ドンブルーアーカイブ   作:鰻の蒲焼

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そのじゅう

 

 

 

 

 

 

 

 その場に存在する誰よりも気怠げな少女は、それ故に一気に全員の注目を引き寄せた。

 飄々と靡く長髪のなかに、いっそ隠れてしまうのではと疑ってしまうような矮躯。

 日差しや埃の侵入を憂うのではなく、眠気によって細められた色違いの双眸。

 荒廃とした風景にそぐわぬ、緩やかな立ち振る舞い。

 

「それじゃ、出発進行〜」

 

 まるで散歩に出かけるかのような調子で、小鳥遊ホシノはゆったりと瓦礫の山を下りながら、戦場に向かって歩を進めてゆく。

 ショットガンと防護盾という装備はあるものの、その足取りからは全く脅威を感じられない。

 だから快警鬼は、わざわざ未来予測を使う必要は無いと結論付けると、トリガーマシンバイカーをセットしたVSチェンジャーを構え、容赦なくバイカー撃退砲を放った。

 現在の彼にとって、ヒトツ鬼を元の姿へ戻す力を持ったザングラソード──それを自由自在に扱い熟すドンモモタロウ以外の敵は、初めから脅威の対象ではない。

 流石に無警戒ではなく、こちらの行動を邪魔されないよう、気を払う必要はあるが……言ってしまえばその程度でしかない。

 だからと言って、威力を弱める必要性も無い。

 キヴォトス製であるために平均以上の強度を誇る車を木っ端微塵に吹き飛ばし、建設途中だったビルを倒壊せしめる破壊力をも秘めたタイヤ型の光弾は、愚直な軌道を辿り───

 ちょうど地面に足を付けた小鳥遊ホシノへ、迷うことなく直撃した。

 

「ぁ───」

 

 見知った相手が爆炎の渦に消え、陸八魔アルの唇から、悲鳴になり損ねた声が零れ落ちる。

 車の爆発を最も間近で体感したアルには、あの光弾がキヴォトス人にとっても致命的な威力を持つことがよく分かっていた。四肢に籠っていた力が、泡となって虚空に溶ける。

 それを目にした快警鬼が身体を震わせ、歯ぎしりにも似た耳障りな笑い声を喉から吐き出した。顔面を這う五指と掌は、溢れんばかりの歓喜を抑えつけるためだろうか。

 

「──ふぃ~。危なかったぁ」

 

 その薄ら笑いが、瞬く間に掻き消える。

 揺らめく黒煙の狭間を縫うようにして、小鳥遊ホシノが硝煙を纏いながら姿を現したためだった。

 

「────!?」

 

 身体には、当然のようにかすり傷ひとつとしてない。

 いや──少女が手に持つ防護盾を見てみれば、微かに黒ずんだ箇所が生まれている。となれば、先ほどの攻撃を盾で防いだのであろう。説明する必要のない、明白にして単純極まる事実だ。

 その闊歩に、一ミリの揺らぎもないことを除けば。

 

「……変な攻撃してくるんだね。おじさん、ちょっとビックリしちゃった」

 

 ホシノは盾に付着した汚れを一瞥だけすると、朗らかな笑みを浮かべる。ただそれだけの仕草で、快警鬼の少女に対する警戒度は一挙に跳ね上がった。

 今度こそ粉々に粉砕するべく、二発目のバイカー撃退砲を撃たんとしてVSチェンジャーを構える。

 だが、快警鬼の指が、引鉄を引き絞るよりも先に。

 

「ザングラソード──」

 

 懐へと滑り込んでいたドンモモタロウが……

 

「快桃───」

 

 居合術のように構えていたザングラソードを抜き放ち──

 

「乱麻ッ!!」

 

 斬。

 最早予測したところで間に合わぬ距離にて、快警鬼の胴体を一文字に切り裂いた。

 常よりも多くの回転を経たことで、ザングラソードの刀身は虹さえ凌駕する輝きを灯しながら、憚ることなく宙を駆け抜く。

 快警鬼はその斬撃を余すことなく受け取ったために、巨人の手に押し出されたように踵で地を削りながら、凄まじい勢いで瓦礫の山へ叩き込まれた。

 内臓が震えるような轟音が響き渡り、粉塵が舞い上がる。灰色の紙吹雪が降るなかで、ゆっくりと残心を解いたドンモモタロウは、その両目で快警鬼の輪郭がぶれたことを確認し終えたことで、ヒトツ鬼を退治できなかった理由をついに理解した。

