺を解きほぐしながら、カヨコは縮まり過ぎた距離を取り直すべく、前方車両を見た。
そして、戦慄する。
並大抵の衝撃では破壊されない筈の屋根が、内側からこじ開けられたかのように破壊されており──そこから白骨化した鳥の頭蓋を被さった異形、鳥人鬼が翼を広げて今にも大空に飛び出そうとしていたためであった。
最も、原因はそれだけではない。
「そォ────らァっ!!」
鳥人鬼がいざ羽ばたかんとした次の瞬間、どこからともなく飛んできた真っ赤な怪人──ドンモモタロウが、空中に虹色の輝線を描きながら鳥人鬼を斬り裂いたためでもある。
すれ違いざまに斬られた鳥人鬼は、赤い稲光をその身体から放ちながら、轟音と共に爆散した。そのまま通り過ぎるかと思われたドンモモタロウは、見えない足場を踏みつけたように空中で反転すると、肩に刀を担いだまま一直線にこちらへ──カヨコが駆る車へと向かってくる。
その速度は、銃弾を超えてなお余りあった。
(間に、合わな────────)
カヨコが咄嗟にハンドルを切るより早く、ドンモモタロウの刃が虚空を閃く。
その乱れなき剣閃は──背後からカヨコ達の車を襲おうとしていたベニツ鬼を、一刀の元に両断した。そして眩い光が拡散した瞬間、車全体を凄まじい振動が包み込む。態勢を崩さずにいられたのは、奇跡に近い。
暴風雨に巻き込まれたかのような衝撃をどうにか抑え込んで、車は平常通りの様子をようやく取り戻した。窮地を抜け出したのだと察して、安堵の吐息を零した瞬間、カヨコの裡に湧き上がってきたのはドンモモタロウへの純然たる憤怒であった。
「ちょっと、あんた──」
「手短に訊く。依頼人はどうした?」
刀を片手に持ちながら、助手席の窓から顔を覗かせてきたドンモモタロウへそれをぶつけようとした直後、ギロチンの如く断たれてしまった。
他者の言動を全く意に介そうとしない態度に燃料を注がれ、さらに怒りを増したカヨコを引き留めたのは、後部座席にて優雅に足を組み目を閉じていたアルだった。
「生憎だけど、明かすことはできないわ。契約上の問題でね──
貴方が私達の傘下に入るというのなら別だけれど……選べるのかしら? よりによって、貴方にその選択肢が」
「……」
片側の瞼が開かれ、獲物を狙う鷹を思わせる鋭い金色の眼差しが、ドンモモタロウを刺し貫く。
内心はどうあれ、見目だけは威圧感に満ちた双眸を向けられて、しかしドンモモタロウは欠片も動揺することなく納得したような鼻息をついてみせた。確かに彼にとって、仕事と私情のどちらが優先の錘を積むに相応しいか──議論するまでもない。
「──ふん。確かに、アンタの言う通りだな。一理ある」
「でしょう?」
一瞬の沈黙の後、両者はささやかに笑いを交わし合う。
この時、ドンモモタロウは陸八魔アルに「お前は仕事と私情の天秤をどちらに傾けるのか?」と問われているのかと思っていた。
対してアルは「あのドンモモタロウが私たちの下につくなんてちょっと流石に恐れ多いけどワンチャンあったら良いわよね……あ、やっぱりダメか……でもそれでこそドンモモタロウよねっ!」と思っていた。
つまりは両方が勘違いしていた訳なのだが、まあ些細なすれ違いである。
互いに気付かなかったのは、幸いなのかそうでないのか。その答えが出る前に「邪魔をしたな」と立ち去ろうとしたドンモモタロウを、しかしムツキが引き留める。
「ね、おにーさんっ」
「なんだ」
「どうして、依頼人さんがどこにいるかを知りたいの?」
まるで試しているような響きを持ったムツキの問い掛けに、ドンモモタロウは顔だけを振り向けて端的に答えた。
「──D.U.の街中でヤツを見かけた。それに、ヘルメット姿の妙な輩に襲われていた。しかしヤツは、アンタ達と一緒にいた筈だ。
おれにはアンタ達が、成功にしろ失敗にしろ、中途半端なところで依頼を終わらせるような連中には見えない……何があった?」
「くふふっ。随分と買い被ってくれるじゃん」
「買い被りではない。純粋な感想だ」
はぐらかせばいいものを、馬鹿正直に答えたドンモモタロウの姿に、ムツキは嬉しそうに笑う。
そしてちら、と後部座席のアルに視線をやる。許可を求める目配せに、アルはただ頷くだけで応えた。
それは即ち、依頼を請け負ってもいいという合図。
ムツキは礼の代わりにウィンクを一つ繰り出すと、ドンモモタロウに向き直って、とっておきの玩具を披露する子供めいた笑みを浮かべてみせた。
「おにーさん────便利屋68に依頼してみる気、ある?」
〇
そうして手短に情報交換を済ませ、アル達は依頼人がガスマスク姿の襲撃者達に付け狙われていることを、ドンモモタロウはD.U.に異変が起こりつつあり、おそらく依頼人に関係していることを話した。
そこから紆余曲折あり、新たにドンモモタロウを乗組員に加えた便利屋68一行は、まるで瞬間移動でもしているかのようにマップのあちこちを高低差関係なく飛び交う依頼人を高速で追いかけ始めた。
道中を阻むように現れたヒトツ鬼や、ドンモモタロウにしか認識できないらしい不可視のトラップなどの多岐にわたる障害を悉く乗り越えていき───
遂に便利屋68は、依頼人を跳ね飛ばすことに成功したのであった。めでたしめでたし。
「────いや何もめでたくないわよっ!!!!!!!!!」
活火山よりも猛り荒ぶりながら、アルはそう吠えた。車酔いし過ぎたせいか、思考がやけにとっ散らかっている。そのせいで自分で自分にツッコむなんてバカみたいな真似をしてしまった。
どうにか落ち着く時間が欲しい──そんなアルの切なる願いを踏み躙るかのごとく、重力操作によってたちまち地に足を根差した快警鬼から──
「繝舌う繧ォ繝シ謦???遐イッ!」
タイヤ型の光弾であるバイカー撃退砲が、凄絶な威力と勢いを纏って撃ち出された。
狙いは当然、突然の闖入者であり明確な敵対者であるドンモモタロウと便利屋68一行。
「わわッ!?」
「──ッ!」
「あははっ!」
「ぅうっ!」
既に飛び退いていたドンモモタロウに遅れて、アル、カヨコ、ムツキ、ハルカという順番で回避していく。
その結果。
「あ、あ─────ッ!!」
眉を八の字に曲げたアルの、悲痛な叫びが木霊する。
少女の視線の先で、バイカー撃退砲を無防備に受け止めたレンタカーが、巨大な火炎の雲をその躯体の内側から膨れ上がらせていた。
濛々と立ち込める黒煙はあっという間に肥え太り、肌に焼け付くような熱波を周囲に撒き散らす。
「あ……ぁあ……」
手を伸ばしても無駄だと理解している。されど、伸ばさずにはいられなかった。
修理代という口に出すのも憚られる言葉がアルの脳内で渋滞を起こすなかで、炎を背にしたドンモモタロウが両手を広げて、火事さえ吹き飛ばさんとするような呵々大笑を叩きつけた。
「──面白えッ! なら今から始めるのは、ドンブラ一号の弔い祭りだっ!!