 

(まさか──ヒトツ鬼同士を合成しているとは)

 

 なるほど仕留められないはずである。

 あのヒトツ鬼は、一体であって一体ではない。

 完全に仕留めたいのであれば、ヒトツ鬼を構成している二体へ、全く同時に攻撃を届かせなければならない。

 恐らく、それをさせないために、未来予測と重力操作という能力を付与されているのだろう。

 つまりあのヒトツ鬼は、間違いなく何者による意図的な手が加えられた──言わば改造ヒトツ鬼に他ならない。

 

「──」

 

 ザングラソードの柄が強く軋み、鈍い音を鳴らす。

 タロウが抱いたその感情は、ヒトツ鬼を宿主ごと無慈悲に消去する脳人の姿に覚えたものよりも、遥かに濃く、強く、深かった。

 この世界は、桃井タロウがいるべき世界ではない。

 そのことは、誰よりも何よりも、タロウ本人が一番よく分かっている。

 けれど、タロウはこの世界で──キヴォトスで生きることを、決して間違いだとは思わなかった。

 誰かと誰かが繋がって、縁を結んでゆける限り──そこは桃井タロウにとって、疑いようもなく楽園であるからだ。

 だからと言って、過剰な欲望を抱き続けることを肯定するわけではない。

 しかし、一からやり直せると信じている。

 だからと言って、周囲に被害を齎してまで欲望を叶えることを肯定するわけではない。

 しかし、ふたたび前を向いて歩き出せると信じている。

 だが。

 

(だが──……)

 

 他人の命を利用し尽くした末に、悲しみと苦しみを振り撒く行いだけは、決して───

 

「や、タロウ」

 

 思考の迷宮に彷徨いかけたドンモモタロウの背中を、いつの間にやら近くに来ていたホシノが、何気ない様子で叩いてみせた。顔だけを振り向かせたドンモモタロウの眼前で、ホシノはひらひらと手を振る。

 

「……小鳥遊ホシノ」

「久しぶりだねえ。一週間くらい?」

「二週間と五日だ」

「わ! そんなに違ってた~? いやはや、歳をとったら、時間の間隔がよくわかんなくなっちゃうって本当のことだったんだね〜」

 

 浸るようにしみじみと呟いたホシノに対して、ドンモモタロウの語調は淡々としたものだった。

 

「アンタはまだ17歳だろう」

「じ、実年齢いっちゃうかなあそこで……気構えみたいなモノだから良いんだよ」

 

 そこで言葉を切ったホシノは、ふと何かに誘われたように、ドンモモタロウの横顔を見据えた。

 

「───」

 

 顔色を伺えないマスクを数秒間だけ見つめてから、ふむふむ、と意味ありげに頷く。そして、わざわざ真正面まで回り込むと、ドンモモタロウの胸を軽く小突いて、揶揄うような声を投げかけた。

 

「──随分、らしくない顔しちゃってるじゃん。どしたの~?」

「……アンタに、顔は見えないはずだが」

「うへ。心の眼ってヤツだよ」

 

 ドンモモタロウの最もな指摘に、ホシノは片目を閉じてちっちっ、と人差し指を左右に揺らしながら、そんなことを言う。

 

「おじさんぐらいになると、目には見えないものまで見透せちゃうんだなあ~」

 

 勿論、それはホシノなりに気を紛らわせるためのジョークだ。それどころか、心眼などというモノが本当に備わっていたならば、大切な後輩にどれだけ苦労をかけずに済めたかと、彼女自身が思っていた。

 そんな風に紆余曲折した少女の心情が入り混じった、触れようにも触れ難いジョークは一条の矢のごとく撃ち放たれたのだが、彼女の目の前にいるのは冗談という冗談が通じない冗談みたいな男である。

 返ってきたのはツッコミではなく、心の底からの感心だった。 

 