さァ、行くぜ行くぜ行くぜ行くぜぇーっ!!」
そして頓珍漢な宣言と同時に、疾走を開始。
得物であるザングラソードを掲げながら、キヴォトス人であるアル達でさえ追いつけないほどの速度で、快警鬼へと接近していく。
「あははははっ! なにその名前ーっ!」
「てっ、敵です、よね……? 依頼人だけど、今は敵ですよねっ!? なら──ブッ壊しますっ!!」
勇ましい行動に応じるように、浅黄ムツキと伊草ハルカもまた走り出していった。
どうやら依頼人からは、理性が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっているらしい。
だからカヨコもまた、躊躇と油断を投げ捨てて、自らもまた愛銃たるデモンズロアをポケットから抜き放つ。
────その数秒の間に起きる出来事を、快警鬼は余すことなく予測した。
そして、快警鬼のビジョン通りにドンモモタロウは疾走し、ムツキとハルカが追随し始め、カヨコが後方から支援しようとする。
──『シザー!』
──『9・6・3!』
──『マスカレイズ!』
──『快盗ブースト!』
その行動を押し潰すために、快警鬼の掌に現れたのは、ブレードダイヤルファイターを模した巨大なブーメランと、シザーダイヤルファイターを象った長大なシールドである。
そしてカヨコの銃撃を防ぎ切ると、裂帛の気合を吐き出しながら、快警鬼はブレードをその場で振るった。
大きく風が唸ると同時に、刃から小型のブーメランが五枚生み出され、不規則な軌道を描きながら、迫る敵を迎撃せんとする。
だが、怒りに燃える陸八魔アルがそれを許さない。
「───許さない。絶対、弁償してもらうんだからっ!」
少女の得物たる古風な装飾の施されたスナイパーライフル──ワインレッド・アドマイアーの銃口から撃ち放たれた五発のライフル弾が、五枚のブーメランを過つことなく貫いてみせた。
砕かれたブーメランが、破片となって地表に降り注ぐ。その光を放つ雪のなかを搔い潜り、ドンモモタロウはとうとう快警鬼を自らの射程圏内に引きずり込んだ。
「ハァッ!」
上段に担いだザングラソードを、袈裟懸けに振り下ろす。まるで初めからそこにあったかのような滑らかさで、刀身は快警鬼の肩へと吸い込まれていく。
防がなければやられるという、快警鬼の判断は正しく、咄嗟にブーメランを割り込ませていなければ、彼は確実に致命的な攻撃を喰らってただろう。
鉄と鉄が高速でぶつかり合い、眩い火花が飛沫を上げる。鍔迫り合いの形となった瞬間、快警鬼はビクトリーストライカーによる未来予測を発動した。
そして、相手の狙いが力に任せて押し切ることだと読み取ると、あえて力を抜いて引き込むことで、バランスを崩してから斬り返そうと画策し──
取っ手を握る力が、微かに緩められた刹那。
「───ばぁっ!」
ドンモモタロウの肩から顔を出したムツキが、そのまま肩を跳び箱のように飛び越えて、不敵な笑みを湛えながら快警鬼の顔面に全力の蹴りを喰らわせた。
「──ォ──オオッ!」
「くふふっ! 見えなかったの? だったら──眼鏡でもかけてみればあっ!?」
凶暴性を剥きだしにしたまま、地面に降り立ったムツキは、トリックオアトリックの引鉄を引いた。吹き飛んでいく快警鬼の身体へと無数の弾丸は突き刺さり、容赦のない追討をかけていく。
その弾丸の群れに続くようにして、伊草ハルカは身を低くしながら、砲弾のように駆け抜けていく。
「──で、んで、死んで、死んで、死んでくださいっ!!」
接近に気付いた快警鬼が持つ白い銃から、無数の光弾が発射されるが──ハルカは全てを身動ぎ一つせず受け止めると、さながら突撃兵の如き勢いで、ショットガンを快警鬼の腹部に突き刺した。
そして、撃鉄。
自らが被弾する可能性など、一ミリたりとも考えていないのだろう。もしくは、被弾したところで止まる訳がないと自覚しているのか。
いずれにせよ、常軌を逸した耐久力で己の身体を吹き飛ばそうとする衝撃を抑え込んだハルカは、歯を食いしばりながらふたたび引鉄を引いていく。マズルフラッシュが弾けるごとに、到底銃声のそれとは思えぬような、耳をつんざく爆音が産声をあげる。
──『サイレンストライカー!』
──『超・警察チェンジ!』
「ぁ──ぐ、うっ!」
耐えかねた快警鬼は、サイレンストライカーの重力場を発生させることで、至近距離で憑りつかれたように銃を撃ち続けるハルカを吹き飛ばした。
「やばっ──……おにーさんっ!」
何度も天地が逆転した末に地面に叩きつけられる定めにあったハルカを、すかさず滑り込んだドンモモタロウが片腕で受け止めた。