「───なるほど」

「へ?」

「流石だな」

「……あの、えっと、真面目に受け取られちゃうと逆に困ると言うか」

「困る必要はない。実際、アンタは只者ではないからな。心眼とやらを身に付けていても、大して不思議ではない」

「うへえ……」

 

 冗談を受け取って貰えず、挙句の果てにはストレートな──明後日を向いているが──褒め言葉を投げ返され、ホシノは困ったように赤く染まった頬を掻いた。

 

 ──合わないなぁ、やっぱり。

 

 初めて顔を合わせた瞬間から変わらない男の真っ直ぐさが、ホシノはどうも苦手でたまらない。良くも悪くも、眩し過ぎるからだ。

 あまりにも強すぎる光は、人の目を焼き尽くし、見えなくしてしまう。それでも、明るさを調節してくれるのなら、まだ可愛げがある方だろう。

 だが、もし光自身が暗く在ることを拒んだとすれば?

 自らの輝きに目を奪われ、潰され、焼かれる人々がいることを承知で、それでも自身の生き方を曲げずにいたとすれば?

 融通が全く利かない光が、手足を生やして市井を当然のような顔をして歩いているかのような──そんな男の生き方を、けれど、今のホシノは嫌いではなかった。

 嫌いではないから、今のドンモモタロウを看過できなかった。

 

「……」

 

 決意を固めるように咳払いを何度か繰り返してから、ホシノは改めてドンモモタロウを──巨大なサングラスの下にある桃井タロウの眼差しを、色違いの双眸で捉えた。

 

「覚えてる? アビドスでのこと」

「──」

「色々と、ヤなこと言ってくれたよねえ。

 私が──……その時は必死に考えて、これ以外に無い! と思って出した答えを『意味が無い』ってバッサリ切っちゃったりとかさ。あと、他にもいっぱい。実は結構、根に持ってるんだよ~?」

 

 ホシノは両手の指を下に向けながら、目を半分に細める。しかしドンモモタロウは何処までも素っ気なく答えた。

 

「間違ったことを、言ったつもりはない」

「……そういうところだよ、ほんとに」

 

 思い出を語る少女の表情に浮かぶのは、懐古だけではない。何処か憎しみにも似ている仄暗い感情が、溶けた砂糖のように変色してへばりついていた。

 それも当然だ。いつかの小鳥遊ホシノへ向けられた桃井タロウの言葉は、抜き身の刃も同然だったからだ。

 折れず、曲がらず、毀れることなく。

 ひたすらに、ひたむきに、正しさという名の斬痕を刻み込んでくる──

 秘め隠したい己を持つ人間にとって、これ程まで憎たらしい相手はいないだろう。ホシノもその例外でなく、いっそ頭ごと口を吹き飛ばしてやろうかと考えたことさえある。それも一度だけではなく、数えるのも馬鹿らしくなるぐらい、何度も。

 だが。

 

「でも、さ~? ……そういうところが、私を助けてくれたんだよね」

 

 そこでホシノは目を伏せると、ドンモモタロウの剣を握った方の手にそっと触れた。

 赤いタイツに隠された強張りを解きほぐしてみせるように、固く閉じた指をゆっくりとなぞる。

 かつてホシノにとって、大人とはなべて不信と不義の象徴だった。

 呼吸するように嘘を吐き、当然のような顔をして誰かの大切なものを奪い取っていく──自分とは決して相容れない生き物なのだと、半ば本気で思っていた。

 勿論、悪人ばかりではないことを今では知っている。そうでなければ、自分は今頃、ここに立っていない筈だろうから。

 けれど、このキヴォトスにおいて、そんな大人は限りなく少ないことも知っていた。

 夜空には、無数の星が瞬いている。

 だが──本当に眺めたい星はいつだって、それより強い光を持つ星にかき消されてしまうのだ。

 だから、か細くささやかではあるけれど、確かにそばで光る星を、見つめていたいと思った。

 だから、目を焼く程に眩しいけれど、誰よりも正しく光る星に、そのままでいて欲しいと願った。

 

「───だから」

 

 今からほんの一滴だけ吐露する『これ』は、言うなれば自分のワガママだ。

 相手の気持ちなんてろくすっぽ考えていない、どうしようもなく身勝手で、笑えるぐらい子供っぽい願いだ。

 

「そんなに……怖い顔しないでよ。前みたいに、全部笑い飛ばして、ムチャクチャにしてよ」

 

 だけど、願わずにはいられない。

 だって、ドンモモタロウはそう在るべきなのだから。

 

 ──はっはっはっはっ! この世は楽園ッ! 悩みなんざ、吹っ飛ばせぇっ!!

 

 ありとあらゆる困難を笑い飛ばして、一切合切を祭の渦に巻き込んでしまう──そういうドンモモタロウに、自分は救われてしまったのだから。

 

「どれだけ苦しくたって、辛くたって……それでもこの世は楽園なんだって」

 

 静かに、どこか熱っぽく。

 祈りを捧げるように、少女は言葉を紡いでみせた。

 

「私に───信じさせてよ」

「───」

 

 その瞬間、憤怒の雄叫びを上げながら、快警鬼が瓦礫の山より起き上がった。

 そして、周囲に点在する大小様々な瓦礫を、サイレンストライカーによる重力操作で宙空の一箇所に集めると、それを砲弾のごとく投げはなつ。

 質量という、単純かつ最強のエネルギーを持たされた、不格好な砲弾が狙う標的は───互いに立ち尽くしたまま動かない、ドンモモタロウと小鳥遊ホシノ。

 だが、ドンモモタロウもホシノも、最後までそれを視界に入れることはなかった。

 ホシノは、ただ信じていた。ドンモモタロウを。

 そしてドンモモタロウ──桃井タロウは、ただ思い出していた。

 今日という日のなかで、全てを諦めたような顔を時折見せていた少女が、世界に幸福を見出していく姿を。

 

「───っはっは」

 

 ザングラソードを握るタロウの指に、ふたたび力が籠もり始めた。それは、先ほどまでとは全く違う、濁りも曇りもない清澄な力だった。

 

「───っはっはっは」

 

 戦う理由を見失った訳ではない。ただ、ほんの少しだけ、視線を下げてしまっていたのだと思う。

 だから、二度目はもう無い。

 この世は楽園なのだと、謳う限り。

 桃井タロウは何があろうと、前を向いて笑い続ける。

 

 

「────────わあ───っ───は────っはっはっはっはっ!!!!!!」

 

 

 そして。

 下段より跳ね上がったザングラソードが、巨大な瓦礫の塊を、一斬の元に弾き飛ばした。

 恐らく数トンはあろうかと思われる瓦礫の塊は、まるで小石のように吹き飛び──

 

「────────!!」

 

 快警鬼が投げ放った際の軌道をまっすぐに辿ると、快警鬼を巻き込んで勢いよく山に突っ込んだ。

 世界そのものが揺さぶられたかのような大きな震動と音が、地の底から湧き上がる。

 歓声にも似たそれをあますことなく聞き終えて、ホシノは嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「……──ようやく、いつものタロウになったね」

「ああ。礼を言うぞ──やはり、アンタは只者じゃなかったな」

 

 ザングラソードを肩に担ぎ、ドンモモタロウは感嘆も新たにそう告げる。

 それを聞いたホシノは、参ったように指で頬を掻いた。

 

「いやあー、おじさんシリアスとかそういう雰囲気は苦手だからさあ。似合わない真似させないでよね~。

 もお、こんなの誰にも聞かせらんないよ──」

 

 じわじわと滲み出した羞恥心に今さら駆られたのか、少女はひどく照れくさそうに笑っている。それほど熱くはないというのに汗を多く流し、首をぱたぱたと手で煽っている辺り、どうやら本気で恥ずかしがっているらしい。

 だから、ホシノが耳に装着している通信機越しに、全てを聞き届けていた先生は口を開いた。

 

『──そんなことないさ、ホシノ』

「─────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」

『立派だったよ。さっきの言葉はきっと、キヴォトスの誰よりも一番最初に、一番近くでタロウの強さを見たホシノだから言えたことなんだよね。

 自分にしか言えない言葉を、きちんと形にして相手に伝えられるっていうのは……誰にでも出来ることじゃない。だから、ホシノ。自分をあまり卑』

 