「つ……うう……」
「なかなかやるが──深追いし過ぎだ」
「あ! え、あ、あぁ! あり、あ、ありがとうございますっ!」
自身がドンモモタロウに窮地を救われたことを知り、腕から立ち上がったハルカは、顔色を赤と青に激しく切り替えながらぺこぺこと頭を下げる。
残像さえ生み出しているその仕草を見て、駆け付けたムツキは忍び笑いを漏らす。
「くふふ! カッコ良いねぇ。白馬の王子様にしてはちょっとヘンな恰好だけど」
「世辞は良い。それよりも──」
言葉を切ったドンモモタロウは、そのまま快警鬼へと視線をやった。あれだけの攻撃を受けたというのに、何事もなかったかのように立ち上がり、身体についた土埃を払っている。
それは敵対者に余裕を見せつけるための仕草で間違いなくて、ゆえにムツキの癇に激しく触った。
だが、そこでまんまと挑発に乗るような愚か者に、便利屋68の突撃隊長の座は相応しくない。ムツキは浅い呼吸を数度繰り返すと、脳内にこれまでに敵が曝け出した戦力を羅列した。
「……バカみたいに大きなブーメランと盾に、タイヤ型の光弾。で、変なバリア」
「た、耐久力もありますよね……あの白い銃は、それほど威力がありませんけど……」
「恐らく、未来予測もだ」
「え?」
割り込んできた言葉に目を見開く。ドンモモタロウはザングラソードの柄を握りながら、確かな実感の籠った言葉を吐き出した。
「ヤツと鍔迫り合った際、おれが力を入れる瞬間をまるで知っていたかのように、軌道を抜かれた」
「……おにーさんの動きを読んだんじゃないの?」
「かもしれない。だが……あれだけ正確に空かされる程、おれの剣は甘くはない」
ふうん、と納得したようなそうでないような返事をしてから、ムツキは改めて快警鬼を見た。
疑問が一つある。未来を予測できるのだとすれば、なぜ何度か攻撃を喰らっているのだろうか。
そこから推察できる情報は、敵が持つ未来予測は短時間しか使用できないこと、そして予測できる対象は一人にしか絞れないこと──。
勿論、あくまでも予想でしかない。だが、そうであればまだ勝ち目がある。問題はバリアをどう攻略するかだが……
そんな風に走る思考を落ち着かせようと、ムツキが顔を上げた瞬間、目を疑うような光景が唐突に視界へ映り込んだ。
快警鬼が、手に持った武器や防具を投げ捨てて、まるで抱擁を受け入れるように手を大きく広げていたのである。
「──は?」
自身の理解の外にある行動を見せつけられたムツキの思考の歯車が、一瞬動きを止める。得体の知れない不気味さを異形から感じ取ったハルカが、自分の銃を抱き寄せる。
だから、すぐに動くことができたのは、ドンモモタロウだけだった。
──『ドン! ドン! ドン! ドンブラコォーッ!!』
「桃代無敵────」
──『モーモタロ斬!
モモタロ斬!
モーモタロ斬!
モモタロ斬!』
「アバター───乱舞ッ!!」
暗幕を裂く斬撃が、虹色の文目を紡ぐ。
縦横無尽に蠢き、天衣無縫に轟くその刀身は、幾度となく快警鬼の身体を切り刻み───
──『必殺奥義!』
──『モモ!
タロ!
斬!!』
背後へ抜けたドンモモタロウが、残光灯るザングラソードを肩に担ぐと同時に、赤い稲光を伴う爆発が生じ──
宿主を、ヒトツ鬼から本来の姿へと戻すことは───
無かった。
「────貴様」
剣閃の嵐が過ぎ去った後に平然とした様子で場に立っていたのは──快警鬼。
これまでにない事態に、ドンモモタロウの身体が硬直する。たった数舜にしか訪れないそれを、待ち望んでいたかのように、快警鬼は蹴り上げたブーメランを掴み取り、
ドンモモタロウの頭蓋目がけて、振り下ろす──
「────うへ~。もしかしなくても、大ピンチってヤツ? これ」
瞬間、快警鬼の顔面が爆発した。
それが、遠距離から放たれたショットガンの銃撃によるものだと、誰もが即座に察知できなかった。だから、誰かが助っ人に入ったのだということは、その場に瞬く間に満ちた強大な威圧感によって判断できた。
見れば、遠く瓦礫の山の上に、小柄な影が立っている。
風に巻き上げられているのは、淡い春を連想させる桃色の長髪。
右手に握り締められた、銃口から煙を吐いているショットガン。
その反対側で、巌のごとく聳え立つ──三角形の印と『IRON HORUS』という英字が刻まれた防護盾。
眠たげに細められた眼の奥で、しかし強い意志の光を宿した、橙と蒼の
「やあやあ、皆の衆。お待たせ~。おじさん登場だよぉ〜」
アビドス対策委員会委員長──小鳥遊ホシノはそこにいた。