 ぶちっ。

 つーつー。

 通信機の電源を落としただけだというのに、全力疾走した後のように息を荒げているホシノのつむじへ、ドンモモタロウは語り掛けた。

 

「電源を入れたままだったか」

「電源を入れたままだった…………!」

 

 穴があったら入りたい。いや、一生だらだら寝そべっていたい。趣向を凝らした自分だけのアクアリウムを持ち込んで、暇さえあれば水草やオブジェの狭間をただよう魚達の優雅な姿を眺めていたい───

 さりげなく私欲を剥き出しにした現実逃避をしつつ、恥ずかしさに耐え切れずに膝を折りかけたホシノの腕を、咄嗟にドンモモタロウが掴んで引っ張り上げた。

 

「しっかりしろ! 小鳥遊ホシノ! 恥じることなら後で幾らでもできる!」

「だってえ……! タロウの、タロウのせいなのにぃ……!」

「自分の不手際を他人のせいにするな」

「タロウがあんな顔してなきゃ、私もあんなこと言わなかったよっ!!」

「あんなことと卑下するな! 先生も言っていただろう、自分の言葉を恥じるなと。

 むしろ誇れ! アンタの心は、確かに伝わったッ!!」

「あああああああああああああああああッ!!」

 

 激しく言い争う──主にホシノの勢いによるもの──二人だったが、自分達の足元が一瞬だけ奇妙な浮遊感に覆われていたことに気が付くと、たちまち戦闘態勢に移行した。

 

「──タロウ、今の」

「ああ、確かに……感じた」

 

 未だに快警鬼の姿は瓦礫に埋まって見えない。しかし、瞬間的に走り抜けた気配は、先程行使された重力操作のそれと酷似していた。

 遠方で待機していたために、その気配には気付けなかったのだろう。それでも充分に警戒心を高めながら、便利屋68一行はドンモモタロウと小鳥遊ホシノの元へと走る。そこが、この戦場における最大の安全地帯だと判断したからだった。

 

「……よく分からないけど、取りあえず助っ人って考えていいんだよね?」

 

 足を止めると同時に、鬼方カヨコはホシノにそう問いかけた。

 紆余曲折あれど、アビドスを助けてくれた彼女達には、ホシノも少なからぬ信用を抱いている。纏っていた剣呑な空気を霧散させると、鷹揚と頷いてみせた。

 

「考えてもらっていいよー。元々、最初からそうするつもりでここに来たんだしね」

「最初から、って……どういうことでしょうか?」

 

 ホシノの言葉を聞いて、伊草ハルカは首を傾げる。

 問い質されたホシノは躊躇いを見せつつ、先程落とした通信機の電源を入れ直した。そのまま流れるように、防護盾の裏側に隠した物を掌に乗せる。

 それは何処にでもありそうな、長方形型の黒い端末だった。

 違いがあるとすれば、ボタンらしき部分が一つしかないことと、あちこちに角張った線が入っていることだろうか。

 

「? なにこれ」

「まーまー見ててよ」

 

 見たことのないものへの好奇心に目を光らせる浅黄ムツキを受け流しながら、ホシノは端末のスイッチを入れる。

 瞬間、ホシノが持っていた端末は──小型のドローンへと変型した。

 ドンモモタロウアルターを参考にミレニアムのエンジニア部が作り上げた可変型ドローン──そこに過積載された機能の一つを使って、先生はその場にいる生徒とドンモモタロウに話しかけた。

 

『私が、ホシノに頼んだんだよ。ヒトツ鬼を止めるために協力して欲しいって』

「その声は……先生っ!」

『やあ、アル。

 避難誘導中だから、見ることはできないけど──……いつでも全力なアルのことだ。きっと、頑張ってるんだろうね』

「……先生ぇ〜……」

 

 自分達の経営顧問も務めている大人の声を聞いて、陸八魔アルの表情が華やぐ。聞き慣れている筈なのに、何故かとてつもない安心感が感じられた。

 そのせいで、自然と緊張感と頬が緩んでしまった少女の顔は、それはもう大変なことになっていた。

 アルはそのことを、周囲から突き刺さってくる、微笑まし気な視線から察すると、慌てて『冷酷なアウトロー』という仮面を取り繕う。

 最早手遅れな気がするが取り繕った。

 誰が何を言おうと取り繕った。

 

「とっ、当然よ! 私達は泣く子も黙る便利屋68なんだからっ! 例え依頼人がヒトツ鬼だろうがなんだろうが、請け負った依頼は必ず───わひゃあっ!?」

 

 仮面は一秒で剥がれ落ちた。

 アルの足場が大きく揺れ動き──文字通り、空中に浮かび上がったためである。 

 瓦礫にはいつしか、禍々しい濃紫のオーラが、溶け落ちたスライムのように満遍なくへばりついていた。それは一つだけにではなく、見渡す限り目に入る瓦礫全てに付着していた。

 その果てに、巻き起こされるものは───

 

「────!」

 

 大きな地響きが起き、次の瞬間、アル達は揃って宙に浮いていた。

 アル達だけではない。戦場を構成していた全ての瓦礫が、快警鬼が張り巡らせた重力操作によって、虚空に浮かび始める。

 傍からすればその光景は、無数の隕石が地表に当たる直前で、揃って時間を止められたかのようにも見えただろう。

 

「──なに、これ……」

 

 物理法則を超越した景色に、カヨコは今度こそ度肝を抜かれる。ムツキやハルカも同様で、アルに至っては思考回路が一発でショートして白目を剥いていた。哀れである。

 動じなかったのは、ドンモモタロウと小鳥遊ホシノの二人だけ。

 

「タロウ!」

「分かっているッ!」

 

 異変の予兆を感じ取っていたのが功を奏したと言えよう。二人は危うくバランスを崩しかけた便利屋達の腕や襟首を掴み取るや否や、瞬時にその場から飛び退いた。

 先程まで足場にしていた分厚く堅牢な筈の瓦礫が、あっけなく真っ二つに両断される。

 それは、巨大なブーメラン──ブレードダイヤルファイターを快盗ブーストすることによって生成されたブレードブーメランによる攻撃だった。

 

「……足場を不安定にして、各個撃破しようってわけ~? こんな能力持ってる割に、随分みみっちい真似するね」

「だが、面白い──空中戦というわけだ!」

「うへ。面白がれるのはタロウだけだよ~」

 

 宙に浮かぶ瓦礫のなかでも、ひと際大きなものに飛び移ったドンモモタロウとホシノは、軽口を叩き合いながら、今もどこかに隠れ潜んでいる快警鬼への警戒を緩めずに周囲を見回す。

 そんな二人の背中を呆然と眺めるアルに、先生は静かに問いかけた。

 

『──アル。多分、聞くまでも無いだろうけど、聞いておくよ。

 依頼を続ける気は、まだあるかい?』

「────」

 

 先生の問いかけに、アルはただ無言の首肯を返す。それは、千の言葉を尽くすよりなお雄弁な主張であった。

 見えずとも気配は感じられる。先生は嬉しそうに笑うと、決意を改めるように「よし」と頷いた。

 

『……それじゃあ私は、シャーレだけじゃなく、便利屋68の経営顧問としても、アル達に協力するよ。できる限りきみ達の要望を叶えられるように動く』

「良いの〜? 後で連邦生徒会にぐちぐち言われてもおじさん知らないよ〜?」

『う……まあ、そこはどうにか手心を加えてもらえるよう頑張るよ──……ホシノも、それで良い?』

「おじさんはしがない雇われの身だからさ、雇用主の先生の言うことは全面的に聞くしかないんだよね〜。うっうっ、これが噂の社畜ってやつ?」

 

 下手くそな泣き真似をするホシノへ、ドンモモタロウは腕を組みながら言葉を叩きつけた。

 

「先生に頼られて嬉しいと素直に言ったらどうだッ」

「タロウはちょっと黙ってよっかあ!!」

『ありがとうホシノ! とても嬉しいよ!』

「……………………やっぱりおとなきらい」

「ちょっと! どう考えたって呑気に漫才やってる場合じゃないでしょ! 作戦とか立てなくて良いのっ!?」

「おっ、アルちゃんナイスツッコミー! 才能あるんじゃない?」

「そ、そーお? 才能あっちゃうかしら私? あはっ、参るわね! あははははは──……じゃ、なくてえっ!!」

「あ、アル様! またまた、素晴らしいタイミングですっ」

「…………」

 

 帰りたい。

 カヨコはその考えに従いそうになる身体を全身全霊で抑え込み、ドローンの先にいる先生へ尋ねた。

 

「──けど、どうするつもり? 先生はまだ見てないかもしれないけど、アレは生半可に倒せる敵じゃない」

『……具体的な能力を教えてくれる?』

「えーっとねえ、未来予測と変なバリアと──」

 

 指折り数えながら、ムツキは分析した敵の戦力を、先生に伝える。

 全てを聞き終えた先生は、数秒ほど沈黙した後、勝利を確信したかのようにゆったりとした調子で口を開いた。

 

『──作戦を、思い付いた』

 

 

 ◯

 

 

 快警鬼は、泳ぐように瓦礫から瓦礫へと飛び移っていた。

 両手だけではなく全身から放っているのは、サイレンストライカーによる重力操作の波動──それを超広範囲に及ばせられているのは、ひとえに使用者がヒトツ鬼の合成体であるからだ。

 耐久性も、攻撃力も、回復力も、並のヒトツ鬼よりずば抜けている。

 だが、そんな快警鬼の意識に、油断の気配は欠片も無かった。

 

「…………」

 

 彼はひとしきり首を巡らせると、ビクトリーストライカーによる未来予測を発動した。

 本来であれば不確定であるはずの未来を、確定したものとして捉える能力の前では、例え合成ヒトツ鬼であっても相応の負担を感じざるを得ない。

 軋む脳と眼球を制御し、位相がズレた世界を網膜に貼り付けながら、快警鬼は瓦礫を踏み台に高く飛んでみせた。さながら、標的に「自分はここにいるぞ」と主張するように。

 果たして、その狙いは──的中した。

 遥か彼方から轟く、音速で風を切り裂く音。

 極光を宿す剣を片手に迫る、真紅の鎧武者───

 

「──繝舌う繧ォ繝シ謦???遐イ」

 

 敵の襲来を把握した快警鬼は、すぐさま予測できた方角に向けて、バイカー撃退砲を放つ。

 ダメ押しと言わんばかりに、ブレードブーメランから無数の光刃を産み出し、鎧武者を四方八方から囲い込むような軌道で宙を滑らせた。

 直線後方。

 上下左右。

 左右前後。

 東西南北。

 目に映る、ありとあらゆる箇所を埋め尽くす程の攻撃は、未来予測も合わさったことにより、回避不能の域に達した──

 筈であった。

 

「──────採点してやろう。五点だッ!!」

 

 その時。

 剣しか持ち得ない鎧武者の背面から、突如として大量の銃弾が撃ち放たれた。

 無手勝流のように見えて、その実的確に標的を貫く射線に乗った銃弾達は、快警鬼が放ったブーメランの群像を薙ぎ払う。

 残る一つ、バイカー撃退砲を──

 

「そぉ、らァ───────ッ!」

 

 鎧武者──ドンロボタロウが、一刀の元に切り伏せた。

 分たれたタイヤ型の光弾が、あっという間に紅蓮を孕んだ爆炎へと変わる。

 その光が、快警鬼にドンロボタロウの背面から発射された銃弾の正体を教えてくれた。

 

 

 

「──────おち、やば、落ちるっ。落ちちゃうからあっ! ムツキもう少しそっち寄ってえ!!」

「あっはははははは! すごいすごいすっごーい! 空を飛ぶのってこんなに気持ちいいんだねーっ!!」

「……そんなこと言ってる場合?」

「あわ、あわわ……わ、私のような、地べたを這いずり回るのがお似合いの存在が、こんなに高く遠いところを───」

「タロウー。もうちょっとスピード上げて〜。

 いやあ、風が涼しいねー」

「喧しいぞお前達! だが、良いだろう! 

 さァ──────祭りはまだ、始まったばかりだァ!!」

 

 

 

 ───ドンロボタロウの背中に乗り込み、或いはしがみついて銃を構える、五人の少女達という正体を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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